プロローグ 『血の海』
――二人なら最強だって、ずっと信じていた。
「――――――」
朦朧とした意識の中、地面に転がる彼は手を伸ばす。
霞んだ視界の中に見えた白い手に向かって。
けれどその白い手は微塵も動かない。
「な、に、して……」
声を上げようとした。
それなのにこれ以上喋れない。
喋る力すら残っていなかった。
ただわかるのは、自身の体にべっとりと纏わり付く嫌な感触。
鼻からもずっと、鉄臭い匂いが体の中への侵入を続けていた。
――何してんだよ。
血だまりの中に顔を埋めながら、這ってでも近づこうとする。
しかし、這おうとした瞬間に気づいた。
――そうか、もう足が……。
足の感覚が無かった。
それどころか視界の端に映る自身の手。
それが少しずつ透け始めていた。
痛みはない。ただ急激に意識が薄くなっていき、一時的に存在が消えて行くだけ。
――こんなところでお別れ?
文字通り手も足も出せず、既に身動きすら取るのも難しくなっていた。
それでもまだ、手を伸ばそうとすることをやめない。
手が伸ばせなくても、視線だけは決して逸らさない。
――ふざけんな、まだ途中だろうが。
歯を食いしばりながら、眺め続けていた。
すると、血の池に波紋が広がる。
自然とその元凶を目で追うと、そこには血に汚れた白い靴が。
「――っ」
小さく息を漏らして、その靴を強く睨みつけた。
だけど血だまりの侵入者は、その視線にすら気づかない。
ただ一歩。また一歩と、血の発生源に近づいて行くだけ。
「……イロ」
力ない声が聞こえた。
今にも消え入りそうな声が。
「……待っ……てて」
視界の中で白い手が小さく動く。
震える指先は真っ直ぐに、自分へ伸びていた。
それなのに、自分には伸ばし返す腕も無くて。
――なんでこんな時まで人の心配を……。
「今、私が……助ける……から……」
――迷わず逃げろよ‼
色々な感情で心の中がグチャグチャになる。
悔しさなのか、恐怖なのか、自分の顔から透明な何かが血の海に混ざって行く。
「また……これからも一緒に……旅を……」
声が途絶え、グシャッという音が響いた。
まるで肉を力ずくで潰す感じの嫌な音が。
その直後、自分の体に大量の熱い何かが降り注ぐ。
そして、先ほどまで声が聞こえて来ていた方向。
そこから力強く、赤黒い波が押し寄せてきた。
「――っ‼」
その波に乗ってプカプカと、一つの目玉が泳いでくる。
それを見た瞬間、大量の胃液が溢れそうになった。
それは到底、受け入れ難い現実だったから。
――まただ。
こちらをみつめる目玉。
それとみつめ合いながら、今までの人生を振り返る。
脳裏に浮かぶのは、何度も失い続けてきた数々の出来事。
そして今。
――俺はまた何も護れなかった。
「……誰が認めるもんか」
最後の力を振り絞る。
既に意識は消え初めていて、体の感覚など全くない。筋一本動かせそうになかった。
無駄な悪足掻きでしかない。そんなこと自分でもわかってた。
それでもだ。
「こんな未来、俺は絶対に認めない」
――俺が必ず護るんだ。
――俺の大切な相棒を。
次の瞬間、彼――神界緋色は世界へ溶け込むように消えた。
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