6話 王宮の牢屋
いやはや、どうしてこんな事になったのか。
馬車など簡単に壊せるけど、きっとダグやカイル達に迷惑が掛かるだろう。
それにしても、余裕で馬に跨るこの若僧。憲兵を従えるとは、どこぞの貴族の馬鹿息子か。
貴族には愚息が多く、迷惑行為を娯楽にしていると聞く。どうしてそんなことがまかり通るのだろう。とにかく、今は大人しく従っておこう。
暫く走って大きな門が見えてきた。門番の声が聞こえる、どうやら王宮へ着いたようだ。
馬車は門を通り脇道へ向かう。建物の裏側へ回り、石造りの狭い通路で降ろされた。ここからは歩きで地下へと下り、私はとうとう牢の中へぶち込まれた。若僧が嘲た顔で悪態を吐く。
「いいザマだ、オレ様を舐めた罰はしっかり償ってもらうぜ。平民不勢が、くたばりやがれ!」
そう言って高笑いとともに去って行った。
私は大きく溜め息を吐いて、壁に寄り掛かり座り込んだ。多少のことでは落ち込まない私でも、牢となれば気も滅入る。
そこへ牢番の兵士が私に話し掛けてきた。
「お前も災難だったなあ、あいつは評判の悪い貴族の息子だ。まあ、これに懲りてちょっかいは出さないことだな。お前、名前は?」
ちょっかいを出すなと言われても、手を出してきたのはあの馬鹿息子のほうで、こっちはいい迷惑。
「私は紅だ、ご忠告どうも」
「紅? あれ……どっかで……」
牢番が私の名前を聞いて何やら思案している様子。頭を指先でトントン叩いて牢の前を彷徨く。
そしていきなり大声で――
「あ! 思い出した! あれだ、巡回の、アルの知り合いだろ?」
なんだって? あれだの巡回だのって……ん?
今、アルって言った?
「あなたはアルを知っているのか?」
「ああ、俺と同じ部隊の仲間だ。そうか、あんたが紅か、アルから話しは聞いてるよ」
「アルが部隊に?」
「そう、騎士団の歩兵部隊だ。今は遠征がないから交代制でいろいろな仕事を任されてるんだよ」
アルは巡回警備を取り仕切る男だ。街の警備隊だとばかり思っていたのに、国の兵士だったとは。人は見かけによらないって本当だ。
「確か今日は、昼の巡回で王都の街へ向かうと言っていたが、一緒じゃなかったのか?」
「いえ、私は今日お休みの日だけど、じゃあ今頃は王都で……」
そう言うと、牢番はニタッと笑って明後日の方向に手を振っている。
「どうやらあんたを迎えに来たようだぜ。オーイ、ここだよここー! あ、俺はリークだ、よろしく」
すると、甲冑をガシャガシャと鳴らし、息を切らせて男がやって来た。
「ハァハァ……オーっといたいた。まったく、お前が捕まったって街中が大騒ぎになってんぞ」
「あっ、アル! 来てくれたんだ!」
「ハァ、原因は強盗を倒したからだって? ダグから聞いたよ。お前に火はないことはわかってる、団長に話しは通したからすぐ出られると思うぜ」
「出られる? そんな簡単に?」
アルは自分のことのように、腰に手を当てて誇らしげに話す。
「団長は上位の貴族だ。しかも国王直々の配下なんだぜ。下級の貴族なんか相手にならないね」
「ふ〜ん、そうなんだ。でも何でアルが偉そうにしてんだよ、随分とご執心だなあ、そいつに」
「当たり前だ、我らの英雄だぞ。その名を豪剣の騎士団長ライノス・クレイドル様だ。崇めろ〜」
「プッ、あ〜はいはい。ありがとう、アル」
アルはこれでもかと胸を張って自慢げだ。隣りのリークも大きく頷いている。
騎士とはそんなに偉いものなのか。まあ、私には関係ないけど。
「しかしお前、随分と背が高いなあ。団長と同じくらいあるんじゃないか? それに、お世辞でも逞しいとは言えないんだが、ほんとに強いのか?」
リークが鉄格子に顔を近づけて私を凝視する。見せ物ではないのでやめてほしい。
どうせアルのことだ、怪力モンスターとでも言っているんだろう。
「馬っ鹿だなあリーク、いつも言ってるだろう? この細い体で強いから格好良いんだよ。素早い動きで敵をバッタバッタと倒す姿は圧巻だぞ!」
「また始まった、紅武勇伝。まあ、お前がそう言うんならそうなんだろう、俄には信じ難いが」
ちょっと意外だ。まさか私を高く評価してくれていたなんて、有難いと言うかなんというか、こそばゆい感じ。頼まれ事でも巡回の仕事をやって良かったと思う瞬間だ。
その後、別の兵士が釈放証明書をリークに手渡して、私はようやく牢から解放された。
地下から地上へ出た私は何だかホッとして、両手を伸ばしたらリークの頭を直撃――あっ。
「ぐおおぉー!」
なんとリークが吹っ飛んでしまった――
「あれ? 紅の横に不用意に立つなって言わなかったか?」
アルが素っ惚けた顔でリークを揶揄う。
「うるせー! ついだよ、つい!」
そうそう、何事も経験だよ、リーク。
「なあ紅、せっかく王宮まで来たんだからさ、ちょっと俺らの練習風景を見てみないか?」
アルから突然の誘いに私は驚いた。
なんということでしょう。王宮見学ツアーが無料で参加できるそうです。こんなチャンスは滅多にない、断る理由などあるなずもなく、私は二つ返事で即答した。
しかし、平民である私が王宮を彷徨いていいのだろうか。もしアルが咎められたらと思うと、些か気は引ける。
「行く! あ、でも私は平民だよ?」
「それは大丈夫。団長から案内してやれって頼まれたんだよ、迷惑かけた事と日頃のお礼だって」
「そうなの? 団長さんって凄いんだなあ」
「へへ、わかればよろしい。ほら、早く行くぞ。リークはどうする? 今日は団長もいるんだ、こんな機会は滅多にないぞ〜。ほれ、ほれほれ!」
リークは地団駄を踏みながら頭を抱えている。仕事を取るか好奇心を優先するかの迷い道。
「ああもう! わかった行く! アル、お前も共犯だからな。いいな、絶対だぞ!」
「ええっ?! まあしゃあないか、わかったよ」
どうやらお咎め覚悟らしい。でもなんかいいな、仲間同士って――
私はふたりの後に従い、長い廊下を歩きながら見たことのない装飾品や、念入りに磨かれた床や窓、手入れの行き届いた庭に目を奔らせていた。
アルをガイドに王宮を観て回っていると、ふと背後にいい匂いと気配を感じて振り向いた。
「おおおっ! デカっ!」と私の第一声。
「やあ、こんにちは。君が紅くんかい?」
声を掛けてきたのは背の高い……おそらく人間。私は思わず眼鏡をズラし下から上へパーンした。
なんだこの後光が差したような金髪は。しかも金色のまつ毛に陶器の様なお肌、瞳は青いビー玉だ。フランス人形かマネキンか、はたまたアニメの王子様か!
「おおお……動いてる」
私は今、世紀の大発見をしているのでは――
「お、おい……?」
男の問い掛けにも応じず、私は思想に没頭する。これは神の創造か、人間を超越したこの美しさは正に異世界。そうか、これが別世界の物を初めて見たときの驚きと感動かあ……。
「……君、どうかしたのか?」
どうもこうも、自分の顔を見たとき以来の感動で声を大にして言った。
「驚きは芸術だ!」
俺の声に気付いたアルが、雄叫びを上げて迫って来た。
「ぬおおぉぉ! 待てまて紅、気を確かに! この方が団長のライノス・クレイドル様だ。申し訳ありません団長!」
「いや、構わないよ。紅くん、ライノスと呼んでくれ。今回はこちらの手違いで不快な思いをさせてしまって、大変申し訳ない」
ああ、女神と寸分違わぬ優しい声。どうしよう、あまりの衝撃に脳みそが揺れる。あ、アルが私の首を絞めていた――