1 仕事が無い!
仕事帰りに周りの人と一緒に、異世界に召喚されてしまった。よく本で読んだシチュエーションだった。所謂、余計者が混じっていたパターンだ。
勿論、余計者は俺だ。召喚されたのは学校帰りの高校生達で、そこに居合わせた俺が巻き込まれてしまったようだ。
偶々立ち寄ったコンビニで、部活帰りの高校生達の足下に丸い複雑な文様が描き出され、気が付いたら俺もそこに乗っていた。慌てて抜け出そうとして、片足を踏み出したら鋭い痛みが身体を駆け抜けた。
気が付くと俺は冷たい石の床に這いつくばっていた。痛みで意識が薄れそうになったが自分の足がどうなったか気になりだし、見て見ると左足の爪先が靴ごとすっぱりと切り取られて無くなっている。
「おわああああーーーーっ!」
「「「きゃあああーーーっ!」」」
「「「「うわああーーーっ!」」」」
周りでも騒ぎ出している。自分の事で精一杯で何が起きたのか構う余裕が全くなかった。
だが、目の前に人間の片側だけすっぱりと切り取られた死体があった。その周りは血みどろ状態だ。それを見て事態を把握した。あの魔方陣らしきものからはみ出た部分が・・・人が・・・総て切り取られたのだ。
俺達を召喚したであろうこの世界の人間が近寄ってきて、素早く足に複雑な臭いの薬を乱暴に振り掛けた。
「もうこれで大丈夫だ。高価な薬だ!傷は直ぐに塞がる。もう騒ぐな!」
俺の足に薬を掛けてくれたのは立派な神官服を着た位の高そうな神官だった。勇者一人を召喚したつもりが、十人も魔方陣の上にいたため、身体がはみ出ていた部分が切り取られ犠牲になったようだった。俺の場合自分で出ようとしなければこの様な事態にならなかったと言うことだろう。
傷は塞がったが、足は元通りにはならなかった。勿論半分になってしまった老人は死んだままだった。これから俺はどうなるんだろう。
個室を宛がわれ、そこでゆっくり傷が治るのを待った。
傷の痛みがなくなった頃、あの薬を振り掛けてくれた神官が、勝手に部屋に入ってきて暫く俺の顔をじっと見ていた。
程なくして神官は「チッ!」と舌打ちをして話始めた。
「召喚した勇者は一人のはずだった。だが、他の召喚者も素晴らしいスキルが授けられていたらしい。この世界のために働いて貰うことになった。だがお前の場合、働いて貰うのは無理なようだな。君のスキルはたいしたことが無さそうだが、一応スキルの申告式には出て貰う」
それはそうだろう。片足が不自由では役に立たないものな。この世界の人はこの様なことをしても罪悪感は薄い様だ。まあそうだろうな。俺だって立場が違えばそうだったかも知れない。他人の痛みは感じないものだ。無表情になって彼の話をじっと聞いていた。
「お前にとって不運だっただろうが、お前達の世界の力が我々にはどうしても必要なのだ。お前はこのままこの神殿にいて貰っても構わない。ここに居ても厄介者だがな。どうする?」
どうするとは、どう言うことだ? ここに居てもらいたくない、みたいな言い方だ。こんな神殿なんかで、これから先ずっといなければならないなんてイヤだけれど、片足が不自由になってしまってどう生きて行けば良い?
「俺にいて貰いたくない、と言う事ですか」
「ああ、出て行くなら、支度金は出そう。十分生きていけるだけのものだ。心配は要らない。神殿で暮らすよりは余程自由だぞ」
どうやらこの神官は俺に出ていってもらいたいようだ。途端に食い気味で押してきた。
あの若者達は今、別室でショックを受けた心を静めているという。何らかの精神操作でも掛けているのだろう。俺を見ればまた心が揺れて、思うように戦えなくなってしまうと言われた。
俺には片足でも暮らせるだけの金をくれるという。以前読んだ本よりは扱いがいい方だろう。殺されないだけ増しだった。俺は出て行くことを選択した。
召喚された以前の場所に生き残った若者達が集められていた。
彼等はこれから研鑽を積み、力を付けて魔王退治に他の大陸まで出向いていくのだとか。ご苦労なこった。『無事に仕事を終えれば元の世界へきちんと帰って頂く』と言うことだった。だが死んだ老人は? 死んだ者達はどうなる?
それぞれが何らかのスキルを与えられて召喚されているようだった。
神官達が若者達から何のスキルか聞いて廻っている。勇者、剣聖、聖者、賢者など皆強そうな力を持っていて、「今回は大成功だ!」と言って、神官達は舞い上がっている。
俺は一人、彼等からなるべく離れた場所に立って見ていた。不自由な身体になってそんな大変な仕事は無理だ。俺はあの神官との話合いで、サッサとフェイドアウトする事になっている。
「お名前とお年と、授かったスキルをお聞かせ願いますか?」
若い神官が俺に気付いて走り寄ってきた。俺の番が回ってきたのだ。
「館山賢治だ。二十三歳」
「勇者様?・・・ですか」
「いや、巻き込まれただけだの一般人だ」
他の若者達は十六歳から十八歳で、八人居た。
「俺には大したスキルは無かった。片足が不自由では魔王を倒すのは無理だよ。だから、迷惑料をもらうことになって居る。そうすればここを出ていくから」
「あの、元の世界へ戻っていただくことは・・・今は出来かねます」
「いや、手間を賭けたくない。ここで生きていくから、金をくれ」
「・・・はい。では」
と言う事で、結構な金と雑貨が入っているであろうリュックを持たせられて神殿を出た。
多分、元の世界へは帰してもらえないのではないか? 彼等が無事に勇者の仕事を終えた後どうなるのだろう。酷い扱いは無いとは思いたい。
俺はどうせ元の世界へ帰ったとしても碌な生活は出来ない。学歴もないし、家族も居ない。安アパートの家賃だって滞納している。おまけに消費者金融にも借金している。帰ったら取り立て屋が待っていることだろう。この際だから、一からやり直すのも悪くないだろう。
俺は別にギャンブルをするわけでもないし、キャバクラへ行って散財するわわけでも無かったが、友人に騙されて保証人になって仕舞い、その友人は、ばっくれた。そのせいで俺は、にっちもさっちもいかなくなってしまったのだ。そんな折に今回の召喚に巻き込まれてしまった。
片足が不自由になってしまったが、金さえがあれば、生きていけるだろう。借金から解放され、重い財布を懐に入れた俺は、足取りも軽くモンダン国の王都、モンダナを闊歩している。つま先が無くなった靴の代わりに木靴を履いているので、足取りが軽いというのはあくまで心の問題だ。実際はびっこを引いてひょこひょこ歩いていた。
この金がどれくらいの価値があるのかはまだ分からないが、あの神官が言ったことが本当ならば、暫くは暮らせるのではないだろうか。だが、早めに仕事を探さなければならないだろう。
まずは住む処だ。こう言う異世界ものの定番として、宿を探すのだろうが、俺はここに定住するつもりなのだ。安い家を借りるか、若しかしたら買えてしまえるかも知れない。何と言っても、大金が手に入ったのだ。
召喚された若者達は、皆やる気に満ちているようだった。勇者様だ賢者様だとか持ち上げられて「魔王を倒す」と叫んでいた。本の影響を受けすぎたのか? あれはフィクション。これは現実だ。思春期の頃は俺もそうだったが、自分はまだまだ死なないと考えている。
誰でも人は死ぬんだ。然も簡単に死ぬ。命あっての物種だ。何が悲しくて、他所の世界の魔王なんぞと戦わなけりゃぁならない?
「まあ、若いと言うことは、深く物事を考えずに突っ走るんだろう。俺にはその勢いが無くなった。つま先も無くなったが。地道に細く長く生きていこう、それが一番だ」
この街はなかなか発展している。商売をしても良いだろうし、どこかに勤めることも出来るだろうか。いくら大金を持っていても使えば無くなるのだ。
試しに商店や職人の店に働かせてくれと言ってみたが、片足が不自由だとどこも使ってくれない。
街の商売の傾向を見て歩いて、隙間産業を見付けて自分で商売をする方が良いかもしれない。
俺が受取ったスキルは、『リペアー』と『真言』というものだ。何が出来るかは謎だ。
あの神官は、大したスキルではなかったと言っていたから、この世界ではメジャーなスキルなのだろう。今のところ俺にはスキルの使い方が分からない。
『真言』とは宗教がらみの名前だが、俺は全く神や仏には興味が無かったから全く何をどうすれば良いか分からない。
他の若者達は授かったスキルが一つだった。若しかしたら、あの身体が半分になった老人のスキルを俺が受け継いでしまったのかも知れない。
それよりもう一つの『リペアー』とは修繕の事か? 若しかすると足が元通りになるのか? 期待を込めて道の真ん中でしゃがんで、木靴を脱いで自分の足に大声で「リペアー」と何度も唱えてみたが足は元には戻らなかった。
近くを歩いていた人が立ち止まって、奇人を見るような目で見ている。俺は恥ずかしくなって、そそくさとその場から立ち去った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
市場や屋台を廻って、この国の食糧事情を調査してみたが、自分の料理の腕前や知識では太刀打ちできない。結構手間の掛かっている料理が、安い値段で売られているし、日本で食べたことのある物は殆ど網羅されていた。食品の品数も豊富だ。新しい食い物で異世界無双の道も無くなった。
冒険者というのも異世界あるあるだが、片足が不自由なら無理だろう。食い物屋では女しか募集していなかったし、商店の丁稚では年齢制限があった。もう手詰まりだ。
「暫くこの金でゆっくりするのも良いかもしれない」
ぶらぶらヒョコヒョコ歩いていると子供がぶつかってきた。
かなり小汚い子供だ。俺にぶつかった途端に転んで、吹っ飛んでしまった。慌てて助け起こしてやったら、「気を付けろよおっさん!」と言って、笑いながら走って行ってしまった。誰がおっさんだ。自分から突っ込んできたくせに気を付けろとは、全く躾のなっていないガキだ。
懐が妙に軽い。ハッとして懐を探ってみた。「やられた!」神官からもらった金が総て盗まれてしまった。
「何故分けて保管しておかなかったんだ、俺は!」
今更ながら自分の緩さ加減に呆れてしまう。友人を信用して騙されたり、イヤな仕事を押しつけられても、気が付かないでヘラヘラ笑っていた過去の自分にも腹が立ってきた。だが、今更悔やんでももう遅い。一文無しになってしまった。
「どこかに雇ってもらわなければ、今日の寝るところも食事にも困ることになってしまった」
かなり落ち込んで、小さな古びた店の前で黄昏れていると、店から親父が出てきた。
「お前、ここに用事が有るんだろう。早く中へ入ってこい」
この親父、何を言っている? 店の看板をみると『義肢、義足承ります』と書いてあった。
ここは義足とか作っている工房か。ここで働かせて貰えないだろうか。聞くだけ聞いて見るか。手先は器用だ。そう言えば俺は高校生の時、趣味で人形を作っていたこともあったのだ。男のくせに趣味が人形作りとは口が裂けても言えなかったが。
「仕事を探していて・・・ここで使って貰えないか?」
「何だ、客じゃぁ無かったのか。お前、年、いくつだ? 十八はいっているだろう。普通は十歳から修行して一人前になるには二十年以上掛かるんだ。今から始めて一人前になる前にじいさんになっちまうぞ」
「・・・それほど年はいっていない。頼むよ親父。俺をここで働かせてくれ」
「・・・お前、若しかして、勇者召喚でこっちへ来たんじゃ無いのか? 見た目がそっち系のようだが」
そっち系って・・・ああ、日本人顔って事か。この世界は西洋人風の見た目だ。俺の平坦な顔は珍しい。この世界では頻繁に召喚しているんだろう。
「その通りだけど、召喚の失敗で片足が不自由になってしまった。だから普通の仕事を探して、ここで普通に生活していこうかと思って。俺の世界では、八十歳まで生きるやつが多いんだ。下手したら100歳まで生きるんだ。だから十分修行できる。なあ、頼むよ。一週間だけで良いから、試しに使ってくれないか?」
「こりゃぁたまげた。勇者の国では、八十歳まで生きれるのか! まあ、それなら良いけどよ。俺の所には弟子がなかなか居着かないから、困ってるっちゃぁいるんだが・・・まずは掃除からな、給金は無しだ。その代わりここに住み込みで食事付き。一ヶ月様子見習い期間だ。仕事ぶりをみてから考えてやる」
「ありがとうよ親父!」
住む処と食い物の心配は無くなった。お人好しの親父に助けられた。木靴では不便だろうと特製の靴まで作ってくれた。
掃除は元の仕事だ。得意では無いが慣れた仕事だ。そうかその線で仕事を探しても良かったのか。だけど、この店の仕事に少し興味が沸いた。俺にも出来るかもしれない。
ここの親父はダヤンと言う名で、三十六歳だった。見た目五十代。
朝早く起きて店の掃除、工房の掃除、中庭の掃除。それが終われば奥さんが用意してくれた朝食を取り、ダヤンの仕事を見ながら覚えていく。今は、元冒険者だったルクセンという人の義手を作るための採寸をしている。
「オイ、ルクセン。ここはキツくないか?」
「ああ、チョット痛いな。少し緩めてくれ」
型取りは布に石膏を浸したようなものを患部に巻き付けて、型を取ってから作るようだ。そんな感じで、型取りが終われば義手を作っていく。何種類か義手を作って取り外して使うのだという。
手の形の義手や、鈎型、刃物、盾まであった。ルクセンは、まだ冒険者を続けるため、特殊な義手を注文している。彼はまだ二十一歳だという。
「オイラの左手は、赤苔タランチュラの腹の中だ。残っていれば神殿でくっつけて貰えたのによ。全く運が悪かった」
「馬鹿言え!神殿で接着術って言えば大金をふんだくられんだぞ!今のお前で払えねぇだろうが。どっちにしてもお前は義手が必要になるんだ」
――そうか、俺の足先も残っていたらくっつけて貰えたのに。足先はあっちの世界に置いてきてしまったから、無理だな。
赤苔タランチュラは毒蜘蛛で、二メートルもある大きな蜘蛛だそうだ。
冒険者がこんなに危険だなんて。五体満足だったとしても、とてもでは無いが俺には務まらなかっただろう。
義手や義足の作り方は、そんなに面倒では無かったが、装着する人が後から何度も直しや、微調整にやってくる。その度に長いこと話を聞く作業に時間を取られるようだ。これでは、儲けは少なそうだ。
俺は一週間もすると直ぐに認められた。今では簡単な作業を任せられるようになった。「もう教えてくれるのか?」 と聞くと、
「まあ・・・おまけだ。普通はこの作業をするには一年は掛かるが、お前は年がいっているからな、早く仕事を覚えたいだろうと・・・考えてな」
そう言うことらしい。同情してくれたのか。
俺の掃除が丁寧で、手早かったお陰かと喜んでいたが、お金を総て盗まれた話を聞かせたせいらしい。どんくさい俺を哀れんだようだ。
「浮浪児にやられたか。彼奴らは、盗人の親方がいて使い捨てにされている。お前から盗んだ金も親方に取られてしまっただろう。下手をすると殺されているかもな。親方は今頃、娼館にでもしけ込んでいるだろうさ」
その話を聞いて背中がゾワっとした。俺の金で今頃たらふく飯を食っているんだろうな、と気持ちを宥めていたが、あの浮浪児がもういないかも、と思うとやりきれない気持ちになった。
この世界では、人の命の何と軽いものか。俺や、あの高校生達も似たようなものだ。
関係の無い世界の人を勝手に召喚して、使い捨てる。あの高校生達の何人が生き残れるだろう。若しかすると俺は、幸運だったのかも知れない。