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12話 石鹸の香り


 私の必殺技、絶対に関わり合いたくない極悪ヤンキーの威嚇法(いかくほう)。その効果は絶大です。

 なので威嚇法に切り替えリトライ。


「チッ、おいおいおい! 貴様ら俺を無視するとか舐めてんじゃねえぞ! ちっとばかし冒険慣れしてるからってデカい態度取りやがって! ああ? 聞こえねえな、サクッと話せサクッと!」


 驚愕(きょうがく)の表情を(あら)わにたじろぐ冒険者達、必殺技成功っと。


「い、いや、決して舐めてるわけじゃ……今回の魔獣は、ほ、ほら、ビッグアントだから、頭を切り落とすか潰すのが一番いい方法かと……」


「ビッグアント? アントって、あの(あり)か?」

 

「そ、そうだよ。体は硬く、素早しっこいから、動きを止めるのが攻略法だ」


 蟻かあ、蟻ねえ、蟻ってさ、めっちゃ硬いよね。踏んでも潰れないし、おまけに噛むんだよ。

 それを乗り物にするとか、馬鹿でしょ。


 とにかく攻略法はわかった、後は戦法だな。

 そこへ、一番始めに犠牲になるであろうアルがやって来た。


「おい、いま怒鳴り声が聞こえたようだが、なんかあったのか?」


 私は冒険者らに睨みを利かす――


「い、いや、何も……ハ、ハハ……」


 冒険者達の攻略に成功した私を、アルは先頭へ行けと指示を出す。意味不明……。


 そんなこんなで近距離遠征は動き出した――

 

 ペーパー冒険者を先頭に置く卑劣な行為に耐えながらも、兵士達と寄り添いお喋りに花が咲く。

 モブ子だった私にも脇役に昇格かと浮かれていると、馬に(またが)るライが私を担ぎ後ろに乗せた。


「もしもーし、どうして私は馬に乗っている?」


「自分の胸に聞け!」


 胸かあ、チキンハートは鼓動に全力投球ですが。


「団長ー、具体的にとうぞー!」


 すると、ボソボソと小声で何か呟く。聞こえないのでライに顔を少し近づけ小声で聞き返す――


『何だって?』


『あ、あれだ……』


『なんだ?』


『……その、石鹸の香りだよ』


『石鹸?』


 何かと思えば、石鹸という言葉が返ってきた。石鹸の香りがどうしたというのだろう。

 毎回連想ゲームみたいにまどろっこしい言い方をする、面倒くさい奴だ。

 もし、ライが私を馬に乗せたのが兵士から遠ざける為だとしたら、この香りが原因で兵士達は私に寄り添っていると、多分ライは言いたいのだろう。

 

 それって、私に自惚(うぬぼ)れるなと忠告している?

 それとも、兵士と馴れ合うなと言っている?


 どうしよう、めちゃくちゃ腹が立ってきた。

 例えそれが私の思い違いだとしても、吐き出された言葉は記憶に残ってしまうものなんだ。

 ライは秘密を共有する仲間だと思っていたのに、いや、それこそ私の思い違いなのかも……。


 そこへ、ビッグアントの群れが遠くから迫って来るのが見えた。

 ()さ晴らしには丁度いい。ここはもう、ネガティブ思考からシビアモードへスイッチの切り替えだ。


 私はライの号令を待たずに、馬から飛び降り颯爽と全速で走り出した。全ステータスはマックスの私は馬より速いのである。注釈はさておき――

 

 さあ、初の魔獣退治だ。初心者は慌てず騒がずが基本。確か、ビッグアントの攻略法は、動きを止める事だったと思う。

 なるほど、大型バイクとほぼ同じ大きさ。ウジャウジャと気色悪いが、ゴキブリよりはまだマシだ。

 アックスを革袋から2本取り出し、両手に構える。

 

 走りながらビッグアントの前脚の第2関節を狙い、アックスを横から振り切る。クリーンヒット。

 ビッグアントの脚は真っ二つに切断された。頭が地に着く、尽かさず首の付け根にアックスを振り下ろす。血飛沫と共にビッグアントの頭は胴体から離れ、絶命した。

 

 同じ要領で、次から次へと迫るビッグアントを倒した。そこへラスボス登場。

 羽根のある女王蟻と思しきビッグアントが私の前に()(はだ)かる。羽根があるぶん飛ばれたら厄介だ。

 私ひとりで倒せるだろうか……。

 

 そこへ木の上から雄叫びと共に、何やら黒い物体が降って来た。


「――ヒャッホー!!」


 ――あ、人間。


「少し観させて貰ったぜ。お前、強えな。だがこのクイーンアントは俺の獲物だ、後は俺に任せろ」


「えっ? ああ、はい……?」


 突然の乱入者に、呆気にとられ私は立ち尽くす。

 背の高いスマートな体付きに、黒く長い髪を(なび)かせて豪快に立ち向かって行く。

 あのフェンシングの様な細長い剣は何と言うのだろう。まるで空を(はし)るように、クイーンアントの羽根を粉々に切り裂いた。

 最後はスッと一筋の線が引かれたかと思うと、血飛沫もなく、首は胴体から滑るように落ちた。

 おお、格好良い……!


 倒し終えると、男は私のもとへとやって来た。


「お前、冒険者か? S級ランクの手練れと見た」


「いえ、魔獣退治は今日が初めてです……はい」


 さすがにFランクとは恥ずかしくて言えない。


「マジかよ! こりゃ驚きだ……王都にこんな奴がいたとはなぁ。俺の名はレオだ」


「あ、私は紅と言います」


「紅? 変わった名だな。それにしてもお前、早くその血を洗わねえと落ちないぞ。さっさと帰んな」


「ギェ! ああもう、これしか無いのに……」


「何だ、シャツねえのか? そういやさっき色々と持ってきたんだった。ちょっと待てよ」


 レオは大きな袋から無造作に衣服を取り出し、私に差し出した。これは!


「おお! シャツだ! 偶然か、奇跡か、神の思召しか! あれ、2枚も? えっ、いいんですか?!」


 冒険者はシャツを手に入れた!


「ああ、構わねえよ。お前、面白いな、ククッ!」


 ……お前もな。


「あ、ヤバい!」

 

 砂煙りが迫って来るのが目に入った。おそらくライ達だろう、見つかったら絶対怒られるに決まってる。ここは逃げるが勝ちだ。


「ええっと、先を急ぎますので私はこれで。本当にありがとう御座いました!」


「訳ありみてえだが、まあいい。ああ、じゃあな」


 ちょっとイカした謎の男レオと別れ、私は脱兎(だっと)(ごと)く小屋へと戻った。


 アックスを小屋の中へ置き、いつものように五右衛門風呂に水を溜め、薪に火を起こし、血の付いたシャツを洗い、風呂が沸くまで貰ったシャツをしげしげと眺める。

 まだ新しいシャツの匂いを嗅ぐと、嗅ぎ慣れた匂いに眉を(ひそ)める。

 これは確か、ダグの店にお試しで置いてあった石鹸の香りに良く似ている。

 レオもダグの店を利用しているのだろうか。そんなどうでもいいことを考えながら、風呂も沸いたようなので、長風呂を決め込む。


 風呂から上がり、珈琲を淹れていると、ドアを叩く音がした。いそいそとドアを開けると、鬼の形相でライが立っていた。しまった、油断したあ……。


「ええっと、い、いらっしゃいませ……ハハ」


「この馬鹿者が!」


 そう怒鳴ったあと、ライがいきなり私の腕を強く掴んで大きく溜め息を吐く。驚いた私は硬直する。


「ちょ、ちょっと……ライ?」


「まったく、どんなに心配したか。怪我はない?」


 ライの手が少し震えている。何がそんなに心配なのか、私が強いのはわかっているのに。

 討伐を頼んだ手前からか、それとも私が女性だからなのか。でも、ライの手は大きくて暖かい。

 

「う、うん、大丈夫。ごめんなさい……」


「なぜ急に飛び出して行ったんだ、従えとは言わない、ただ、一言あってもいいだろ、それとも何か理由でもあったのか?」


 あるかと聞かれたら無いわけないじゃん、と答えるだろう。誰かさんの一言でチキンハートは傷つきましたと、付け加えたいくらいだ。

 でも、何が本当で何が間違っているのかは、正直わからない。やはり確かめた方がいいのだろうか。


「とにかく、中へどうぞ」


「あ、ああ、お邪魔します……」


 気まずい空気の中、珈琲の良い香りだけが漂う。


 


 

 



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