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紅い月 青の太陽  作者: 茂治
第二章
24/101

023:動き出す、運命

その夜、リィンはベッドに入った後もなかなか寝付けずにいた。

昼間の緊張状態からうまく抜けきれずにいる。今までもこういう時が度々あった。それは決まって、『力』を極端に発動させた後にあるものだった。

ゼストと二人でルキリアの国中を転々と旅をしながら生活していた日々を思い出す。その時の生活費は、点在する町でイグル退治を請け負い、その報酬によってだいたいが成り立っていた。あとは危険な地帯を通って行商の旅をする商人の護衛等で、イリアス族の『力』を強みにしたこの手の仕事が、皮肉にもイリアス族にとっての唯一の職業となっているのが現状だ。

その為にリィンも『力』を使う事には慣れているのだが、神経を張り巡らし集中力を決壊ぎりぎりにまで高める作業は、やはり今でも疲れるものである。

リィンは仕方なく起き上がり、ぼんやりとしたまま階下の居室へと向かった。廊下はしんと静まり返り、診察室へ続く通路の先は暗闇に消えている。ずっと見つめていると何かが見えてしまいそうに感じて、急いで居室の扉を開いた。


室内の明るさに思わず顔をしかめる。


「…何してんの」


台所にラディスが立っていた。


「そんな事だろうと思ってな」


そう言いながら振り返った彼は両手にティーカップを一つずつ持っていた。リィンにテーブルにつくように顎で示し、自らも向かいの席に長い脚を組んで斜めに腰かける。

目の前に置かれたティーカップには温められたミルクが入っていた。甘い香りと、ハーブのような薬草の良い匂いがする。カップを両手で持ち、目を細めてゆっくりと口に運ぶ。温かくて甘いミルクが全身に染みてゆくように広がり、爽やかなハーブの香りが鼻から抜けていった。


「…美味しい」


全身がほわりとほぐれていくような感覚。

見るとラディスの方はミルクではなく、お茶を飲んでいるようだ。


「神経を鎮める効果のある薬草入りだ。それを飲んだらじき眠れる」


「あんたは?」


ラディスは眉をあげて答える。


「俺はまだ仕事が残ってる」


「ふうん」


「一人じゃ寂しくて眠れないか?ガキは世話が焼けるな。添い寝でもしてやろうか」


リィンはラディスを睨みつけて無言で抗議するが、彼にはちっとも効いていないようだ。


「あのさ、あんたは僕の父様と母様とは収容施設で会ったの?」


ずっと、一度は聞いてみたいと思っていた。


「そうだ」


ラディスは特に何の感慨もなくさらりと言う。それから思い出すように遠くを見つめて、また口を開いた。


「シルヴィがあの収容施設に連れてこられたのは、俺が六歳の頃だった。きっとゼストも一緒だったんだろうな」


彼はイリアス族が奴隷として強制労働させられていた場所で育った。山奥の中、金網で何重にも包囲された施設の中には、粗末な造りの縦長の小屋がいくつかあり、組分けをされて組ごとに集団で生活していたのだという。


「食事は一日に二回、少ない時は一回。からからに干からびたパンと具のないスープだった。風呂は八日に一度。そのせいで皆やせぎすで土埃で汚れて、白い肌は黒ずんでいた。

 …だが、その中にいても、お前の母親の美しさは一際目立っていたな」


シルヴィはその施設に来てすぐに皆の中心的存在となっていった。泥沼の地獄のような日々の中で、彼女の美しさと明るさが、皆の支えとなった。夜にはそれぞれの小屋を回り、透き通った綺麗な声で子守唄を歌った。シルヴィのその優しさが、どれ程人々の疲れを癒し心を潤していった事だろう。


「…僕の父様は、その時に母様と出会ったんだね」


「そうだ。お前の父は、素晴らしい医者だった。当時イリアス族でありながら、その腕を買われベイルナグルで医師を勤めていた程だからな。収容施設にいるイリアス族の診察をするようになったのも、彼が政府に何度か懇願して許してもらったからだった」


ラディスがじっと遠くを見つめ黙り込んだ。リィンからは彼の横顔しか見えない。痛みに耐えているようにも見えるし、眼を細めて鋭く見据えているようにも見える。鼻梁から顎にかけて、すっきりと美しいラインが描かれている。


「…俺が八つの時にイリアス族は解放された。その少し前に、お前の父親は死んだ。だから二年間だ」


二人が惹かれ合い、愛をはぐくんだ僅かな期間。


その間にシルヴィは同年代の若者達と試行錯誤を繰り返し、イリアス族の『力』を封印させられていた首輪を破壊する手段を見つける。何度も『力』の暴発を受け、傷だらけになりながら挑んだ結果だった。


一方ティルガはルキリア政府の目を盗みながらレーヌ国へ嘆願書を書き続け、当時のレーヌ国の女帝にイリアス族の現状を伝える事に成功した。たった一人の、血の滲むような訴えが国を動かした。しかしその行為によってルキリア軍に捕えられ、反逆罪として極刑に処されたのだ。


シルヴィは二十歳の時にリィンを生んでいる。弟のゼストはその頃まだ十五歳であった。奴隷解放後にリィンは生まれ、それから北のはずれにある小さな町で穏やかな時を過ごした。しかしそれもわずか五年で終わる事になる。


リィンは落ちてきそうになる瞼を擦りながら、呟く。


「何度もゼストにせがんで聞かせてもらったんだ。母様と父様が出会った頃の事。母様はその時まだ十八だったけど、父様は二十八だった。十も年は違うけど、二人はすぐに好き同士になったって…」


明るくて優しい母を思い出す。華やかな母の笑顔。父に愛された美しい女性。激動の人生を駆け抜けた二人は、命をかけてお互いを愛した。

リィンにとってその事実が、イリアス族の悲しい過去を思い返す時の、ただひとつの希望となっていた。


残酷な迫害を受けた事には変わりない。でもその凶暴な力でさえも、打ち砕く事ができなかったものが確かに存在している。


「お前の父親は、たった一人の愛する女性を守ろうとした。自分の命と引き換えに…。

 そして生まれてくるお前の為に、世界を変えた」


リィンはテーブルに伏して静かに寝息を立てていた。




― あんたは、僕が護る。  

 僕の『力』はきっと、その為にあるんだ ―





◇◇◇◆


ラディスは眠っているリィンを抱きかかえて寝室へ向かう。華奢で軽い。ニコルにもっと肉料理を出してもらった方が良いかもしれない。

ベッドに寝かせシーツをかけると、リィンは一瞬目を開け、またすぐにすやすやと寝入った。


ベッドの脇に腰をかけて、リィンの白くてふっくらとした頬を手の甲で撫でる。イリアス族は元々の色素が薄い為肌は白く、瞳の色も赤みがかったブラウンをしている。リィンの長いまつげも髪と同じ栗色。その柔らかな髪を手で梳いてやると、リィンは眠ったまま微笑んだ。子供のようなあどけない寝顔。


「…ティルガ。あなたの守った命はちゃんとここにある」


リィンを初めて見た時に、ティルガとシルヴィの子供だとすぐに分かった。

母親譲りの美しい容姿。意志の強い瞳。父親と同じ髪の色。




ティルガ。どうか安心して欲しい。

この子は俺が護る。

あなたが、俺を生かしてくれたように。





◇◇◆◆


数日後、ルキリア皇族のエリナ王女生誕十五周年を祝う式典が盛大に行われた。帝都ベイルナグルではその間、祭りが催され活気に満ち満ちていた。

リィンはチェムカとニコルと連れだって宮殿まで出かけていった。


宮殿のテラスに皇族や政府の要人が並び、民衆に向かって手を振っている。その中央にエリナがいた。豪華なドレスを完璧に着こなし、金の髪は綺麗にまとめ上げられて、可憐なティアラがよく似合っている。口元を微笑ませ上品な笑顔で人々を見下ろす姿は、リィンの知っているエリナとはまるで別人のようだった。こちらのエリナはきっとよそいきの、皇族の王女としての彼女なのだろう。十五に見えぬ程に大人びている。

老若男女がそのテラスを見上げ、歓声をあげて祝福をする。隣を見るとチェムカは夢見るような表情で見つめているし、ニコルも頬を紅潮させて嬉しそうにしている。

その中にあって、リィンだけが浮かない顔をしていた。


あの栄光はイリアス族の犠牲の上に成り立っている。


あの宮殿だって、もしかしたら奴隷だった頃の母様やゼスト達が補修しているのかも知れない。


そう思うと、どうしてもこの輪の中には入れないのだ。


エリナの事は嫌いではないけれど、割り切れない思いがある。この思いはきっと、リィンが一生抱えてゆくものなのだろう。

診療所にはエリナからパーティーの招待状が届いていた。毎年必ずラディス宛てに送られてくるのだという。今年はどういうわけか、リィンの名前も横に添えられていた。けれどラディスは今まで一度も、そのパーティーの誘いを受けた事はないのだという。一度くらい行ってあげたら良いのにね、とニコルが言っていたのを思い出す。


「リィン、そろそろ行こうか」


ニコルとチェムカが先に立ち、リィンを振り返っていた。


「早く帰らねえと、先生に怒られるべ」


診療中に抜け出して来ているので長居はできない。


「うん」


そうして三人は祭りの続く町を、人の流れに逆らって歩き出す。

リィンは複雑な思いを噛み締めながら、帰るべき場所がある事にささやかな幸せを感じていた。






【第二部・完】

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

実はファンタジーは今まで書いた事もなく、読んだりもあまりしていないジャンルでした…。がぼーん。

だからでしょうか、いまいちファンタジー風味が弱い。ううむ。

第三部ではまた新たな登場人物がどんどん出てくる予定です。

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