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26話 知らない事


 アックスの異名を知らない兵士達が響めく、持ち主本人も驚く。というか、ここまでこのアックスが有名だとは知らなかった。ならもしかして私も?


「おお! あの切れないと言われた、挑戦者泣かせの、無敗のアックスか! じゃあ君があの紅か?」


 あ、やっぱ有名っぽい。と、そこでふとハクがいないことに気が付いた。兵士達に驚いたのか、それとも危険を察知していち早く逃げたのか。

 どちらにせよ、ハクを連れて行くことは許してくれないだろうと思っていたので丁度いい。


「まあ、一応そうですね。冒険者の紅と言います」


 (かたわ)らで、アックスを運ぼうとした兵士が困惑している様子。


「隊長、これひとりで運ぶのは無理があります。ふたり掛かりならなんとか王宮まで保ちますが……」


 それを聞いた隊長がまた眉を(ひそ)める。私は仕方がないので、隊長の許しを得て荷物を持とうと立ち上がると、私の背の高さにまた響めく。

 そして、人差し指一本で革袋を持つとまたまた響めく。実に良いハーモニーだ、もっと響めきたまえ讃えたまえ、ああ、快感……。


 そんなこんなで、私と兵士達は、マンモ撃破の武勇伝や魔獣退治のエピソードを、ヤンやヤンやと楽しくお喋りをしながら王宮まで歩いた。

 街を行き交う人々は、ピクニック帰りの若者軍団ならぬ仲良し兵士軍団と映っているに違いない。

 

 しかしながら、やはり罪人は罪人なので、王宮の地下牢へと導かれたのは言うまでもない。


「ほんの暫くの辛抱だ。また様子を見に来るから」


 と言って、牢の中に椅子を置いてくれた。しかも荷物とアックスまでも。

 隊長が去って行くと、時を置かずして兵士がひとり、またひとりと代わる代わる牢を訪れては、私の武勇伝を聞きにくる始末。

 

 いいのかこの体制、間違ってないか兵士諸君、大丈夫なのかこの国は!

 私の喉は喋り過ぎてショボショボ老婆になりかけている。水をくれ水を……。


 

 牢に入ってどのくらいの時間か経っただろう。あれだけ押しかけて来た兵士達も、何故かぷっつりと姿を見せなくなった。

 隊長が牢の鍵を閉めに来たのを最後に、牢番さえもいなくなっている。

 不安が過ぎる、私は警戒を始めた。


 経験上、問答無用で引っ張られるはずが、罪人相手に親切、丁寧、仲良しこよしなんて馬鹿げてる。しかも馬車なし、縄なし、徒歩連行とか、逃げて下さいと言っているようなもの。

 それと、この国に入ってから冒険者らしい冒険者を見ていない、あのギルドでさえ姿は無かった。


 普通の鍵を掛けたということは、私を試しいるのか、それとも彼らの作戦なのか。

 どちらにしても、扉を壊しその意図を確かめようじゃないか。


 私が行動を起こそうと立ち上がると、血相を変えて兵士やレフカ、それにお婆さんやあのブタ野郎までが、横一列に並んで牢の前に土下座をした。

 私は驚いて固まってしまった――


「えっ、なになに、どういう状況これ、はっ?」


 そこへスッと頭を上げて、お婆さんが悠長に話しを始める。お婆さん、ボケ完治?


「紅様、数々のご無礼をお許し下さい。私共は王子に仕える従者にございます」


「えっ、王子って、この国の?」


「はい。私は王子が小さい頃からお側で仕えております、侍女長(じじょちょう)のトアと申します」


「そして側近で臣下(しんか)のグルーニと申します」


 どうしよう、ブタ野郎が臣下だって、反則だ。


「俺達は近衛兵で、隊長のリガスです。あのう、やはり鍵を壊そうと?」


「……何が言いたい」


「いえ、流石は紅様、そうなされるのではと」


 私はリガスの言葉にトゲがあるように聞こえて、不愉快な気持ちなった。

 そしてこの馬鹿げた芝居にも腹が立つ。この世界は芝居なくしては事が進まないのか。

 ライ達といい、こいつらといい、騙される私も馬鹿なんだろうが、余りにも手が込み過ぎてうんざりだ。

 

 多分、私がこの国に入ってから既に物語は始まっていた。引換券から裏ダンジョンまで全てだろう。

 おそらくレフカが王子だ。そしてお決まりの、どうぞ王子に力を貸して下さいって願い出る寸法だ。


「あのな、王宮とか貴族とかどうでもいいんだけどさ、人を馬鹿にするのもいい加減にしろっつうの。なあレフカ、お前が王子だろうが何だろうが知ったことじゃない。私を敵に回したことを後悔させてやるよ。そのくらいの覚悟はできてるんだよな?」


 私がそう息巻くと、それぞれが顔を青く引き攣らせて黙り込む。兵士達など肩を震わせて縮み上がっている様は滑稽だ。

 

 そこへ侍従長のトアが口火を切った。


「お怒りはご尤もです。ですが話しだけでも……」


「トアさんは黙っててくれ。レフカに聞いてんだ」


 中央で黙り込むレフカが、ようやくぽつりぽつりと話し始めた。


「僕は……ある人をこの国に万全な体制で迎えたいんだ。でも、それには紅さんの力が必要で……」


「ある人って誰だよ」


「あの……フォティア王女なんだ……」


 フォティア王女って、アラウザル国の王女で隣国へ嫁に行くって……そうか、隣国ってこのフェルモント国だったのか。その王子が私を捕らえてどうするつもりなんだ、いったい何が起こっている。


「フォティア王女が結婚するのは知っている。それでなぜ私の力が必要なんだ? 万全とは何だ?」


「仕方ありません、全てお話しします。この国は魔法王国で、王族は代々魔法の力を受け継いでいるのです。その魔力の魔法源石が暴走を始め、今は王族達が全力で食い止めているのですが、どうにも収まる気配がないのが現状なのです」


「この国が魔法王国? いや、でもさ、街の人達にそんな素振りはなかったけど……違うのか?」


 (たま)らず、臣下のグルーニが口を挟んできた。


「平民に魔法は使えません、彼らに罪はないんです。全て我らの責任、どうかお許し下さい」


 罪はない? 責任? 恰も私が住民に危害を加えるような言い方をする。さっきの威嚇(いかく)が原因か?

 

「あのさ……いったい何?」


「……そうですよね、はっきり申し上げます。紅様の力が必要と言ったのは、紅様自身、全てです」


「全て? 私の身体がってこと?」


「はい。この暴走を止めるには紅様自身を捧げる方法しかないのです。我々も他に手段はないのかと手を尽くして探したのですが見つかりませんでした。後は代々伝わる古文書に従う他ありません」


「捧げるって……」


 何、生贄とか身代りとか犠牲とかって意味?

 ちょっと待ってよ、私に死ねって言ってる?


「正確に言えば、方法はありました。古文書によれば、伝説の魔獣を捧げる事。その強大な力が魔力を封じ込める唯一の手段と記されていました。しかしそれも(つい)えてしまった。紅様の手によって」


「私が? いつ何処で? そりゃ魔獣は倒して来たけど、頼まれ事で、害獣でもあったんだぞ」


「承知しております。ではこう申し上げたらどうでしょう。伝説の魔獣『ゴールドデビルマンモ』と」


「ゴールド……あっ……!」


「お気付きになられましたか。そう、紅様が倒されその身に宿されている強靭な力。私共も散々悩みました、人を捧げてまでこの伝統を守る意味はあるのかと。しかし、このまま放って置けば、この国どころか他国にも被害が及ぶやも知れません、それはなんとしても避けたいのです!」


 言っていることはわかる。なら、その魔石が効力を失ったら、彼らはどうなるのだろう。


「なあ、魔石があわよくば沈静化、もしくは効力を失ったら魔法はどうなる?」


「おそらく、この儀式が終われば我らの魔力も消えるでしょう。それでも、大勢の民を守ることのほうが重要なのです。何卒、何卒……」


 どうしたんだろう、事なかれ主義の私が、他人事を心配している。

 なぜだろう、特に死の恐怖も関心も湧いてこない。どうせとか、仕方ないとか、そんなことじゃないんだけど……。


 何も知らなかった事のほうが重い、かな……。



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