第二話 日常
一月の、とある日曜日——
僕は、妻・子と共に実家へ帰り、母が作った料理を食していた。
「実家のから揚げが一番好きかもしれない」
そう言った僕に、妻が鋭い視線を送ってくるが気付かないふりをする。
正月から予定が合わず少し日にちのずれた帰省となったが、久しぶりの休みとなり、家族でゆっくりとした時間を過ごしていた。
「ゴホン!ゴホン!」
隣の部屋から祖母の咳が聞こえてくる。
どうやら正月早々に体調を崩したまま、長引いているらしい。
どうも長居が出来なさそうなので、食事が終わったら早めに引き上げる事にした。
小学二年生の娘だけ、あからさまに残念そうな顔をしている。
母と公園で遊びたかったようだが、一月の気温を考えると、外遊びは諦めてもらって正解かも知れない。
しかし、瞳を潤ませている娘が不憫になり、僕は提案した。
「この後、ケーキ食べに行こうか」
娘の目が輝き出した。
「それからさ、スーパーでお肉買って家で鉄板焼きしよう」
——完璧だ。
この連続技で娘の機嫌は百八十度変わった。
単純なもんだ……と思いながらも、本当は自分が食べたいものばかりだ。
小学生の娘よりも大人の方が単純なのかも知れない。
母に礼を言い、家族三人はケーキのあるファミリーレストランへと向かった。
日曜日の午後ということもあり、少し混雑しているがすぐに席に案内された。
「ケーキ三個セットを」
当たり前に注文する僕を娘が睨む。
娘は妻から「一個だけ」と言われていた。
「ほら、パパは体が大きいから……」
問い詰められる前に情けなく言い訳をする。
「大人になったらたくさん食べれるよ!」
大人って汚いな……と考えながら、三個のケーキを少しずつ娘に分けた。
窓の外を見ると、少し夕陽が差してきている。
会計を済ませ、近くのスーパーへと移動した。
鉄板焼き用の牛肉をカゴに入れ、顔を上げると人だかりが出来ているコーナーがある。
何かと見てみると、握り寿司のセットに割引シールが貼られていた。
普段あまり買うものじゃないが、程よく脂の乗ったトロに、綺麗な赤身が光るマグロ。
「四十パーセントオフか……」
気付けば寿司のセットを手に取り、カゴに入れていた。
「鉄板焼きじゃなかったの?」
呆れ顔で妻が言う。
「明日、仕事前に食べて行くよ」
そう言った僕は、この時はまだこの寿司を食べられなくなるとは思ってもいなかった。
部屋に煙が立ち込め、肉の焼ける香ばしい匂いがしてくる。
少食の妻はなんとも言えない表情を浮かべているが、僕と娘は自宅での鉄板焼きが大好きだった。
店で食べる焼肉も良いが、住み慣れた家のリビングでの食事は、やっぱりリラックスできる。
妻からすると洗い物が少し手間なのだろう。
僕も多少の洗い物はするが、鉄板など少し特殊な物を洗うスキルは乏しい。
結局二度手間になるから置いておく、という家庭は多いのでは無いだろうか。
焼き上がった牛肉を口に放り込む。
……美味い。スーパーで買った外国産の牛肉だが、十分に満足感はある。
普段より箸の進みが悪いのは、数時間前に食した三個のケーキが原因である事は明白だった。
生クリームの味がまだ口の中に残っている気がした。
食後は、入浴、歯磨きといった日々のルーティンをこなし、寝室へ入った。
娘に絵本を読み聞かせ、スマホで日課のパズルゲームをしながら、娘が眠りにつくのを確認した。
この日は休日らしい日曜日で充実していた。
その反面外出疲れもあったのか、自身もすぐに眠りについた。
そして翌朝——
事件は起こった。
お読みいただきありがとうございます。
今回は、逮捕前日の日常を書かせていただきました。
人生、油断しているといつ何が起こるかわかりません。
明日を平和に迎えられることは、素晴らしいことなのです。