11話 攻略法
緊急の要請でアルと一緒にギルドへやって来た。
少し離れた場所で大勢の兵士達も集まっている。
しかし、しかしだ!
私は今、ある重大事件、いや、重大な局面に立たされていることがついさっき判明したのだ。
時間を遡ること約20分前、慌しく身支度をして小屋を出たとき、シャツを干していたことに気付いて物干し場へ取りに行くと、なんとシャツが干されていないではないか。
風に飛ばされたのかと、周辺を探すも見つからず、アルに急かされたのでいったん捜査を打ち切って今に至る。
衣類大国でありながら、何故に衣類で悩まされなければならないのか。
やっとパンツの生乾きから解放されたと思えば次はシャツ、洗い替えはあれ1枚しかないというのに。
まあ、ファッション性に拘らなければ男性物でもいいっちゃいいんだけど。
ツイてない……。
気を取り直してギルドの中へ入ると、冒険者が数名カウンター付近で屯っていた。召集願だからなのか、兵士の数に比べ冒険者の少なさに無情さを感じる。
「なあアル、冒険者ってこれだけ?」
「みたいだなあ、急な召集だったから仕方ないさ」
半ば諦めたように、アルは団長の所へ戻ると言って足速に去った。
そこへギルドマスターのバーグが、何やら招き猫のように手招きをする。私は少し引け目を感じながらも、バーグのところへ向かった。
「おはようございますバーグさん。あの、冒険者の仕事がなかなかできなくて、申し訳ありません」
「いえいえ、他にお仕事をされているのですから、どうぞお気になさらず。それはそうと、紅さんに見て頂きたい物がありましてね」
言われるがままにバーグの後を付いて行くと、2階にある談話室と書かれた部屋へ通された。
そして徐に、大きくて長い木箱を重そうに机の上に置いた。バーグは笑みを浮かべながら、その木箱を私に差し出した。
「どうぞ開けて見て下さい」
私は差し出された木箱をそっと開けた。そこには大きく口を開けた獣の彫刻が施された、柄の長い斧が2本収められている。シルバーに輝く柄に、三日月型に湾曲した鋭い刃が特徴的でとても綺麗だ。
「これは斧ですか?」
「それは紅さんが倒した『ゴールドデビルマンモ』の牙と角で造ったバトルアックスです」
バトルアックスは確かゲームの中に出てくる、戦斧と言う武器の種類だったように思う。
「これを私にどうしろと?」
「はい、正直に申し上げます。この斧は曰く付きの品物なんです」
「曰く付き?」
「その斧、いざ使おうとすると全く切れなくなるんです。名の知れた剣豪や冒険者達も幾度となく挑戦したのですが、結果は惨敗でした」
バーグは残念がるどころか、満面の笑みで話す。
「ギルド側も作った手前、黙って見過ごすわけには参りません。原因究明のため古文書などで調べたところ、"使い手を選ぶ"という事がわかりました。そこで、紅さんにぜひ挑戦して頂こうとなった次第なんです」
なんだろう、もの凄っく胡散臭い。それに、私には体のいい押し付けにしか聞こえない。
マンモを倒した私に責任を取れとでも言いたいのか、冗談ポイだ。
ここは拒否で――
「剣豪の方々で無理なら、私には無理な話しですよ。なので辞退します」
「そうおっしゃると思っていました。ではこうしましょう、紅さんの要望をひとつ叶えると言ったらどうです?」
私の眉がピクリと動いた。特典っすか?
「なんでも? 小ちゃくても大きくても?」
「はい。では交渉成立という事で。ではさっそく下へ参りましょう。あ、その斧を忘れずに」
半ば強制的に決められてしまったので、仕方なく箱から斧を取り出し手に持つと、余りの軽さに驚く。その時、静電気の様なビリッとした衝撃が身体を駆け巡った。
「痛っ! ふう……静電気?」
「おお! いま光りましたよ! きっと何かの兆候ですよ! 早く行きましょう!」
興奮気味のバーグに連れられて下へ降りると、冒険者達が煙たそうに私を見る。
覚悟はしていたが視線は痛い。そしてお決まりの陰口が始まった。
「おい、あいつ初の『ハーキュリーズ』スキルを獲得した奴だろ? やっとお出ましか?」
「あれって、確か無敗のバトルアックスだよな? 力任せで挑戦ようってか、いい気なもんだぜ」
困惑して佇む私の肩をバーグがポンっと叩く。
「気にすることはありませんよ、ただのやっかみです。さてと、始めましょうか」
と言って、何かを台車に乗せている。
「バーグさんそれは?」
「ちょうど加工用の鉱石があったので用意しました。試し斬りにはもってこいでしょ?」
流石はギルドマスター、用意周到だ。バーグは敢えて冒険者達に聴こえるように、声を大にして話し出した。ちょっと、挑発するのはやめて頂きたい。
「では皆さんにご披露致しましょう。その無敗の斧が敗れる様を! 紅さん、力を入れずにね」
大層な口上をどうも。ああ、帰りたい……。
私は仕方なく、刃頭の重さを利用して、軽くアックスを振り下ろした。
私はその手応えの無さに、まるで包丁で豆腐を切った錯覚に陥るも、目の前の鉱石は音も無く一瞬で真っ二つになった。
私はその切れ味の鋭さが嬉しくてつい、時代遅れのダブルピースを掲げる。見たかマンモパワー!
「おおっ! やっぱり!」
「「「「おおおおっ!!」」」」
バーグと若干4名の冒険者が驚きの声を上げる。受付のお姉さんと従業員の皆さんは唖然と佇んでいた。なんとも実に良い光景だあ。
そこへライが駆け込んでやって来た。ライはギルド内の様子に、はたと足を止める。
「ど、どういう状況だこれ……?」
「あ、これは騎士団長殿。ちょっとした余興です」
と、バーグが冷静さを取り戻し返答する。
私といえば、気恥ずかしさから体を縮めて風景と一体化を装う。注目はするものであって、されるものではないのだ。モブ自論。
「よくわからんが……では冒険者の皆さん、そろそろ出発するので、表に出たら兵士達の後ろへ並んで下さい。よろしくお願いします」
余韻に浸る間もなくアックスを肩に背負うと、バーグが革の袋を私に手渡した。
「紅さん、バトルアックスの柄を上にして、この革袋に入れて下さい。横に革紐が取り付けられているので、肩から下げてご使用下さい」
「それは助かります。色々ありがとう御座いました。では、行ってきます!」
「ご武運を!」
バーグの声援に少なからず緊張が走る。仮にスキルや武器が最強であっても、私にとって魔獣は未知との遭遇だ。
もうこうなったら恥も外聞も投げ捨てて、先輩冒険者にアドバイスを貰おうと思う。
私は勇気を振り絞って冒険者達に尋ねた。
「あの、大変申し上げ難いのですが、若輩者の私に何とか魔獣の攻略法をご伝授願えないでしょうか」
冒険者達は困惑した様子で、それぞれが顔を見合わせ、誰が私の相手をするのか探っているようだ。
陰口は叩けるのに面と向かうと口を閉ざす。正に典型的モブキャラ軍団、背景には欠かせないエキストラなんだけどね。
こんな時の対処法、いつかは役に立つだろうと、密かに練習に練習を重ねた必殺技。
お披露目する時がやってきた――