7話 意図
団長と別れて私はまた王宮巡りを楽しむ。そこへ真っ白な薄絹のドレスと生成色のローブを纏った女性が、執事とメイド、警護兵に囲まれて通り過ぎて行った。
縦ロールの金髪が如何にも高貴さを醸し出す。しかし、華やかさとは掛け離れたドレスが不釣り合いだ。
「なあ、アル、あの女性は王族の人?」
「ん? ああ、あのお方はフォティア王女だ。清楚で美しい方だろう? 兵士の憧れの的だ」
ほうほう。ならば――
「じゃあさ、あの団長さんが婚約者とか?」
お決まりのベストカップルは異世界の定番よ。
「お前よくわかったなあ、団長と王女様は幼馴染なんだよ。まあ、当然の成り行きだよな」
幼馴染か、いつの間にか出来上がっちゃうやつ。
「でもよ〜、どうも団長はその気じゃないらしくてな、周りからは疑問視されてんだよ」
「疑問視って、どんな?」
「だってさ、王女だぜ? 次期王は約束されてんだろ。しかも若くて美しい女性だ。文句の付け所なんて無いに等しい。にも関わらず、団長は素っ気ない態度を取る。疑問に思うのは当然だろ?」
そう言われると身も蓋もないけど、物語の設定なんて大体の相場は決まっている。
ありきたりなところで言えば、王座に興味がなく他に目的がある、タイプじゃない、既に彼女がいるとかね。複雑な設定なら、他に後継者とか、団長は女性に興味がないとか。
私には全く関係ないんでどうでもいいことなんだけど、一応、聞いてみた。
「例えばなんだけど、王女に兄弟がいるとか、団長は女性に興味ないとかは?」
アルが目を見開いて驚く。当たりかあ……。
「お前知ってたのか? 王宮の秘事だぞ。まさか平民にまで話が出回っていたとは……」
「違う違う、当てずっぽうだよ。だから例えばって言ったろ? で、どっち?」
「なんだそうか、えっと……両方」
「えっ?」
ダブルかあ――これ絶対面倒くさいやつじゃん!
聞かなかったことにしよう。
「それにしても豪華で広いよなあ」
「王宮って凄いだろ? 俺は毎日この風景を目にしてる。なあ紅、お前も王宮で働いてみないか? その怪力を発揮できる職場だと思うんだよ」
あのさあ、怪力怪力って、もっと別の言い方してほしいよね。例えばスーパーパワーとかゴッドハンドとかさ。
それに、一応は冒険者だし、樵だし、ボランティア活動までしちゃってるしね。
「オーバーワークなんで無理っすかね」
「そっかあ、まあ、考えてみてくれよ。な?」
ペーパー冒険者には難易度が高すぎるので、このお話しはちょっと。
私はさっそく話題を変えた。
「あのさ、少し気になったことがあるんだけど、王女のドレスってもっとこう、煌びやかなものだと思ってたんだけど、あれは普段着とか?」
アルが物哀しい表情に変わって話す――
「……うん、そうだよ。本当ならもっと王女らしいドレスもあるんだけど、特にパーティーがあるわけじゃないのにって、着飾るのをやめたんだよ……」
確か、衣類は貴重品だと言っていたのを思い出す。しかし、衣類不足に陥った原因とは何なのだろう。お金の問題か、資源か取引か、あ、王子か。
「そもそも、どうして衣類が貴重な物になったんだ? お金の問題? それとも資源?」
「ああそれは、生産用ダンジョンの資源不足だ」
「生産用ダンジョン? 何それ?」
アルの口から飛び出した初のダンジョン名に困惑する。生産と言えば物を産み出すことだと思うが、私の思い付く限り衣類の元になる物とは、綿花か麻、蚕の繭に羊毛くらいか。
それらがダンジョンにあるってこと?
「この国特有の魔獣が住むダンジョンなんだ」
「魔獣? えっ、魔獣が衣類? 意味わかんない。話し長くなりそう?」
「なんだよ、お前が振った話題だろうが、確かに長くはなる。じゃあ、先に練習場に行くか」
アルがそう言って歩き出した。お喋りに夢中で王女もリークも既に立ち去っていた――
アルに案内されて兵士達の練習場へやって来た。
かなり広い敷地に、大勢の兵士達が隊列を組んで、剣を携えて素振りの練習をしている。
そこには団長とリークの姿もあった。どうやらリークは団長目当てで先に戻っていたようだ。
アルが私に、ベンチに座って見学してくれと言って仲間達の列に加わり練習を始めた。団長はなぜか私の横にピッタリ座った。何ゆえに?
「団長、先程は失礼致しました。牢から出して頂き誠にありがとうございました」
「冒険者と聞いていたが、礼儀正しい者もいるんだな。こちらこそ失礼した」
どうやら冒険者はお気に召さないようだ。王宮の見学は楽しいものだったが、兵士の練習を観なければならないこの義務感はなんだろう。
悪いけど、興味もないし楽しいとも思わない。これなら牢の脱出方法でも考えていたほうがずっとマシだ。せっかくの休日なのに――
私があくびを噛み殺していると、団長がそんな私に気付き話し掛ける。
「あまり剣術に興味はないのかな?」
「ハハ、ですね、そろそろ帰ります。今日は王宮を見学させて頂き、ありがとうございました」
「まあそう言わずに、もう少し付き合ってくれよ。そうだ、私が剣の使い方を教えてあげよう」
「いえ結構です」
私は即答した。だってそうでしょ、既に斧の達人の私がよ、じゃあお願いしますと、そう簡単には言えない。ってか言いたくない。
何故なら試してやろう感みえみえだからだ。
「何か気に障ることを言ってしまったのかな?」
「私が剣を使うことはないので、お断りしただけです。いけなかっでしょうか?」
「君の職業は?」
アル、何故そこの説明を省いた、面倒くさい。
「はい、樵です。いつもは斧を使っていますので、特に剣は必要としません」
斧と言う言葉に兵士達から失笑が漏れる。私は笑われても構わないけど、樵の仕事を馬鹿にされている様で腹が立った。
「部下の失礼を謝る。どうかその腕前を見せてはもらえないだろうか」
牢から出してもらった恩もある、ここは団長の顔を立てるしかないか。
「はあ、団長がそうおっしゃるなら少し……」
「ああ良かった。ではこの剣を使ってくれ。ちょっと君には重いかも知れないが、まあ頑張って」
なぜ頑張らなければならないのか。仕方なく、団長から差し出された剣を手に持つと、あまりの軽さに驚いた。
種類にもよるんだろうが、練習用とは言え、これで鍛えられるのかと疑問に思う。怪力の私と比べてはいけないのかも知れないけど。
「あのう、これは練習用だから軽いんですか?」
と聞くと、兵士達は手を止め私を睨んだ。余計なことを言ったようだ。失態――
「あ、あの、馬鹿にして言ったわけでは……」
「いや、構わないよ。そうだ、ならこの中でいちばん強い奴と手合わせ願いたい」
私は団長のそれとない意図が見えた気がして苛ついた。
「まあ、お望みとあらば私は構いませんよ。是非いちばん強い兵士をお願いします」
私はある疑問を抱いた。それは私を牢へぶち込んだ馬鹿息子がこの騎士団の中に居たからだ。
私の考え過ぎかもしれない。しかし、こうも都合よく罪人を入れたり出したりできるとは思えない。
示し合わせたと考えるのが妥当だ。しかも毛嫌いしている冒険者の私を、誇る騎士団の練習風景を見せたいと思うだろうか。
団長の意図か、それともただの偶然か――
何が本当で何が嘘かは今はどうでもいい。でも彼らはこのモブな私の地雷を踏んでしまったのだ。