38話 新たなステップ
私は黒狼とシアンの間に挟まれて洞窟を出発した。イケメンのサンドイッチはこの上なく美味なのだが、側から見たらただの男三人衆に違いない。
ふたりが人間に化けた理由も知りたいが、先ずこの犯人護送中みたいに歩く意味を訊いてみよう。
「あのう、なぜ私は真ん中なんでしょうか?」
「んー、お前は俺の遠い親戚ということで」
なんだろう、意味不明な応えが返ってきた。
「じゃ、じゃあ、僕は超親しい友人で……」
何そのもの凄〜く微妙でリアルな関係性は。君たちとは今さっき知り合ったばかりの他人ですよね、しかもカテゴリーは三者三様の別枠だと思うんですけれども。
どうしよう、私はこの自己完結野郎どもに付いていける気がしない……。
「ええっと、それとこの配列に何の関係が?」
「ここからは獣人族の住処だ、何の関係もない人間が立ち入れば暴動が起こる、それを避けるための措置だ。拾われた恩を仇で返すなよ」
「えっ、ということは私に神を装えと?」
「お前は確か、特別な力を授かってるはずだ、その力の神ってことで上手く誤魔化せ」
なんという無茶振り、確かに女神から怪力を授かったけど、そんなことに利用していいのだろうか。
恩を仇で返すなと言われても言い出しっぺは神である黒狼だし、誤魔化しは私の専売特許だし、聞かれたら怪力の神とでも言っておこう。
しかし、ここまで人間であることを隠蔽する必要があるのか、獣人族には興味あるけど、もしかして、私が想像するあのアニメオタク絶賛のネコ耳萌え系の獣人族ではないのかも。
ですので是非とも獣人族とやらの話を聞きたいと思う。
「あのう、私の記憶が正しければ、獣人族とおっしゃっていたような、ちょっとばかし教えちゃあもらえませんかねえ」
「なんだよ気持ち悪りぃなあ……獣人族とはその名の通り、獣と人間の両方の特徴を持つ生き物で、彼らを"セリアンスロゥプ"という。なのでこの領域名を"セリアンスロゥプシティー"獣人都市と呼んでいる。まあ、見たほうが早いと思うがな」
また随分と洒落た名前を付けたものだ、まるで海外の有名観光地を思わせる、行ったことないけど。
黒狼のいうとおり、実際に見たり実感したりするほうが良いんだろうけど、ここまでガチガチの設定をされたら誰だって事前の情報は欲しいところ。
「それはそうなんですけど、やはり覚悟というか、少しは情報提供してもらわないと私も対処法とか考えたいですし」
私がそういうと、隣りにいたシアンが怯えた表情で黒狼のうしろに隠れた。いったいどうした?
「ロウ、僕は紅を連れて家に帰るよ……」
「ダメだ、お前は隊長として長老に報告の義務があるだろ、いつまでも甘えは効かないぞ。それに、紅を紹介しなくてはならないしな」
隊長の義務? そういえば蜘蛛は森の番人とか言ってたな、なら洞窟付近で私を助けたのは見回りの途中だったのか。
その隊長であるシアンが職務放棄なんて、よほどの理由があるに違いない。
「あのう、良ければ詳しく話しを聞かせてくれませんか? 私も何か役に立てるかもしれません」
「そうだ、紅を僕のボディーガードにしてくれたらもう逃げないよ。ねえロウ、良いでしょ?」
シアンの提案に黒狼は不適な笑みを浮かべ、待ってましたとばかりに腕組みをして言う。
「そうだなあ、シアンのそばに居れば紅を特別な存在だと思うかもしれない。ということで、ボディーガード役は任せたぞ」
突如任命されたボディーガード役、モブの立場としては得策とはいえないけど、私にできる事なんて限られてる、贅沢は言えないな。
「はい、私で良ければ。でもそんなにこの領域は治安が悪いんですか?」
「いや、長老も村民もすこぶる良い奴ばかりだ。ただなあ、一部に過激な連中がいてな、俺もほとほと困ってたんだ。お前が矢面に立てばいくらかシアンも安心できんだろ、まあ頑張ってくれたまえ」
いちいち嫌みな獣神――
「もうロウったら、意地悪しない!」
「フッ、へいへい。ああそれと、これからは俺をロウと呼ぶように、怪しまれちゃ困るからな」
「ああ、はい」
なんだか物騒な話になってきた。それはそうと、ふたりは随分と親しいようだけど、どういう間柄なんだろう、師弟関係とか?
「ふたりは随分と仲が良いんですね」
「ああ、俺はこいつの親代りみたいなもんだ。いろいろと事情があってな、人見知りで臆病な性格だが可愛い奴なんだ。まあ仲良くしてやってくれ」
私もモブなんである意味同類かと。誰にでも話したくない事はある、あまり追求しない方が良さそうだ。獣神って意外と優しいんだな、私以外は。
「それじゃあシアン、改めてよろしく」
シアンは満面の笑みで応える。
「うん! 紅と一緒、嬉しいな……」
ロウは親目線でシアンを見る。
「良かったなシアン、じゃあ行くぞ!」
ロウの掛け声と共に、私は新たな領域へと踏み出す――
道すがら、野豚や牛、鶏や羊の姿がチラホラ見える。あれは獣人たちの食料になる動物なのだろうか、弱肉強食、私たち人間も同じ、食べなければ生きてはいけない自然の摂理だ。
食料を見たらお腹の虫が鳴いた――
「あのう、あそこに見える牛や野豚は食料なんでしょうか? 街にもお店はあるんですか?」
「なんだ、腹が減ったのか、面倒くさい奴だなあ」
そりゃ生きてるんで腹くらい減るって。あ、君らは化けると腹は減らない、そういう仕組み?
「えっと、変身するとお腹は空かない?」
「そんなわけあるか! もう少し我慢しろ。それとな、この領域では牛とか豚とは言わないんだよ」
「はっ?」
「よ〜く頭に叩き込めよ。牛はカウ、豚はピックモン、鶏はルースターバード、羊はシィープメリーだ、忘れんな」
こっちのほうが面倒くさいわ!
「大丈夫だよ紅、僕がフォローするからね」
見たか聞いたかこの鬼畜神め。ということなんで良し、忘れよう。
そうこうしているうちに、砦らしき矢倉が見えてきた。誰かがハシゴを伝って降りてきた、なんと熊が衣服を纏って歩いてる。獣人はどうした?
『ゲッ! 熊じゃん!』
思わず小声で叫ぶと、シアンも小声で話す。
『違うよ、熊はアルクダって言うんだよ』
もうどうでもいい――
『ねえ、皆んなこんな感じ?』
『ううん、クマ族はあれ以上進化しないんだよ、獣人はネコ族やイヌ族が主なんだ』
『じゃあ、住む区域もそれぞれにあるとか?』
『うん、肉食系と草食系、獣人族と聖獣族と分かれてるんだよ。あのアルクダは砦の警備兵さ』
なるほど、こりゃ難解だ。しかしまだ萌え系の希望は残っているということで、先へ進もう。
「これは獣神様にシアン様、お帰りなさいませ」
「おう、見張りご苦労さん。引き続き頼むよ」
「はい――そちらの方は?」
流石は警備兵、私を見るなり警戒する。
「こいつは俺の仲間だ」
ロウが名前を呼べとばかりに目配せをする。
「ど、どうも初めまして、えっとロウに誘われて遊びに来ました。よろしくどうぞ、ハハ」
「そうでしたか、失礼しました。どうぞ」
喋る熊、不思議な感覚だあ……。
砦を潜るとロウがはたと足を止めた。
「来たぞ、厄介で過激な奴らが――」
「えっ?」
前方から砂煙りを上げて集団が迫って来る。そしてシアンの前で止まると、ぐるりと囲った。
「シアン様〜、お勤めご苦労様ですぅ〜!」
「ああ、今日もお美しく、私は幸せです!」
「シアン様、お疲れでしょう、お食事の用意はできております、さあ、一緒に参りましょう!」
おお! これは正しくネコ耳萌え系の獣人だ!
もしかしてボディーガードって……。
「今日は一段と過激だなあ、ほら、早よ行け!」
と言われて戸惑う私――マジかあ……。