32、ルーミルの危機(10)
朝の喧騒で賑わう市場を、鎧に身を固めた兵隊が通り抜けていった。
市民をいささか強引に押しのけるのも、やぶさかでない。
ガチャガチャと朝の騒音が一段と増した。その騒音は、ギルド『暗黒街』の前まで到達した。
「開けろ!」
「これは伯爵、どうしたんですか?」
「いいから通せ!」
ドアの近くにいたギルド員を一喝し、ギルド内に入った。
その伯爵に続いて、後ろからわらわらと兵士たちが入り、そのまま階段を上り始めた。
伯爵も二人の兵士に支えられながらも、自分の利益を求め、一心不乱に階段を上っていった。
絶対に自分の宝を逃さないために、一階には数名の兵士しか残さずに。
伯爵の兵隊がつくった道を、こっそりと通る四人の姿があった。
「みんな、良いね、作戦通りにだよ」
「分かりました」
「ええ、分かってるわよ」
「了解してますよ」
三人とも、やる気満々で良かった。
そうでなくては、俺が昨日なけなしの金で、高級料理店に連れて行った意味が無くなってしまう。
久しぶりに、会計で絶望した。
まあ。クレジットカードないだけマシだ。
あのカードは心臓に良くない。特に、月末の請求額を見るときが。
「着いたよ、よろしくね」
ドッカーン
こっそりギルド内に入って、一階の兵士を無力化するはずだった。
最近気付いたのだが、獣人は細かい作業が苦手なのではないか?
紅葉と椿はこんなだし、レンクスさんも俺を急にダンジョンに転移させるし。
唯一、紅葉のお父さんのガリウスさんだけがまともな気がする。ちょっと親バカだけど、俺のことを色々と手伝ってくれた。
今俺が付けている変装用の魔道具をくれたのも彼だ。
「何者だ!」
もちろん、こんな問いかけに答えるわけが無い。
紅葉と椿が獣人だと知られないために付けていた、マントの裾が翻るのが目の端に映った。
パッと左右を見ると、二人はもうそこにいなかった。
楓を見ると、呆れて苦笑していた。ふっと肩をすくめてから言った。
「まあ、仕方ないですね」
「楓は大丈夫だよね?」
「私は大人ですから、心配ありません」
今までの行動を見てると、何が大人なのかは理解しかねるが、そういうことにしておこう。
「信じてるからね」
「ええ、妻を信じてください」
腰に手を当てて、いかにも正しいことを言っているように見えるが、ただの盲言だ。
第一、精霊の婚姻方法がいい加減なのだ。
戸籍に登録したり、お互いの両親に挨拶したりする必要が無いらしい。まあ、精霊は両方とも持ってなさそうだが。
だからって、キスしただけで結婚というのはどうかと思う。
「楓が本当に妻だったらね」
「もう一回しますか?」
楓がグッと顔を近付けてきた。
いや、本当に勘弁してほしい。
前回された時も、紅葉がへそを曲げて話を聞いてくれなくなり、椿も辛辣なことを言うようになった。
機嫌を直すのに、俺がどれだけ苦労したことか。
「それは置いといて、楓の番だよ」
「あら、残念ですね」
紅葉と椿がいつの間にか、一階の兵士を倒していた。
次は、楓の番。
他の兵士たちが来る前に、このギルド員にかけられた従属の紋章を解除するのだ。
そして、階段から降りてくるであろう領主を足止めできれば、作戦成功だ。
レオパルトさんが来て、後処理をしてくれる手筈になっている。
それより、俺は眼前にある問題を解決する必要がある。
「冬哉、どういうこと?」
俺の目の前に、紅葉と椿が立っている。紅葉は仁王立ちだ。
「何が?」
「それ、白々しいのよね」
「椿ちゃんの言う通り。私たちが頑張っている間、何してたの?」
何と尋ねられても、楓とのことしか思い出せない。
どっちみち、俺は怒られそうだ。
「いや、いつも通り......」
「へぇ。いつも、あんなことしてたんだ」
言葉にトゲを感じる。
変装していて本当に良かった。こんな姿をクラスの連中に見せられない。特に、美桜里には。
当の本人は、ギルドの受付のカウンターのあたりに立っている。
変装しているから、俺だと気付かれることは無いと思いたい。
「そういう訳じゃ」
「これは有罪ね」
これで、椿から有罪をもらったのは二回目だ。
二回とも、楓が原因なのを考えると、俺も楓に何か言わないといけない。
でも、話に行くたびに、上手くかわされてしまうのだ。物語で、精霊がイジワルするというのは、あながち嘘では無いかもしれない。
「冬哉、気を付けてね。椿が兵士の人を殺しそうになってたから」
「そ。そんな訳ないじゃない。まさか、信じてないでしょうね?」
いやぁ、分かりやすいツンデレだな。
ここまであからさまにツンデレだと、かえってどう反応すれば良いのか分からない。
生まれ変われるなら、もうちょっと女子と話しておきたい。カードゲームに熱中しすぎて、それ以外だと、あまり頭が回らないのだ。
「うん、分かってるよ」
「何が?」
そう言えば、俺は何を分かっているのだろうか?
改めて聞かれると、上手く説明できない。
「椿がもう大人だってこと......かな」
我ながら、完璧に誤魔化せた。
なんか、上手くまとめられた気がする。
「私が幼稚だったって言いたいのね!」
「これも有罪ね」
紅葉が椿の声真似をしながら言った。
「紅葉、どんな刑にする?」
やっぱり、変なところで仲良く共闘し始める。
せめて、椿がツンデレのままだったら、こうはならないのだ。
椿は急に乗り気になるから、いつこうなるのか分からないのも面倒臭い。それに、大抵こういう時はろくな事しか起こらない。
前回、俺が有罪にされた時は、三日間に渡って、一人ずつと街を歩き回された。おかげで、俺は筋肉痛で悲鳴を上げながら、ルーミルの街まで歩くことになったのだ。
俺への遠慮が全く感じられないことをやらされるから恐ろしい。
「今回は楽なのが良いんだけど」
「では、これにしましょう!」
紅葉がポケットから、一枚のチラシを取り出した。チラシにはこう書いてある。
新装開店しました!ぜひ、温泉旅館・大地の湯へお越しください
温泉か......悪くないかもしれない。
最近は騒がしかったから、たまには一人で静かに温泉に入るのも良いかもしれない。
「私が直々に背中を流してあげるんだから、ありがたく思いなさい」
「私も頑張ります」
まあ、二人が何と言おうが、温泉は男女別々だ。
他の客がいる中で、二人が男湯に入れるわけがない。
「どうぞ、ご自由に」
「何の話をしていたんですか?」
ギルド員の従属の紋章を解除し終わった楓が戻ってきた。
「例のアレですよ」
「ああ、アレですね」
どうやら、計画性のある犯行だったらしい。
それは置いといて、あとは俺の仕事しか残っていない。
クラスの連中をまとめて、上から降りてくるであろう領主とその兵士を足止めするのだ。
気乗りはしないが、あいつらと協力することにしよう。
まだ初心者で改善点があると思うので、なにかあれば感想で教えていただけると助かります。
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