24話 予想外
ハクとの攻防戦の中、若者がお疲れ気味の顔をして現れた。
「お婆ちゃん、ただいま。あれ? お客さん?」
「ああ、おかえりレフカ。ちょっと転んじゃってね、この人に送って貰ったんだよ。フフフッ」
ハクは紙袋を咥えたまま私の膝の上に座る。
どうやらこの若者はお婆さんの孫のようだ。しかしこの時間に帰るとは、夜勤の仕事でもしているのだろうか。
それと、先程から若者はお婆さんに貰った紙袋を仕切りと気にしている、なぜだろう。
すると若者が申し訳なさそうに私に話し掛ける。
「あのう、大変申し上げにくいのですが、その紙袋はお婆ちゃんから貰ったものですか?」
私は素直に応えた。
「ああ、そうなんだが……」
そう聞いた途端、若者は奥の部屋へ行き、ガタガタと何かを探している様子。そして戻ってくるなり紙袋を指差しお婆さんに向かって言った。
「お婆ちゃん! これはお隣さんに頼んで買ってきて貰ったお婆ちゃんのパンツだろ、忘れちゃったの? それにすぐ物をあげるのやめてくれよ〜」
お婆さんは椅子に座ってニコニコとお茶を啜る。
なるほど……事情は読めた。脳内老朽化に伴う意識と神経系の伝達不足によるプチボケ症状で、私の正体はバレていない事と、この家が質素な理由があ。
「す、すみません、そんな事情なので、そのう、パンツを返して頂けますか……」
私はハクごと突き出した。咥えて離さないハクを見た若者は、クッキーをそっと差し出した。
「ワンちゃん、これと交換してくれるかな?」
するとハクは紙袋を放しクッキーに食らいつく。手懐けられた白狐、今度からワン公と呼ぼう。
しかし狐を犬と間違えるものだろうか。確かに白い仔犬に見えなくもないが、小さい体が功を奏したのだろう。まあ、どっちでもいいんだけどね。
「申し訳ない、仕付けが悪くて……ハハ」
「いえいえ。それより、祖母を助けて頂きありがとうございました!」
「助けたって程じゃない、送っただけだよ。では私はこの辺で失礼する、お婆さん、お大事に」
「あの、そこまでお送りします。荷物はこれだけですか? じゃあお持ちしますね」
「あっ、いや……」
止めに入る私より先に、荷物のアックスを持とうとした若者は、全く持ち上がらない荷物に動きが止まった。
「ええっ! あの、これはいったい何が……?」
そして何かを察知したのか、いつまでもお茶を啜るお婆さんの膝にハクは座った。ちょっと!
「何って、ただの斧だよ。私は樵なんでね、肌身離さずさ。自分の荷物は自分で持つから大丈夫だ」
その時、若者の眉がピクリと動いた。そして徐に革袋をめくって言った。
「僕も薪割りはするので斧の重さくらい知ってますよ、でもこれはその比じゃない。それにこの見事な彫刻はただの斧ではなくアックスですよねっ!」
力説されて私は戸惑う。アックスだと何か問題でもあるのかと、私は身構えた。
「そうだとして、それが何だと言うんだ?」
私の返答に、若者の顔付きが急に変わった。少女漫画のような大きく潤んだ瞳で、頬を赤く染めて祈りのポーズで猫のように擦り寄る。
私は引き気味に思う、こいつ、面倒くさい系だ。
「いえ、あなたを見た時からもしかしてと思ってたんですが、あの商店街で俺を助けてくれた方ですよね? その眼鏡が証拠、そうですよね?!」
「商店街……ああ、確かスネーク団が暴れてたか」
スネーク団――ん?
あっ、思い出した、こいつ裏ダンジョンで一緒だった、え〜と確か"X"だったか、あの時どこかで会ったような気がしたのはこいつだったのかあ、正義感ダダ漏れのこいつかあぁぁ……。
よーし、すっとぼけよう。
「そうか、君はあの時の警備兵か」
「レフカです!」
「ああ、はい、レフカくん。それで……」
「レフカと是非!」
ああ、ウザい――
「何でもいいんだけどさ、アックスだから何?」
「あ、すみません、そうですよね。僕は王宮の兵士見習いなんですが、あなたは冒険者の方ですか?」
王宮の兵士だったのか、前にもこんな事があったような――ああ、アルを警備隊と勘違いしたときと似てるんだ、どうでもいいか。
しかしも、私を冒険者と尋ねるのはなぜか。
「へえ〜兵士なんだ、その兵士の君が、冒険者に何の用があるのかなあ?」
「えっと、駆け出しは下働きが主で、剣術の稽古も時間がなく、レベル上げどころじゃありません」
なるほど、ちょっとよくわからないけど、剣術を教えて欲しいとかの類いだろうか。
例えそうだったとしても、冒険者より先輩兵士に習うのが筋でしょ。
それに、アックスに剣術とかある? さあ……。
「レフカは剣術を習いたいのか?」
「その前に、あなたは冒険者なんですよね? 教えてくれるまでアックスは渡しません!」
……チッ。
『ちょっとハク、この坊や何か怪しいんだけど』
『……紅……ムニャムニャ……』
寝てる? こいつ何様だよ、ああ神様だったね!
「ハァ……確かに冒険者だけど、相当ダサいペーパー冒険者ですがね」
「……ああ、あああ、やっぱり、あの紅さんだ!」
「えっ? 私を知ってるのか?」
「フフン、兵士の間でも紅さんは有名人ですよ。そのマンモの彫刻でピンッときちゃいました! あの《ゴールドデビルマンモ》に選ばれたアックス使い! F級ランカーの紅さん! 僕の憧れです!」
「ランクを言うな、嬉しかないわ!」
まさか他国まで私の噂が広まっていたとは予想外だ。それでもまだ噂だけで留まっているようなのでそこは良しとしよう。
しかし、顔まで知れ渡ってしまったら観光どころではない、今のうちにこの隠れファン的なレフカを何とかしなければ。
こうなったら憧れを変えてやろうではないか。
「そうだよ、冒険者とは名ばかりのF級ランカーだ。そんな私より、めっちゃ強い英雄騎士団長さんを推して欲しいなあ」
「ああ、アラウザル国のクレイドル様のことですかね。豪剣の英雄騎士。僕は特に興味ないです」
英雄のライに興味がない……。
彼こそ完璧超人だと思うんだけど……まあいい。
ならば――
「そうだ、アラウザルの王子も凄く強いんだぞ。私なんか足元にも及ばない剣術の使い手だ」
「もちろん知ってますよ、アラウザル国は剣豪揃いで他国からの評価も高いですからね。風来坊の王子でレイピアの使い魔、でもそれだけです」
「それだけ、とは?」
「僕は剣や剣術より、豪腕の紅さんに憧れているんです。ダンジョンには目もくれず、街のボランティア活動で豪腕を振るっているとか。それと、騎士団に呼ばれて魔獣退治へ行ったとも聞きました」
そうなんだけどね、あれは雑貨屋を営む商売上手のダグに、半ば強制的に警備のボランティアをやらされていたのだよ。
しかし、ここまで私のことを知っているとなると、当然ながら私の怪力スキルも把握しているはずだ。兵士だって魔獣を相手に戦うのだから、剣も剣術も必須だと思うけど、レフカは私のような力そのものを求めている。
はてさて、その理由や如何に――
ハクよ、お婆さんの膝はさぞかし温かろう……故郷は、遠くにありて思うもの……この役立たず、置いてくぞ!
ああ腹減ったなあ……。