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5. 卒パ

ぼちぼち、こっちの健人とあっちのケントがややこしくなり始めます。ご注意下さい。

 

 健斗が帰宅した後、ハナはマーガレットの父親に呼ばれた。

 どうやら、婚約破棄という不穏なワードを聞いた家令が父に話したらしい。


 ハナは、婚約破棄ものの寸劇を卒業パーティーにて披露するため練習をしていたが、あまりにも不謹慎なので中止にしたと説明した。

 父は納得していたが、ケントからドレスを贈られなかったことは気にしている様だ。

 それでも言いたい事を呑み込んで、明日の卒業パーティーを楽しみにしている、と言ってくれた。



 翌日の卒業式は粛々と行われた。

 今年は卒業生に王族がいなかったので、卒業生代表の挨拶は、首席の成績を修めたマーガレットが行った。


 その後、家が近い卒業生は一旦家に戻り、夕方からの卒業パーティーの準備をして、再び学園の大ホールへと向かう。

 学園のある王都から遠くに領地があったり、タウンハウスの無い学生は寮に戻り、そこで準備をする。

 ちなみにケントは、婚約者であるマーガレットではなく、アンを寮まで迎えに行く約束をしているらしい。


 マーガレットとは、父同士が同じ派閥のために幼い頃から仲が良く、親友であるマルーン辺境伯令嬢のマリリン。

 マリリンは寮生だったが、マーガレットの自宅に一緒に戻り準備をした。


 婚約当初からマーガレットとケントの仲を知っているマリリンは、ケントとアンにずっと腹を立てていた。

 マーガレットは気にしていなかったが、学園でのケントとアンの仲の良さは有名だったらしい。


 今回も、ケントがアンをエスコートすると聞き、気を利かせてドレスをお揃いにしようと言ってくれた。

 マーガレットとマリリン、二人の色が入ったブルーグレーの落ち着いた色のドレスは、大人びた雰囲気のマリリンに合わせて、シンプルで体の線が出るものの、肌の露出は抑えたデザイン。


  マーガレットはデザインが大人すぎる、と仕立てる時に抵抗したらしい。

 中身がハナになった今では、逆にフリッフリのドレスの方が恥ずかしくて、これで良かったと思う。


「あんなに嫌がってたドレスも、着てしまえばいいものでしょう?」


 馬車の中でマリリンが妖艶な笑みを見せる。

 マリリンは見た目こそダイナマイトボディの妖艶美女だが、さすが辺境伯家の跡取り娘だけあって、中身は筋肉武力腕力至上主義者だ。

 興味は剣術と、他国と隣接する自領との諍いだ。 そんなマリリンにも婚約者はいて、騎士団から力技で引き抜いてきた騎士で、既に辺境伯領にて婿修行をしている。


「あのお嬢さんは、どうせ胸元を目一杯強調したフリフリドレスでしょう。バカ侯爵令息はあんなのがいいのね」


 ハナはふと、昨日の出来事をマリリンに話してみたくなった。


「ねぇ……マリリンは生まれ変わりとか信じる?」


「んー、あれでしょ? 『死んで生まれ変わっても君を愛する』って小説でよくあるやつ。……ただの都合のいいお話でしょう」


 さっぱり女子のマリリンは、やはり信じていないようだ。

  信じられない話だけど、と前置きしたハナは、昨日婚約破棄を告げられた時に前世を思い出したこと、前世ではケントと恋人だったこと、逆にハナが何度も別れを告げていたことを話した。


「……なーに? 結婚イヤすぎて、現実逃避したのかしら? しかもあの俺様侯爵令息様が、マーガレットに別れたくないって泣きついてるの? 面白い冗談ね」


 マリリンは可笑しそうに笑って聞いていたが、その後、ハナの顔を心配そうに見つめて、


「戦地に出た後の騎士もね、心に傷を負って支離滅裂なことを言い出すことがよくあるの。実家に帰ったら早急にお薬を送るわ」


 と、深刻そうに言った。


「そうよね、そんな反応になるわよね……じゃあ、ケントの行動を見て判断してくれるかしら? マリリンの意見も是非聞いてみたいわ」


「わかったわ。もし本当なら、その腑抜け腰抜け侯爵令息を見てみたい」


 半信半疑だが、一応信じてくれたマリリンと私が乗った馬車は、学園の大ホール前に到着する。



 マリリンがエスコートしてくれるというので、手を借り馬車から降りると、すでに来ていた卒業生たち、特に女子学生から悲鳴のような声が上がる。

 マリリンは身長も高くて、女子生徒に人気がある。もちろん男子生徒にも人気があるが、男子生徒は皆、一度は剣術の授業でマリリンにコテンパンにされているので、滅多に近づかない。


 美しい剣士と名高い美女と、才媛淑女と呼ばれる美少女二人が、大人びたお揃いのドレスで手を繋ぎ現れたのだ。

 大ホールの中に入っても二人は注目の的だった。


「で、あなたの路線変更侯爵令息様はどこかしら?」


 マリリンがぐるっとホールを見渡す。

 その時、ホールの入り口で男女の大きな声がして、その周りの卒業生が騒めく。

 ハナとマリリンが騒ぎのする方に目をやると、ホールにいる卒業生たちが避けるように道を空けたその向こう側から、健斗の腕にぶら下がるようにくっついているアンと、心なしか嫌そうな顔をしたケントが早足でこちらに向かって来た。


「ハナちゃ……んんっ、マーガレット」

「あら、ごきげんよう。ケント様」


 バレたら即婚約解消、と言われたのを思い出したのか、何とかケントとしての体裁を保った健人を、ハナは冷たい笑顔で迎える。


 ケントの瞳の黒色と、アンの瞳のハニーブラウンの入ったマーブル模様の、胸元が大きく開いたフリフリドレス。

  その珍妙なドレスをお揃いで作ったと聞いたが、健斗はなぜかマーガレットの瞳の色であるグレーのタキシードを着ている。

 はて? と不思議に思い観察していると、その豊満な胸元を健斗の腕にギューっと押し当てていたアンが、ハナをキッと睨んできた。


「あらあら、マーガレット様。ケント様とのご婚約は破棄されたのに、破棄されたのにお元気そうで何よりですわ」


 わざと大きな声を張り上げ、大事な事だから2回言った、と言わんばかりのアンの言葉に周囲が騒めく。

  アンは勝ち誇った顔でハナを見ている。


「一体、なんのお話かしら? 私とケント様の婚約破棄って、どなたかとお間違いでは?」


 その言葉に、アンがわかりやすく反応した。


「な、なんですって! あなた昨日、ケント様から婚約破棄を突きつけられたでしょう! ねぇ、ケント様」


「そうなんですの? ケント様」


 健斗の腕をブンブン揺すり言い寄るアンを、健斗は嫌そうに腕から引き剥がす。


「アン……いや、ホワイト令嬢。俺は、マーガレットとの婚約を破棄するつもりは無い!」


 ケントモードを必死で保っているのか、健斗ははっきりとアンと周囲に向けて言い放った。

 アンはビックリして目を見開き、ケントのアンへの寵愛を知っている周囲の卒業生もどよめく。


 実はアンは何日も前から、ケントからマーガレットに婚約破棄をすること、卒業パーティーにはケントの新たな婚約者として参加することを言い回っていたのだ。


「ケント様、約束が違います! マーガレット様に婚約破棄を言い渡すと、約束して下さったじゃないですか!」


  アンが金切り声を出す。

  ホール内の視線が一斉に集まる。パーティーに出席していた保護者たちも何事かと集まって来た。


「アン、申し訳ない。俺はマーガレットとしか結婚したくない。君との事は、ほんの気の迷いなんだ……胸とか……」


 最後のセリフはゴニョゴニョ誤魔化していたようだが、聞こえたハナは、サイテーだなケントもこいつも、と呟く。

 マリリンは「これ、本当にあの高飛車侯爵令息?」とビックリしている。


「どうしてですの!? ケント様はマーガレット様のことお嫌いではなかったのですか? だから同じ伯爵家ならマーガレットとアンでは大差ないと。面白みのないマーガレットよりも可愛いアンが欲しいと……」


 涙まじりに憐憫に訴えるアンだが、よく聞くとハナがディスられている内容だ。

 あの女殴ってやろうかと動こうとしたが、視界の端に顔を真っ赤にしてプルプル震えているお父様と、顔を真っ青にしてガクガク震えていらっしゃるゴードン侯爵様が見えたので堪えた。


「マーガレットには、アン・ホワイト伯爵令嬢より劣るものは何一つ無い! あんな面白い女性はいない!」


 マーガレットの、いやハナがディスられたのに一番怒ったのは健斗だったのだろう、ケントが声を荒げた。

 ケントに冷たくされたことが無かったアンは怯え、ケントの腕を離して一歩後ずさった。


「ハナちゃ……マーガレットは優秀なのはもちろん、いつも僕のことを考えてくれて……だから、口煩くなる時もあるんだけど、怒った時の冷たい表情と、泣きたくなるようなキツい言葉も、たまらなくたまらないんだ!」


 健斗、暴走してるし語彙力どこ行った……ハナが白目を剥いている隣で、マリリンが面白いものを見つけたと、身を乗り出しケントを見る。


「大体、君は口を開けばマーガレットの悪口ばかり。マーガレットが冷たいやら体が貧相やら。淑女の鑑とまで言われるマーガレットに、君が勝てる要素があるの? 未来の侯爵夫人としてどちらが相応しいかなんて一目瞭然じゃない!」


 ケントの口調が健斗化している。まずい。


「同じ伯爵家でもランクが違うでしょ? それに例え品格や家柄がそぐわないとしても、僕はマーガレットを選ぶ!」


 キリッと健斗が言い張ると、周囲から拍手が起こる。

 いや、そもそも原因はケントが浮気紛いなことを仕出かしたのが悪い。健斗=ケントではないとしても、今までの自分の行いを棚に上げるにも程がある。これではアンも可哀想だ。


「ひどいっ! ケント様は、アンのこの体を気に入って下さったじゃないですかっ!」


 アンが爆弾発言を投下する。

「婚約者を守るケントかっけー」になっていた周囲の風向きが、「婚約者以外に手を出してたのか、サイテーだなケント」と一瞬にして逆風になる。


「あら、ケント様。アン様とすでにそういったご関係ならば、この婚約は……」


「ハナちゃんっ! いや、マーガレット! それは絶対にない! アンとは口付けすらしたことはない! 多分!」


 多分って! と隣のマリリンが吹き出し肩を震わせる。早く収拾しないと場の空気と、ケントの立場と、マリリンの腹筋がヤバい。


「そもそも、僕は君のおっぱ…体になんか興味は無いんだ! 僕はマーガレットの慎ましいおっぱ……」


「ケント様とアン様の意見には、相違がございますね! 私の家は法律を生業としております。ここは一つどうでしょう、裁判でどちらが偽証しているか証明なさっては」


 暴走した果てにおっぱいおっぱい言い出した健斗を睨みつけ、青筋を立てた笑顔でハナが遮る。

 マリリンはもうしゃがみ込んで震えている。

 裁判という言葉に周囲が騒めいた。

 ハナだって、ケントとアンのどちらが本当の事を言っているのかわからない。

  アンが疑わしいのは置いといて、健斗ならともかく、ケントがアンに手を出している可能性は十分ある。


 ……んん? 健斗ならともかくって、私、健斗の事を信用していたのか。

 ハナが明後日の方に意識を飛ばしていた時、


「もう嫌っ! だから、マーガレット様からケント様を奪うのは無理って言ったじゃないですか、お父様!」


 そう叫び、わーっとアンが泣き崩れた。

 アンの悲鳴のような声はホールに響き渡り、周囲はシーンと静まり返る。

 少し離れた場所にいた、アンの両親であるホワイト伯爵と夫人の周りから人がさっと離れる。


「お父様はずっと、クラウン家を落とす為にゴードン侯爵夫人になれっておっしゃってて、私には婚約者も見つけてくれなくて。そもそもケント様は、ずっとマーガレット様しか見ていらっしゃらなかったっていうのに!」


 エグエグ泣きながらアンが続ける。

 そうなの? と隣のマリリンを見ると、マリリンもさぁ? と首を傾げる。


「どういう事ですかな、ホワイト伯爵」


 マーガレットとお揃いの青筋を立てたクラウン伯爵と、息子が甘く見られていたのを知りお怒りのゴードン侯爵が揃って詰め寄る。

 こちらは保護者に任せよう。


「あなた、ホワイト伯爵に無理を言われていたのね……」


 へたり込み泣いているアンを気の毒に思い、その背中をハナがさすろうと近づくと、


「でも、あなたは嫌いっ!」


 弱々しく泣いていたアンがいきなり牙を剥き、ハナはオッフと後ずさる。

 隣のマリリンは、暗器を隠しているであろう自分のドレスの袖に指を掛けた。


「大体、最初からあなたのことは気に食わなかったのよ! 私の大切な人の隣にいつも一緒にいて……」


「そんなに僕のことを……君の人格がアレだったとしても、すまなかっ」


「いつもいつもいつもいつも……何で、マリリン様と一緒にいるのよーーー!」


 勘違い健斗の言葉なんて全く聞いていないアンは、本日一番の大声で叫んだ。

 アンに謝罪と慰めを言おうとしていた健斗が固まる。


 えー、私ーと情けない声をあげたマリリンが、助けを求めてこちらを見る。

 横恋慕だけでなく理不尽に逆恨みされ面白くないハナは、マリリンの視線を無視してアンに尋ねた。


「ねぇ、貴女はケント様を好きでは無かったの?」


 ハナの質問に、アンがケントをチラリと見てからハッと嘲る。


「当たり前じゃないの、こんな格好付け侯爵令息。口ではマーガレット様の文句をたらたら言っているのに、目はいつもマーガレット様を追って。私に近付くのも、マーガレット様の前でだけ。マーガレット様がいない時は指一本触れてこなかったわよ、このチキン侯爵令息!」


 取り繕うものがなくなったのか、アンの口調が汚くなる。

 侯爵令息のバリエーションもマリリン並みのラインナップだ。

 ハナは、自分を慕っていると思っていた相手にいきなりの悪口を浴びせられ、呆然としている健斗にそっと近付き、耳元で囁いた。


「健斗のこと好きじゃ無いってことは、アンは杏奈じゃなかったみたいね。良かったじゃん」


 健斗はそれを聞いてハッとし、うんうん頷いて良かった良かったと呟く。


「こんなところで座っていらしても、せっかくの個性的なドレスが汚れますわよ。控え室までご一緒しますわ」


 男前マリリンがすっとアンの隣にしゃがみ込み、ハンカチでアンの頬を拭く。

 頬を赤らめるアンを立ち上がらせて「後はまかせろ」と言わんばかりにこちらに目配せをして、マリリンはアンをエスコートしてホールを後にした。


 残された卒業生や保護者も、なんだったんだアレは、などと言いながらもパーティーが再開された。

 ハナと健斗は顔を見合わせ、ため息をついた。


「とりあえず、踊る?」


 健斗がおずおずと聞いてくる。


「だったら全力ソーラン節。高校の体育祭で踊ったやつ」


 そっけなく答えると、健斗がブハッと吹き出す。

 ケントがマーガレットにそんな表情をするのを初めて見た卒業生たちは、結局この二人は上手くいくんだろうと思いながら、それぞれのパートナーとダンスを踊り、友人と談笑して学園生活最後の楽しい時を過ごした。




 

誤字報告ありがとうございます。

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