2話 歓迎会
あれから暫くして、カイルが荷馬車に乗って迎えに来た。私はマンモを荷台に乗せて、馬を引くカイルの横へ座った。
「王都ってここから近いんですか?」
「ああ、歩いてもそう遠くない距離だ。アラウザル国のヴェルデ王都にあるイーリスって街だ。今回はほれ、マンモを乗せなきゃならんからな」
アラウザル国のイーリスか。覚えておこう。
「なるほど。あのう、マンモをギルドへ渡すってことは、ギルドの指定モンスターなんですか?」
「んー、というか、マンモは元々ダンジョンの魔獣なんだが、何者かが連れて来ちまってよ、で、あれよあれよと数が増えて、害獣という名目で冒険者意外でも引き取り可能になったんだよ」
ダンジョンから持ち出すって、正気の沙汰とは思えないけど、相当美味しい食材になるんだろうか。
それとも家畜にして転売目的とか、肉にして売り捌くとか。ああ、駄目だ。お腹が空いて食べ物のことに考えが集中してしまう。
早くお金に換えて食事に有り付きたい……。
「グゥー、グルグル……あっ……!」
「おおっと、なんだ、腹減ってんのか、ならギルドは後回しにして、先に仲間んとこへ行くかな。紅の話しをしたら直ぐ会いたいって酒場で待ってんだよ。飯も食えるから安心しな」
「おお! それは有難い! あ、でも私お金を持ってないんですが……なので先に換金を……」
「金の心配はいらね~よ、歓迎会みたいなもんなんだ、遠慮しないで沢山食いな」
良かった、人間空腹には耐えられません。しかし最初に出会った人がカイルで助かった、でなければ私はどうなっていたか。マンモだったから良かったものの、盗賊や奴隷商人にでも捕まっていたら、このチキンハートは鼓動を止めていたでしょう……。
話をしている間にイーリス街に着いた。
それはもう、ファンタジーの世界さながらに、見るもの全てが絵画のようで……異世界バンザイ!
旅行マニアの私にとっては、今すぐにでも探索を始めたい衝動に駆られる。その前にやはり腹ごしらえが先決。
荷馬車を専用の馬車庫に停めて、カイルに連れられ商店街を歩く。露店や行商人の呼び込む声に、昔ながらの世話好きおばちゃんを思い出す。
パン屋に飲食店、酒場に鍛治屋、露店には色々な食材が豊富に並ぶ。結構なんでも有りそうだ。これなら不自由なく暮らせていけそう。
目的の酒場に到着したようだ。店の中は広く、賑やかに人々が酒を交わす。
さて、カイルの仲間はどこに居るのだろう。
「おーい、頭! こっちこっち!」
一番奥の席から手招きをして、カイルを呼ぶ声が聞こえた。
「おお、いたいた。紅、こっちだ」
カイルの後に付いて店の中を歩くと、珍しい物でも見るかのように視線を浴びる。おそらく、眼鏡と図体のデカさに驚いているのだろう。
怪物じゃありません、れっきとした人間ですよ。
カイルに促され席に着くと、視線集中と私を凝視する。もうこれは私が慣れるしかなさそうだ。
「おいおい、そんなにジロジロ見たら声も出せねえだろ。いいからお前らから自己紹介しろ」
カイルの手助けもあって、私はなんとか席に座れた。それにしても、仕事仲間というより何処ぞの若い衆といった感じだ。
「俺はロイです。一番下っ端の見習いやってます」
あらま、ちょっとイケメン。
「オレはケイス。ロイの世話係だ、仕事のやり方を教えてる。一応先輩だな、よろしく」
ふむふむ、ちょっとヤンキー系の兄貴肌。
「俺はドムだ。カイルとは幼馴染で、石材屋をやってる。今日は飛び入り参加だ、よろしくな」
カイルと幼馴染か、なら気心も知れている仲なんだろう。カイルよりも少々強面で粋な感じだ。何方も頼り甲斐がありそうで素敵なおじ様系。
お次は私の挨拶のようで、皆んなが揃って聞き耳を立てる。
「初めまして。私は紅と申します。まだ右も左も分からない若輩者ですが、何卒ご指導の程、宜しくお願い致します。ご存知かと思いますが、山小屋が私の家となりましたので、はい」
「「「…………」」」
何々どうした、なぜに無言?
マズいことでも言ってしまったのか……。
「アハハ! 紅、気にすんな。あまりにも立派なスピーチだったんで驚いてんだよ。まあ、仲良くしてやってくれ、気の良い奴らさ」
「はい! もちろんです!」
合格点を貰ったスピーチか終わると、笑顔の愛らしい従業員のお姉さんが、此処ぞとばかりに酒と食事を運んでくる。
世間話を酒の肴に、浴びるように酒を飲む豪快っぷりは、アニメ独特と思いきや、目の前で実践されると異世界に居る実感が湧く。しかも彼らは酔うことを知らないようだ。
私はそんな彼らの楽しそうな顔を眺めながら、世間話に耳を傾けていた。
「そう言えばこの間の休みに船の博物館へ行ってきた、船内は結構な広さで、客室も豪華だったなあ」
博物館なんかあるのか、なら私も行ってみたい。
「ああ、俺も前に行ったことがある。食事も楽しめて、魚も美味かったなあ。今度みんなで行こうや」
「それもいいな。荷馬車を使えば全員乗れるし、帰りに土産物屋に寄って買い物しようぜ」
なんか楽しそうだ。お土産かあ、私も旅行先でよく買ったな。かさばらない物を選ぶのがベスト。
「紅も行くだろ? そう言えばお前、どっから来たんだ? あの山小屋を住処にするってことは、なんか訳ありっぽいが」
来た、等々やって来てしまった。ここで初の最大イベント、身元調査。
少々畏まった話し方をしてしまったので、期待度はかなり高いと予想。
ハードルを上げてしまった自分に難儀する。
さて、どう騙くらかそうかと、頭をフル回転させた。
早々にロイから尋問が始まる――
「紅さんってちょっと変わった雰囲気がするんですが、その容姿からすると、貴族と縁のある方なんでしょうね?」
やはりそう来たか。この際、誤魔化しと嘘八百を並べて乗り切るしかなさそうだ。
「あまりお話ししたくないのですが、実は……」
「……実は?」
ロイは興味津々と身を乗り出す――
「私はある貴族の末息子なのですが、義母に私の力は悪魔の力だと言われ、蔑まされた挙句、貴族の称号を剥奪されてしまったのです……」
悪役令嬢の男版パロディで誤魔化してみた。嘘も方便、どうかこれで納得して頂きたい。
「酷え親だなあ、義母のくせによ。それで?」
――チッ。
「後はその、ええっと、確か行商人の馬車に紛れて山々を越えてからは、怪しげな者達から襲われたりして、当てもなく彷徨い疲れ果てたところに、あの小屋を見付けまして、それでカイルさんに出会った次第です……はい」
私がそう言うと、ロイがまた質問をする。
「大変だったんですね……じゃあまた国へ戻って仇討ちとかするんですか?」
仇討ちって……勝手に話を広げないで頂きたい。
「そんな物騒な事は考えていませんよ。やっと義母から開放されたのですから、ここで新しい人生を始めたいんです。皆さん、この事はどうか内密に」
「あ、そうか……」
するとカイルが――
「こらロイ! 嫌なことを思い出させてんじゃねえよ! いいかお前ら、今後一切、紅の過去に触れんじゃないぞ、口外もご法度だ。わかったな」
「「へい! お頭!」」
そこへドムが優しく語り掛ける。
「大丈夫、紅くんの秘密は守るよ。そうだ、今度俺の仕事場にも遊びに来てくれよ、な?」
何という神対応。カイルとドムの優しさが身に染みる。私は随分と恵まれた環境にいるのだろう。
あの山に放置した女神に感謝します。
それはそうと、早くギルドへ行かないと、マンモが腐っちゃいますぜ、お頭。
うっぷ……ハァ、食いすぎたあ……。