39話 思い違い
初めて見るネコ耳の獣人に感激する中、ボディーガードの依頼内容が判明した時点で私は落胆した。
おそらくこの獣人娘たちはシアンを崇拝、いや、アイドルファンと化して慕っているんだろう。
それをシアンは迷惑だと思っている、でも臆病だから面と向かっては言えない、彼女たちも良かれと思っている行動が相手を傷つけていることに気付いていない、最悪のパターンだ。
だから第三者の私に矢面に立てとロウは言ったんだ、このモブの私にね。
お互いが傷つかない方法、そんなものは有りはしない。少なからず心に傷は負うもの、この若者たちはそれをまだ経験していないんだろう。
経験不足が誰かを傷つけることを教えるのが私の役目だとしたら、大人としてやるしかないでしょう、嫌な役回りだけど仕方ない。
そこで悠長に構えている鬼畜神も引き摺り込むので悪しからず。
「は〜い獣人のお嬢さんたちそこまで。悪いけどシアンを勝手に連れて行かれては困るんだよね」
「何者だ貴様――」
獣人たちが私を睨む、シアンはオロオロとするばかりだ。
「そっくりそのまま返すよ。私や獣神様が居るのに、挨拶もなく勝手に連れて行くのはどうかと思うがね、獣人は礼儀を知らないのかな?」
「――シアン様、こいつとお知り合いで?」
「う、うん、そうだけど、ねえ落ち着いて……」
シアンのあやふやな応えに、獣人たちは何を思ったのか、私を睨みなが言う。
「シアン様はこいつに騙されているのです、今すぐ追い出すので少々お待ちを――」
そう言って獣人が徐に爪を立てて襲ってきた。私は敢えて避けることをせず腕で受け止めた。
食い込む爪をそのままに、私はゆっくりとシアンに告げる――
「シアン、これがお前のやり方なのか、私は好かれていると思ったんだが、どうやら違うようだね」
シアンは顔面蒼白で狼狽える。
「ああ、紅が……なんてことを……」
「なあロウ、この状況をどう思う?」
話を振られたロウは眉をピクリとさせて、溜め息混じりで獣人の手を振り払い、私を支えて言う。
「ハァ、俺を巻き込みやがって――」
私への説教は後で、今は神の説教をどうぞ。
「獣人よ、この爪痕はシアンの胸に傷痕として残ってしまうだろう、お前たちの行動がシアンを苦しめていることになぜ気付かんのだ、こいつは俺の身内で仲間だ、事の重大さを思い知るがいい。さっさと帰って族長と相談でもするんだな」
「そ、そんな……」
ロウの話に獣人たちは顔色を変え、遅い後悔の念に囚われたのか、弱々しく去っていった。
ここからはシアンのフォローに徹しなければならない。無知は人を傷つける、私がそうだったように、だから敢えて厳しい選択をした。経験は宝だ、それを知ってほしい。
項垂れるシアンにそっと寄り添うと、私の腕を見て今にも泣きそうな顔をする。
「ああ血が……僕は……ごめんなさい……」
「大丈夫、かすり傷だ。彼女だって本気じゃなかったんだよ。ねえシアン、言葉にするのが難しい時もあるけど、言葉にしないと伝わらないこともあるんだよ、わかる?」
シアンはポロポロと涙を流して私に訊く。
「言葉にして……?」
「うん。嫌なことは誰にでもある、でもそれは千差万別、だから言葉にしてはっきり伝える必要があるんだ、あとでお互いが後悔しないようにね」
「我慢しなくていいってこと?」
「そう、我慢すると相手のことが嫌いになっちゃったりするでしょ? だからその前に、少しずつで良いから、ちゃんと気持ちを伝えよう。シアンならできる、頑張ろうね」
「うん! 紅、大好きだよ!」
いや、そういうこっちゃない……でもまあ、これで大人の役目は果たせたのではないだろうか。
後はロウが煽った獣人がどう出るかだ、族長とか言ってたけど、まさか、また私に矢面に立てとか言わないよね……。
それから、ロウが私の腕を見て傷は意外と深いと脅かす。シアンは責任を感じてか、家で手当てをするから早く帰ろうと急かす。
彼らの家は近くの森の中にひっそりと建っていた。なんとも懐かしく、樵の家を思い出す。
それにしても、こんな小ぢんまりとした家でふたりは暮らしているのか、狭くないのかな?
私は家に招かれ、シアンは蜘蛛の姿に戻って私の腕を治療してくれた。どうやら蜘蛛の糸は万能なようで、足と同様に腕の傷も綺麗に治った。
シアンは色々あって疲れたのか、私の側で眠ってしまった。
ロウはシアンの寝姿を見てポツリと言う。
「変化は気力を使うから疲れたんだろう……」
なるほど、変化というのか。
私も何気なくポツリと言う――
「獣神様も元に戻って休んでください」
「ん? 元に戻っているが?」
「ん? いやだから狼に戻って休んでください」
「あ? 俺に変化して休めと?」
なんだろう、話が噛み合わない――
「ええっと、人間に変化で狼が変化? あれ、なんか違う?」
ロウは大きく溜め息を吐く――どういうこと?
「ハァァァ、もうロウでいい――あのな、お前は何か大きな思い違いをしているぞ」
そりゃ大変だ――って何がどう?
「思い違い?」
「俺は狼に変化してこの世界にいる、昔から人間は自分たちとは違うものを崇めたがるからな」
何という衝撃的な発言。ということはだよ、山神であるハクも白狐に変化してこの世界にいる?
でも、ハクは元に戻れないと言っていた、これをロウはどう考えるのか、なのでハクとの関係をざっくりと話して聞かせた。
するとロウは考え深げに話しだした。
「ほう、そんなことが――おそらく、長い年月を白狐として過ごしていたことで、本来の姿を忘れてしまったんじゃないのかな、元に戻る必要がなかったというべきか、山神は人間に慕われていたからな」
「じゃあ、小狐になったのは?」
「そう急かすな」
ロウはそう言って寝ている蜘蛛のシアンを見ながら私に問い掛ける。
「お前は白狐と小狐、どちらに親しみが湧く?」
そう言われても、白狐も小狐も個性豊かで選ぶことは難しいけど、多分そういうことではなく、見た感じを聞いているんだろう。
「んー、見た目でいえば小狐かなあ」
「だろ? 可愛いものや小さいものは親しみ易く癒される存在だ。白狐は小狐というもうひとりの人格を創りだして、また人と寄り添いたいと思ったんじゃないのかな、あくまで俺の推測だが」
ハクは淋しかったのか、だから私の小さな親切をあんなに喜んでくれた。
でももう私は必要ない、ハクには頼れる仲間がいる、今度は私がハクにさよならを言う番だ。
バイバイ、大好きなハク――