第3話 この世界で生きるということ
10歳で授かるスキルは、その後の人生を大きく左右する。
当たり前だ。神が与える異能なのだから。
その力は、人の努力すら嘲笑うかのような絶大なものだ。
魔物や魔族が闊歩するこの世界では、有能な異能を持つ者が優遇されないはずがない。
むしろ、されて然るべきだろう。
魔物や魔族は、食物連鎖の枠外に存在する。
ただの脅威でしかない。
それらを討伐できる戦闘系のスキルこそが最も重宝される。
結局のところ、この世界において"力"こそが正義なのだ。
この理屈は貴族社会にも当てはまり、父が僕のスキルの内容に歓喜したのも、まさにそのためだった。
だが、残念ながらその期待は見当違いなんだけどね。
僕のスキルは、"ハズレ"の文字化けスキルの方。
"当たり"の文字化けスキルを持つ主人公と対比され、決闘に敗北し、婚約を破棄され、失望されて追放されるという悪役貴族のお約束展開が待っている。
けれど、僕にとって重要なのは、当たりかハズレかで悩むことではない。
スキルはもう決まってしまった。
このスキルで戦うしかない。
だが、僕が戦うべき相手は主人公なんかじゃない。
世界崩壊なんて厄介ごとが起きるこの世界で生きていく僕の「人生」とだ。
「爺や。もし、もしもの話だが、文明が崩壊した世界で生き抜くには、何が必要だろう?」
最高の茶と、ささやかなお茶請けを楽しんでから、僕は執事のセバスに問いかけた。
僕には前世の知識がある。
けれど、それはあくまで夢の中の知識であって、現実に応用できる保証はない。
この世界の10歳児でしかない僕は、何も知らないも同然だ。
この世界には、読書を良しとしない文化がある。本を読むことは、前世で言うゲーム漬けの子供と同じ扱いを受ける。
結果として、本の著者には変人が多く、記されている内容も偏っている。
だからこそ、分からないことは経験を積んだ大人に聞くのが一番だ。
「……文明が崩壊、ですか」
「そう。アルセタリフ王国が……いや、ラーム・ダグラ大陸にあるすべての国が滅び、街も国もなくなり、人々がよりどころとするものを失った世界で生き延びるには、何が必要だと思う?」
しばし沈黙した後、セバスは静かに答えた。
「まずは、水と食料の確保が最優先でしょうな。清潔な水源を見つけ、長期保存が可能な食料を確保しなければ、生き延びるのは難しいでしょう」
「ふむ。やはり、水と食料か」
セバスの回答に耳を傾ける。
突拍子もない十歳の子供の問いに対しても、彼は真摯に応じてくれている。
当たり前のことを当たり前に答えてくれるのは、ありがたい。
前世の知識は異世界の常識であり、すべてを鵜呑みにするわけにはいかない。
この世界で生きていく以上、常識のすり合わせは欠かせない。
「ええ、人は水を飲まねば一週間と持ちません」
どうやら、この世界の人間の身体構造は前世と大きな違いはないらしい。
魔法が存在する分、生存は容易かと思ったが……ふと疑問が浮かぶ。
「魔法で水を出すことはできないのか?」
「魔法とは、魔力を具現化し指向性を持たせたもの。確かに水を操る魔法もありますが、それは魔力による仮初の水に過ぎません。実際に飲んで喉を潤すことはできませんので、水源の確保は必須です」
「魔力の塊であって、水そのものではないということか。では、魔力で構成されている魔物は食用にはできないのか?」
「はい。魔物の体は純粋な魔力で形成されており、その魔力は周囲を穢します。人が口にすれば、毒となるでしょう」
なんてことだ。フィクションの設定に引っ張られ、楽観視していた。
前世の日本人の感覚では、何でも食べようとする傾向があったが、この世界ではそうはいかないらしい。
思い返せば、放牧地にいるのは“動物”だったし、ゲームの食事システムでも魔物の素材を使った料理は最終局面――世界崩壊後にしか登場しなかった。
ステータス強化の効果がある料理として重宝していたが、それを食べ続けた先に何が待っているのか、僕は知らない。
「水や食料に加えて、住居の確保や寒さをしのぐ衣類も不可欠。火を起こす手段も必要ですな」
火起こしなら知っている。
ライターのような小型の魔道具があったはずだ。ゲームではボタン一つで火がついたものだ。
「爺や、小型の魔道具なら持っている可能性が高い。そこまで気にしなくてもいいんじゃないか?」
「何を仰います、お坊ちゃま。魔道具は魔石で動きますが、そのままでは使えません。魔道具用に加工が必要で、その技術は職人にしか扱えません。いずれ使えなくなりますぞ」
手に入れたアイテムが自動でストレージに入り、魔石やお金が数値として管理される。
ゲームではそれが当たり前だった。
けれど、この世界はそんなデジタルな世界ではない。
「え?魔石を手に入れたらすぐに使えるわけじゃないのか?」
「はい。文明的な暮らしというのは、物だけで成り立っているわけではございません。過去から受け継がれた技術の積み重ねがあり、それを支える人々がいるからこそ成り立っているのです」
10歳の僕でさえ、日常のあちこちで魔道具を目にする。
それほど生活に浸透しているのだから、崩壊後の世界でも拠点さえ確保できれば生きていける——そう考えていた。
でも、それは甘い考えだったのかもしれない。
「そして技術の継承は、生産技術だけではありません。魔物の脅威から身を守る戦闘技術や、結界を張る術もまた然りです」
爺やは、他にもいくつかの知らない知識を丁寧に教えてくれた。
影が傾くほどの時間、僕のわがままな質問にじっくりと付き合ってくれたのだ。
「……これらのことは、お坊ちゃま一人でどうにかできるものではございません。もちろん、お坊ちゃまの能力が足りないという意味ではなく、人というのはそもそも、一人でできることに限りがあるものです」
「そうか……一人では限界があるか……」
前世では、いくつものゲームを遊んだ。
ネットゲームもプレイしたが、基本的にソロで行動することが多かった。
その感覚が今も残っている。
……これは良くない傾向かもしれない。
「文明が崩壊すれば、法も秩序も乱れ、争いが起こるでしょう。そんな時こそ、人を導き、共に生きる術を示せる者が必要です」
「……僕がその役を担うべきだと、爺やは思うか?」
爺やは静かに微笑み、深く頭を下げた。
「坊ちゃまがどのようなお考えをお持ちかは存じません。しかし、未来を憂い、備えようとするその心は、きっと誰かを救う力となるでしょう」
しばし沈黙が流れる。
「そろそろ、旦那様が家庭教師を手配なされる頃かと存じます。その先生方にお聞きになってはいかがでしょう」
*
爺やが退室し、部屋が静寂に包まれる。
僕は先ほどの会話を振り返った。
――ゲームの知識があるから、生きていくだけなら簡単だと思っていた。
僕は基本的に怠惰な性格だ。
ゲームの中で魔物化した後、スキルが進化し「怠惰」になっていたのも、ある意味納得できる。
あのゲームでは、文字化けスキルの進化先は「七元徳」なら当たり、「七つの大罪」ならハズレという、よくある設定だった。
自堕落な生活を送りたいなら、人を導かないといけないとか、矛盾しすぎて笑えない。
僕のスキルが、転生者御用達のチートスキルだったならなぁ……。
そう思いながら、念じる。
すると、胸元から淡い光とともにステータスプレートが浮かび上がった。
そこには、真名とスキルが刻印されている。
神より授けられしもの――
「この文字化けが……」
改めてプレートを凝視する。
そこに記されていたのは――
「踏み台???」
……え?
文字化けした謎の記号ではない。
僕の前世の記憶に馴染んだ、紛れもなく日本語の文字。
……え???
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