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紅い月 青の太陽  作者: 茂治
第四章
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045:恋のゲーム、再開

「こんなの、着れるわけないだろ…」


思わず呟く。リィンは風呂上がりで、脱衣場で布を身体に巻いたまま立ち尽くしていた。

何の支度もせずラディスの診療所を飛び出してしまったので、着替えはエンポリオが用意してくれた。彼はやっぱり貴族だ。簡単にこんな高そうな服を買ってきてしまった。

それにしても、何でこんなのなんだ。

下着は女性用のもので心許ないほど薄っぺらい生地だ。服は二種類用意されていたが、どちらも着たくないものだった。一着はひらひらとして肩と背中がざっくりと開いている青色のワンピースで、もう一着はブラウスとズボンなのだが、それが子供が履くような半ズボンなのだ。

絶対わざとに違いない…。

しかしどちらかを着ないと外に出られない。リィンのいつもの服はエンポリオが洗濯屋に出してしまった。ラディスが彼の事を変態だと言っていたのを思い出す。本当に、その通りだ。


「ああ、くそっ!」


リィンはむんずと服を掴んだ。


◇◇◇◆


「あ、そっちにしたんだ。ふふ。可愛いね」


扉の前に顔を真っ赤にしたリィンが立っている。すらりとした細く白い足がのぞいていた。


「こうして見ると、やっぱり男の子に見えるね」


エンポリオは椅子に座って優雅な仕草でカップを口に運ぶ。テーブルには茶器が並んでいた。

リィンは結局、ブラウスと半ズボンを選んだようだ。

無言でずんずんとエンポリオに真っ直ぐに向かってきて、ばん、と両手をテーブルについた。赤茶の綺麗な瞳が彼を睨みつける。


「僕の服は!」


「まだ戻ってこないよ。出したばっかりだもん」


がっくりとうなだれると栗色の髪が柔らかそうに揺れた。エンポリオは満足の笑みを浮かべる。

ブラウスとズボンを履いた上に無理矢理にワンピースを着る事だって出来たのだが、真っ直ぐなリィンにはそんな事は思いつかなかったのだろう。

うん、綺麗な足だ。そっと腕を伸ばして、リィンの太ももをなでる。


「ぬああ!」


リィンが奇妙な叫び声をあげながら全力でエンポリオから遠ざかって、ベッドに飛び上がった。


「ぼ、僕に何かしようとか、考えるなよっ。『力』で吹っ飛ばすぞ!」


「あはは。怖いね」


まだベッドが二つあっただけ良かった。リィンは肩で息をしながらそんな事を考えていた。


◇◇◆◆


真っ暗な部屋の中で、ため息をこぼす。エンポリオはすぐに寝入って、今は隣のベッドで気持よさそうな寝息を立てている。

あの後ベルシェは自分の父の病院へと帰ってゆき、もう診療所へ来る事はなかった。彼女はリィンに嫌がらせをしていたが、それも済んだ事で、リィン自身は特に彼女を嫌う理由はない。いずれ普通に会話が出来る日が来れば良いと思う。

ごろりと横を向いた。ミントハーブではなく、太陽の匂いがするシーツがリィンを包む。


八つ当たりだった。別にラディスが悪い事なんてなかったように思う。ただ、エンポリオがリィンを自分の護衛にしたいなんて無茶な事を言った時に、駄目だと言って欲しかった。それをあっさりラディスが承諾してしまったので、ショックだったのだ。


「はあ…」


どうしてあんな事を言ってしまったのだろう。僕はラディスの護衛なんだから、彼の言うとおりにしたら良いだけだ。僕が何かを意見するのは違う気がする。何を思い上がってるんだか…。


リィンは眠れそうもなかったが、仕方なく目を閉じた。


それから数日間リィンはしょっちゅうエンポリオに色々な所へ連れて行かれた。彼はちっとも仕事をしている風ではなくて、一日の大半をリィンと過ごす。リィンの半ズボン姿はあの日の夜だけで、それから服が戻ってくるまで、ムノアのズボンを借りて裾を折って着ていた。


「エンポリオ…毎日こんな生活してるの?」


「うん?たまには仕事もするさ」


観劇の帰り、会社へと続く石畳の道を歩く。夕日が赤く、辺りを染めている。


「お金、どうしてるのさ」


「嫌だなリィン。僕は貴族だよ?オールゲイトって言ったら由緒あるルキリア貴族さ。お金だけは腐るほど持ってる」


聞いた事もない名だ。そればかりか、リィンにはあまり興味がなかった。


「ふうん」


「僕はその子息。一人息子。だけどね、僕は父が嫌いだった。もう死んだけど」


初めて聞く話だ。リィンがエンポリオを見上げる。ふわふわした彼の金の髪は夕日に照らされて、とても綺麗な色をしていた。


「まるで金の亡者さ。土地や金を貸して、利子をとるっていう仕事をしていたんだけどね。弱い者ばかりを狙って、骨までしゃぶり尽くして全てを奪って捨てる。父に追い詰められて、自殺を選んだ人もいた程さ」


エンポリオは辛そうに眉根を寄せている。彼がこのような真面目な話をするのは初めてだった。


「家庭を顧みる事も一切なくて、愛人を何人も作ってはとっかえひっかえ。母はいつも泣いていた。それで僕に言うんだ。まるで呪いみたいに、僕に何度も言い聞かせたよ。

 お父様はそれはそれは立派な人よ、あなたは誇りに思いなさい。オールゲイトの名に恥じないような紳士になりなさいってね。ふん。馬鹿みたいだ。だってその名を背負っている僕の父は、人間的には最低の奴だよ。それだったら、オールゲイトの名に恥じないようにするには、僕もあんな奴にならなきゃならないじゃないか」


「そんな…」


「あんな奴死んで正解だったよ。僕はオールゲイトの名なんか継がない。父がこつこつ貯め込んできた金なんて、全て使い果たしてやるのさ」


「エンポリオ…」


リィンが赤茶の瞳で、彼を見つめている。エンポリオは切なそうな笑顔を向けた。


「僕を嫌うかい?リィン」


リィンの小さな手を取って、その紺色の瞳で見つめ返す。


「そんな事…」


あとひと押し…。エンポリオは内心で全く別の事を考えていた。これは彼の常套手段。この話をしてこの表情をすれば、女性は簡単にオチる。


「子供じゃないんだから、他にやりようあるだろ」


「…は?」


リィンは真剣な表情のまま、続ける。


「そうやってお金を全部使うのは別に良いけど。それで、それが終わったらエンポリオはどうするの?何にも残らないじゃないか。それこそ、その貴族の名しか残らない」


呆けているエンポリオを置いて、至極真っ当な意見を述べるリィン。


「エンポリオ、あんたは本当は、何がしたいの?」


帰ろう、と言ってリィンが彼の手を引いて歩き出した。リィンの温かな体温が繋いだ手から伝わってくる。小さな手。小柄なリィンがエンポリオを導くように前を歩く。


「…リィン、君ってば…」


彼は静かに苦笑した。その表情は今までにはないような、年相応のものだった。


◇◇◆◆


「ああ、良かった。リィンさん、お使いを頼めますか」


会社の手前でワドレットが二人の帰りを待っていた。何だか急いているようだ。


「うん。どうしたの」


リィンはすんなりエンポリオの手を解いてしまった。名残惜しい…。


「これをラディス先生の診療所へ届けてもらえませんか?今すぐ見てもらいたいのです。これが本当なら、大発見ですよ」


頬を上気させたワドレットが手に持っているのは、書類の入っている包みだった。


「ええ?これからかい?もう夜になるよ」


と、エンポリオ。


「ですが、すぐに見てもらいたいもので…」


「うん、分かった」


リィンがその包みを手にとると、ワドレットが慌てて声をかける。


「あ!それこっちを下にして持ってくださいね。小瓶にサンプルも入っていますから」


「了解」


「リィン、危ないよ。僕も行く」


「大丈夫。エンポリオより僕のが強いよ」


言いながらその背中がすぐに小さくなっていった。

両手をすり合わせて瞳を輝かせているワドレットを、じろりとエンポリオが睨む。


「全く、ひどい奴だな君は」


「えっ!?」


「これから良いとこだったのに…」


「す、すみません」


訳も分からず謝るワドレットを置いて、エンポリオは部屋へ去っていった。





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