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15話 国境を越えて


 山の神様が私にお礼をすると言う。なら、木の実とか山菜とか川魚とか?


「あのね……わあー!」


 と言って、いきなり小狐が私に飛び掛かり、顔に張り付いた。


「ブフッ!」


「今、僕の力を少し分けてあげる。静かに……」


 小狐の体を伝い、生暖かい風と一筋の閃光が、私の体の中へ入り込み駆け巡った。

 驚いて小狐を引き剥がすと、小狐はまた尾を勢いよく降って喜びを表す。


「わーい! 大成功ー! 僕と紅は仲間なのだ!」


 私は何がどうなったのか、痛みも無ければ違和感もない状態に、ただ困惑の声を小狐に投げ掛けた。


「ね、ねえ、何が起こったの?!」


「えっとね、いっぱい操る力を紅の体に入れてあげたの。これでシャツもパンツも乾くのー!」


 中途半端な説明をありがとう。

 おそらく操る力とは、冒険者でいう魔法の様なものなのではないか。魔力のステータスが低い私には有難い話だ。でもどうやって使うのだろうか。


「えっと、魔法みたいなもの? 使い方は?」


「んー、こう、エイッ! エイッ! なのだ!」


 小狐め、説明する気ないだろ。これは自分なりに攻略するしかなさそうだ。


「紅〜、力を使ったらお腹空いたの〜」


「あのねえ……ハァ、パンとソーセージならあるけど、食べる?」


「食べるー!」


 いい気なもんだ。とは言え、私もお腹の虫が鳴いたので、一緒に食べることにした。

 

 私と小狐は満腹のあまり、ベッドに倒れ込みいつの間にか寝てしまった――

 

 真夜中。目が覚めて、ふと隣りを見ると、寝ていたはずの小狐の姿はもうなかった。

 おそらく森へ帰ったのだろう。その証拠に、私のシャツと地図が机の上に置かれていた。

 きっと私が旅に出ることを知っていたのかもしれない。やっぱり神様だ。


 しまった。そう言えば、今日ライがシャツを持って来ると言っていたのを思い出した。しかし、この時間になっても姿を見せないのであれば、今日はもう来ないのかも知れない。きっと彼も自分の事で精一杯なんだろう。


 シャツの替えもあることだし、朝を待たずにこのまま出発するのも悪くない。人目に付けば、あれやこれやと聞かれるのも面倒なので丁度いい。


 私は必要最低限な物を斜め掛けバッグに詰め、冒険者カードをポケットに入れて、ローブを羽織り、眼鏡と手袋を身に着け、アックスを持って小屋を出た。そしてお世話になった小屋に向かって一礼し、(きびす)を返し歩き出した。


 森を出て左へ行けば王都、右へ行けばアントが来た方角だ。ならば左へ進めば国境があるはず。陽が昇らないうちに越えてしまいたい。

 新しい場所で太陽を見るのはきっと格別だろう。


 暫く歩いてやっと国境の(とりで)が見えてきた。門の近くまで行くと、国境警備兵がふたり立っている。特に問題はないと思うが、こういった場面はやはり緊張する。まだ夜中とあってか、訪問者の人影はない。私は警備兵の前に立つ。


「こんばんは。お疲れ様です」


「ああ、こんばんは。今から国境を越えるのか?」


「はい。これから旅に出るんです」


「じゃあ、身分証か、冒険者カードを見せて」


 私は冒険者カードを提示した。


「特徴は眼鏡に手袋か……おい紅って、君はあの『ハーキュリーズ』の冒険者か! いや、まさかこんな所で逢えるとは、ちょっと待てよ!」


 と言いって、私の冒険者カードを持ったまま、別の警備兵のところへ駆け寄った。そしてふたりして私の前に立つ。尋問(じんもん)


「おお、君があの冒険者か。ほ〜う、背は高いが体格は普通なんだなあ。もっとゴツい奴を想像してたよ。あ、引き留めて悪かったな、気を付けて」


「ありがとうございます。では、失礼します」


 良かった、ここで足止めとかされたんじゃ敵わない。それにしても、私って結構有名なんだ。でもスキルが有名なだけで、さほど活躍はしていないので、あまり期待はして欲しくないかな。

 

 私は冒険者カードをポケットへ入れて、とうとう国境を越えた。


 暫しのお別れだ。アラウザル国よ……。


 

――――

 


 アラウザル国を離れ、私はこれからフェルモントと言う国へ向かう。そこへタイミング良く、草原から朝日が昇る。新しい一日の始まりだ。


 ここから先は未知の領域。助けてくれる人もいない、自分だけが頼りだ。

 初めから恵まれ過ぎた環境に慣れてしまった私が、どう(あらが)い、どう(たたか)い、どう非道(ひどう)になれるのか。タイムワゴンセールを熟知した私の、過酷なるパンツ強奪戦(ごうだつせん)がこれから始まる!

 よし、気合いは入った。後はチキンハートを(ふる)()たせるのみ。いざ戦場へ!

 

「エイエイ、オー!!」


「アハハ! 随分と威勢がいいな」


 背後から声がして、私は驚いて思わず振り向く。

 

「へっ?」


「よう紅。俺の()()()は気に入らないって?」


 黒髪を(なび)かせたイケメンが私を見下ろして腕組みで立つ。なので早急に立ち去ろうと思う。


「あ、レオさん、ど、どうも。では、ご機嫌よう」

 

「おいおい、まあ待てって。別に怒っちゃいねえよ。ライノスから話は聞いた。お前、随分とあいつに気に入られてんなあ、どういった関係だ?」


 どうって、秘密を共有する仲間で、それ以上でもそれ以下でもないけど。

 ライが何処まで話ているかわからない以上、墓穴を掘る前にここは話題を変えよう。

 それに、ちゃんと確認したい事もある。


「えっと、レオさんはもしかして、アラウザルの王子なのでは? 街の人に聞いた特徴とよく似ていますので……違いましたか?」


「ああ、そうだが、それとお前らと何の関係があるんだ。お前とライノスが知り合ったのはつい最近なんだろ? なのにあいつの(おこ)(よう)は只事ではない」


 そんなことは私だって知らない。しかし流石は王子、一筋縄ではいかないようだ。

 とにかく、先ずはこの国を離れた理由を聞こうじゃないか。ライも王女もレオの被害者なのだから。


「では単刀直入に聞きますが、何故この国を離れたんですか? 見合いが嫌だったからですか? そのために犠牲者が出ているんですよ。私達のことより、先ずはその訳をお聞かせ願いたい」


 レオは私をジッと見て、そして目を逸らし、落胆した様子で静かに話し始めた。


「……そうだよな。俺もこんな事態になっているとは知らなかった。ライノスや妹には迷惑かけてしまって申し訳なく思ってる、この国を出たきっかけは確かに見合いにウンザリしたからだ。でもそれだけじゃない、この国を発展させるのが目的だったんだ」


「発展? それは伝統的な問題ってこと?」


「ああ……」


 レオがまた静かに話してくれた。どうやら私は考え違いをしていたらしい。

 伝統の生産用ダンジョンとは蚕、シルクウォームだ。そう、絹糸を吐き出す魔獣。

 この国は衣類大国ではなく、絹製品を専門に輸出している絹大国ということだ。

 

 そしてレオはそれだけでは国は成り立たなくなると危惧して、新たな方法を求めて探しに行っていた。更に、どの国にも生産用ダンジョンは存在していて、衣類に関して不足はないと言う。

 

 但し、綿となると話は別で、今ではどの国も栽培すら行っていないのが現状とのこと。

 ライが栽培しているのは実験的な物だそうで、物を作るまでには至らないらしい。

 何とも、私の綿パンの夢はどこへやら……。

 


 

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