32話 陸の船員
カルマと別れて国境を越えるべく、私は小高い山から隣国を眺める。
私の今の目標はハクを元の山神様に戻すことだ。でも何をどうすればいいのか見当もつかない。
あの時、ハクは自分を犠牲にして魔石の暴走を食い止めた。無惨なハクの姿に、私は夢中で森に祈り、魔力を与えた。
正直、そうすることしか他に思いつかなかった。
何が正解で、何が間違っていたのか、今でもわからない。
改めて振り返ってみると、不思議に思うことが多々ある。ハクが寝床のシャツと地図を置いていったのは、私と旅を共にするためだと言っていた。
でも知り合ったばかりの人間にどうしてだろう。
私は特に地図を見ることなくフェルモントへ入国した。レオに遭遇し、新種がいることを知った。
カルマとレフカに出逢い、謎のスキルが発生した。ハクが追いかけてきて、スキルの状態を教えてくれた。そしてレオの新種は嘘で、古来種がいるといった。
もしかすると、あの地図には古来種を示す場所が書かれていて、私と一緒に古来種を持ち帰るのが目的だったのではないか。
でも予想外の出来事が起きた、魔力の暴走だ。国は壊滅状態になり、困難を極めたフェルモントに、古来種のランデを譲ることになった。
しかし、あの出来事以来ハクは私に執着するようになった、まるで私の監視役みたいにだ。
なんだかラブ的な発想をしていた私が馬鹿みたいじゃない? まあ、別にいいんだけどね。
不思議に思うことはまだある。フェルモントのカルマにレフカ王、彼らはアラウザと強い繋がりがある。これはただの偶然だろうか。
それと、白狐がしきりと私にライを勧めたのはなぜか。私をアラウザルに留めておきたかった?
もし、女神が私をアラウザルに転生させた理由が、アラウザルで冒険者として仲間を守り、樵で生活を安定させることだったとしたら、私の怪力スキルを国のために役立てろってことなのかもしれない。
これはあくまで憶測で私の推論だ。しかしだ、推論が当たってしまったら、私の自由や旅行ライフは困難を極めるということ、それは流石にどうよ。
ちょっと話は逸れちゃったけど、ハクは一応アラウザルの山神様だ。なら、ハクをアラウザルに連れて帰れば、元に戻る可能性は高い。
でもでも、私のスキルは探究者だし、隣国にも興味あるし、旅は道連れ世は情けってことで、ハクには強制同行して頂きます。
「紅、どうかした?」
「パンツより自由の危機、行くわよハク」
「?」
私たちは国境を越えてデルニエ国へ入った。入国の際、商人や荷馬車の多さに驚いた。都市というくらいだ、商業が盛んなんだろう。
きっと娯楽施設もあるに違いない、私のチキンハートが歓喜に震えております。レッツゴー!
「もう紅ったら、そう慌てないで。ほら、迷子になったら困るからね」
と言ってハクが身を乗り出す私の手を握る。私はいつ保護者同伴の子供になったのだ。
そこへ――
「は〜い、保護者の方々、お子様が迷子にならないよう御手を繋いで離れないで下さいねー!」
と、手を拡声器代わりにして叫ぶ従業員らしき男たちがチラホラ。
お、これはテーマパークによくあるシチュエーション。何かイベントでもあるのだろうか。
「ほらね、お子様は御手を繋いでだって、ククッ」
私はハクのお子様かよ、それよりいちおう男装なんで手繋ぎはやめようか。
「とにかく先へ進むよ、小狐ハク!」
「ハイハイ」
するとそこへ、好奇心たっぷりのガキんちょが、私たちに向かってこれ見よがしに指をさす――
「ねえパパ、あの人たちおててつないでるよ、仲良しさんカップル?」
ほ〜ら言わんこっちゃない、言ってないけど。
悪気のない小悪魔をどう騙くらかそうか、と思っていると、見知らぬモサモサ頭の男が割り込んできた。
「あのねボクちゃん、この人たちはここの従業員さんでね、皆んなにお手本を見せているんだよ」
「そっかー、じゃあボクもパパとおててつなぐ!」
「うん、ありがとう、良い子だね」
「バイバイおじちゃん!」
「おじ……うん、バイバイ」
なんだろう、おじちゃんと呼ばれて凹んでるこの男は誰なんだろう。
あっという間に小悪魔を騙くら……丸め込んでしまった。いったい何者?
「あのう、何方様で?」
「まあまあ、どうぞこちらへ」
「こちらとはどちらへ?」
「さあさあ」
「いやいや」
「やれやれ……紅、もう構わず行こうよ」
この茶番劇を作った元凶のハクに言われたくない。まったく、望んで人間の姿になったのなら、少しは自覚してほしいものだ、妖艶で神秘的な美しいイケメンの手繋ぎがどれだけ注目を浴びるかを!
とにかく、怪しきには近寄らずだ。
「助けて頂いて申し訳ないんですが、先を急ぎますので、では失礼します」
その時、人混みから悲鳴が上がった。ドタドタと船員の格好をした従業員が、血相を変えて男の前にやって来た。
「館長! 大変です! 食糧を運ぶ滑車が外れて、荷物の上に従業員が取り残されてるんです! すぐ来てください!」
どうやら逼迫した状況のようだ――
私は脳裏に焼き付いたハクの無惨な姿を思い出し、居ても立っても居られず、身体が勝手に動いた。もう悲惨な光景は見たくない……。
「場所はどこだ、案内しろ!」
従業員が私の問い掛けに慌てる――
「えっ、あの、あなたは……」
館長の男が怒鳴る――
「いいから彼らを案内しろ!」
従業員は言われた通り、踵を返し走りだす。
「こちらです! 付いてきてください!」
私たちは後を追う。人混みをかき分けて現場に着くと、巨大な船のデッキから1本のロープに括られた大きな木箱が揺らめいている。
そして木箱を足場に、ロープにしがみ付く従業員の姿が見えた。
私はギャングウェイ(通路階段)を駆け上がり、甲板のデッキからロープをグッと掴んだ。
「ハク! 私が引っ張り上げるから彼を頼む!」
「わかった! 気を付けろよ!」
従業員たちと館長はデッキの柵から固唾を飲んで見守る。私は柵から身を乗り出し、ゆっくりとロープを手繰り寄せ従業員に声を掛ける――
「もうすぐだから、頑張れ」
「あ、ありがとうございます……もう一本のロープが切れてしまって……」
この異世界にワイヤーロープなんて頑丈なものは無いんだろうから、仕方ないとは思う。
でも滑車とか、何時代よ。まあ、ウィンチやクレーンなんて当然あり得ない話だろうけどね。
日々の点検がいかに大切か思い知れ、従業員たちにモサモサ頭の館長さん!
なんかムッときて面倒くさくなったので、一気にロープを手繰り寄せた。ハクが瞬時に従業員を抱え込む、これにて一件落着。
あれ? ここって陸よね?