5話 正当防衛はどうした
あれ以来ダンジョンへ行くこともなく、意気込んで冒険者になったはいいが、未だ冒険者カードは通帳代わりにしか役に立っていない。
謂わゆるペーパードライバー的なあれだ。
それと、王都にある雑貨屋の店主と顔見知りになり、私が冒険者で怪力の持ち主と知って、王都の巡回パトロールをお願いされてしまった。
ただ定期的な見廻りなので、ボランティアみたいなものだ。
そして今がその帰り道。ちょうど石鹸が無くなりそうなので、雑貨屋に寄っていこうと思う。
そうそう、石鹸といえば洗濯に使うパンツ専用なのだ。未だたった3枚をローテーションで履く生活を送っている。とはいえ、生乾きは回避されたので良しとしよう。
王都の商店街で唯一、夜遅くまで開いている雑貨屋に入った。
「こんばんは。なあダグ、いつもの石鹸ある?」
「やあ、いらっしゃい。あるよ、パトロールの帰りか? ご苦労さん。そうだ、挽豆珈琲が手に入ったぞ、買ってくだろ?」
「うん、ありがと。それとミルクもね」
「あいよ。ちょっと待ってな」
私がポケットから小銭を出していると、如何にも僕は悪者です、といった2人組の男が入ってきた。
ひとりは見張り役なのか、入り口で待機する。にじり寄る男が徐にナイフを翳す。
「おい! 有り金ぜんぶ出せ!」
そこへダグが戻ってきて、カウンターの内側に入ると、状況を把握したのか、私の顔を見てニヤリと笑った。察した私も相槌を打つ。
「なあ紅、小遣いにしちゃ多すぎるよなあ?」
「そうだね、ああ、私の小銭ならあげるよ」
すると男は眉を吊り上げ怒りを露わにする。
「このデカブツが! オレ様を馬鹿にすんのか!」
「あれ? 足りない? んー、なあダグ、デカブツって言われたんだけど、正当防衛は通用する?」
ダグは呆れた顔で溜め息混じりに言う。
「あのなあ、ナイフ翳してる時点で正当防衛は成立してんだろ、いいから追い出してくれ」
「あっそう。ごめんねぇ君達、店主がああ言ってるからさあ、あ、それとも大人しく帰る?」
男は煽られたことに憤慨して、ナイフを突き出し襲い掛かってきた。
「この野郎! 思い知らせてやる!」
私はナイフを持つ腕をむんずと掴み、入り口で待機する男を目掛けて投げ飛ばした。
見事命中。ふたりは重なり合うように転がり、路上の壁に激突して昏倒した。
ダグは何事も無かったかのように、品物を紙袋に入れ、今回はサービスと言って袋ごと渡してくれた。私は機嫌良く、路上で昏倒している男達を他所目に、家路へと急いだ。
翌日――
今日は休日。昨日の事もあって、今日一日のんびりしようと思う。
「ハァ、旅したいなあ……」
そういえば、この森のことをあまりよく知らない、散歩がてら探索するのも悪くない。
ということで、パンと水を布袋に入れて、ちょっとしたハイキング感覚で出掛けた。
鬱蒼と茂る木々の間を通り、獣道と思しき山道を暫く歩いた。するとポツポツと雨が落ちてきた。次第に雨足が強くなり、ゴロゴロと雷も鳴り始めた。
どこかに雨宿りできる場所はないかと山道を下ると、山の斜面に小さな洞穴を見つけた。
急ぎ足で洞穴に駆け込む。奥行きはあるが、高さがないので、入り口付近で屈みながら雨を凌ぐ。
ふと頭をよぎった洞穴という危険空間。恐る恐る奥を覗くと、いらっしゃいました、小さな獣。
ジッと蹲り襲う気配はない。よく見ると、白い毛に覆われた小狐だ。しかもかなり痩せ細っている。
私は持ってきたパンを小さく千切って差し出してみた。小狐はこちらの様子を伺いながらパンの匂いを嗅ぐ。そしてひとつ、またひとつと食べ始めた。
ちょっと和む。雨も小降りになったので、残りのパンを置いて私は洞穴から立ち去った。
滑る足元に気を付けながら、何とか無事に小屋へ着いた。せっかくのプチハイキングが台無しだ。
と、ちょっとばかり異世界生活に余裕が出てきて、こよなく愛する旅行を懐かしむ。
何か旅行雑誌の代わりになる本でもないかと、街へ行ってみることにした。
暫く歩いて王都に着いた。相変わらず買物客で賑わっている。街の人達とも親しくなり、露店や行商人の人々からも声を掛けられるまでになった。
「なんだ紅じゃないか、今日は休みかい?」
「うん、そうなんだよ。またよろしくね」
「こっちこそ、紅のおかげで安心して商売ができるってもんだ。また巡回頼むな」
「相変わらず商売人は口が上手いなあ。じゃあね」
「おう、またな!」
通りを歩きながら店の人達と挨拶を交わして、少し早い昼食を取ることにした。
私の行き付けのお店。街で評判のアイドル的美少女が営む飲食店だ。さっそく赴いて店のドアを開ける。
「いらっしゃいませ〜! あら、紅ちゃん!」
「こんにちは、ライラ。お昼のランチってもう食べられるかな?」
ライラは私を見るなり、怒涛のごとく駆け寄って首に手を回し、耳元でヒソヒソと呟く――
『紅ちゃん、ちょっと痩せた? ちゃんと食べてる? こき使われてない?』
『ああ、いや、大丈夫だよ……』
『そう、またイベントのときはよろしくね!』
私を気遣ってくれるライラは、なにを隠そうカイルの娘さんだ。よほどイベント獲得賞品が気に入ったのか、未だにイベントの話を持ち出す。
どうやらイベントは不定期らしく、品物が集まり次第なんだとか。
王宮も裕福とまでは言えないらしい。この国の王子が行方をくらませているからだそうだ。
隣国との関係もまだ保たれているが先はわからないと言う、王国特有の政略結婚というやつだ。
それよりも、ライラには私が女であるこがバレている。もちろんバラした犯人はカイル。
賞品の下着が少ないと問い詰められて仕方なく白状したらしい。家族内の上下関係が見える。
秘密の条件は店の常連客になる事。そんなことで良いならと二つ返事で承諾した。
ライラは面白がって色々と世話を焼きたがる、姉さんみたいな存在になっている。
『いま私が胸に栄養のある物を作るわね! 今日はお休みよね? ゆっくりお話ししましょ!』
ライラは目を爛々と輝かせて厨房へと消えて行った。貧乳たがらこそ男装ができるわけで、ライラのような爆乳はちょっと……いったい何を食わされるのやら。
そんな不安を抱えながらテーブル席に着くと、店の外が騒がしいのに気が付いた。
すると、勢いよく店のドアが開いて、ぞろぞろと男達が入ってきた。兵士だろうか、私の両脇に立ちはだかると、いきなり腕を掴まれ立たされた。
私は突然のことにその手を振り払おうとした時、後ろから見覚えのある若僧が顔を出した。
「よう。昨日は随分と手荒に扱ってくれたなぁ、今度はお前が痛い目に合う番だ。まあ、俺は紳士なんで手荒な真似はしないがな。その代わり、暗〜い牢屋で暮らしてもらう、憲兵の諸君、連れて行きたまえ。では行こうかデカブツ野郎。ワァハッハ!」
こいつは確か、ダグの店を襲ってきた若僧だ。投げ飛ばされた仕返しか。なにが紳士だ、よくもまあ抜け抜けと!
でも、あれは正当防衛のはずなんだけど……。
あれ? 成立してない?
私は意見を述べる暇もなく、問答無用で馬車に乗せられ連行されてしまった――