16話 悪態
レオの話が終わるまで私は黙って聞いていた。国を離れていた理由が経済的な問題だったからだ。
「そうだったんですか……それで、何か別の方法は見つかったんですか? 私も綿パンを求めて旅をしようと思っていたのですが……」
「綿パン? 綿のパンツは数に限りがあって、王族だけに与えられる特権だ。確かライにも少し分けてやったと思うが、お前まさか、ライからパンツを貰う仲なのか? そうなのか!?」
何のこっちゃ。
「いえ、パンツは貰ってませんが、温もり付きのシャツは頂きましたよ。いや〜ライの逞しい肉体には惚れぼれしますねえ。あ、これはオフレコで」
レオは予想だにしない地雷を踏んだように、ハラハラと膝を落とした。えっ、どうした?
「ライ……そうか、そうだったのか。あいつが妹を嫌うのは、天然の迷惑娘だからだとばかり思っていたが、まさか男が……だからあんなにシャツのことで怒ったんだな、ごめんな、ライ……」
なるほど、レオはとんでもない勘違いをしているようだ。私を女性と知らないのだから当然と言えば当然か。ライとは兄弟感覚で心配なんだろう。
しかしも、このまま勘違いで終わらせていいのだろうか。でも正体を知られるは嫌だし、面白そうなので暫く放っておこう。
「お前、あいつをライと呼ぶのか……もうそこまで親しいとは……紅よ、お前もライが好きなのか?」
「好きですよ、強いしイケメンだし優しいですからね。あのシャイなところがお気に入りです。フッ」
レオは苦虫を噛み潰したような顔で私に食って掛かる。
「クソッ! いいか、ライは真面目で清い奴なんだぞ! 悪いがお前にくれてやる気はない、一体どんな手を使ってライを誑かしたんだ!」
清いって、私は貪欲な悪魔か!
どんな手って、ちょっとオッパイを見られたというか見せたというか、でも誘惑はしてない、多分。
「誑かすだなんて、そんな滅相もない。ただふたりだけの秘事なんで言えません……」
苦しめ悪態野郎、べー!
「貴様……チッ、まあいい。後はライノスに問いただすだけだ。あいつに頼まれて探しに来たんだが、俺が先に見付けて正解だったな。お前は旅に出るんだろ? ならさっさと消えろ、不愉快だ!」
結局は私が悪者かよ。でもまあ、正体がバレずに済んだので良しとしよう。
ライは私を探してくれていたのか、シャツ如きでなんともまあ、義理堅くて私には勿体ない男だ。
それにしても、人間とはここまで豹変するものなのだろうか。あの時の親切なレオは何だったのだろう、私が煽ったせいなら、ここは大人しく退散したほうが良さそうだ。
「では、失礼します。お元気で」
さて、目標を失ってただの旅行になってしまったぞ、気合の入った私のやる気を返せ!
そう思いながら私は踵を返し歩き出した。
「おい紅、ちょっと待て。どうせ旅に出るなら俺の代わりに新種を探せ、ライが好きならそのくらいできんだろ。それでチャラにしてやるよ」
新種とは――
「新種? シルクウォームの他に?」
「ああそうだ。俺だって情報くらいは入手している、ただ余りにも未知の物で未確認のことの方が多いんだ、生殖場所も、色も形も分かってねえお前には無理かも知れねえが、綿パンの代わりにはなるだろう。せいぜい頑張んな」
新たな目標か。それはそれで有難いのだが、レオの余りの不誠実さに、これでも王子なのかと些か腹が立つ。ライを思ってなのか、国を出た人間は用無しだからなのか、まったく、クソ喰らえだ。
「これはどうも。この件に関してライを巻き込むのは違うだろ、王子だか幼馴染だか知らんけど、自分のケツも拭けない奴にああだこうだと言われたかないね。レオさんもその悪態を隠してせいぜい頑張んな。一応は承ったんで、ライをよろしく」
私はアラウザルに後足で砂をかける様にその場から去った。最悪な幕開けだ。
――――――
レオとの悪態合戦を終えて、フェルモント国へ無事入国した私は、国の中心であるルナ都市に到着した。
私に災難が降り掛かるのはこれで何度目だろう。定められた運命なのだと、諦めるしかないのか、私の計画は狂いっぱなしだ。
これは何かの報いなのか、私の前を歩く呑気な恋人達、これ見よがしにイチャイチャと肩を組む。
見れば至って普通の平民ボーイ、これまた普通の町娘。私のこのイケメン顔で町娘を誑かし、ふたりの間に亀裂を生じて差し上げようか。
それとも後ろから思い切り鉄拳を喰らわせて亡き者にしてやろうか、本当の犯罪者で牢獄行きは嫌なのでやめておこう。
多少本気の冗談はさておき。
私とライの関係性を疑ったレオに対して、もしかしたらレオはライにラブ的な想いでいるのではと、ふと過った不埒な考えが当たればいいと願う今日この頃。
この際、ふたりが結ばれて、世継ぎもないまま国が滅ぶ様を見てみたいとさえ思う。
恋愛未経験の私だけど、人格さえも変えてしまう醜いものなら、恋なんて一生知らないままでいい。
ああ、荒んでしまった私を救ってくれるのは、やっぱり見知らぬ人の差障りのない優しさに限る。
温泉まんじゅう、食いたいなあ……。