表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カミサマリベンジ~1番の女王と13番の王  作者: リアルソロプレイヤー
第1章 波乱のワコク公国建国祭
3/6

第2話 『匂い』


 ――お兄ちゃん、セブンをお願いね。

 ――僕の妹を頼む。それとキミの新しい名前なんだけど……。

 ――どうして私のお兄ちゃんを殺したの‼


 ヒイロはふと、思い出していた。

 自分と深く関わった人間たちのことを。

 そして何度も思う。


「たぶん。俺との出会いが、皆の未来を大きく変えたんだろうな」


 森の中。一人で薪を拾いながら、自分の発言を省みる。


 ――未来なんざ、簡単に変えられるんだよ。


 その言葉の通り、ヒイロは多くの人間の未来を変えてきた。

 セブンもまたその一人。なぜなら、彼女には選択の余地があったから。


 魔法が使えるただの人間として、その寿命を全うするか。

 魔女となって、老いることの無い不老を手に入れるか。


 結果として、セブンは後者を選んだ。

 それもまだ十歳にも満たない年齢で。

 ただ行方不明となった、寿命のない兄――ヒイロと再び会うために。


「即決で決めるとか。本当、どんだけ俺のことが好きなんだよ」


 そう言いながらも、ヒイロには確かな罪悪感があった。

 母親が死んだ直後。合わせる顔がないからと、セブンの前から姿を消した。

 それから再会したのはつい百年ちょっと前。ヒイロが彼女を預けた母親の故郷――「魔女の里」を訪れた時だった。それも里長となったセブンに、ある頼みごとをするために。

 だからセブンが魔女になった過程も、先代里長から聞いた話でしかない。

 でもヒイロなりに、兄として思うことは確かにある。


 まだ十年も生きてない子供が、本当に会えるのかもわからない家族との再会。

 それを夢見て、不老になる決意を固める。

 それは一体、どれほど重い覚悟だったのか。


 あの時、セブンから逃げたヒイロには知る由もないことだった。


        ***


 薪拾いを終え、家のテラスで魔法書を読み耽っていたヒイロ。

 彼の耳に厄介な妹の我儘が届く。


「――王都に行きたいですわ」


 その言葉に一瞬、ヒイロのページを捲る手が止まった。


「あのね、お兄ちゃん。今、王都だとお祭りなんでしょ……」


 テラスの出入口の大きな窓。

 そこからこっそりと覗き込むように、セブンが話題を振る。

 けれど、ヒイロの反応はあまり芳しくない。


 ペラリと本をめくり。


「そういえば、今日は建国記念日だったな」


 ただ呟いただけ。

 彼はそのまま、また黙って本を読み進めようとした。

 それを見て。隠れていたセブンは、


「セブンもお祭りに行きたいんだよ‼」


 勢いよく飛び出し、白い椅子に座るヒイロの隣で子供っぽい態度を見せる。

 両手をブンブンと振り、外見に見合ったおねだりの仕方。

 ただし実年齢は四百歳ぐらい。

 それを知るヒイロからすれば、


「……痛々しいからやめろ」


 青い顔をして、本を閉じる程度には目を引かれてしまった。


「そもそもお前、誰から王都の話を聞いたんだ?」

「先代様からですわ」


 大人っぽく笑ったセブンの言葉に、白いひげの男の顔が浮かぶ。

 魔法使いというよりは、伝承にある赤い服の精霊ジジイに似た顔が。


「以前、『ワコク』の建国祭を楽しんだと、聞き及んでいるでござる」

「……あのクソジジイ。本当、ウチの妹にロクなことを教えやがらねぇな」


 読んでいた本を白いテーブルに置き、隣に置かれていたグラスを取る。

 そして中身のアイスコーヒーを傾けてから。


「お前、一人で行って来いよ。俺、興味ないし」

「一緒に行こうよ。久しぶりにデートなのだ‼」


 グラスを持つヒイロの手を、セブンがグイグイと引っ張る。

 それでもヒイロは一向に動こうとしない。

 それどころか。


「ハイハイ。面倒だから『権限没収』」


 直後、セブンが掴んでいたはずのヒイロの腕がすり抜けた。

 まるで霧や湯気でも掴んだように。


「いきなりボクから権限を奪って、一体どういうつもりだい?」

「どういうも何も……鬱陶しかったから」


 自由になった手に持ったグラスをテーブルに置く。

 ヒイロはそのまま立ち上がり、本を手にする。


「落ち着いて読書もできやしない」

「私を無視するお兄ちゃんが悪いんだよ‼」


 プクッと小さな両方頬を膨らませ、セブンは怒りを露わにする。

 けれども、口に貯めた空気は一瞬で解放されてしまった。

 ポフッとセブンの頭の上に、難しそうな魔法書が置かれたからだ。

 それも少しだけ力強く。


「い、いきなり何をするかしら」

「俺の読書を邪魔したバツ……」


 持ち直した本を肩に担ぎ、ヒイロはそのまま家の中へ戻って行く。

 その場に残ったのは、不満を露わにしたセブンのみ。

 両手に握った拳はプルプルと震え、足では地団駄を踏む。

 バンバンと、何度も繰り返しテラスの床を踏みつける。


「お兄ちゃんのバカ。アニキの意地悪。兄様なんて大嫌い。ヒイロなんてただの無職神のクセに。ボクの誘いを断るとか。ホント、マジありえないんですけど。セブンのことを何だと思っているのかしら!」


 怒りのままにヒイロへの悪口を次々に吐露していく。

 でも一番の怒りの理由は――


「家族相手に『一方干渉(いっぽうかんしょう)』を使うとか、絶対に許せない‼」


 先ほどまでヒイロが座っていた椅子が力強く、蹴り上げられる。

 それは音を立て、勢いよく床に倒れ伏せた。

 それでもセブンは椅子を起こそうとせず、ただ腕を組んで立ち尽くす。


「お兄ちゃんとはもう‼ 一生、口利かない‼」


    ***


「お兄ちゃん、愛してる」

「あれ? お兄ちゃんとは一生、口利かないんじゃなかったの?」


 祭りの出店で買った、棒付きキャンディーを舐めるセブンは幸せそうな顔をしていた。

 隣を歩くヒイロは、それをニヒルな笑みを浮かべて眺め続けている。


「ヒイロのそういうところ、ボクは嫌いだよ」


 飴を手にしたまま顔を、隣を歩くヒイロから逸らしたセブン。

 けれど飴を舐める度、彼女の口からは幸せそうな声が漏れていて。


「それにしてもなぜ、いきなり祭りへ来る気になったでござるか?」

「別に……。ただちょうど、街に来る用事もあったからな」

「人間嫌いの貴様が、人間の街で用事だと?」


 キョトンとしたセブンの態度に、ヒイロは少しだけ気まずそうな顔をする。

 するとその表情を読み取り、セブンは一人何かを思い出したように。


「……花屋なら今通り過ぎた」


 セブンのその言葉に、ヒイロが一気に体を後ろに向ける。

 すると彼が向いたところにあったのは、


「どこが花屋だよ‼ ただの町医者じゃねぇか‼」

「常に頭に異常を来してる兄上には必要じゃろう」


 クスクスと笑い声を漏らし、セブンはヒイロの態度を嘲笑う。

 その態度に唇を尖らせ、ヒイロが不満を露わにするも。

 それはすぐに吹き飛んでしまった。

 なぜなら、


「ところで邪神ハク」


 セブンが懐かしい名で自分を呼んだから。


「何度も言わせるな。俺は神界緋色だ」

「友達に貰ったものを大切にするのはいいことなのよ」


 核心を突いた妹の言葉に、ヒイロの足は思わず止まった。

 足を止め、少し先を行くセブンの背中を見ていると。


「母ちゃんもきっと、アニキのそういうところを褒めてくれると思う」


 ヒイロと同じく、足を止めたセブンが振り返り言う。


「でも親友にぐらい、本当の名を名乗ったらどうだい?」


 セブンの言葉に、ヒイロの赤い瞳が揺れる。

 それは動揺や不安、色々な感情を抱え込んで。

 不意にセブンから顔を逸らしそうになった。

 しかし。


「その方が喜んでくれると思いますわ」


 それを妹は決して許さない。


「だって、お兄ちゃんと友達になってくれた人だもん!」


 その言葉に、ヒイロから動揺が消えた。

 気づいた時、彼の視界には満面の笑みを浮かべる幼い妹の姿があった。


「はぁ~。流石は迷わず、永遠に俺の妹であることを選んだ魔女だよ」


 ヒイロは足を踏み出し、一歩ずつセブンへ近づいて行く。

 そして彼女が自分の眼前に来ると、その小さな頭に手を乗せた。


「悪い、兄ちゃんちょっと急用思い出した。しばらく別行動でもいいか?」

「それがお兄ちゃんにとって大切なことなら、何時間でも」


 幼女の姿ながら、ヒイロよりも大人な思考を持つセブン。

 その態度に胸を打たれ。


「お前が妹じゃなかったら。俺、普通に惚れてたかもな」

「バッ、バカなことを言うのは辞めるかしら‼」


 ヒイロの言葉に両手を上げ、真っ赤にした顔でセブンが反論する。

 それをイタズラな笑みを浮かべて、ヒイロは楽しそうに見ていると。


「は、早く行くがよい。いくら相手が死人とは言え、待たせるのは気が引けるだろ」

「それもそうだな。一年ぶりで話したいことも山ほどあるしな」


 ヒイロはセブンの金色の頭から手を離すと、踵を返してその場を去ろうとした。

 その彼の後ろ姿を見て、セブンは少しだけ詰まらなさそうな顔をする。

 今にも顔を俯きそうになっていたら。


「そうだ! 今晩は久しぶりに豪勢に行こうぜ‼」


 振り返った元気な兄の顔がそこにあった。

 口元に手をかざし、大きな声を更に大きくして。


「俺の奢りだ。ミルクのミルク割までなら許してやる」

「……バカ」


 俯き掛けた顔を真っ直ぐに上げ。


「さっさと、会いに行ってきなさいよ!」


 大声で兄の――ヒイロの背中を押す。

 親友に会うと決めた日。

 毎年その日が訪れると、弱気になるヒイロの背中を。

 今日もセブンは、兄の背中を確かに見送った。


   ***


 セブンと別れ、毎年訪れている花屋を訪れたヒイロ。

 彼が店へ入ろうとすると、


 カランコロン。


 ウェルカムベルが大きな音で鳴った。

 入れ違いで店から出てきたのは――


 白フードの客。


 それも顔を隠すぐらい深々とフードを被り、背はヒイロよりも明らかに高い。

 でも何よりも、ヒイロが注目したのは別の部分。

 その人物から微かに漂って来たからだ。

 洗い流しても決して落ちることのない、ある匂い。


 ――血の匂いだと……。


 その匂いに驚き、ヒイロは思わずすれ違った相手の手を見る。

 そこには血痕は愚か、汚れ一つない。

 そして店の中を覗いてみるも、去年と変わらず女の子が一人忙しそうにしているだけ。

 つまり、今付いた血の匂いではなく、


 ――体に染みついた、血の匂いだとでも言うのかよ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ