3、カードゲームの世界へ(3)
朝起きて朝食を作り始めると、岩の隙間で何かが動いた。
こんな朝っぱらから、戦闘かよ。
この戦闘で死ぬかもしれないことくらい分かっているが、それでもカードゲームオタクとしての本性が勝ってしまう。今までに感じたことが無い興奮が湧き上がってくるのが分かる。
このカタパルトというものを、実物を見るまでは侍が付けている籠手ようなものだと思っていたが、実際は腕輪だった。
アイテムボックスから取り出した3枚のカードをカタパルトに重ねた。カードがほんのり輝いたかと思うと、カードがカタパルトという名前の腕輪に吸収された。
「エアル、召喚」
目の前に空気の塊が現れた。エアルがいる場所だけ、他と比べて景色がぼんやりとしているから、完全に見失うことは無さそうだが、夜になったら全く分からなくなるだろう。
このエアルという魔物は最低ランクのFランクである理由は、攻撃力が1だからだ。おそらく、どれだけ弱い相手にやってもしかし、ここにちょっと手を加えるとDランク級にはなれる。
ワン......ワン......
ワンってことは犬か。それにしても元気が無い鳴き声だな。
その犬が隠れているであろう岩から距離を取りつつ、岩陰が見える位置に回り込むことにした。アイテムボックスに入っていた剣を構えた。
剣なんか握ったことが無いから、構え方すら分からない。ラップの芯くらいしか触ったことが無い。
尻尾がまずは見えた。少しずつ全身が見えてきた。その犬は、ついさっきまで戦っていたかのようにボロボロだった。剣で一撃入れて経験値にしても良いが、それではカードを巻き上げた不良どもと何ら変わらない。
それに、1人でいるのはちょっと寂しいから、助けるという手が無いことはない。
「大丈夫か?」
その犬は俺に助けを求めるかのように、目に涙を浮かべて見つめてきた。
そんな見つめないでもらえると助かるんだけどな。
とりあえず、朝食で食べる予定だったパンを半切れ置いてみた。少しパンに近付いたように見えたが、再びうつ伏せになってしまった。
残りの半切れを食べていると、分かったことが1つある。このパン、あまりふわふわじゃない。母さんがパン焼き機にイーストを入れ忘れた時のことを思い出す。
座っていた岩から立ち上がろうとしたとき、地面の砂利で靴が滑った。腰にさしていた剣を地面に突き立てた。
ふぅ、危なかったな。どんな病原菌がいるか分からないし、怪我しないように気を付けないとな。
ふと自分の両手を見てみると、水筒が無い。正確に言うと、水をいれる革袋もどきが無い。結構、気に入っている一品だ。
まさか、消失したわけが無いし、水が無いのはマズいから見つけ出す必要がある。右を見ても左を見ても見当たらない。溜め息混じりに首をうなだらせると、足元に落ちているのを見つけた。足元にいた野良犬がびしょびしょになっていたるのを除いては万事解決だ。
「おい、大丈夫か」
「生き返ったよ、ありがと」
うん、幻聴かな。俺には女の子の可愛い声が聞こえたんだが......。
ここは異世界の心霊スポットの1つだったのかな。まあ、そんなことを気にしている場合じゃない。急がないと、南東に約170km離れたルミナに着く前に、食料が尽きてしまう。
今着ている服は目立ちすぎるから、アイテムボックスに入っていたこの世界の服を着ることにした。1着しか無いから、美桜里は困るんだろうな......。
考えていても、何も分からないし、気分が落ち込むだけなので、さっさと服を着替えて出発することにした。目指すはルミナ、地図によると流通の街らしい。きっと、珍しいカードがあるはずだ。
歩き続けること2日間。特別これといって面白いことは1つ何起きなかった。ただ、歩き食べ寝るだけの2日間だった。だが、今日からはそんなわけには行かないだろう。
なぜなら、神様がこの世界に慣れるまでの3日間は、魔物に襲われないように加護をかけていたのである。しかし、今日は異世界に来て4日目。いつ何時、魔物に襲われても文句は言えない。
「じゃあ行くよ、紅葉」
この紅葉とは、洞窟で出会ったあの野良犬のことである。洞窟に置いていくのは忍びなかったし、懐かれてもいたので、一緒に行くことにした。
カードゲームにもあったが、巫女さんカラーの狛犬みたいな犬だ。毛が赤と白だったから、名前は紅葉にした。これなら、男でも女でも問題無い。
それにしても、異世界というのは面白い。まさか、異世界に来て数日で、巫女さんカラーの犬を見れるとは思わなかった。
ガチャ
金属同士がぶつかるような音がした。冒険者という可能性も捨てきれないが、武器を持った人型の魔物だろう。俗に言うゴブリンあたりだろう。
草むらからそっと顔を出してみると、緑色で子供くらいの大きさの魔物が5mくらい先にいた。さて、俺の初陣だ。
あまり命をかけた戦闘をするという実感は湧かない。それに、カードゲームの実戦版だと思うと、緊張やドキドキより、興奮やワクワクが勝る。
オープンと心の中で念じると、青い画面が出てきた。やっぱり、いちいち口にするより、念じた方が楽だ。画面に出てきた3つの名前のうち、一番上をタップした。
「エアル、召喚」
さて、このFランクの魔物の真髄を見せてやろう。まあ、見せると言っても紅葉しかいないが。
「効果拡大」
このスキルカード『効果拡大』こそが俺のデッキのみそである。効果は単純だが強い。
本来、スキルカードの効果対象は最大でも、その場に召喚した魔物だけだ。しかし、この『効果拡大』は、一定の魔力消費でスキルカードの効果対象を増加させることができる。
そして、俺の3つ目のカードは『火属性付与』。このスキルカードは、魔物の攻撃に属性を付与できるという、ごくありふれたものだ。しかし、『効果拡大』と組み合わせると、魔力は多く消費するが、俺が持っているこの剣に火属性を付与できる。
それだけでは無い。俺の魔物のエアルは空気のようなもの。見た目も雲だ。このエアルを魔物に吸い込ませて、『火属性付与』を使うと、どうなるだろうか?
答えは簡単。体の内部が火傷する。常識的に考えて、外部からより内部から火傷の方がダメージは大きいはず。ちょっとおぞましい戦い方だが、ここは異世界なのだから仕方ない。順応できなかったやつから死んでいくのだ。
右手には剣を握り、左手には拳を握って呟いた。
カードを全て集めて最強になってやる!
まだ初心者で改善点があると思うので、なにかあれば感想で教えていただけると助かります。
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