76・とうとうお会いできました!
「セルディさま! でも、あなたの指輪に睡眠と治癒の魔導を付けたはずですが、どうして……?」
「俺を呼んでくれただろう」
エレファナはこくりと頷く。
影の闇の中に閉じ込められたときに感じた、痛切な心細さを思い出した。
「私はまた、セルディさまに会いたかったのです」
素直な思いを伝えると、セルディの凛とした瞳が和らぐ。
「エレファナに呼ばれた気がして、俺はソファの上で目を覚ましたんだ。見ると魔導術なのか、宙に不思議な亀裂が入っていた。次ははっきりと聞こえたから、迷うこともなく手を伸ばしたよ」
(不思議な亀裂……。あの魔導耐性のある影の世界で、私の転移魔導術がわずかながら届いたのかもしれません!)
「セルディさま、来てくれてありがとうございます! でも私の魔導に触れて、お身体は無事なのですか?」
「ああ。俺は生まれたときから、魔導術に耐性を持っているらしい。だから君が指輪に付けてくれた睡眠と治癒の魔導に触れていても、目覚めることができたようだ」
(あっ! もしかしてドルフ皇帝が自分の体を実験して手に入れた魔導耐性が、子孫のセルディさまに遺伝されたのかもしれません!)
しかしエレファナが指輪に付けた睡眠と治癒の魔導も、多少は影響があるらしい。
セルディはどこか眠そうに目をしばたいていた。
エレファナはためらいながらも、セルディに触れて直接治癒の力を込めてみる。
「……ん?」
あくびをしかけたセルディが、ふと眠気が引いたようにその口を閉じた。
顔色も、普段より良いくらいに健やかに見える。
(はじめて人に使えました!)
「どうやら魔導耐性のあるセルディさまなら、私の魔導も直接かけて大丈夫なようです! でもあの魔導の通じなかった空間にいても、私の魔導術が届いたなんて、一体どうして……っ!」
そのときエレファナの胸元から、まばゆい光がぱっと舞いあがった。
二人は空中に浮遊する淡い光に目を凝らす。
朝焼けの空に、虹のように輝く石を額に宿した、若葉色の猫が浮いていた。
(この猫さん、見覚えがあります……)
エレファナは必死に遥か昔の記憶にたどり着くと、「あっ」と小さく驚く。
「あなたは、私の内側でお休みになっていた精霊さん!」
(そうです。私がドルフ皇帝の影の中に捕らわれてセルディさまを呼んだとき、胸の奥が力を持つような感触がしました)
「転移魔導を発現させるために、あなたが力を貸してくれたのですね!!」
猫の姿をした精霊は、得意げにひげを揺らした。
「ふふ、役に立てた?」
「とても! とても助かりました!」
「良かった!」
「それにとうとうお会いできました!」
「エレファナとはずっと一緒だったのに、本当に久しぶりだね。でも僕は弱っていたから、出会ったときのことはあまり覚えていないんだけど……。エレファナがやさしく声をかけてくれたり、怖いやつらから守ってくれたことはわかっていたよ。ありがとう!」
「精霊さんは、元気になってくださったのですね!」
「うん! エレファナの魂にくっついているとすごく居心地が良いんだ。だから僕はずっとエレファナの魂に包まれて眠っていたかったのに……。ドルフ皇帝の気配がしてから寝苦しくて、気づいたときは飛び出してしまったよ!」
「精霊さん、今は大丈夫です。ドルフ皇帝はもう……」
見回すと、そこは庭園だったらしい。
あたりは美しい草花がそよいでいるだけで、闇の中で凍えていたあの影は見当たらなかった。
(朝日がまぶしいです)
エレファナは目を細めて、全身へ降り注ぐ陽のあたたかさを感じる。
(もう、寒くなければいいですね)