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紅い月 青の太陽  作者: 茂治
第五章
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076:運命の子2

「イリアス族を嫌っているルキリア皇族達は、リィンの活躍を妬んでいる。しかし今回ばかりは認めざるを得ない。確かにイリアス族の協力がなければ、その視察は惨憺たる結果に終わっていたであろうからな。そして改めて、イリアス族の『力』の威力を思い知ったのだ。…次にこう考える。ならばいっその事、そのイリアス族を抱き込んでしまえば良い。イリアス族の『力』を国を護る為に、ルキリア皇族の都合の良いように行使する為には、騎士ナイトの称号を与えるのが都合がよろしい」


「…あなたの言うとおりだ」


ケイロスがソアを見やり、腕を組んだ。


「皇族達は口ではリィンの功績を讃嘆し祝福するふりをして、内実、リィンをルキリア帝国軍に引き入れる算段をしているのだ。その足がかりとしての貴族の位なのだよ。それを受けてしまえば、君はルキリア国に忠誠を誓わされ、戦争や遠征への出動要請に従わざるを得なくなる。向こうはどこまでも狡猾だ」


「そ、そんな…」


ニコルが真っ青な顔をして絶句した。


「だからこそ、騎士ナイトの称号は受け取らずに返上するのですね。一度授与すると議会で決定した栄誉を辞退するのですから、プライドの高いルキリア皇族達は、この先イリアス族に称号を与えようなどとは考えないでしょう。外からの目もある」


と、クレイ。


「その通りだ。これで今後、イリアス族が戦争の兵器にされるような事態は防げるだろう。皇族達は今頃悔しさに身悶えているに違いない。

 …ここまでが、彼の描いた筋書きだ。私は彼の筋書き通りに事を運んだに過ぎない」


ケイロスがいたわるような視線をリィンに向けて続けた。


「今回称号を返上する事によって、今後もう二度と、君とイリアス族にこういった機会が訪れる事はないだろう。しかし君を護る為にはこうするより他なかった。ラディスは何をおいても、君の身の安全を優先させたのだよ。リィン、察してくれたまえ」


リィンは一言も声を発さずに皆の言葉に耳を傾けていた。


「…僕は、貴族の位なんていりません。そんなの、この先もずっといらないんです。僕らイリアス族は、肩書きや地位を欲しません。ありがとうございます」


そのまま深くお辞儀をする。皆が無言で、頭を垂れるリィンを見つめた。


「でも、そうよ。イリアス族の警戒令が取り下げられたって事実はちゃあんとあるんですものねえ!」


と、ニコル。


「そうだ。永きにわたる迫害の歴史が、今日のこの日にとうとう終結を迎えた。その偉大な功績は後世に語り継がれてゆくものだ…」


それから話題はレーヌ国からやって来たソアの話に移り、ケイロスは様々な議論をソアと語り合い、とても満足した様子だった。診療所を後にする時、エリナがリィンの耳元で声をひそめて言った。


「近いうちにね、私ザイナスへ行くのよ。結婚相手との顔合わせ」


リィンが驚いてエリナを見ると、彼女はふん、と鼻から息を吐き出して続ける。


「見てなさい。気に入らない奴だったら、ぶん殴って帰って来てやるんだから。私だって負けないわよ、リィン」


エリナはつんと顎を上げて笑ってみせた。リィンも笑顔になる。


「私、リィンみたいな人が旦那様だったら文句言わないのにな…」


ルキリア皇族の王女と要人は専用の馬車で宮殿へと帰っていった。空には既に大きな月が昇っている。ニコルとチェムカを家へ送り届ける為、クレイとソアが診療所を後にした。リィンが行くと言うと、今日一日大変だったろうから部屋で休めと言われてしまった。リィンの知らない間にニコルとチェムカはソアと挨拶を済ませていたようで、気さくに言葉を交わしていた。悪くない雰囲気だ。


◇◇◇◆


リィンは書斎の扉の前に立っていた。すっと息を吸い込みノックをし、返事を待たずに扉を開く。自分の足元に視線を落としたまま、ずんずんと部屋を横切り幅広の作業机の傍に来て止まった。沈黙。


「大丈夫か」


ラディスの声。リィンはちらりと目の前のラディスを見やった。彼は椅子に座って書き物をしていた手を休め、押し黙っているリィンを静かに見守っている。

リィンは自分の靴先を見つめながら、消え入りそうな声で本音を吐き出した。


「…僕、こんなつもりじゃなかった…」


「分かってる。俺が巻き込んだんだ。お前を使うような事をしたのは、俺だ」


「ち、違う…。そういう意味じゃなくって」


リィンの声が震え始める。


「だって、こんなに、あっけないなんて…」


心の底から喜べないのは何故なんだろう。十八年間も続いてきた、イリアス族に対する警戒令が解除されたのに…。


イリアス族は凶暴で残忍な種族であり管理が必要であるという警戒令の元、イリアス族の人々は人権を得た後も行動を制限され続けていた。リィンはずっとこの警戒令とルキリア皇族を恨み続けてきた。

それが取り下げられたのだ。

もう監視されなくて良い。どこへ行くのも自由で、どこにいても、届けや身元調査をされずに済む。どんな職業にも就けるし、通常の教育も受ける事が出来る。他の種族と同じ権利を得たのだ。

ずっとこんな日が来る事を待ち望んでいた。

なのにいざその日が来てみたら、色んな気持ちがないまぜになって、どう喜べば良いか分からなかった。


「だって、おかしいよ…。僕らがずっと苦しめられていた警戒令が、そんな簡単に…」


たった一回、ルキリア皇族を危険から護っただけなのに。


そんな簡単な事だったというのか。

イリアス族の十八年間は、一体何だったというのか。


「ぼく、分からないよ…」


リィンの頬に透明な涙が伝った。


警戒令が取り下げられた事実は嬉しい事に違いないのに、どうしても素直に喜べない。怒りが込み上げる。矛盾した気持ちが心をかき乱す。


「リィン」


ラディスがリィンの両手を取って握った。


「リィン、しっかりしろ」


意思のある、力強い声。両手から彼の体温が伝わってくる。


「俯くな、前を向け」


リィンは涙で濡れたままの顔を上げて、ラディスを見つめた。彼の真剣な瞳が、リィンをじっと見上げている。


「胸を張れ。何を泣く必要がある」


「だ、だって…」


リィンは肩を震わせてぼたぼたと涙を落とした。


「お前のした事は、お前が思っている以上に意味のある事なんだぜ。歴史が変わると言ってもな、そこには大それた神がいるわけじゃない。人だよ。人のちっぽけな行動が、きっかけを作り、大きな流れを生む」


「う…っ…」


「今日町の人間が、お前の元へやって来ただろう。皆、お前が心を通わせた奴らだ。お前がこの診療所に来て、どれだけの悪口を言われてきたか。それに負けずに今日までここで働いている。来たばかりの頃はお前の事を悪く言う奴らが大半だったが、今は違う。イリアス族でも、それがお前だからこそ、皆がお前を祝福しに足を運んだんだ」


ラディスはリィンの小さな手を握り締め、静かに語りかける。


「分かるか?それがお前のして来た事だ。お前の今までの行動が、町の奴らのイリアス族に対する偏見を、少しずつ変えていったんだ。そこに価値がある」


「…っ…く」


嗚咽をもらし肩で息をして、彼の言葉に必死に耳を傾けるリィン。


「それでもお前を妬んだり嫌ったりする奴も多くいるし、お前を英雄に担ぎ上げる奴も出てくるだろう。いくら≪早馬≫が駆けたとしたって、現状はすぐには変わらんしな。それが甘くない現実というもんだ。しかし、それらは全て、雑音に過ぎない」


ラディスが腕を伸ばし、リィンの頬に触れた。長い指先で優しく涙を拭う。


「言いたい奴らには言わせておけ。そんなもんに左右される必要はない。そうだろう、リィン。今まで通り、お前はお前らしく真っ直ぐに生きれば良い」


「ラディス…ッ」


リィンは泣きながらラディスに抱きついた。彼は震えている小さな身体をしっかりと抱き締める。


「警戒令の事はおまけみたいなもんだ。馬鹿みたいに真剣に頑張っていたら、人生こういう時もある。リィン、素直に喜べ」


「…ん、うん。うん…」


胸のつかえがとれたように、すんなりと心が落ち着いてくる。

そうか。僕は今まで通り、イリアス族として恥じぬように生きてゆこう。真っ直ぐに立っているか確認しながら、ただひたむきに歩いてゆくのだ。それで良かったんだ。


リィンを優しく包み込むミントハーブの香り。リィンは彼の肩に顔をうずめて、その香りを胸の奥へと吸い込んだ。ぎゅうと服を掴むと、力強く抱き締め返してくれる。


「う…っ。うえぇ…」


リィンが声を上げて泣き出した。


「…おい。どうしてまた泣くんだ」


ラディスが苦笑交じりに呟く。


「だっでっ…うえっ…えぇ」


彼の強さが、その優しさが、痛い程胸に響いてくるのだ。僕は護られてる。この大きな存在に。

もうずっと、護られてばかりだ…。


「あ、ありがど…う。ラ、ディス、ありがどっ…うぅう…」


「分かった分かった」


色々な事があった。知らなかった事を知り、たくさんの本当の事に気付いた。

父様と母様の事。イリアス族の事。僕の『力』の事。女性として着飾る事も、人を好きになる事も。ずっと諦めていた、この先一生自分にはないだろうと思っていた事でさえ…。


ラディスは僕にたくさんのものをくれる。


ラディス。僕はずっとあんたを護りたくて、強くなりたくて、無我夢中で走り続けて来た。でもいつだってあんたは悠然と全てを見据えて、見守ってくれている。


ラディス。僕はあんたの隣に並びたい。同じ先を見つめて、ずっと一緒に歩いてゆきたい。

それが叶うのならば、どんな苦労をしたって構わない。ラディスの傍で、あんたを護ってゆけるなら、他に何も望まない。


父様、母様、ゼスト。どうか僕に力を貸して。

この人を護ってゆけるように。


もう二度と、悲しい思いをしなくて済むように…。









【第5部・完】

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

長かった第五部がやっと完結いたしました。少し視点切り替えが多すぎたかなと憂慮ありですが、作者的にこの第五部、気に入っている部分でもあります。

来年からは後半の手直しをしつつ、らぶーであまーな番外編をまた一つ挟む予定です。その後、いよいよ最終部に。まさか年越しするとは思いませんでした。

私事で恐縮ですが、引越しをしまして当分ネットに繋がらない状況です。

更新遅れそうですが、必ず完結させます。

いつも読んでくださる皆様、本年中は大変お世話になりました。ありがとうございます。そして来年も物語共々、宜しくお願いいたします。

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