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6. 今世でようやく

最終話になります。

また、あの女による気持ちの悪い行動がありますのでご注意下さい。

 

 卒業パーティーから数日経ったクラウン伯爵家。

 健斗は婚約破棄を言い渡したあのパティオで、ハナと向かい合って座っている。


「だからハナちゃん、無理だよー。どんだけ探してもキャラメルフラペチーノは無いってばー」


 健斗はパティオのテーブルの上に、持参した王都で人気のお菓子をずらりと並べる。お茶も数種類用意してきた。


「卒パで『ハナちゃんが望むものは何でもプレゼントするから結婚してー』って、皆の前で宣言してたじゃん」


 あの後の卒業パーティー。

 ずーっとハナの後をついて回っていた健斗は、とうとう土下座しながら、ハナちゃんハナちゃんと連呼し出した。

 そして、結婚してくれるならなんでもするからと、ハナの足に半泣きでしがみついた。


 しがみつき、引き摺られながら移動する健斗は、お祝いのシャンパンで酔っ払って本性が出たのだろうと、周囲からは生ぬるい目で見られた。

 ハナちゃんという呼び名も、実は二人は仲が良く、二人だけの渾名をつけてイチャついていたのではないかと噂され、今までのケントとの態度の違いも、とうとうツンがデレたのだろうと思われた。



「僕、次期侯爵としての勉強もしっかりしているし、この世界にパチンコも無いから賭け事にも興味は無い。もちろんハナちゃん以外の女の人にも興味はないし……これはケントもそうだったみたいだけど。だから予定通りに結婚するよっ!結婚して下さい!」


 いきなり椅子からバッタのように飛び降り、健斗がお得意の土下座をしながら叫ぶ。

 確かに別れたい理由は無くなったよなぁと考えていると、ゲラゲラ笑いながらマリリンがやって来た。

 マリリンとは、卒業パーティー以来に顔を合わせる。辺境伯領に戻る前に会いに来てくれたのだ。


「あー、おかしい。確かにこれは、以前の独裁者侯爵令息ではないわね。生まれ変わりって本当にあるのね」


 ハンカチで涙を拭きながら、マリリンが空いている椅子に腰掛けた。

 マリリンは健斗の奇行(前世では通常運転だったが)を目の当たりにして驚きはしたものの、だからこそ以前話した生まれ変わりを信じてくれたようだ。


「あの後、控え室でアンとはどうなったの?」


 卒業パーティーの後。

 アンの父親が娘を使ってとんでもないことをしていた、と噂が広まった。

 婚約破棄させられた2つのカップルの家も、ホワイト伯爵家を訴えるらしい。

 ホワイト伯爵家は貴族の中で総スカンをくらっているとは聞いたが、肝心のアンの詳細は知らない。


「ふふ。アンは控え室で、ものすごく熱い私への愛を語ってくれたわ」


 マリリンはメイドが運んできた紅茶を飲み、健斗が並べたお菓子の中からマカロンを口に入れた。


「最初は可愛いって思ったのよ。下級生の女子が私に持つ憧れみたいなものかしら、とね。でもね……」


 マリリンの声が少し低くなる。


「髪の毛を食べた、持ち物にキスをしたと聞いた時は流石にゾッとしたわ。あとは、とても話せないことをされていたみたいだけど」


 ハナと健斗が顔を見合わせる。健斗はヒィィッと悲鳴を上げ、やっぱり杏奈だよとブルブル震える。

 まるまる同じことを杏奈からされていたのだから、そりゃ怖いだろう。

 実際はアンが杏奈と判明した訳ではないが、偶然にしては……である。


「あれは危険ね。色んな意味で。それでお父様に頼んで、和解交渉している隣国のとある領地の嫡男と婚約させようかと縁談を勧めているの」


 貴族同士の和解には婚姻が手っ取り早く、辺境伯は見目だけは良いアンをそこに捩じ込むのに賛成した。

 アンの父親も隣国とはいえ、領地持ちの貴族の嫡男と娘との婚約にすぐに飛びついた。

 アン自体はどう思っているかわからないが、こうなったら全力でその嫡男を好きになって欲しい。


 しばらく3人でたわいもない話をし、健斗の態度を見て存分に笑ったマリリンは、お互いの結婚式に参列する約束をハナと交わして帰って行った。


 再び二人になる。お茶を飲み穏やかに笑っている健斗に、ハナはずっと疑問に思っていたことを聞いた。


「私、前の人生が終わった瞬間って覚えてないんだよね。確か一緒にご飯食べに行った帰りに、また別れ話になって。『メンヘラおっぱい女とお幸せに』って言ったところまでは覚えてるんだけどね」


 健斗は腕組みをしながらしばらく黙っていたが、ポツポツとあの時の出来事を話し出した。


 健斗曰く、雨上がりのあの夜。

 濡れた道路に車のヘッドライトが反射して一瞬目を閉じたその時、別れ話をしているハナにスリップしたトラックが突っ込んで来たらしい。

 咄嗟にハナを庇おうと抱きついたが、二人ともそのまま、数メートル先のアスファルトに吹っ飛ばされた。


「ハナちゃんを抱きしめていたんだけど、僕も痛くて苦しくて声も出せなくって。……でも一番苦しかったのは、僕の腕の中で、動かないハナちゃんがどんどん冷たくなっていったことなんだ」


 ゆっくり思い出すように健斗が続けるが、その唇は震えて、今にも泣き出しそうだ。

 ハナは、自分の最期を近くで感じていた健斗を思うと苦しくなった。

  逆だったら耐えられないと思う反面、健斗にそんな思いをさせていたなんて、と健斗に申し訳なく思った。


「僕の意識も薄れていって……最後にやっと指だけ動いたんだ。その時重ねていたハナちゃんの左手の薬指に、ありったけの力を込めて爪を立てた。それで、神様に次に生まれる時は、左手の薬指に傷のある、この女の子と結婚させて下さいって。そこで僕の記憶もおしまい」


 ハナは左手をそっとテーブルの上に置き、健斗に見せる。

 マーガレットは生まれた時から左手薬指に爪で引っ掻いたような痣がある。小さなものなので気にしていなかったし、健斗に言われるまで忘れていたぐらいだ。


 この痣は、健斗が命が尽きるその直前までハナのことを思い付けたものだと聞いて、ハナは鼻の奥がつんと痛くなる。

 色々あったが、最後の最後まで健斗はハナのことを思ってくれていたんだと胸が熱くなった。


「グスッ。この世界でも、最期まで私を守りなさいよ。でも一緒に長生きするのよ、絶対に」


 涙を堪えたハナの言葉を聞き、ハナの薬指の痣を愛おしそうに撫でていた健斗の目にも涙が溢れる。


「う、うん。絶対長生きする! 幸せになるし大事にする! ハナちゃん、ありがとう大好きっ!」


 ハナの左手を両手で包み込み、自分の顔を埋めて健斗がおいおい泣き出す。

 前世でもそんなに思ってくれていたし、ま、結婚してもいいか、と泣く健斗を見てハナがクスッと笑う。


「仕事しなくなったりギャンブルしたり、おっぱいに付き纏われたら即捨てるからな」


 可愛い笑顔で言うハナに、健斗は号泣しながらうんうん頷く。



 半年後、予定よりだいぶ早く、ケント・ゴードン侯爵令息とマーガレット・クラウン伯爵令嬢の結婚式が執り行われた。


 あの日のパティオでの様子を見ていたクラウン家の使用人から、ケントが号泣しながらマーガレットに求婚したと微笑ましい噂を広められた健斗。


 式を挙げた教会でも、ハナがバージンロードを歩き入場して来た時から、フラワーシャワーを浴びながら白い馬車に乗り込むまで、ずっと号泣しっぱなしで、参列していたマリリンが笑い過ぎて呼吸困難になるという事件はあったが、とても仲がいい夫婦として末長く暮らしたのだった。




 今世でも、健斗の方がハナより少し長く生きた。

 ハナが老衰で亡くなるその時、健斗はハナにキスをしながら、今回も薬指に爪を立てた。

 神様。次に生まれる時もまた、左手の薬指に傷のある、この女の子(ハナ)と結婚させて下さいと願って。



 完




 

終わってしまいました。

最後までお付き合い頂き、ありがとうございました。


また来世の2人に会えるのを楽しみにして下さる方、最後まであっちの健人かこっちのケントか混乱した方、いいねと評価をして頂ければ幸いです。

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― 新着の感想 ―
ケントはギリギリでしたね 前世思い出さなかったらおっぱいメンヘラストーカー女と一緒に沈没してたかな…
元サヤ系の話は、どちらかといえば好きじゃないんですが、この2人が結ばれて良かった、と思えるお話でした。 ただケント氏、前世のストーカーレディに負けず劣らずの激重愛情を「ハナちゃん」に持ってますね。 多…
婚約破棄系で、まさかの両想いハッピーエンド よかったです
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