第4話 『戦闘フォーム』
眼前に立つ少女がヒイロを睨んでいた。
それも一方干渉を使っているヒイロを。
本来ならありえないことだ。
でもヒイロには少なからず、このパターンに心当たりがある。
――こいつもあいつと同じで、選ばれた側の人間か。
その考えに思い至り、ヒイロは固唾を飲み込む。
なぜなら目の前にいる少女は本気を出せば――
「名乗らないなら賊とみなし、この場で排除――」
「ま、待て、ちゃんと名乗るから。だからそう怖そうな顔するな!」
両手を軽く上げて敵意がないことを示しつつ、ヒイロは観念したように名乗る。
「俺の名はシンカイ・ヒイロ。この城には怪しいやつを追ってきた」
――正確には先回りした感じだけど。
「なるほど。賊がこのヤマトに……それを私が信じると思いますか?」
「だろうな。どう見ても信じてない顔だ」
無抵抗を示したまま、ヒイロは諦めにも似た声を漏らす。
対する少女はヒイロを睨みつけたまま、
「おいで『夜空』」
小さく呟いた。
何かの名前を。
刹那、金属がぶつかり合う衝突音が響いた。
「いきなりだな、おい」
いつの間にか黒いグローブをつけた拳を握り、ヒイロはそれを押し返す。
刀身まで真っ黒な少女の刀を。
「普通の人間なら死んでる勢いだぞ」
「それはお互い様です。その拳、何を仕込んでるんですか?」
二人はお互いに互いの武器へ視線を向ける。
少なくてもヒイロの予定とは随分違った。
彼の予定では拳と刀がぶつかり合うことなく、少女を軽く吹き飛ばす予定だった。
それが蓋を開けてみれば、拳と刀の鍔迫り合い。
「言っておくが、俺は何も仕込んでない。ただ体が特別なだけだ」
「それで私の黒刀『夜空』の一撃を防げたと?」
少女は眉間に皺を寄せる。
到底、ヒイロの話など信じていない様子で。
明らかに彼の言動を疑っていた。
その根拠は、今の状況そのものにある。
「確かに特別な力があることは認めます。ですが――」
言い掛けて少女は大きく後方へ下がる。
そのまま見せつけるように、先ほどまで座っていた椅子を斬りつけた。
すると、
パカッ!
椅子が綺麗に真ん中から二つに割れた。
まるで初めから切れていたかのように。
「夜空の一撃を受けた相手はこうなります」
刀を下ろし、少女は斬った椅子を見せつける。
それを見たヒイロは青い顔をして。
「怖ぇよ‼ 俺が普通の人間なら確実に死んでるだろうが‼」
「安心してください。ギリギリのところで寸止めする予定でしたから」
「信じられるか!」
ヒイロは久しぶりに冷や汗を掻いていた。
多少でも剣の心得がなければ、防げなかったからだ。
何よりも彼はその『夜空』という刀を知っていた。
名前も形も以前とは大分違っていたが。
しかしおかげで、彼の中でようやく仮説が立証された。
なぜ目の前の少女が、一方干渉をすり抜けているのか?
その答えと共に。
「たっく。王鍵に選ばれるやつは、どうしてこう危なっかしいやつばかりなんだ」
自分の白い頭を左手で掻きながら、ヒイロは思わず本音を零してしまう。
しかも余計な単語まで付け加えて。
「どうしてあなたが王鍵のことを知ってるんですか?」
目元を鋭くした少女が、下ろし掛けていた刀を再び構える。
それも今度は明確な殺意を漂わせて。
「あれを知るのはこの国でも限られた人間のみ。他には……」
そこまで言い掛けて少女が口を噤む。
それは何かに気づいたという顔つき。
でもヒイロにはわかっていた。
――勝手に他国の間者とでも勘違いしてくれたか?
二人の会話に出てきた王鍵。
それは世界に十二本しかない代物であり、大抵は王族に近しいものが持つ。
つまりその存在を知るものもまた、王族など国家の中枢に近しい人間だ。
だが少なくても、ヒイロとワコク公国には何の繋がりもない。
それがわかれば、残る可能性は一つだけ。
他国の間者しかありえないというわけだ。
「ここからは本気で行かせてもらいます」
その直後、少女の髪が少しずつ変わりはじめた。
黒から燃えるような赤い髪に。
――なんだよ、あれ。
少女の変貌を見て、ヒイロは胸中で驚愕を露わにする。
――あんな変化、俺は知らないぞ。
「死なないでくださいね」
少女が刀を振り上げた時、その刀身から炎が拭き出した。
いや、正確には刀身自体が炎と化して燃えていた。
変幻自在に攻撃範囲を変える刃。
それを見たヒイロは苦しそうな表情をしながらも、
「こっちも出し惜しみしてる場合じゃないな」
口元だけは笑っていた。
笑いながら両手の拳を、ガツンとぶつけ合わせていた。
「やっぱり王鍵持ちとやる時は……こっちじゃないとな」
突如、ヒイロの足元に黒い光の円環が浮かび上がる。
それはヒイロを囲み、中にいるヒイロも黒い光を発していた。
手に嵌めたグローブは形を変え、手の甲に『13』の文字を。
彼が着ていたローブも、黒いマントへと変貌を遂げる。
そして何よりも――
「また黒い部分が増えたら、セブンに怒られるかもな」
白が多かったはずの髪が、全て黒色に変わっていた。
「……それがあなたの奥の手ですか?」
「ちょっと違うな」
部屋の中で燃え盛る爆炎の刃。
その熱風に揺れる黒いマント。
ヒイロはそれを翻し告げた。
「ただの戦闘フォームだ」




