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第一話 地獄への扉

初めまして。


逮捕や留置場の生活は、なかなか体験する事がない方が多いと思います。


実際に体験してみて感じたこと、リアルな体験を、

出来るだけわかりやすくお伝えしたいと思います。


絶対嫌だな……と思うことが大半だと思いますので、

犯罪の防止等少しでも社会貢献ができると嬉しいです。

  「新規入場!」

 その声と共に、重苦しい鉄の扉が開いた。


 見慣れない光景に僕の表情は固まり、背筋に緊張が走る。

 警官の制服を着た男達に促され、扉の奥へと歩みを進めた。


 小さな部屋で、警官の制服を着た男がノートパソコンのキーボードを叩いている。

 男は僕の方へと振り返り、口を開いた。


 「今からキミの名前は三番だ」


 この日、僕は自分の名を奪われた。






 「服を全部脱いでくれるかな」

 「紐付きの服は危険物として預かっておくから」

 「ピアスは……外しているな」


 〝作業〟が淡々と進められていく。


 「その指輪は?」

 警官の制服を着た男——看守が僕の左手薬指を見ながら言った。

 薬指でプラチナのリングと埋め込まれたダイヤモンドが光っている。


 「結婚指輪ですね……浮腫んで外れなくて」

 看守達はヒソヒソと相談した後、外さなくて良いという結論になった。


 結婚指輪に目をやり、妻の顔を思い出す。

 近くにいるような気分で少し安心し、心強い反面情けなさも感じた。

 いきなりこんな事になってどう思われているか分かったもんじゃない。


 身ぐるみを剥がされ、壁に手をつけさせられる。

 「その場でスクワットして」

 

 言われるがままにスクワットをする。

 尻の穴まで確認されるという人生最大とも言える屈辱だ。


 〝点検〟が終わると、僕の装備はTシャツ、パンツ、靴下だけになった。

 建物の中とはいえ、とても一月の服装とは思えない。


 「中は……寒いんでしょうか……」

 僕は看守に尋ねた。


 「あぁ、寒いぞ」

 考える間もなく即答された。


 「ただ、部屋着の貸し出しはあるから」

 続けて言われた言葉に安堵した。


 誰が着用したかわからないスウェットは少し抵抗があるものの、そんな事を言っている場合ではない。

 自分のセンスでは絶対に買わないであろう青のスウェットを身につけた。


 随分とみすぼらしい見た目になったな……。

 服には大きく『官』と書いてあった。


 「一応下着の貸し出しもある……」

 「大丈夫です」

 看守が言い終わる前に断った。






 〝場内〟の奥へ歩くよう看守に促され、奥へと進んだ。

 鉄格子の部屋に『十一号』と書かれたプレートがある。


 「中に入って」

 「スリッパは必ず手で揃えるように」

 随分とルールが細かいようだ。


 「ここがトイレで、ボタンを押せば水が流れるから」

 初めて見る形の和式トイレを見ながら説明を受ける(留置場の和式トイレは金隠しが無い)。


 自分で流せるだけでも少しありがたいと感じる。

 漫画やドラマの知識だと看守に伝えて流すというイメージがあった。


 「毛布は二枚まで貸し出せるけどいる?」

 もちろんだ。


 部屋の中は風こそ通っていないものの、鉄格子の窓には当然ガラスもなく、外はひんやりとした空気が漂う廊下になっている。

 看守から二枚の毛布を受け取り、体に巻きつけた。


 「じゃあ、用があれば言って」

 看守は離れていき、お茶が入ったプラスチックのコップだけが部屋に残された。






 ——ぽつん。

 そんな音が本当に聞こえてきそうだ。


 とりあえず部屋の中を観察してみる。

 広さは、恐らく六畳程だろう。


 床は、毛玉の多いカーペットだな……ベニヤ板のような感触だ。

 壁は……さすがに硬い。コンクリートだ。


 所々に落書きがされている。

 『か……え…………りた……い』

 帰りたい、か。気持ちは痛いほどわかる。


 『マサ♡ユウ ずーと一緒♡』

 いや……マサかユウか、恐らくマサだろうがどこに書いてんだよ……。

 心の中で壁との会話を繰り返した。






 どのぐらい時間が経っただろうか。


 この部屋には時計が無い。

 部屋の外にも、見える範囲に時計が設置されていない。

 留置場内は時間を知る自由さえも無いのだ。


 柔軟体操ぐらいしかやることがない。

 体をほぐし、トイレへ行き、用を足す。


 「なんだこの生活……」

 自然と独り言を吐き出した。






 部屋の外から非常ベルのような音と共に、数人の叫び声が聞こえた。

 一瞬何事かと思ったが、どうやら〝警察〟という人種は定期作業を行うときなど必要以上に大声を出すということが分かった。

 まるで軍隊のようだ。


 「検室開始!」

 看守の声が響いた。


 毎日一九時頃、各部屋を五人ほどで点検するという定期作業だ。

 一部屋ずつ点検する為、少し時間がかかる。


 「五号開始!」

 「六号開始!」

 徐々に迫ってきている感じがして少し嫌な感じだ。


 「十一号開始!」

 やっと順番が来た。

 部屋の外に出され、壁を向いて立たされる。


 「室内ヨシ!」

 室内の点検が終わると、寝具を部屋の中へ入れ、再度外で身体検査をされる。


 壁に手をつき、腕や背中、腰回りをまさぐられ、口の中、下の裏まで見られる。

 (まるで犯罪者じゃないか……いや、犯罪者だからここにいるのか)

 心の中でツッコミを入れた。


 「十一号終了!」

 部屋の中に戻され、寝具を改めて確認する。


 薄っぺらい敷布団と、薄っぺらい掛け布団だ。

 安物の座布団の方がまだ分厚い。


 そして、一応は枕と認識できる物体がある。

 長方形のスポンジに黒い布を被せたようなもので、一般的な〝枕〟とはかけ離れている。


 「……肘置きかよ」

 独り言を呟き、布団を敷いた。


 消灯時間は二十一時なので、まだ一時間以上あるが、相変わらずやる事はない。

 再び壁と会話をしながら柔軟体操をする。


 「暇ならもう寝ててもいいから」

 看守はそう言ったが、いい大人が二十時なんかに寝れるもんでもない。

 ひたすら時間が過ぎるのを待った。

 





 「消灯——」

 看守の声が響き、場内の明かりが消えた。


 布団に入り、頭の中を整理していく。

 なぜ、こうなった。


 そうだ、逮捕されたんだよ。


 僕は一日の流れを冷静に振り返ってみる事にした。


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