8話 団長!
隆々とした筋肉をひけらかす男が私の前に立った。しかし私はあえて拒否をする。
「団長にひとつお願いがあります。その屈強そうな兵士さんは後にして、あの彼と手合わせしたいのですが、宜しいでしょうか?」
私が指差す方へ団長は顔を向けると、顔から笑みが消え、団長と兵士は相槌を打つと、団長は黙ってその兵士を差し出した。
「紅くん、お手柔らかに頼むよ」
「承知しました。さあ、今日は小さな刃物ではなく、慣れた剣で向かってきてくださいね」
そう言うと、男は諦めたように眼光鋭く睨む。そして一礼して構える。
「手合わせ、お願いします」
「こちらこそ、宜しく」
凛と張り詰めた空気が漂い、一陣の風を合図に、男は剣を振り下ろす――
「おりゃー! 俺を甘く見るな!」
私はその剣を指先2本で受け止めて、男を見据え告げた。
「そうでした、甘く見た結果がこれですからね、貴族とはそうとう暇らしい。貴方には2度と怪我をさせたくないので、さっさと終わりにしましょう」
私は一歩も動くことなく、指先に力を込めて剣を真っ二つに折ってやった。
男は驚愕とばかりに剣を凝視し、愕然とその場に膝を突いた。
「いや、これは申し訳ない。斧とは違い、剣とはこんなにも脆い物とは知りませんでした」
そこへ時を挟まず、筋肉男が私の前に立ち開かる。やれやれ、待てのできない犬コロだ。
「お前、クソ冒険者だってな。オレのグレートソードはそう簡単には折れないぜ、せいぜい踏ん張りな」
筋肉男は自前と思しき大剣を肩に担ぎ私を煽る。おそらくこの筋肉男は噛ませ犬。誤魔化しの余興だ。
「では始めましょうか」
筋肉男は力まかせに大剣を振り下す。私はまた指先2本で受け止めた。
筋肉男はニヤリと笑って凄んだ。
「ヘッ、そうくると思ったぜ。このままオレ様の腕力でその細い腕を真っ二つに裂いてやる!」
「そうですか、なら早くやって下さい」
そう言われて筋肉男は大剣に力を入れるが、大剣はピクリとも動かない。顔や腕に血管が浮き出る。
「クッ、クソッ! 動かねえ!」
「ハァ、時間の無駄ですね、終わらせます」
私は必殺技、キンタマ蹴りをお見舞いすると、筋肉男は白目を剥いて泡を吹き昏倒した。
おっと、待てより先に伏せを教えてしまった、これは失敬。
私は剣を投げ捨て団長に歩み寄る。
「牢獄体験、どうもでした。では、ご機嫌よう」
と、一言メッセージを告げてその場を去った。傍らでアルやリーク、そして兵士達もただ呆然と立ち尽くし、成り行きを見届けていた。
私だってただ仕事だけに明け暮れていたわけではない。いつかはダンジョンに潜らなければならないだろうと、私なりに鍛錬は積んできた。
その結果、殆どのステータスはマックスに達した、これで空が飛べたら完璧超人よ。
それはそうと、この茶番劇を仕組んだのは、おそらく団長と貴族の馬鹿息子だ。
しかし確証はない。ただ、メッセージに対して何も語らずということは、私の思い違いではなかったということ。なんにせよ、彼らと関わりを持たなければいいはなし。
私は王宮の高い塀を飛び越えて、急いで小屋へと戻った。散々な一日とボヤきながら、日も暮れたので五右衛門風呂に水を溜め、薪に火を起こし、沸く間に洗濯でもと、上半身裸でせっせとシャツを洗う。
そこへカサカサっと足音が聞こえた。この辺りでは毎日のように、猪や熊、鹿などが出没する。
なのでいつもの事と、棒切れを片手に仁王立ちで構えていると、現れたのは……なんと団長だ!
「ぎゃああああー!! 団長! な、なんでー!」
慌てふためきながら、タオルをわし摑み体を隠すも、時既に遅しで、団長は顔を真っ赤にして背を向ける。なんと、一番関わりたくない男に女であることがバレてしまった。失態!
あ、でもそう言えば、団長は女性に興味がなかったような……。
「す、すまん! み、見てないぞ!」
あのさ、見てなかったらそこまで顔を真っ赤にして狼狽えたりしないよね。まあ、全裸ではなかったので良しとしよう。
ちょっとポロリ的なあれですよ、あれ。
「ハァ、どうされたんですか、こんな所まで」
「い、いや、あの、ちょっと話しをと……」
まあ、私を男だと思っていたのだから、団長のほうが驚くのは当たり前か。
でも、絶対的証拠を見られてしまったのだ、もう誤魔化しは効かない、必ず交換条件を出してくると思う、さて、どうしようか……。
しかしも、私のほうが冷静ってなんか変な感じだけど、せっかく訪ねて来てくれたのだから、あまり邪険にするのも可哀想か、ここは少し様子見だ。
「今お茶でもいれますから中へどうぞ。あ、薪の火を消して下さると助かりまーす」
「えっ、あ、ああ、わかった……薪ね、薪……」
私はすぐ着替えてお茶の支度をしていると、申し訳なさそうに団長が入ってきた、面白い。
「狭い所ですがどうぞお座り下さい。珈琲しか無くて、飲めますか?」
「あ、ああ、ありがとう。そ、そのう……」
なぜそこまで狼狽えるのか、ギャップによる拒否反応なのか、逆にこっちが戸惑うわ。
「ハァ、何か? 女性の裸くらい見たことありますよね、まあ、ちょっとゴツいですが!」
「いや、そうではなくて、顔が、あの眼鏡を……」
「眼鏡? ああ、忘れてました。掛けたほうが落ち着くなら掛けますが?」
「そ、そうしてくれると助かる……うん」
意外とシャイなんだ。私のイケメン顔も捨てたもんではないらしい、愉快愉快。
そんなことより、団長は何しに来たのだろう。それに、なぜ私の家を知っているのか。
「あの、よく私の家がわかりましたね?」
「ああ、バーグに聞いてきたんだ。彼はこの街のことなら大体のことは把握しているからね」
バーグか、ギルドマスターなら有りえる話だ。私のことは街の人達も知っているし、情報網を辿れば容易いことだろう。
「そうでしたか――それで、私に何か?」
「先に、牢屋の件を詫びたいと思う。大変申し訳ない、ドイルに任せてしまったのがそもそもの間違いだった。素直に直接話せば良かったんだ」
「ドイル? ああ、あの馬鹿息子ですか」
「彼は団員の中でも真面目だけが取り柄みたいな男なんだよ。ああ見えて自分逃避が趣味らしくて、役を演じるというか、嫌な自分から逃れられるからと言っていた、気の弱い優しい奴なんだよ」
芝居にしてはやけにリアルに感じたけど、それだけ没頭してたってことか。相当現実逃避しないとあそこまで入れ込むのは逆に難しいと思う。
私はその名演技にまんまと騙されたわけだ、ちょっと悪いことしちゃたかな。
「彼が騎士団に入ったのは、やはり家柄的な事情なんですかね? 親に言われて仕方なくとか?」
「そうなんだ。彼を許してやってはくれないだろうか、私にできる事があればなんでも言ってくれ」
私にとっては好都合。これで条件は五分五分になったわけだ、痛み分けって処か。
「なら、交換条件と言うことで宜しいですか?」
「交換条件とは?」
「彼を許す代わりに、私が女であることを秘密にしてい頂くことが交換条件です」
「ああ、そのことか。そんな交換条件などしなくとも口外などしないよ。君が男装するのには、それなりの訳があるのだろう? それを口外する権利も資格も私にはないよ。秘密は守る、安心してくれ」
「えっ、いいんですか? 本当に?」
「ああ、もちろんだ。それとこれとは別だ。他に何かできることはあるかい?」
こうも人の良さを全面に出されると、私もそうそう強気には出れない。アルやリークが慕うのも解る気はする、この上司的な包容力に魅了されたに違いない。ただ、まだ信用した訳じゃない。
私を貶めた理由を聞いてからでも遅くはない。
団長にできることか……あ、ならパンツ下さい。