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紅い月 青の太陽  作者: 茂治
第一章
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001:出会い

「すまない…重いだろう」


ゼストは苦しそうに息をして肩を借りている相手を気遣う。彼は大きな体躯にマントを羽織り、膝から崩れ落ちそうになりながら必死に足を運んでいた。脇腹あたりに赤黒く染みが出来ている。どうやら怪我をしているようだ。

かなりの深手で、誰が見ても致命的であると分かる。


「黙って。もうすぐだ。大丈夫だから」


額から大粒の汗を流し前へと歩を進める少年。線の細い彼が、その二まわりもありそうな大柄なゼストを支えている。

彼のどこに、それ程の力があるというのか。


数時間前にイグルに襲われた。

どうやらこの森が縄張りであったらしく、数十匹の群れを作っていた。

守備よく倒していったが、一瞬の不意を突かれゼストがやられた。『力』を使って倒したが間に合わなかった。


イグルは理性を失くした異形の化け物の総称であり、森や湿地帯に多く生息し好んで人の肉を食らう。元々はどこにでもいる動物であったはずが、イグルに噛まれたり傷を受けた時の毒によって細胞が破壊、または変化を遂げ、同時に脳の一部に障害を引き起こし手に負えぬ化け物と化す。最近ではヒト型のイグルが発見されたという噂もある。

二人を襲ったイグルは野犬の原型を留めぬ程、化け物と化していた。その変形度合でも毒性が強烈なものであったと判断できる。


あともう少しでこの森を抜けられるところだった。

目的地は目前だったのだ。

少年は悔しさに歯を食いしばる。


突然、左側の緑の茂みが音を立てた。その茂みから物凄いスピードで、一匹のイグルが二人目掛けて飛び込んできた。口からは大量の涎が流れている。


「グヴガァァァ!」


小柄な少年はゼストを支えたまま、瞬時に左を向きイグルを睨みつける。

瞬間、瞳が紅く燃え、異形の怪物は何の抵抗も出来ぬまま吹っ飛んだ。声ひとつあげない。即死だ。


「あともう少しだ」


低く呟きまた一歩前へ。足元がふらつく。さすがに限界が近づいているようだ。


「死なせやしない」


悲痛な呟きも静寂を取り戻した森が、すぐに飲み込んでゆく。


◇◇◇◆


「ラディス様、一旦休憩いたしましょう」


石造りでコの字型をした家。

ここがラディスの仕事場、診療所である。二階の東側に大きな書斎、廊下を挟んで西側に寝室が二部屋。一階には書斎のちょうど下辺りに診察室と応接室があり、長い廊下には片側に長椅子が置かれている。反対側にはトイレや浴室、炊事場と居室が配置され、家の背には緑深い森が一帯を覆う。奥まった正面玄関から伸びる石畳の道は町へと通じている。


「ああ。クレイ、茶を頼む」


ラディスと呼ばれたのは背の高い青年。この家の主だ。書斎での作業に没頭し、すでに三時間が経過していた。

髪を無造作に掻きあげ、椅子に座ったまま机の上に長い足を投げ出す。


「全く、お上のやる事はいちいち意味のないものばかりだな。そのくせ手間だけはかかる。阿呆の所業だ」


ラディスの独り言には返事もせずに、クレイと呼ばれた青年は、手に持っていた書物をてきぱきと本棚にしまいはじめた。彼も歳はラディスと大して変わらない。

動作に無駄がなく、緑がかった髪は目にかからないようきちんとセットされ、服装も折目正しい。ブラウスは丁寧にプレスされており、その整頓された雰囲気が彼の持ち味だとしたら、ラディスはその反対だ。


「少々お待ちください」


クレイが部屋を後にする。

ラディスの机の上は書籍や資料で大きな山ができ、よく磨かれた床には丸めた紙クズがいくつも落ちている。薄茶色の長めの髪は少々くせがあり、ぼさついていて、身なりには無頓着であるのがうかがえる。

しかしそれでも清潔さを失わないのは、プレスされてあるブラウスのお陰か、生まれ持った美しい容姿のお陰であろう。

品の良い鼻の形とすっきりとした顎のラインは、繊細な雰囲気を作り出し、切れ長の目は男性にしては長めのまつ毛に守られている。

彫刻のようなシンメトリィの美しさ。

積み上げられている本を取り上げ、つまらなそうにページをめくる。長く繊細な指先でつまみあげるようにするのが彼のくせだ。


ガシャン、と階下で何かが割れる音がした。


ラディスはゆっくりと上体を起こし、机の脇に立てかけてある剣を音もなく鞘から抜きとる。ゴミや書物が散乱している部屋を素早く横切り、階下へ繋がる階段の壁際に、気配を完全に消しそっと立つ。彼は相当な剣の使い手である。


下には今、クレイしかいない。

今日は昼からの診療はなく、客が来るにしてもあのクレイが食器を割るなんていうドジはしない。


すっと身体の芯が冷え全神経が研ぎ澄まされてゆく。切れ長の目は、鋭く尖り大気の揺らぎさえ見逃さない。


◇◇◆◆


リィンは肩で息をしながらじっと前を睨む。

右手には剣が握られ目の前にいる相手に照準をぴたりと合わせ、狙いを定めている。

足元に割れたカップの破片が散らばり、その先に剣を両手で構えたまま動かないでいる青年。否、動けないでいるようだ。

両手で支えている剣が、まるで重い鉛みたいに、やっと持ち上げているかのよう。重みに耐え兼ねて僅かに震えている。

リィンの瞳は深紅に燃え、相手に向かって『力』を発動しているのが分かる。

しかし、相手の力も驚く程強い。このままでは押さえつけている状態も数分ともたないだろう。リィン自身の疲労もあり全神経を相手に注がなければ、『力』が弾かれてしまう。


「お前が、ラディスか」


相手に問い掛ける。

青年はリィンを睨んだまま何も話さない。

睨み合い。


「こりゃあ、修羅場だなクレイ」


突然、視界の外から場違いな程緊張感のない声が聞こえた。間隔が二ナルグ(=二メートル)もない場所にいつの間にか人が立っているのだ。近づいてくる気配さえ感じられなかった。

驚いたリィンは刹那、その人物に意識を向ける。一瞬を逃さず、剣を振り上げ『力』を跳ね返したクレイが、その勢いのままリィンに斬りかかった。


「ちっ!」


キィン、と鉄がぶつかり合う音。

間一髪、リィンはクレイの剣先を凌いだ。

剣をぶつからせたまま相手を捩伏せようと双方ともが渾身の力を加え、ガチガチと剣が鳴く。

リィンはすでに『力』を使えぬほど体力を消耗していたが、それでもかろうじて青年と対等に渡り合っていた。


「お逃げください!」


クレイが目の前の敵を睨んだままラディスに向かって叫ぶ。


「お前がラディスだな!」


目だけをラディスに向け、リィンも声を張り上げる。

ラディスは二人の様子を見つめながら、戦う事や逃げる気すらないといった風情で剣を肩に担いだ。


「お前が、人でもイグルでも金さえ払えば治療するという闇医者だろう!?腕は確かだと聞いている!」


「神の手を持つ男前の天才名医、ぐらい言ってほしいもんだな」


「くっ。そんなことはどうだっていい!!」


ふん、と笑っていたラディスだがふと何かに気付き、端正な眉をひそめる。


「小僧、ひどい臭いだ」


ラディスがそう呟いた瞬間、クレイがはっとしてリィンから離れる。


「何!?」


リィンは肩で息をしながら怒鳴った。


「ふん、お前ではないらしいな。怪我人はどこだ」


その言葉を聞いて、リィンは冷水を浴びせられたようになり、途端に泣きそうになった。


「ゼストが、僕の連れが!」


瞬間、ラディスの表情は鋭くなり、言い放つ。


「案内しろ。クレイ、準備を」


「はい!」


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