34話 歴史
ハクの異様な態度に戸惑い、私は気分転換に部屋を出てデッキにひとり佇む。
ハクは何に反応したんだろう、執事のアランに対してなのか、それとも話の内容に理由があるのか。
ハクというより、山神様の事情など私には到底わかるわけもなく、こんなことなら寄り道などせず、アラウザルに戻っていればよかったと思う。
もういろいろ考えることに疲れた……。
そこへフッと人の気配がして顔を上げると、どこかで見たような青い瞳と金髪のイケメン紳士が私を見下ろしている。誰?
「こんなところに座って考え事かな?」
「あなたは?」
「私はフォルティス・クレイドルだ。こんばんは、紅さん」
「フォルティス様、私は馬車でお待ちしておりす。では紅様、失礼いたします」
後ろで手を胸元に置き、髪をオールバックにした礼服の男が挨拶をする。まさか執事のアラン?
あのモサ男が変われば変わるものだ、早々と主を連れて来たってことか。ならさっそく私に会いたかった理由を聞こうじゃないか。
「こんばんは、クレイドル伯爵。私に用ですか?」
「そう畏まらずに、私のことはフォルティスと呼んでくれ。まず何から話そうか――ああ、ライノスと仲良くして頂いてるそうで、ありがとう」
ん? ライノスってあのイケメン騎士の私がライと呼んでいるあのライノス?
そういえばライノス・クレイドルとかいう名前だったっけ、すっかり忘れてたわ。
同じクレイドルということは、親戚? もしかして、ハクが反応したのはこのクレイドルという名前を聞いたからかもしれない。
ここへきてまたアラウザルの関係者か、話とは何だろう、いろいろ知っていそうな口振りで、聴く意味はありそうだ。
「礼を言われるほど仲良くしてませんよ。ライとフォルティスさんとは親族ということですか?」
「ほう、ライと呼んでいるのか、懐かしいな。ライは私の甥なんだよ、私と兄が年の離れた兄弟でね、ライとはそう年も違わない兄弟みたいな仲だったな。あ、横に座っても良いかな?」
「ああ、はい。そういえばライって何歳なんですか? 私とそう変わりないと思うんですけど」
「ライは確か、18歳だったかな?」
「ゲッ!」
ちょっと待ってよ、衝撃なんだけど……えっ、私より年下? ということはよ、兵士のアルやリークはガキんちょ同然ってこと?
ちなみに――
「えっと……そういうあなたはお幾つで?」
「私はもう22だ、文字通りおじさんよ。アハハ!」
まさかの同い年、なら私もおばさんだよね。カルマやバーグは……いや、追求するのはやめよう。
異世界の年齢設定っていったい……。
「年齢なんて付録みたいなものさ、気にしても仕方がない。では大昔の話しをしよう」
女子は年齢を気にする生き物なのです。それより大昔の話とは何だろう。
「この国の歴史ですか?」
「この大陸の歴史だ。この広大な土地は原生林で覆われたひとつの巨大な大陸だった。周りには海という海域もあり、難破船や海賊船が漂流するようになった。様々な人種が生きるために原生林を荒らし、好き勝手に領域を決め、人間同士か争いを始めた」
海域があったから海賊船か、異世界の歴史なんて想像もつかないけど、山神様の拠点となるアラウザルの歴史も語られることを期待したい。
そこへ甲板を歩く人影が揺らめく、海賊船あるあるの幽霊かと思いきや、山神様本人のハクがやって来て私の隣りに座った。
異様な雰囲気に私は戸惑う――
「ハァ、やっぱりお前か。音沙汰が無いからどうしたのかと心配したぞ。紅こっちへおいで」
と言って私を膝の上に乗せる――どういうこと?
「こ、これは山神様、お久しぶりにございます」
と、フォルティスは慌てて片膝を付いて挨拶をする。だからどういうこと?
「ここからは僕が話そう。紅、よく聴いてね」
そう言ってハクが話を始めた――
「僕は人間が嫌いなわけではない、しかし争いとなれば話しは別だ。僕は人間に制裁を下そうと森の果樹や動物を摂れぬようにした、地に毒草や根を生やし、住まえぬようにした。そんなある日、一隻の海賊船が漂流して来た。その者たちは事のあらましを知り、僕に提案を持ち掛けた」
「提案?」
「そう。自分たちをこの土地に住まわせてもらえるのであれば、争いを無くし、領土を護り、無駄な殺生を行わず、人々が平和に暮らせる国を造りたいと。そして僕を崇め、人間が人間を罰すると」
私は結果を聞く前に思わずハクの顔を覗いて聞いた。その海賊船に乗っていたのは誰かと。
「ククッ、少しは興味を持ってくれたかい? 船長の名をヴェルデ・アラウザル、魔導師のルナ・フェルモント、聖騎士のイーリス・クレイドル、商人のレルム・デルニエだ」
「それって、すべて国と都市の名前だ……」
「うん。僕は提案を受け入れた、代わりに僕は条件を付けた。自らの名を国の名と定め、自ら提示した案が一定期間守られなければ強制排除、守られた暁には国を増やす権利をと」
「一定期間ってどのくらい?」
「約20年、紅は知ってるよね、10年一昔って言葉を。天災ならぬ人災は忘れた頃にやってくる、だから20年を設けた、人間は忘れる生き物だからね」
もう正論すぎてぐうの音もでません。ということは、やはりアラウザルが起源国となるんだろう。
それよりも、海賊の船長が一国の王とは驚きだ。今の王は末裔なんだろうが、海賊っぽい面影は微塵も感じられない普通の国だ。多少レオは受け継いでいる感は否めないけど。
それとは別に、クレイドル家はなぜ国を立ち上げなかったのだろう。
「ねえ、クレイドル家には国を与えなかったの?」
そうハクに尋ねると、隣りでフォルティスが語りかける。
「それは私が説明しよう。クレイドル家には二通りの役目があって、国を守り戦う騎士と、聖を受け従う騎士だ。祖先は聖騎士でどちらも担ってきたが、争いが無くなったことで聖を受け継ぐ者が減ったんだ。ライは国のために戦う騎士、私は聖を持つ山神様の従者、つまり、騎士は国の盾であり、国を支える側なんだよ」
そう言われればそうかもしれない、騎士だけの国なんて造っても怪しい組織集団にしか思えない。
それと、フォルティスがハクに跪いたのは、山神様の従者だからっていうのはわかったけど、従者って何をするのか私にはさっぱりだ。
ハクが命令を出したり指示したりするってこと?
なんかいろいろ詰め込み過ぎて頭が回らない、思考を放棄したい。
「紅、大丈夫? ちょっといっぺんに話し過ぎたかな、僕に寄り掛かって良いからね」
そんなハクの優しい言葉に、フォルティスが長い溜め息を吐く。
「ハァァァ……山神様のそのお姿と物言いから察するに、例の案は変更なんでしょうね……」
「ま、まあ、そういうことで――それより、例の物は見つかったか?」
私を挟んで飛び交うその例とは……?