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紅い月 青の太陽  作者: 茂治
最終章
90/101

089:尊大なる自尊心

ご注意願います。

本文中、残酷な描写が含まれております。

御承知の上、お進みください。

いまだに自らが決断した答えに迷っていた。本当にこれで良いのだろうか…。

ペインには自信がなかった。

とても室内にいる気分ではない。近くにいた部下に巡回に行くと言い置いて本部を後にした。


太陽は西に傾いている。本部の表には相変わらず北地区の女達が座り込みを続けていた。ペインはそれを横目に見て顔を歪める。あの医者の釈放を訴えて、ここへ送致された日からいくら追い払っても水を頭からかぶせようとも、女達は頑として動こうとしない。もう二日目になる。そろそろ軍を動かして全員連行せねばならんだろう。全く、面倒な事だ。

座り込みを続ける娼婦達を目にした途端、また気持ちが一層沈んだ。

国王陛下も元帥も居ない今、自分が帝国軍の全権を担っている。しかしそれはまやかしのような力だ。どうせ数日後にはまた二番目の地位に下がらねばならない。その上皇族で元王妃のトワ妃が何かと自分に指図をしてくる。狙いはラディスであるというのは軍内部では周知の事実だ。あの男にそれ程に執着するのは、あれが元国王の外腹の子だからだ。全く、面倒な話だ。

そんな私怨に何故自分が協力せねばならんのか。皇族の命令は絶対だ。逆らえば首が飛ぶ。それは比喩ではなく、実際に首が飛ばされる可能性も含んでいる。

ペインは皇族を嫌っていた。

地道に努力を重ねて出世の道を歩んできた前途を、アルスレインという青二才が永遠に閉ざしてしまったのだ。

何の努力もせず苦労も挫折も知らず、自分の半分もまだ生きていない程の若い青年が、突然に元帥として君臨したのだ。ただ一つ、単に国王の子供だという理由だけで。皇族だという理由だけで、自分はあの若造に頭を垂れねばならない。これ程の屈辱が他にあろうか!

能なしの皇族達には嫌気が差す。あんな者達よりも数倍も自分の方が優れているのだ。

しかし…。

やはりこの国では、この世界では、どうあがこうがルキリア皇族には勝てないのだ。


そして自分は、その皇族に良いように使われて捨てられる駒にすぎない。


ラディスは阿呆だ。いずれこうなるだろうとは思っていた。あの絶対的な権力に勝つ術などない。自分はそれを利用してすり寄って生きているのだ。しかし、こんな立場にいつまでも甘んじているつもりもない。何とかして足元をすくい、のし上がってやるつもりだ。自分にはそれだけの器がある。

だからこそ、あの貴族の提案に乗ってやったのだ。


町を歩いていても気持ちが晴れず、本部へと引き返した。額に噴き出た汗を拭いて、部屋に入ろうとしたところで部下が声をかけてきた。


「ペイン副指令殿。先程、トワ妃殿下がお出ましになり最下層の監獄へ向かわれたようです」


「…全く。また勝手な事を」


毒づいて地下へと足を向ける。

先が闇に溶ける階段を降りてゆくと、声が聞こえて来た。


「黙れ!負け惜しみを言いおって!」


トワ妃の興奮した声が響き、鞭の音がそれに続く。ペインは壁を背にしてその場に立ち止まった。


「…俺を殺したところでもうどうにもならんぞ。既に流れは本流になった。俺を消しても、また同じように志を持った青年が立ち上がるだろう。もうあなたの時代は終わったんだ、ルキリア皇族の時代は終わる。今更あがいたところで、どうにもならない」


ラディスの思いのほか冷静な声がしてペインは驚いた。あの男…まだ戦うつもりか。


「な…何を…」


「民衆はそれ程愚かではないんだよ、トワ。時代は変わる」


「だ…黙れ…」


「これからはルキリア皇族だという理由だけで権力を持つ事は許されない。本当に力のある者が政治の中心に立って国を動かしていく事になる。そこに種族の隔たりなどあり得ない」


ペインは息を殺して聞き入りながら、じっとりと手に汗をかいていた。


「黙れ黙れ黙れッ!!この下賤がッ!」


「今までどんなに優秀でも、ルキリア族でないというだけで見向きもされなかった者達に光が当てられるだろう。アルム族でも混血種でも、実力が正しく認められる世界になる。今はそうでなかったとしても、その子供の世代では必ず、実現する」


「うるさいッッ!!」


実力が正しく認められる世界。自信に満ち溢れた声がそう言った。


…子供の世代では必ず実現する。


「お前、この男の足を折れ」


ペインははっとして壁から顔だけを出し、先に目を凝らした。


「早くしないか!」


「あ、足を…ですか」


牢の前にトワ妃が佇んでおり、そのすぐ傍に若い軍人がいる。その青年を見て、息をのんだ。


「この私の命令が聞けぬというのか!?お前もこの男のようになりたいかっ」


「ええい、この臆病者が!トワ妃殿下、私がやります」


咄嗟に声を上げてずんずんと突き進んでいった。若い軍人はペインの姿を見て、安堵したような申し訳ないような表情になる。ペインは込み上げる怒りを抑え剣を奪ってトワ妃に敬礼した。


お前などに手折られてなるものか。この男は、私よりも優秀だ。あのアルスレインよりもずっと!


「おお…ペインよ、今までどこに居た?」


お前はきっとこの軍人の名すら知らないだろう。お前にとったら駒の一つにすぎぬだろう。

しかし、これは私の全て。


「は。町を巡回に行っておりまして…不在をお詫び申し上げます」


これは私の息子。これは私のたった一つの希望なのだ。

トワ妃よ…お前には分かるまい。


ペインの全身から、燃え上がるような怒りが噴出する。その勢いのまま牢の門をくぐり、瀕死で横たわるラディスの前に立った。

何と無様な…。何故こんな所で横たわっているのだ!?

実力が正しく認められる世界を、お前が作るのではないのか!


「ラディス、お前もとうとうこれで終わりだ!」


彼はゆっくりと視線をこちらに向けて、呟いた。


「…ペイン副指令。あなたの判断は、間違っていない…」


心臓を貫かれたような衝撃が走った。

この男が知るはずもない。しかしその言葉は、今一番自分が欲していたものだった。


心が、定まった。


一度大きく息を吸い込み、剣を振り上げた。




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