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10話 召集


 その後もライは、綿の栽培方法や摘み取り、糸に成るまでの工程を楽しそうに話していた。

 そんな彼がなぜ騎士なんぞやっているのかと、私は少し疑問に思う。想像するに、ドイルと同じで貴族に生まれた定めなのだろう。

 だからこそ、お互いを(かば)()い、(いたわ)()っているのかも知れない。どの世界にも、縛るものに(あらが)っても(あらが)いきれないものもあるんだと、彼らも半ば諦めているに違いない。


 私は死と引き換えに偶然にも新たな自分を手に入れた。なら彼らにも、もうひとつの道を歩む手助けでもできたらと思う。

 何の取り柄もないチビモブだった私が、旅行という自由で隔たりのない世界を見つけたように。


 ということで、関わり合ってしまった以上、好奇心9割、妬み1割で、王女との不仲説を聞いてみた。


「ねえライ、王女様とは幼馴染で婚約者と言う間柄なんだよねえ?」


「また突然だなあ。まあそうだが、それが?」


「ちょっと小耳に挟んだんだけど、ライは王女様に興味がないらしいって」


「ハァ、そんな噂があるのは私も知っている」


 大抵の王宮物語はその垣根を超えてお互いの恋心に気付き、ハッピーエンドがお決まりのパターン。

 もしくは、民に力を尽くす王女のために、恋心を隠しながら陰で支えるナイトのジレンマ的物語。

 なので色々すっ飛ばして核心に突入してみた。


「それって幼馴染だけど実はメッチャ好きで、でもナイトだから敢えて素っ気ない振りしてるとか?」


 するとライは、チッチッチッと指を振る。


「違うんだなあ。私がそんな小芝居をして何の得がある? 普通に王女が嫌いなだけだ」


「嫌いなの?! ああ、あれか、隠れ悪女的な?」


「いや、彼女は聖女の様に優しい誠実な女性だよ」


 予想外の解答に謎は深まる。


「えっ、じゃあ、なにがどう嫌いなの?」


「なにって、全部」


「……えっ、全部?」


「顔も喋り方も振る舞いも全部だ。彼女のお()りで私がどれだけ苦労したか。笑顔を振り撒けば人が群がり、溜め息を吐けば心配され、瞳を潤わせようものなら犯人探しで兵士まで出張(でば)る始末。その尻拭いに私は悪戦苦闘しているのだ。そんな彼女の側に誰が居たいと思う!」


 ぶっちゃけたなあ、よほど嫌な思いをしたとみえる。幼馴染という立場から、好きでもないナイト役を任されてきたのだろう。

 いるんだよなあ、天然キャラの最悪な奴って。自覚がないから余計に厄介だ。もしかして、ライが女性に興味がないのは王女が原因?

 

 しかしも、婚約したのであれば、生涯を共にする覚悟はできていると思うんだけど……。

 

「そうは言っても、将来は約束されたも同然なんだし、王女と結婚する覚悟はできてるんでしょ?」


「そんな訳ないだろ!」


 おっと、文句は相手に直接どうぞ。


「あっそう。じゃあどうするの? まさか、婚約破棄とか考えちゃったりとか?」


「そのまさかだ。今回の討伐が済んだらこの王宮を出ようと思っている。婚約破棄ともなれば、王宮追放は免れないだろうからね。先手必勝だ」


 いやはや、最終話にヒロインが捨てられてナイトは逃亡とか、予想を遥かに超えるバッドエンドのシナリオに脱帽。


 しかしながら、ライもそれなりに覚悟を決めていたとは驚きだ。

 冷たい言い方かもしれないけど、王宮なんてただのブランド的存在に過ぎない。偉かろうがなんだろうが王女とて所詮はお飾りの人形、ライでなくとも相手は()手数多(てあまた)ではないだろうか。

 なんにせよ、個人の自由を奪う権利は誰にも無いのだ、うん。


 そうだ、失礼を承知でもうひとつ――


「あのさあ、この際だから聞いちゃうんだけども、ライは女性に興味ないってほんと?」


「なんだ、そんな噂まで広まってるのか、参ったなあ。自分で言うのもなんだが、女性に会うたび迫られて嫌気が差しているのは事実だ。用もないのにベタベタと擦り寄って来る様は、まるで盛りのついた猫みたいだ。まあ、ある意味、興味はないかな」


 イケメンの(さが)か。その辺の雑魚キャラが聴いたら殺意の眼で見られるわな。

 ということで、本人から直接証言を得る。

 アルくん、君には教えな〜い。


「ライもあれやこれやと大変なんだね。ならさっさと討伐を終わらせてスッキリしちゃいましょう!」


「他人事だと思って、軽く言ってくれるなあ」


「だって他人事だもん」


「フッ、確かに。そういえば、紅はこの家にひとりで住んでいるのかい?」


 ライは辺りを見まわしながら尋ねる。遠慮しないでボロ小屋とはっきり言えばいいのに。

 しかし、あまり詮索されると私がボロを出しそうなので、適当に話しを逸らそう。


「そうよ。ところで、ライはいつも()()()って自分のことを言ってるの?」


「いや、公務の時だけで、普段は俺だけど?」


「なら、私の前でも俺にしてよ。ふたりして私じゃなんかおかしくない? いいでしょ?」


「君がそういうなら俺は構わないが?」


「そう、それそれ。男らしくて良いじゃん!」


「そ、そうかな……」


 このシャイボーイ、また口元を隠して赤くなる。よし、今度からこの戦法ではぐらかそう。そして退場して頂こう。


「あら? 外はもうすっかり暗くなったのね」


「えっ、ああ、そうだな。じゃあ俺はそろそろ帰るとしよう。討伐遠征の日程が決まり次第出発するから、その時はまた迎えに来るよ。では失礼する」


「うん。気を付けて」


 ライはドアを(かが)みながら出ると、惜しむように何度も振り返り去って行った。

 ん? 遠征? まあいいか。


「だあぁぁ、疲れた……あっ、シャツ!」


 シャツを洗濯していたことをすっかり忘れていた。月あかりの中、シャツを揉み洗いし、固く絞って物干しのロープに広げて干した。

 その時ふっと、白いものが一瞬みえた気がして、そっとシャツの間からもう一度覗いて見るが、そこには積み上げた薪があるだけだった。

 目の錯覚と思い、眼頭を指先で押さえて、そのまま小屋の中へ戻った。


 

 翌朝――


 私はドアを激しく叩く音で目が覚めた。瞼をこすりながドアを開けると、汗を拭うアルが立っていた。息を切らせて慌ただしい様子。


「どうしたんだよアル、こんな朝っぱらから」


「お前んとこ遠すぎ……ハァ。あっ、そうだった、召集が掛かったぞ、早く支度しろ!」


 召集とはこれ如何(いか)に。あ、そういえばライが何か言ってたなあ――


「召集って? それに何、その重装備は……」


「いいから早く!」


 アルに急かされて身支度を整え、ロープを羽織りながら眼鏡を掛け、手袋をわし掴むと慌てて小屋を出た。アルはそわそわと落ち着かない。


「お待たせ。いったい何があるんだよ」


「よし、行くぞ。説明は歩きながら話す」


 アルは些か緊張した面持ちで足速に前を歩く。


 話によると、討伐遠征が急遽早まったとの事。隣国に近い平原で、討伐目標の魔獣がいきなり現れ、王都に迫っていると言う。

 国からの要請で冒険者にも召集願が出され、兵士や冒険者達は今ギルドに集まっているらしい。

 

 そんな事情で、冒険者である私を迎えに来たんだとか。それはいいが、ペーパー冒険者の私をギルドや他の冒険者達はどう思うだろうか。

 事なかれ主義の私は戸惑う……。


 あっ、シャツ干しっぱなしだ……!


 

 

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