20話 諦めと共に
ベルママ曰く、綿パンの魅力を知る者は私だけではないと言う。ということは、この世界の人達のパンツ事情はどうなっているのだろう。
私の場合、元々履いていた綿のパンツと、カイルに貰った絹のパンツと男性用の綿パンツだ。
服は絹のシャツにズボン。このローブも絹を重ね合わせて作られた物だろう。贅沢この上ない。
他の国の生産用ダンジョンではどのような素材で服を作っているのだろうか、人々の着ている服は綿と変わりないように見えるんだけど……。
この際、あれこれ聞いてみよう。
「あのう、衣類の素材って何があるんですか?」
「素材? リネンと言って生産性の高い亜麻科の植物で一年草の糸を利用しているわ。手間なし世話なしのお利口さん。どの国でも手軽で重宝されてるわね。確か、アラウザル国製の木材を養分肥料として仕入れてるはずよ」
リネンは知っている。麻に似た独特の風合いで綿より少し硬い素材だ。旅行マニアの豆知識として、リネンの栽培法は確か輪作だ。土の養分を大量に消費するので土壌が回復する間は、他の畑で作物を育てる。ここでは木材を養分としているのだろう。
ダンジョンなら何でも有りだ。なら木材も輸出の対象ということか。私も樵としてひと役買っていた訳だ。山林に山神様、無くてはならない存在。色々と繋がっているんだ。
「そこで綿の貴重性よ。大昔に綿を吐き出す珍獣がいたらしいんだけど、ある時代からぷっつりといなくなったらしいらの。だから入手困難なのよ」
「なら、他の国の人達もリネン素材の服を着ているんですね? それはパンツも同様ですか?」
「そうよ。穿き心地は綿に比べたらイマイチ。でもまあ、慣れよね、慣れ」
これは思いがけず私の欲しい情報が手に入った。
レオの言っていた新種とはまた別の、古来に存在した珍獣も視野に入れれば、探す難易度は下がる。
いやはや、目から鱗である。ここは是非とも綿パン会員になってやろうではないか。
「ベルママさん、会員登録お願いしま〜す!」
「あらそう! じゃあ、お名前教えてくれる?」
名前かあ……。
「登録名は"ゼット"でお願い出来ますか? 私の名前は紅です。できればふたりだけの秘密で」
「あらあら、ふたりだけの秘密とか素敵じゃない! まあ、私から誘っちゃったみたいなもんだし、今回は特別よ。この会の正式名称は『グレージーンファミリア』。そして私はベルママことカルマよ。以後お見知り置きを紅ちゃん。ウフフ!」
「グレージーンファミリア?」
「灰色遺伝子の使い魔って意味よ。素敵でしょ?」
ちょっと、真面目に格好良い愛好会名。
黒でも白でもない、灰色遺伝子の使い魔か。
正に、今の私に相応しいファミリーネーム。
「素敵な名前ですね、ベルママも会の名前も。これからも宜しくお願いします」
そんなこんなで、ベルママことカルマとの話しは終わった。そして何やら細い腕輪を渡され、着けておくように言われた、会員証の代わりなんだとか。おそらく《ハンター》用のGPSと言った、連絡を取る手段なんだと思う、多分。
ベルママの店を出て、アズールの街へ入る途中、路上に設置されたベンチにふと、前屈みで頭を抱えた男が座っているのに気が付いた。あれは共に競い合った元冒険者の男だ。このシチュエーションは絡めといっているに違いない。
もう、お涙的要素みえみえ、これも運命か。
「やあ、さっきぶりだね。具合悪いのか?」
男は顔を上げ私を見て、ベンチに背をもたれた。
「……というと、君はあの"Z"だね?」
「うん、でも秘密にしてね。もう帰るんだろ?」
「そうなんだが、どうにも帰る気になれなくてね。離れた娘の結婚祝いにと、何か祝い物のひとつでも送ってやろうと裏ダンジョンへ挑戦したはいいが、このザマだ。笑えるよな……」
それぞれが、何かしらの目的があって挑戦しているのだろう、パンツ目当ての私に比べたら上等な理由だ。どうやら私は悉くパンツに縁がないらしい。
「ふ〜ん。まあ、勝負は勝負だ、諦めるんだな。あっとそうだ、これさあ、福引きで当てたんだけど、私には必要ないんでアンタにあげるよ。奥さんにでも使ってもらえ。じゃあね」
そう言って、パンツ3点セットを震える手で泣く泣く放り投げた。綿パン、至福の一時をありがとう。
私は足速にその場から離れた。だって、パンツに振られた悔し涙は見られたくないのだ。
もうパンツは諦めようと心に誓った。
日を跨ぎ、宿に着いて2階へ上がり、部屋のベッドで大の字に寝転ぶ。
「ハァ、疲れた……」
急に虚しさが襲う。今まではひとりでも平気だったのに、仲間に逢えない寂しさが身に染みる。
でも後悔はしていない。ライと別れたこと、レオに言われたこと、別に善人ぶる気もないし、格好を付ける気もない、私なりの選択をしたまでだ。
それに、今更そもそも論を語ったところで、何かが変わる訳でもない。虚しさと言うより、今まで自分がやってきた事は、いったい何んだったのだろうと思うことが切ないんだ。
私が望んだ容姿と、女神から授かった怪力スキルは意味のあることで、コンセプトはそこにあると思っていた。そして女神は私にモブから脱却して、この力を人々のために役立てろと言っているのかと。
しかしそうでは無いようで――
昨日、ギルドへ行ってわかったことがある。それは、冒険者カードに新しいスキルが新たに載っていたことだ。そのスキルとは、
《プリテンダー》――詐称者、偽装者。
《スケープゴート》――代償者、身代り
《恩恵》――神の魔法、この3つだ。
ここで疑問。私はこの異世界で男装を装って来たはず、正に《プリテンダー》だ。にも関わらず、なぜ初めからスキルが現れなかったのか。
私なりに考えた結果、スキルを取得するためのステータスが足りなかった、もしくは何かしらの条件が必要だった。今回は事前予告なのだろうか、裏ダンジョンで仮面と偽名を使う経緯に至った。
しかしだ、私からしてみたら本当に今更なのだ。このスキルがいったい何の役に立つと言うのか、切実に教えて欲しい。
それと《スケープゴート》だったか、代償者とかもう不安要素たっぷり過ぎて使いたくないし、欲しいとも思わない。
《ハーキュリーズ》、《プリテンダー》、そして《スケープゴート》に《恩恵》。これをトータルで考えてみたところ、女神が趣向を凝らした私のコンセプトとは――
"特殊なスキルを使って世間を騙くらかし、偽善者が暴れまくる異世界無双旅"
ではないかと、勝手に結論付けた。ならば一応、異世界旅が堪能できるということで、これらをやらなければ前に進めないのなら、女神の有難迷惑な趣向を実行するしかない。
女性用パンツに振り回された愚かな思考を切り離すべく、この際、女という概念は捨てようと思う。
但し、綿パンには拘りたいので悪しからず。
もう、パンツが履けるなら男性用でもいい……。
誰かメシ持ってこい。あ、クッキーが……。
次話から1日一度を目処に投稿させて頂きます。何卒、応援の程よろしくお願いします!