33話 異変
無事に木箱と従業員を引き上げた私。従業員たちは安堵したのか、私にしがみ付いて喜びを表す。
その様子にハクは問答無用で蹴散らし威嚇する。ちょっと小狐っぽい反応に私もホッとする。
それはそうと、この陸に船の正体とは――
以前、樵仲間たちが話ていた船の博物館のことではないだろうか。
私はクルーズ船を想像していたんだけど、マストに白い帆がなんとも怪しい雰囲気の海賊船を思わせる。そういえば横シマの半袖Tシャツを見てつい船員と勘違いしたが、頭にバンダナでも巻こうものなら、海賊の乗組員さながらだ。
昔は海賊でもいたのだろうか、ちょっと興味。私的にはジャック・ス●●ウがお気に入りなので、是非ともピラピラのブラウスファッションにして頂きたいところである。
そんなくだらない妄想の中、ふと柵の手すりから下に目をやると、あれだけ騒いでいた見物人たちは、まるで見せ物のパフォーマンスが終わった後のように、平然と背を向け歩きだす。この様は、前世の都会によくある移り気の早さによく似ている。
私もハクの後ろに隠れて平然とやり過ごそうと、荷物を抱え先を急ぐ私を館長が呼び止める。
「あの、少しお時間を頂けないでしょうか、従業員を助けて頂いたお礼もしたいですし」
「いえ、私が勝手にやったことですからお気になさらず、それでは」
「お待ちください、あなたは『ゼルトザーム』に認められた冒険者の紅さん、ですよね?」
館長がアックスの入った皮袋を指差す。突然のご指名に、私が有名なのかアックスが有名なのかわからないが、最初から私を知っていて引き留めていたようだ。
「ああ、そうだけど、私に何か用ですか?」
「ここでは話し難いので、館長室へご案内します」
私とハクは仕方なく館長と一緒に船を降りた。道すがら、女子力高めの女性たちが、やたらと熱い視線を送ってくる。
どうやらハクをご所望のようだ。怪力の私より、従業員を抱えて助けたハクがヒーローに映ったのだろう。いや、元々ずば抜けた容姿だ、魅了されるのは当然だ。
ハクはどうなんだろう、せっかく人間になったんだ、私のお守りばかりではなく、違う女たちとお近付きになるのも良いと思う。
まあ、ライみたいにモテ過ぎて女性不信になられても困るけどね。
恋愛、私には無縁の領域だった。チビで冴えない私は男性はおろか、同性との距離も遠かったし、それが当たり前で、いつしかモブの道を突き進んでいた。正直、面倒くさいと思っていたのが本音だ。
そりゃ恋心を抱いたことくらいはあるけど、始める前からいつも諦めていた。
今は随分と恵まれた容姿で、仲間もいる。少しは前向きに考えてみようか……でもなあ、ハクは山神様だし、恋愛に興味があるとも思えない。ハクが私に優しいのは、きっと負い目を感じているからじゃないのかな、もしくは仲間意識とかね。
それでも人間になったハクを、私は男性として多少なりとも意識しているのは事実。アタックは流石に無理だけど、寄り添うくらいなら私にもできる。
では私なりの意思表示を――
ちょっとばかし恥ずかしめに手を繋いでみる。
するとハクは満面の笑みで応える。
「紅ったら、やっと僕の言葉を理解したね。迷子にならないようしっかり掴んでてよ」
「……はい」
う〜ん、前途多難だ……やっぱ慣れないことはやめよう。
――――――――
館長室――
私とハクは、ハーブティーとお菓子のもてなしを受けながら、館長の話を聞いていた。
「――ということがありまして、そのミニロックマウスという指定害獣が縄や木箱を傷つけるんです」
闘技場で戦ったあいつのミニバージョンかあ、なるほど、ロープが切れてしまったのも納得だ。
「そのロックマウスを私に駆除してほしいと?」
「いえ、駆除は既に済んでおります。実は、紅様にお会いしたいというお方がいらっしゃいまして、お引き留めした次第なのです」
急に改まった話し方をする――
「どうして私に?」
「約半年前、カルマ様から紅様たちのお世話をしたいので、空いている別宅を貸してほしいと言われまして――覚えておいでですか?」
「あの家はカルマの持ち物ではないと?」
「はい。もちろん、私の物でもございません。あの家は伯爵様の所有物で、この博物館も伯爵様が趣味で建てられたものなのです。紅様にお会いしたい方とはその伯爵様にございます」
伯爵伯爵って、もう大体の検討はつく。カルマのいう変わった伯爵のことだろうけど、なぜ私に会いたいのか、そして館長と伯爵の繋がりとは――
「館長さんとその伯爵とはどういった関係で?」
「はい、私はクレイドル伯爵家の執事でアランと申します。以後お見知り置きを」
あまりお見知り置きをしたくないのが本音だけど、伯爵というからには無碍にもできないのが現状。おそらく、カルマが伯爵の話を持ち掛けたのは、別宅を借りた代償を私に払えということなんだろう、なんともあざとい奴だ。
とはいえ、カルマには世話になった恩もある、無視はできないのが世の常。
私は目を細め、片眉を上げていかにも怪しげな話だと言いたげに尋ねた。
「それで、私にどうしろと――」
執事のアランは作り笑いで応える。
「これは大変失礼致しました。紅様とお供の方に、当屋敷へお越し頂きたいとのことです」
まあそうなるよね。はてさて、どうしたものかとハクに目をやると、訝しげにアランを見据えている。
そして――
「紅に会いたいのなら伯爵がここへ来ればいい」
と、ムッとした表情で言い放った。
おいおい、いつもは温和なハクが、柔らかオーラを纏ったハクが、今はハリネズミのように刺々しい――その強気はなに?
「何か失言があったようで……では、本日は船内の客室にお泊り頂いて、伯爵にその旨を伝えて参りますので、また後日改めて伺わせていただきます」
アランはそう言って退室してしまった。その後、横シマTシャツの海賊ども――従業員たちが私とハクを別々の客室へ案内してくれた。
いつもなら一緒の部屋が良いと駄々をこねるはずが、ハクは黙って部屋へ入っていった。
私は誰も持てないアックスと荷物を抱え、ハクの部屋を一時見つめて、隣りの部屋へ入った。
只事でないことが只事のように起こっている。ハクはどうしてしまったのか――