25話 二度目の逮捕
私の誘導尋問にも揺らぐこともなく、未だに憧れの眼差しを向けられて私は困惑中。
「レフカが私に憧れる理由とは?」
「理由ですか? もちろん格好良いからですよ!」
「えっ、それだけ?」
「他に理由がいります? 剣の達人や強靭な肉体を持った猛者なんてその辺にゴロゴロいますよ。でも紅さんは違う、噂通りスレンダーで優しい」
「スレンダー? まあ確かにゴツいとまでは……」
一応は女性だから筋肉はそう簡単には付かない。でもね、付いて欲しいところも付かないのが現実。しかしも、優しいとは意外な発言だ。
「普通なら腕力や力の強い人はゴツいし、それをひけらかし、誇示しますよね?」
「いや、でも私の場合はだね……」
「わかってます、スキルの力だってことくらい。だから素敵なんじゃないですか!」
――どういうこと?
「スキルを手に入れるには、それなりの努力や経験が必要ですよね? 紅さんはその鍛錬に打ち勝ち、スレンダーなままスキルを獲得された!」
いやいや、しょっぱなから怪力だったよ。
「それが《ハーキュリーズ》だなんて、もう羨ましいし素敵すぎますよ!」
だからたまたまよ、たまたま。マンモ様々。
「それにです、そんな特殊なスキルを獲得したら、ダンジョンで荒稼ぎしたり、冒険者として名を売って地位を欲しいままにしたりが当たり前。なのにコツコツと樵として働いて、ボランティアまでやっちゃうなんて、優しいし憧れるに決まってる!」
違う違う。マンモ売って大金持ちだし、ボランティアは無理矢理よ……えっと、何の話だっけ?
「まあまあ、落ち着きなさいって。確かに私のような冒険者は稀だろうけど、ダンジョンに行かなかったのは仕事もあるが、どうもあそこは苦手でね」
「あ、ダンジョンで思い出した。この間、僕の理想の人をもうひとり見つけたんですよ!」
あ、嫌な予感……。
「理想ねえ……」
「はい。あの紅さん、今から話すことは絶対に内緒ですよ、いいですね?」
「内緒ねえ――いいよ、ぜ〜ったい秘密な」
「実は僕、ある人の伝で戦い方の練習をさせて貰ってるんです。それは、ある地下の闘技場で秘密裡に行われる賭けダンジョンで、別名を裏ダンジョン」
やっぱりそう来たか――
「そこで、ドミノマスクという仮面を被って挑戦者が競い合うんですけど、その挑戦者のひとりがめちゃくちゃ強かったんですよ。格好良かったなあ」
嫌な予感が的中してしまった。さてどうするか、悩む悩む。
私と似ている要素が多ければ同一人物と認識されてしまうのがオチだ。
そこはなんとしても避けたい……。
なら敢えて挑戦者"Z"に《プリテンダー》というスキルを持つ冒険者に仕立てれば、私ではない謎の人物が存在することになる。
既にレベルアップして、《プリテンダー》は他のスキルに上書きされているとハクも言っていたし、問題はないはず。ここはモブの観察力、洞察力、回避力をフル活用で。
「へえ、凄い事やってるんだなあ。その仮面で思い出したんだけど、ギルドで《プリテンダー》って言うスキルがあるらしいんだけど、その挑戦者が冒険者だったりして、どう思う?」
「あの変わったスキルで有名な?」
あ、結構メジャーなんだ……ふ〜ん。
「あっ、でも、謎の青年って……」
「まあ、私には関係ないことだからどうでもいいんだけどね。で、結局なんだったっけ?」
レフカは何処となくうわの空だ、逃げるなら今がチャンス。私は荷物とハクを抱えて足速にドアを開け、そそくさと別れを告げた。
「じゃあなレフカ。お婆さんお元気で」
「はいはい、フフフッ」
お婆さんが一番謎めいて、不思議で可愛い人だったな。私もボケるならお婆さんのようになりたいものだ。レフカは名残惜しげに苦笑いで見送った。
私は気持ち良さそうに眠るハクを裏目しげに見ながら、荷物を置いた森の中へ戻って行った。
歩きながら、ふとスキルについて考える。
今ままで知らず知らずに身に付いていたスキルは、単純で尚且つ強大で驚異的な力だ。
今更ながら思うが、努力もせずに得たのだから、自分でも凄く恵まれていると思う。
でも、私は死を経験した者への戦利品だと思うことにしている。例えそれがクズのような人生だったとしても、戦ってきた証だと信じたいから。
ここまでは意外とポジティブに過ごして来たと思う。本音を言えば、ネガティブやシビアのほうが自分に合っているし、楽で気ままだから変えたくはない。だって、ポジティブって結構しんどい。
人間なんだから、ネガティブやシビアが有ってこそなんじゃないの?
思考があるから人間で、人間だから面倒くさいのであって、人間だから善者と悪者がいて、だから色々堂々巡りで余計に複雑になる。
現に、モブだった私がスキルを得て、これから何かをおっ始めようとしている。
面倒くさいから当たり前に変わっていく様は、私が人間だからなんだと、しょうもない事を考えている私は何者か、ただのモブです。
森に着いて、ハクを抱きながら、なんだかんだでいつの間にか爆睡したらしいその翌朝――
新しくレベルアップしたスキルがどんなものかと期待しながら、腹ペコを回避するべく、キャンプ道具を広げて薪に火を熾し、小鍋に水を入れてお湯を沸かし、珈琲を淹れてハクと一緒にパンとソーセージを頬張る。
「寝る子は育つ、いっぱい食べるー!」
「寝過ぎだよ、それに食い過ぎ。昨日はあれからレフカに根掘り葉掘り聞かれて大変だったんだから。ハクはお婆さんの膝で寝ちゃうし……」
「レフカ? お婆さん? 僕知らないの」
出たよ、昨日の出来事をさも無かったことにしようとしている不届小狐。可愛子ぶりやがって、私がどれだけ奮闘したか、そのモフモフの耳に嫌と言うほど聞かせてやろうじゃないか!
するとそこへ、ザッザッと足音と共に、甲冑を着けた兵士達が私とハクの前へやって来た。
「おいそこの君、昨日の朝方、王都の中央広場で騒ぎを起こした男だな? 街の領主から訴えがあった。罪人として一緒に来て貰おう」
昨日の騒ぎとは、あのブタ野郎達のことか。今回もまた正当防衛は成立しないんだろうな。
事を荒立てたくはないし、大人しく従っておいたほうが無難かも。まったく、ついてない……。
「わかりました、大人しく付いて行きますよ。あ、荷物はどうしたらいいですか?」
「ああ、貴重品以外は我々が持って行こう。このキャンプ道具と、この革袋だけか?」
何だかヤケに親切なんだけど、本当に兵士?
「はい。あ、でも革袋は重いので自分で持ちます」
「何が入ってるんだ? まさか危険物とかじゃないだろうな、もし武器ならこちらで預かる」
アックスなんだから武器っちゃあ武器だよね。
一応は逮捕だと思われるので、今のうちに洗いざらい話しておいたほうがいいかも。
「私は樵の仕事をしています。後、冒険者もやっていて、その袋の中にはアックスが入っています」
「そうか、樵で冒険者でアックスかあ、仕事道具でもあるわけだ。念のため中を見せて貰うぞ」
そう言って、隊長らしき男が部下の兵士に袋の中を確認させた。すると――
「た、隊長……これ、あ、あれですよ、あれ!」
隊長が眉を顰めて部下に尋ねる。
「おい、あれじゃわからんだろう、アックスなんだろ? じゃあ一応武器としてこちらで管理する」
「隊長ってば、違いますよ! "ゼルトザーム"と呼ばれる巷じゃ有名なバトルアックスですよ!」
"ゼルトザーム"って何?
いつの間にそんなシビれるようなネームが付いたのか……。
また捕まったんだけど、でまた食事が中途半端で終わっちゃったんだけど、ああ、だからスレンダーなのかも……だよね?