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紅い月 青の太陽  作者: 茂治
第一章
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012:再び、歩み始める

翌朝、リィンはいつものベッドの上で目覚めた。起き上がろうとして身体中に鈍い痛みが走る。見ると格好は昨日のままだが、傷口に薬が塗布されていた。窓の外から小鳥のさえずりが聞こえ、今が早朝なのだと分かる。急いで身支度を済ませ階下の居室に向かった。


「おはよう、リィン」


ニコルが穏やかな笑顔で振り返る。テーブルではクレイが茶を飲んでいた。彼がこのように休憩しているのは珍しい。リィンを見て、おはようございます、と丁寧に告げた。少し不機嫌そうに見える。ニコルは笑って言った。


「クレイはまだ寝起きでね。頭が動きだすまでもう少し時間がかかるのよ」


リィンはおはよう、と挨拶をしながらそろそろと身体を前へ運ぶ。手伝おうとすると、ニコルが手を振った。


「今日は良いよリィン。辛いんだろう?先生にはちゃんとお説教しといたからね」


どうやらニコルは昨晩の出来事を知っているようだ。きっと起こしてしまったのだろう。とすると、クレイも同じで、そのせいで寝不足なのだ。


「良いんだ、手伝うよ。僕が悪いんだから。その、また迷惑かけちゃって、ごめん」


ニコルは微笑みで返事をした。クレイは目を閉じたまま茶を啜っている。ここにいる人達は自然で、そして優しい。それに幾度となく救われている。


「…ラディスは?」


「診察室よ。今日の準備をしてるんじゃないかしら」


「僕、挨拶してくる」


そう言って部屋を後にする。清々しい空気に包まれた廊下を進み、診察室の扉を開けた。長身の医師はこちらに背を向けて薬品棚を整理しているところだった。ちらりとリィンに目をやり、手を休めずに言った。


「すっきりした顔をしてるな。悪くない」


「…ありがとう」


ラディスが振り返る。


「あんたが止めてくれなかったら、僕は一番愚かな道を選択してしまうところだった」


ゼストが自分の命を削り、守ってくれたこの命を、自ら捨てようとしていた。何て愚かな事だろうか。


リィンはまっすぐにラディスを見つめている。赤茶の瞳からは今までの暗さが消えていた。


「僕は生きなきゃいけない」


父と母と、ゼストの分も。若くして命を落していった大好きな人達の為に。

どんなにそれが苦しくて辛くても、この命を諦めてはいけない。

それを思い出させてくれた。


「この命には意味があるんだ。きっと。僕はそれを見つけなくちゃいけない。だから、ここに置いてほしい」


リィンはこのラディスという人間をもっと知りたいと思った。

≪黄金の青い目≫を持つ皇族でありながら、何故一介の町医者として生きているのか。そして町医者と言い切るには余りある実力と皆からの絶大な信頼。揺るがぬ信念を持ち、それを実現させる強さ。いつかニコルが言っていた事は、正しかった。リィンがこれから生きていく上で勉強していかねばならない、大事な事を、この人物はきっと知っている。


ゼストが最後に導いてくれたこの場所で、今よりも強く成長していかなければ、と思う。


「これからも、迷惑をかけてしまうかもしれないけど、ここにいたいんだ」


「…そうだな。お前を追い出したりでもしたらニコルやチェムカに俺が怒られるだろうしな。それに忘れてもらっちゃ困るが、お前にはまだ山ほど借金もあるんだぜ」


ラディスの軽口にリィンは笑顔になる。


「あんた、良い人だったんだね」


「今更言うか、それを」


廊下へ出るとチェムカがちょうど玄関から入ってくるところだった。


「あ、リィンおはよう。あら!傷だらけでねえの?大丈夫けえ」


「おはようチェムカ。大丈夫だよ」


チェムカが近付いてきて、リィンの顔をのぞきこんだ。


「それなら良かっただ。実は、ちっとリィンにお願いがあんだけっど」


「何?」


「外に今あたすの友達が来てるんだわ。ちょっくら顔見せてくれねえ?診療所にかわいい男の子が来たって言ったらどうしても見てえって聞かねえもんで。断ったんだけっども、今朝わざわざ診療が始まる前にうちに来るもんだから」


眉を八の字にして困っているチェムカの、愛嬌ある顔を見てリィンは微笑んだ。


「良いよ」


玄関から朝日に包まれた外へ出ると、チェムカと同年代の女性が二人いて、リィンを見つけて顔を輝かせた。


「初めまして!私はチェムカの友達のメリエナよ」


「私はミラン。ちょっとチェムカ、すっごいかわいいじゃない!」


「だべ?リィンはあたすらと同い年だ」


チェムカの友人達はリィンに詰め寄って、黄色い声を上げた。


リィンは圧倒されて、少し後ずさる。


「ラディス先生も素敵だけど、リィンも素敵ね!」


「イリアス族の人って美しい人が多いと聞いていたけど、本当なのね」


そう言って、ほう、とため息をつく。彼女達は、イリアス族が世間で何と言われ嫌われているかなど全く興味がないようだ。そういうものには縛られず、別のルールで生きている。その逞しさにリィンは苦笑した。いつも物珍しそうにされるか、汚いものでも見るような目つきばかりをされていたリィンにとって、それは新鮮でくすぐったいものだった。


世界はこんなにも広い。知らない事ばかりだ。


僕は生きるよ、ゼスト。


その光景を診察室の窓からラディスとクレイが眺めている。ラディスがため息をついて笑った。


「いつの時代も女性は逞しい」


クレイが微笑みながら、そのようですね、と答えた。





【第一部・完】

はじめまして。

読んでいただき、ありがとうございます。

技術も心得もないままに情熱のみで気張っております。

感想とか、もしよければ寄せていただけると、嬉しいです。泣きながら小躍りします。むせび泣きます。涙で枕を濡らします。

紆余曲折の果てに驚くほどらぶらぶになる予定ですので、これからもお願いいたします。

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