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30話 身分証


 宴で賑わう宮殿内でハクを探していると、ベルママが私を見つけて手招きをする――


「紅ちゃん、こっちこっち! 早く!」


「あ、ベルママも来てたのか、ハクは?」


「それよりアラウザルの王子が偵察に来てるのよ、ハクちゃんは外の荷馬車で待ってるわ。私達もここを離れましょう、ほら行くわよ!」


 慌てるベルママに急かされる中、アラウザルの王子と聞いて私も心中穏やかではいられない。

 レオも自分の嘘が本当になったんだ、実際どうなのか確かめに来たんだろう。

 今さらレオにどうこう言われる筋合いはないんだけど、妹のフォティア王妃に暴言吐いちゃったし、ここは逃げるが勝ちで。


「ベルママありがとう! よし急ごう!」


「ちょっと、そのベルママはやめてよ、グレージーンファミリアの会員ならカルマとお呼び!」


「そうだね、カルマ、ありがとう!」


「ああ、なんか逃亡者みたいでワクワクするわね! あ、宴の料理をちょっとばかし盗んできたから、どこかで食べましょ!」


 流石は裏ダンジョンマスター、抜け目ない。別に逃亡しているわけじゃない、でも関わりたくないのは事実。もう逃亡者でもなんでもお好きにどうぞ。

 

 カルマの後に付いて宮殿の外に出ると、荷馬車の(ほろ)からハクが手を差し出して待っていた。


「紅、こっちだよ、気を付けて」


「あらヨッと、ありがとうハク」


 ハクは私を抱えて荷台に座り、


「僕の紅――誰にも渡さない」


 そうポツリと呟いて、私をギュッと抱きしめる。いつもは私がハクを抱えていたのに逆バージョン。

 きっと勢いで人間なんぞになったから心細いのかも。大丈夫よハク、私がなんとしてでも小狐と白狐に戻してあげるからね、気合い入れていこう!


「エイエイオー!」


「???」


 疑問符いっぱいのハクを他所目(よそめ)に、馬の手綱を引くカルマに声を掛けた。


「ねえカルマ、どこまで行くの?」


「隣国の国境付近よ、もうすぐ到着するわ。そうそう、荷物の確認しておいてね」


 そう言われて近くあった私の荷物を確認する。皮袋に入ったアックス2本と、キャンプ用具に衣類、身分証の冒険者カード。

 私はここである事に気がついた。国境といえば身分証だ、ハクには身分を証明する物がない。

 小狐ならまだしも人間となると誤魔化しは効かないだろうし、転移魔法で密入国?

 いやいや、神様に犯罪を犯させるのはちょっと。ここはダメ元でカルマに聞くしかない。


「ねえカルマ、国境を越えるにはやっぱり身分証が必要よね?」


「ああ、ハクちゃんのこと? それなら大丈夫よ、ハクちゃ〜ん、説明よろしくぅ〜!」


 横でハクが満面の笑みでカードらしき物をチラつかせる。そして私を膝の上に乗せて説明を始めた。


 私と一緒に旅をするなら必ず身分証は必要になると考えたふたりは、アラウザルのギルドマスターに経緯を説明し相談したところ、ギルドマスターのバーグが、以前、私と約束した要望をまだ聞いていないと言って、ならその要望がハクの冒険者カード作成ということにして、内密に冒険者カードを作ってくれたという。


 おそらく要望とは、アックスを受け取るか否かでバーグと交渉した時の事だと思う、私もすっかり忘れていた。

 しかし、なぜフェルモント国のギルドではなく、アラウザル国のギルドを訪ねたのかと訊くと、バーグとカルマはギルド開設の初期メンバーで、今でも連絡を取り合う仲なんだとか。


 あのバーグとカルマがねえ、世間は広いようで狭い。とはいえ、神が冒険者なんて前代未聞だ。

 でもこれで国境という壁は無くなったので良しとしよう。

 

 それはそうと、カルマがアラウザル国に随分と加担しているように思うけど、何か理由があるのだろうか。


「ねえ、カルマがアラウザルに(こだわ)るのはなぜ?」


「私の故郷がアラウザルだからよ」


「えっ、でもカルマとレフカは従兄弟(いとこ)同士でフェルモントの人間よね?」


「レフカの母親と私の母親は姉妹、だから従兄弟、それはわかる?」


「はい」


「私の母はね、王族と国を捨ててアラウザルの一般男性と結婚したの、だからアラウザルが私の故郷」


 なるほど、複雑な家庭事情があったんだ、悪いこと聞いちゃったかな。

 まだご両親は健在なんだろうか――


「カルマのご両親は今もアラウザルに?」


「ええ、イーリスの街で石材屋を営んでるわ」


 ――――ん?


「…………今なんて?」


「イーリスで石材屋よ、あら、お知り合い?」


 はい、お知り合いです――ダンディなドムさんですよね、カイルと幼馴染のあのドムさんですよね!

 あまりの衝撃にチキンハートと小っさい脳みそは今にも分解しそうです……ああ、世間狭すぎ。


 

 そんな話の中、荷馬車が急に止まった。その反動で私は床に頭を(したた)かに打ち、カルマに文句を言うと、知らん顔で馬車を降りた。どうやら国境近くに着いたらしい。

 私はタンコブを押さえながら、なんでこういう時に支えないんだよ馬鹿ハクと、愚痴をこぼしながら荷物をせっせと降ろす。

 

 盗んだ食事をハクに運ばせて、私はキャンプ道具を広げて薪に火を(おこ)し、小鍋に水を入れてお湯を沸かし、珈琲を()れてやっとひと息。

 馬に水をやり終えたカルマが大きく背伸びをしてゆっくり座った。


「気持ちいいわねえ、私もこのまま旅に付き合おうかしら。フフフ」


「カルマが良いなら一緒に来る?」


 私がそう訊くと、


「フッ、冗談よ。店をあの子達に任せておけないし、裏ダンジョンもあるしね」


 と、少し疲れた表情で語った。旅は人を癒してくれる不思議な時間だと私は思う。

 旅の恥は掻き捨てではないが、思いっきり自分を曝け出せる良い機会で、知らない者同士が気兼ねなく羽を伸ばせる空間ではないだろうか。

 でもカルマは自分を隠さず、正々堂々と生きている。それでも疲れたときは、癒しの時間を味わってもらいたい、自由な時間を。


「そっか、ちょっと残念。次は必ず一緒に行こね」


「うん、ありがとう。それでね、ちょっと相談したいことがあるんだけど、聞いてくれる?」



 相談とは何だろう、ちょっと嫌な予感……。

 

 そういえば、メンスアンダーパンツ3点セットがそのまま入ってたんだけど、ハクは何を穿いてる?



 

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