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紅い月 青の太陽  作者: 茂治
第三章
32/101

031:夜の住人−闇の男−

大通りを左に折れ、塀がところどころ崩れた寂しい通りに差しかかる。ここを抜ければこの地区が終わる。シーカーのテリトリーから抜ける。


「ラディス!そんなに急いでどこいくんだよ」


リィンは身を低く構え、剣の柄に手を添えた。

右側の崩れた塀から一斉に数人の人間が飛び出し、行く手を遮るように立ちはだかる。ひょろ長い男達が四人、全員が手に剣を持ち不気味に光らせている。力は強くないようだが剣の腕は立ちそうで、ぎらつく殺気を放つ。リィンはラディスを背に庇うように、前へ立った。


「手厚い歓迎だな。ウィリアム」


背の高い男達の間から少年が姿を現した。赤毛の短髪、年はリィンとさほど変わらないように見える。

上等なブラウスに、黒のベストに黒のズボン。その格好だけなら貴族のようにも見えるが、瞳には尋常ではない光が宿っていた。それに腰には剣を差している。


「ミッドが言ってた護衛っての、それ?あっはは。何かの冗談だろ?ガキじゃん」


「お前だってガキだろ」


ラディスが何かを言う前にリィンは言い放った。

ウィリアムは明らかにむっとして腕を組む。


「生意気な奴だな。まあ、良いや。どんなもんかお手並み拝見だ」


「お前がいるって事は、シーカーも来ているのか」


「あんたが挨拶に来ないからさ、わざわざこっちから出向いてやったんだぜ。ラディスは手を出すなよ。これは、ここのルールだ」


そう言って少年はまたひょろ長い男達の背後へ消えた。じりり、と四人の男達が間合いを詰める。


「そういうわけだ。ここでなめられない為には、あいつらを倒す事だな」


リィンはゆっくりとフードをとりながら呟いた。


「ちょうど良いや。むしゃくしゃしてた所だ」


ざわり、と男達が揺れる。


「イ、イリアス族か」


「嘘だろ。化け物だ」


リィンはそんな男達にお構いなしに『力』を発動させた。


瞳が深紅に燃え上がる。


≪曲がれ≫


四人の男がそれぞれに持つ剣が同時にぐにゃりとひしゃげた。鍛え抜かれた鉄で出来たそれが、まるで粘土細工のように、簡単に曲がって鉄クズと化した。


「ひいっ」


一人が気味の悪いものでも手にしていたかのように慌てて剣を投げ捨てる。途端に及び腰になる男達。

その剣の腕を披露する事もないままどうして良いか分からずにじりじりと後退し始め、リィンはそれに追い打ちをかけるように意思を込めた。


≪切り裂け≫


無数の風が男達の間を通り抜けていった。尖った大気。凶暴な切っ先は男達の服を切り裂き肉をかすり、一瞬にしてその身体中に数多の傷を残した。

それはリィンがあまり人には使おうとしない『力』の形態だった。あまりにも残酷すぎる、相手を嬲るような行為だからだ。しかしリィンの瞳に躊躇は見えない。揺るぎない紅の瞳。


「うわああ!」


「いてえ!い、いつの間に!」


「化け物だ!こんな奴、倒せねえ!」


「助けてくれえ」


大した傷でもないのに男達はばらばらとその場から逃げ出してしまった。


そうだ、恐れれば良い。イリアス族は化け物だ。お前等の望みどおりそれを演じてやる。


僕は、化け物だ。

それで良い。


後には鉄の塊と化した剣と、呆然と立ち尽くすウィリアムが残された。少年は咳払いをしてその腰に差した剣を抜いた。たった今、目の前でイリアス族の『力』の脅威を見せつけられた訳だが、怯まない。


「面白い。今度は俺が相手だ、化け物」


リィンも身体の割には大きめの剣を抜いた。気に入らない、剣で黙らせてやる。二人は同時に走り出す。

キィン、と高い金属音が夜の闇に響き渡った。

リィンの一撃は重い。ウィリアムはこの一回、剣を合わせただけでそれを瞬時に感じ取り、ひらりと身軽に身体を翻らせ切っ先をかわす。リィンは間髪入れずに次々と攻撃を繰り出すがウィリアムは防御に徹し、その全ての攻撃をしなやかな動きでかわしてゆく。


「こ、の!ちょこまかと!」


リィンは剣を振りおろし、ウィリアムがそれをかわした瞬間を狙って足を突き出す。それがまともにウィリアムの腰にめり込んだ。


「だっ!」


少年は大きく飛び退いてから腰に手を当ててリィンを睨みつける。


「てめっ」


肩で息をする二人。


「ふん。逃げてばかりいるからだ」


リィンは剣を横に構え斬りかかる。すると目の前の少年が突然消えた。そう思った次の瞬間に右頬に激痛が走る。ウィリアムはリィンの攻撃を身を低くしてかわし、素早く脇へ抜けてリィンの顔を殴りつけたのだ。


「ってえ!」


「へへーんだ。ガラ空きだぜ!」


「くそっ」


もう一度、二人が剣を構えた時だった。


「そこまでだ」


低い声が響く。はっとしてその声のした方へ顔を向けた。暗闇にシルエットが浮かび、ゆっくりとこちらへ近づいてくるその人物は、禍々しいまでの気配を放っている。リィンは身を固くして前を睨んだままラディスの元まで後退し、ウィリアムは困った表情を浮かべ剣を収めた。


「なかなか腕の立つ護衛のようだ」


街灯の明かりの下に、彼は立った。深い闇から抜け出てきたような男。黒の礼服を優雅に着こなし、黒の髪は目にかからないように後ろへ流されている。その鋭い眼光は、見ただけで身震いをしそうな程恐ろしい。足元の革靴も黒だ。これ程黒が似合う男が他にいるだろうか。


「ちぇ。来るのが早いよ、シーカー」


「見たところお前の方が押されていた」


「違うよ!これから反撃するとこだったんだ!」


ウィリアムが長身の黒い男を見上げて反論している。


「…こいつが、シーカー?」


リィンがぼそりと呟き、すぐ背後に立つラディスが答えた。


「そうだ。この夜の町を支配する、裏稼業のボスだ」


男はウィリアムには目を向けずに大きな手で彼の赤毛の頭を押さえこんだ。


「ラディス。ここへ来る事があれば、俺の元へ挨拶に来いと何度も言っているだろう」


「すまんな、忘れていた」


シーカーはその鋭い瞳でラディスを見つめる。怜悧な面立ちは全体的に細く威圧的で、背はラディスと変わらない。こんな恐ろしい人物と対峙しているのにラディスはいつもと変わらず飄々とした態度で、リィンは少し心配になった。相手はこれ程凶暴な殺気を放っているのに、これじゃあ気負けしてしまうんじゃないか。


「お前に好き勝手されたら他の連中に示しがつかん」


「そうか。それは大変だな」


ラディスはちっともそう思っていないような声で返事をした。シーカーはため息をついて踵を返し、闇へと歩き出す。ウィリアムが呆けた表情で彼の背を見つめた。


「おい、良いのかよ!示しがつかないんじゃないのか」


「あのイリアス族は面倒だ。この礼服を切られたら、たまらん。これから出向く所があるからな」


ウィリアムがぎろりとリィンを睨みつけてから急いでシーカーの後を追う。

身体半分を闇に溶け込ませたまま、闇の男は振り返った。


「お前程の男が、医者をしているなんて馬鹿らしい。俺はまだ諦めた訳ではない」


そう言い置いて、音もなく深い闇に消えた。


「…どういう意味だ」


リィンが長身のラディスを見上げて呟く。


「俺がヤクザにスカウトされてるって事だ」


ラディスはリィンの顎を掴んで顔を近づけた。彫像のような整った顔が突然間近に迫り、青い瞳がまっすぐに見つめてくる。


「何だよ!」


リィンは慌てて顔をそらした。赤面しているのが自分でも分かって、それが一層恥ずかしく思える。


「大した傷ではないようだな」


「あ…」


顔を殴られた事をすっかり忘れていた。思い出した途端に、ずきずきと痛み出す。


「だ、大丈夫だから。離してくれ」


けれどラディスはじっとリィンを見つめたまま離そうとしない。リィンは仕方なくちらりと彼を見やる。


「俺はお前を化け物だなんて、思っていない。そんな風にさせるつもりもない。良いな?」


どきりとする。まるで心の中を覗かれたみたいだ。

リィンはまた胸が苦しくなる。


「わ、分かってるよ」


ラディスが真顔のままリィンを解放した。


「それにしても、今日は荒れていたな。お前にしては珍しい」


「…うるさいな。僕だってやる時はやるさ」


「ふん。頼もしい限りだ」


疲労がどっとリィンの細い両肩にのしかかってくるようだ。今日は一日で色々な事がありすぎた。緊張したり、怒ったり、感情もさんざん振り回されたせいで、へとへとだった。


こんな一日が毎回じゃなければ良いけど。


祈るような気持ちでリィンは夜空を仰いだ。


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