21話 白狐のハク
身体は疲れているのに、どうにも眠れない。何かが違うようでモヤモヤとする。何が違うのかわからない。だから余計にイラつく。
私は徐にクッキーを手に取り、頭の中を空っぽにしてバクバクと食べた。
ここへ来た当時の私はどんな人間だっただろう。自分でいうのもなんだけど、もう少し謙虚で、控えめだったように思う。
なぜ変わってしまったのか、それは自分でもわかっている。傲りだ。何かを得た代わりに何かを失った、多分そういうことだ。
初めての挫折。モブとして生きてきた時には無かったことだ。原点に戻りたい、それは無理。
ならアラウザルに戻る、今更それも無理。ならせめて山の中へ戻りたい、森に包まれてじっくりと考えたい。
これ以上スキルを増やす気も使う気もないので、荷物をまとめてここを出よう。
私は部屋を片付け、ベッドの上に少し多めの宿泊代金を置いて、宿を後に森へと歩き出した。
国境に近い山林を寝床にしようと、森を少し抜けて、開けた場所に陣取る。
荷物から小鍋と珈琲を取り出し、枯れ木を集めて火を着ける。山から湧水を汲んでお湯を沸かし、珈琲を入れて飲む。ああ、和む――
「私は何者か、知らんがな……ハァ、アホらし」
その場に寝転び、夜が明ける空を眺める。すると小さい黒い点が見えた。それは次第に大きくなって近づいて来る。
「……ゎぁぁぁあああああああ!」
と、その物体が叫びながら降って来る……。
「……えっ!?」
と、私が起きあがろうとした瞬間、腹に激痛。
「グホッ!」
「紅、みーっけ! キャハハハ!」
聞き覚えのある声に、痛みを堪えて腹を見ると、山神様の小狐が乗っかっている――はっ?
「イタタタッ! ちょ、ちょっと、山神様?!」
「紅が僕を置いてったの。寝床と地図を残したのに
、だから罰なの!」
ああ、そうゆうこと。だからわからんって!
「一緒に来るつもりだったの? でもアラウザルの山神様だよね? 離れていいの?」
「僕は全部の山を守ってるの、偉いのー!」
「そ、そうなの? じゃあ、特別な名前とかあったりする? 例えば、お稲荷様とか、御狐様とか?」
小狐は尾っぽをフリフリと振って、私の体から離れると白い煙と共に姿を変えた。
「私は九尾の白狐だ、恐れ慄け。この姿はそうそう見られるものではないぞ。よう覚えておくがよい」
なんと、声のトーンと喋り方まで変わった。それに大きい体は艶やかな毛並みで一層に白く、見事な九尾が半円を描いて後光のように聳え立つ。
正に巻絵に描かれた妖狐その物だ。凄い……。
「あ、あ、貴方様が白狐……綺麗だなあ……」
と言っているにも関わらず、白狐はすぐさま元の小狐に戻ってしまった。ちょっと癒されてたのに。
「僕はキレイー! 紅もキレイー! キャハハ!」
ああ、話し方まで戻ってしまった。その幼稚で謎だらけの喋り方をなんとかしようよ、疲れるって。
「そ、そう、私も綺麗なのね、ありがとう。別に戻らなくても良かったのに……で、その白狐様が何で私と一緒に来るつもりだったの?」
「ムッ。白狐様じゃないの、紅は仲間なの、もっと仲良しの名前がいいの、早く早くう!」
また訳のわからんことを……解読せねば。
「んーっと、仲良しってことは、友達みたいな呼び方をしろってことかな?」
「早く早くうー!」
「ああ、はいはい。えっと、白狐、白い狐よね。じゃあ、白、しろ……はく、ハクなんてどう?」
「やったー! 僕はハクなのだ! 紅は凄いのだ!だからずっと一緒なのだー!」
だからその説明を先にしろよ!
一緒とはどういう意味なんだろう。私と同行するつもりなんだろうか。いやはや、私はその旅の途中で挫折してしまったのだよ。
神様ならお知恵を拝借願いたい。
「ねえハク。その一緒って私と旅をするってことなの? でもねえ、私、行き詰まってるんだなあ」
そう私が言うと、ハクは私の膝にちょこんと座り、なにやら話を始めた。
「知ってるう、紅はいっぱい悩んでるの。えっとね、紅は間違えたの、だからスキルが現れたの、魔法で変えないとずっとそのままなの、どうして移動しちゃったの?」
私が間違えた? 移動って? しかもスキルのことまで知っている。スキルを魔法って……ああ、頭が混乱する。
「ちょ、ちょっと待って。えっ、それってアラウザル内限定? 私が国境を越えたから?」
「そうなの。《プリテンダー》は絶対的な支配権なの、強大な力が絶対条件。あのね、変装は偽り、だから神に認められた者にしか与えられない称号。スキルとして知られてはダメなのだ」
突然明朗な解説をされたらそれこそ混乱する。どうして気が付かなかった。一番重要なことを素通りしてしまった。ギルドのお姉さんはどんな表情をしていただろうか、どうにも思い出せない。
なんという大失態。変装は知らされたくないから変装なんだ、それを自ら暴いている。
ああどうしよう、色々と急ぎ過ぎたツケがここで回って来た。挫折とか言っている場合じゃない。
「ハク……私はどうしたらいい?」
「プププッ! 大丈夫なのだー! 紅はもうスキルアップして称号が上書きされたのー!」
「はっ? どういうこと?」
「えっとね、紅は仮面を着けたでしょ? あれがね、レベルアップとして認められたの。でもでも、僕はそのスキル名を知らないの、楽しみー!」
なによそれ、私はちっとも楽しみじゃない。返って怖いとさえ思う。しかし、一瞬でも知られたことには変わりはないので、ショックもそれなりだ。
もうここから一歩も動きたくない……。
「紅〜、僕が良い子良い子してあげるの」
そう言ってハクが小さいモフモフの前脚で私の頬を撫でてくれる。これぞ万国共通の癒し……。
「ごめんね、ハク。ああ、モフモフくんよありがとう、ちょっと元気出た。フフッ」
「わーい! 紅に褒められたのだー! キャハハ!
あ、後ね、紅は順番も間違えたの、金髪と魔法と黒髪の。えっとね、黒髪がいじわるしたの、だからヘンテコなスキルが出たの」
今度は何の問題よ、凹むんだけど。上げたり落としたり上手過ぎる。でもどういうことだろう。
私に関係ある者として、金髪はライで黒髪はレオを指していると思われる。
それと、意地悪とは誰が誰になのか。
「ヘンテコスキルって《スケープゴート》?」
「そうなの。紅は魔法を試さなかったの」
なるほど、わからん。推理をしてみよう――
ハクとライと魔法、小屋でハクと出会い、魔法を授かるも試さず、尚且つライとハクを待たず私は旅に出た。そして最後に出会ったのがレオだ。
この順番が間違っていると言いたいのか、なら何故あの時ライは姿をみせなかったのか。
多分、ここで意地悪が関わってくるんだろう。おそらく、レオが何らかの理由を付けてライを私に会わせないようにした。そして更に、私に嘘をついて恰もライが探しているように装った。
全てはライのため、自分の思惑のためか。
別に、済んでしまった事を今更とやかく言っても仕方がない。なら順番が正しければどうなっていたのか。
「んー、ライと先に会っていたらどうなったの?」
「んっとね、新種はとっくに見つかっていたの。紅と金髪はラブラブなの。でも僕と紅もラブラブ!」
なにをマセたことを言うかこの小狐は!
それにしても、新種のことまで知っているとは驚きだ。だったらハクと探せば楽勝じゃん?
「ハクは新種を知ってるんだね? なら思ったより早く見つかりそうで助かるわ」
「僕は知らないのだ。新種って何? キャハハ!」
ああ、支離滅裂な面倒くさい奴……上手い話には裏がある。飴と鞭、両方いらない。
ライかあ、ライねえ……。
あれ? 魔法は何処に……?