29話 決意
ハクをガイドにフェルモント国を離れ、古来種を求めて山奥にある原生林の森へ入った。
「紅、足元に気を付けて。疲れてない? お腹は? 僕がおぶってあげようか?」
なんだろう、この過保護な扱いは。お腹はたらふく食ったので問題ない、疲れは十分過ぎるくらいの睡眠を取ったのでエネルギー満タンです。
おんぶって、私がハクを肩に乗せるのとは訳が違う、それなりに重量もあるんで。
「ちょっとハク、もう以前の私と変わらないんだから心配し過ぎよ。それよりハクのほうが疲れてるんじゃないの? 看病って結構しんどいし」
「僕は大丈夫だよ。紅の笑顔が僕の原動力だから」
ああ、ハクはいつから小っ恥ずかしい台詞を言うようになったのか。
きっとベルママがこっそり碌でもないことを吹き込んだに違いない。
参考にする人物を間違えてるぞ、是非ともカイルのお頭を真似て頂きたい。
「あっそ。で、古来種はどの辺りにいるの?」
「ああ、タッピアという木に生息しているんだ。古来種の名前はランデと言って、とても大きくて綺麗な蛾なんだよ。幼虫は黒い毛と青い足で神秘的さ」
「蛾ねえ、ふ〜ん。じゃあ先ずそのタッピアの木を探すのね?」
「うん、そうだよ。さあ行こう」
ハクに手を引かれ、タッピアと言う木を目標に、更に奥へと進んで行くことになった。
奥へ進むにつれ、土壌は乾燥して地面はひび割れている。そこに何本かの大木が聳え立っていた。
「紅、あれがタッピアの木だよ。そしてあのぶら下がってるのがランデだ」
「ちょ、ちょっと、デカいんですけど……」
「当然だよ、ランデも魔獣だからね。幼獣もそれなりの大きさだ、ここからは静かにね」
それなりの大きさって、小さい毛虫だって無理なのに、静かにとか余計に無理でしょ。悲鳴は必須。
そこへバサっと音がして、黒い影が頭上を通り抜けた。恐る恐る見上げると――
『ハク! ハク! モスラ! モ、モスラー!』
『落ち着いて! 雄のランデだよ!』
小声で話すも、大声で叫びたくなる衝動を必死に堪え、ただハクにしがみ付くのが精一杯であった。
『ククッ、紅、可愛い!』
ハクに可愛いとおちょくられてしまった。だがここは敢えて甘んじよう、だって女の子だもん。
「ねえ……あれをどうやって連れて帰るのよ」
「僕はこれでも山神だよ、従わせるに決まってるだろ。ちょっと待っててね」
ハクはそう言ってネップラの木の前に立った。
そして両手を広げ、唱え始めた。
「"我、山の守護神たる白狐なるもの。山より生を受け活けるものに告ぐ、我の命に従え《縛》"」
そう唱え終わると、ランデは地に舞い降り、静かにハクの前に佇んだ。
「さあ紅、帰るよ」
「えっ? 帰るってどうやって?」
「転移魔法でネップラの木と幼獣、ランデ丸ごと生産用ダンジョンに移す。ほら、紅は僕に掴まって」
何その簡単で超便利な魔法。なら最初から転移魔法で来れば良くない?
「ちょっと、わざわざ歩いて来た理由は何?!」
「だって、紅は旅がしたかったんでしょ?」
「はあ? これはもう旅じゃなくて冒険よね! それに今回はフェルモントのためにでしょうが!」
「ええ〜、僕は紅と一緒なら特に何でもいいんだ」
こいつ……。
「ハァ、もうわかったわよ。で、私はどうすればいいの? け、毛虫ちゃんの側は絶対に嫌よ!」
「プッ、さっきみたいに僕に引っ付いてて」
と言われたので、私はハクの背中におぶさった。ハクの背中がこんなに広かったのかと、ちょっと驚く。小狐の匂いがする、暖かくて気持ちが良い。
「じゃあ行くよ。転移魔法《空時》」
ハクが言った途端、目の前が真っ白になり、そしてあっという間にある場所へ着いた。
「紅? 大丈夫? もう着いたよ」
「う、うん……えっと、ここは?」
「フェルモントの生産用ダンジョンだよ、後は王族に任せて、僕達は戻ろう」
初めてのダンジョン内にちょっと興味。そこへ、レフカ王とフォティア王妃が揃って姿を現した。そしてハクに向かって深々と頭を下げた。
「山神様、お待ちしておりました。これで我が国も立て直すことができるでしょう」
「初めまして山神様、フォティアと申します。これからはレフカ王と力を合わせて参ります、本当にお世話になりました。心より感謝申し上げます」
えっ、それだけ?
「私はトアと申します。宴の準備が整っておりますので、是非、宮殿のほうへ起こし下さい」
そしてフォティア王妃が私に――
「紅さんですね、女性の方とお聞きしました。ドレスをご用意させて頂きましたので、紅さんも是非、宮殿でお楽しみ下さい」
そう言われて、私は今まで我慢してきたものが爆発した。私はトアに言う――
「トアさん、悪いが山神様は大変お疲れになられているので、どこかで休ませてあげて下さい」
私はそう言って、トアとハクを先にダンジョンから出した。そして私はこれまでの思いをレフカと王妃に遠慮なくぶつけることにした。
残されたレフカと王妃は戸惑っている――
「なあ、レフカ。今回の不始末はあんたらの責任だよな? 別に私が犠牲になろうがそれはそれで仕方ないと思う。魔力が制御できないから山神様に頼んだのも何となくわかる。でもさ、何でこの国の為に山神様があれやこれやと動いてんだ? 違くないか? ふたりも居てそうは思わなかったのか?」
「僕は城と街の復興に全力を注いでいたんだ!」
「そうだろうなあ、でも一番の功労者は誰よ? その功労者に誰も当てがわないって、そんなにこの国の兵士は腑抜けなのか? 役立たずなのか? ああそうか、使える者は誰かれ構わず使うって考えか。老若男女問わず? 病人子供問わず? 笑っちゃうねえ」
レフカは黙ってしまった、だが容赦はしない。
王様、階級、クソ食らえ。
「それから、横で怯えてる王妃様に同じ女として一言。私にドレスって、そのドレスを作るのにどれだけの手間と時間が掛かるかあんたわかってるはずだ、衣類不足の時に普段着だったもんね。それだけ気を遣えるなら、騎士団長さんの気持ちもわかってた? 婚約者という名目で縛り付けて、何とも思わなかった? 幼馴染だからわかってくれると思ったの? 逆だよね? 幼馴染だからこそもっと考えてあげるべきじゃなかったのか?」
「そ、それは、お父様が決めたことで……」
「どいつもこいつも人のせいにしやがって、あんたも望んで王女になったわけじゃない、恵まれた容姿で人々を騙くらかしてるわけでもない。でもさ、それで周りの人達が迷惑被ってんの気付いてないの? 当たり前だから? 当然だから? 恋しい人と結ばれてああ良かった、ああ幸せって、心から言えんの? ちゃんちゃら可笑しいわ。甘い、甘過ぎるわ!」
王妃が泣き崩れた。ここで女の武器を使うのか、卑怯者めが、知るか!
「いいか、私が言いたいのは、豪華な宮殿でバカ貴族と戯れてるだけじゃなく、誰が何を求め、どんな思いで暮らしているのか、自分の足と眼で周りをよく見ろってことだ。少しは相手の立場になって考えろ。じゃ、言いたいこと言ったんでさようなら。レフカ、結婚おめでとう」
ふたりは俯いたまま、一言も発する事なく黙って私を見送った。ちょっと言い過ぎたかな?
言い過ぎついでに――
「そうだ、生産用ダンジョンが回復したら、是非とも綿パンツを作って頂きたいのでよろしくどうぞ。あなた達のセンスに期待してます、じゃ!」
そう言って踵を返してハクのもとへと急いだ。私が決意を固めた理由とは、ハクと共に山神の手伝いをすること。
ハクはあれ以来、人間に近い存在になっている、それは神としてどうなんだろう。そう思った時、なら樵である私がハクと一緒に山を守ればいいと考えた。
ハクを元の山神に戻すべく、ハクに習い、ハクと行動を共にするのが私の決意。
別にハクが可哀想とか、親心とかそんなことじゃない。私はハクが好き、可愛いし、愛しいと思う。
それが恋愛感情かはわからない。この先、愛が芽生えたとして、それはそれで素敵なことだと思う。
女神のコンセプトは自身を変えること、だからモブは卒業。どうよ、随分と進歩したんじゃない?
私はハクに思いや考えを伝えた。ハクは躊躇なく二つ返事で了承してくれた。
これから私とハクの旅が始まる――
――あ、ハクのパンツも必要じゃね?