2・素敵な旦那さまができました
驚きに声を上げたエレファナに対し、黒銀の騎士は冷徹な表情を崩さず淡々と告げる。
「突然夫だと言われて戸惑うのはわかるが。しかし、そのことなら気にしなくてもいい。俺が君を愛することはない。もし妙な真似をしたら、君を剣で貫くことも、俺の命を使うこともためらわない」
「そ、そうなのですね。愛することがないのなら、愛というものがよくわからない妻でも大丈夫でしょうか?」
「……どういう意味だ?」
「い、いえ。婚約破棄を受けた十八、いえ二百十八歳にもなる女が二百年もの間ゆりかごに揺られ、ぬくぬくと惰眠をむさぼっているのは妙な真似かと思いますが。寛大にも見過ごしてくださって、ありがとうございます!」
「妙な真似だと自覚はあるのか」
「はい! でもこれには大切な事情があるんです……忘れましたが。もう少しで思い出せそうな気がします! もちろん妙な真似もしません。せっかく私の旦那さまになってくださった相手に、剣を振るわせる手間を煩わせることがないようにと心します!」
「そこは俺の手間より、自分の身を案じるべきだろう」
「! は、はい」
(なんてやさしい人なのでしょうか……!)
エレファナは浮遊するゆりかごに揺られながら、改めて夫と名乗る人物を見つめた。
(それに立ち姿は細身ですが精悍で、顔は目の覚めるような美形です。腰に提げている剣もよく手入れされていますし、剣士としても優秀なのでしょう。話し方は誤魔化さずに率直で、好感が持てます。声質も誠実さが伝わってくるような、耳に心地よい響きです。この方が、私の夫……)
エレファナの眼差しがみるみる期待に満ちていくと、黒銀の騎士の険しい表情が戸惑いに変化していく。
「……どうした?」
「ありがとうございます。歓迎していない私のことを、そんな風に気づかってくださるなんて」
「っ、先ほどから、君は……。そう思うことなどないだろう」
「もしかして、自覚が無いのですか? 自分がやさしい方だと」
「……? 君を不愉快にさせる可能性は自覚しているが、そのように思われる振る舞いはしていない。全く」
「そうでしょうか。あなたは突然斬りかかることもせず、先ほどは私の身を案じてくださいましたよね? 話は真剣に聞いてくれて、事実も隠さず教えてくれます。都合のいいことを言って私を騙したり、嘘をついたりするような素振りもありません。とてもやさしい方です」
「今までのやり取りで、よくそこまで好意的に捉えられるものだな」
「ドルフ皇帝直属の魔女でしたから。怯えられたり避けられたり媚びられたりは日常でした」
「そうか……」
「はい、慣れています。だからあなたがそのような振る舞いをしないので、話していても新鮮で楽しいです」
エレファナが嬉しそうに話すと、黒銀の騎士は気づかうように黙った。
「嬉しいです。私に素敵な旦那さまができました!」
「……言っておくが、一般的には違う」
「違ってはいけませんか?」
エレファナは心が普通の人間とは違う、壊れていると言われ続けてきた。
(それでも、私はこの気持ちを大切にしたいです!)
「他の方とは違うのかもしれません。でも今の私にとって、あなたは素敵な方です!」
エレファナは自信たっぷりに言い切ると、にこりと微笑む。
「それにあなたは私のことを歓迎していないようですが、夫になってくださいました。なにか事情があるのでしょう。自分の心より優先しなければならない、しかし成し遂げたい、とても大切な事情が」
「それは、」
黒銀の騎士は言いかけて、しかし否定的に首を横に振った。
「しかし、俺のことだ。君のためではない」
(やっぱりいい人です)
どこか後ろめたそうな口ぶりが、彼の誠実な人柄を現している気がして、エレファナは今まで言葉にしなかった本音をついこぼす。