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エナジードリンクは吸わないでください

 今日は日曜日。

 今日は潮田先輩と広瀬先輩から遊びに誘われた。美夜は勉強で忙しいから私1人…

 妹以外の人と休日に出かけるのなんて初めてだから緊張するけど、頑張ろう。


 梅雨時期の晴れ間、長い長い雨雲の切れ目からほんの一日顔を覗かせた太陽に見守られ、私--浅野詩音は約束の駅前まで向かってた。


 潮田先輩や広瀬先輩は普段から良くしてくれるけど、こうして休日にわざわざ会うのは初めて…

 これを機にもっと仲良くなれたら……なんて密かに思いながら待ち合わせ場所の噴水広場までやって来たら……


「あ、来た」

「こっちだぞー」


 居た…潮田先輩と広瀬先ぱ…………い……


「本当に来た!」「生徒会には全然来なかったのに……」

「おーい長篠と田畑、折角遊び行くのにそんな感じ悪いこと言うなよー」

「花菱先輩…」「はーい」

「……よく考えたらまともに話すのも今日が初めてかもな…大葉…何吸ってんだ?」

「邪魔するな小河原…エナジードリンクが……エナジードリンクが無いと……」


 スーハースーハー


 ……………………


 私なんか勘違いしてました。

 楽しいお出かけが途端に圧迫面接並のプレッシャーに変わる。

 そこに居たのは元生徒会の皆さん……ついこの前私の妹がご迷惑をおかけした張本人の皆さん……


 途端に全身から冷や汗が……


「……浅野さん?どうしたの?」


 思わず立ち止まって固まる私に潮田先輩がやさしく声をかけてくれたけど、それに応じる余裕なんてなくて……


「……あ」

「あ?」

「あの……」

「おっ、浅野がなんか喋るぞ、風香」「それより横の人が怖いんだけど…レンちょっと場所代わって?」

「スーーーーハーーーーー」


 私の体は言葉を口にするよりも先に全自動で動いていた。それこそ思考をまとめるよりずっと先に……


「すみませんでしたぁぁぁぁぁぁっ!!」


 *******************


 ……駅前、ファミレス。

 なんだか途端に天気が悪くなってきたような気がするのは、私の顔に影でも差したからだろうか?


 駅前で全力土下座をかました私は当然駅の周りの人達の視線を集めて、「なんだ?いじめか?三途の川渡る?」と勘違いした怖いお姉さんが先輩達に殴りかかろうとするくらい場の空気を重くしてしまった。


 でも…プラスに考えればこれはいい機会なのかもしれない。

 この人達には沢山の迷惑をかけてきたんだもの…こうして謝る機会ができたと考えれば……


「いやぁ…びっくりしたよ。いきなりあんなとこで土下座しないでよ」


 パシられて全員分のドリンクを運んできた広瀬先輩がなんだか不自然なくらい明るく私に声をかけてくれた。

 それまで場を支配していた重い沈黙がその広瀬先輩の声にぎこちなく弛緩していく。


「ごめんね、びっくりした?みんな居たから…」


 と、私を誘った張本人である潮田先輩が詫びる。その隣で大葉先輩が袋に入った何かを必死に吸引している。


「黙っててごめんね?言ったら来ないかと思ったから……」

「いえ…そんな……」

「なんで私らが居たら来ないんだよー?」「おい浅野!あんた私達に言うことあるっしょ!」


 詰め寄ってきたのは同じ2年の長篠さんと田畑さん。

 2人の凄い剣幕に私は肩を跳ね上げさせながらこのきっかけにもう一度と土下座の準備を--


「今日は気合い入れて特別な家族連れて来たんですけどー!?はぁ…風香、こいつ気づいてないよ、普通秒で気づくよね?」

「ほら見て、足下」


 え?は?足下?

 あ…なんか……でっかいネコみたいのが…

 スマートなフォルムの耳の尖った厳ついネコみたいな謎の動物が……

 いや確かに秒で気づくべきだ。というかこの2人、なんでこんなにいっつも動物連れ歩いてるんだろう…?というか絶対危ない類の生き物だ。中型犬くらいでかい…


「今日はカラカルのぽよぽよちゃんを連れてきたよ」「ほら、浅野挨拶して。ぽよぽよは気難しいんだから…」


 …………。


「…あ、はじめまして私、浅野--」

「フシャーーーッ!!」


 あっ…怖い…ひっ。


「……お前らそんな危ねー動物ファミレスに連れ込むな…フゥ…広瀬、スマンがエナジードリンクを持ってきてくれ」

「ここのドリンクバーにエナジードリンクなんてないよ」


 カラカルより危なそうな、具体的には薬物中毒者みたいな大葉先輩が私の顔を真剣に見つめてくる。ただ、目の焦点が合ってない。


「浅野…お前を今日呼んだのは潮田の頼みだが、理由があるんだ…」

「はい……」


 真面目なトーンだぁ、でも、目がゆらゆら揺れてる……


「それはな……「みんなと仲良くなって欲しんだってよー」

「……え。」

「なっ!?花菱!?なんで俺の台詞を取った!?」

「ね?紬?」

「答えろ!貴様、CIAのまわし者かっ!?」


 花菱先輩に振られた潮田先輩が少し申し訳なさそうな顔をして首をすぼめる。

 先輩達と仲良く……?

 潮田先輩の意外な目的に私はキョトンとした。てっきり、私を呼んだのは先の一件での話があるのかと……


「おいっ!!気をつけろ!!アメリカの手先だぞ!!その女っ!!」


 仲良く……


「女……ホントに女か!?まさか……オカマ!?」

「大葉、うるさいぞ。お前なんか変だぞ?」

「ブギーマンが来たぞ!!ゲイバーに連れ込まれるっ!!逃げろ!!小河原っ!!」

「だから黙れっ!!」


 ……この人達と?


「フシャーッ!!」

「レン、ぽよぽよにご飯あげた?なんかお腹空いてるんじゃない?浅野の太ももにかじりつきそうだよ?」「手羽先にでも見えるんじゃない?」


 ……この人達と、仲良く?


「…なんか凄く失礼な眼差しを感じるが…浅野さん。紬さんはね、みんなのとの蟠りが解けないままなのは寂しいらしい」

「広瀬先輩……」

「ちゃんと誤解を解いて、仲良くなりたいそうだよ。俺らは同じ生徒会のメンバーだったからね」


 ……っ。


「…誤解だなんて…先輩達にご迷惑をおかけしたのは事実です。私は皆さんにちゃんと謝らなきゃいけない……本当は妹を連れてきて頭を下げさせなきゃいけないのに……」

「聞いたぞー?妹ちゃんうちの高校受験するんだって?」


「頭上げろー」と私の頬を両手で挟んで持ち上げる花菱先輩がニコニコしながらそんな話題を切り出した。

 本来ならぶん殴られてもおかしくなさそうな話なのに、花菱先輩は嬉しそう…と言ったら変だけど、怒気をまるで感じない笑顔を私に向けてくれていた。


「受かるといいねー、まぁ、浅野の妹だから頭良さそーだし大丈夫かっ!」

「もしもし警察ですか?アメリカのスパイが居ます」

「大葉君!?君はどこに電話をかけているんだい!?」

「えぇ…広瀬という男です。こいつ、俺のケツをじっと、虎視眈々と狙ってます。ストーカーです」

「結局俺に類が及ぶのかい!?」


 花菱先輩は両脇に座る長篠さんと田畑さんの首に腕を回して「入学したら挨拶しに来させろよー?」と笑った。


「……そうだ、双子で浅野と同い歳とは言え私らのが先輩だよな?」「よし、レン先輩と呼ばせよう」

「……皆さん、怒って…ないんですか?」


 私は自らこの空気をぶち壊しかねない発言をしたことに後悔した。でも訊かずにはいられなかった。


「私達のせいで生徒会がなくなって学校をめちゃくちゃにされて…しかもその妹がうちの学校に通いたいなんて言ってるのに……」

「ああ、ブチ切れだが?」


 メガネをくいっと指で持ち上げた小河原先輩がメガネの奥で言葉とは裏腹な柔らかい視線を向けていた。

 彼は冗談めかして口元を緩めて私に言った。


「だから妹が入学したらちゃんと俺らの所に謝りに来させろよ?な?」

「うわぁ……小河原って器小さいよね…後輩に謝りに来いだって?私はもう気にしてないぞ?浅野」

「……花菱先輩」

「浅野さん……」


 テーブルに置いた手に潮田先輩の手が重なった。


「私達、あなた達のこと怒ってないよ?妹さんの事情は知ってるし、迷惑はかけられたけど…でも、後輩が悪いことしても許してあげるのが先輩だと思う」

「……潮田先輩」

「だからこれからはそんなに頭下げないで…私達に甘えていいんだよ?私達もう来年には卒業だけど、だからこそちゃんと仲直りしときたかったんだ」


 --ガリっ!!


「君は俺と紬さんのところにちゃんと本当の事を話しに来てくれたろ?君はもう謝ったし、君の正直な姿勢に誠意も感じた。事情も解った、だからもういいんだよ」

「広瀬先輩……」


 --ガリガリっ!


 ……い、痛い…とってもいい話してくれてるのに、私の足がぽよぽよに噛まれてる。私今猛獣に食べられてる……


「おいこら、私らはまだ怒ってるからな?落とし前としてこの店奢れよ?」「……レン、先輩達のこの空気をよくぶち壊せたね」


 ちゃちゃを入れてくる長篠さんと田畑さんを黙らせる花菱先輩が「とにかくーっ」と元気よく声をあげてひまわりのような眩しい笑顔を向けてくれた。


「これでみんな仲良し、今日から友達な?浅野も土下座で謝ったし?ケジメをつけたと言うことで……」

「?虎太郎、けじめってなに?」

「ケジメだよ」

「?」

「オラァエンコ詰めろっ!!」「レン…ステーキナイフで指は落とせないでしょ…」

「俺は妹と謝りに来るまではまだ許してないがな?これは仮な?」

「……」「……」

「小河原、お前ホントに器が小さい……」

「っ!?広瀬までそんなことを……っ!」


 --ファンファンファンッ!!


 ……私知らなかった。

 生徒会の仲間達がこんなに騒がしくて、個性的で、まとまりがなくて、頭おかしくて、楽しくて、優しい人達だって……


 ねぇ、ねぇ美夜。

 あなたもこの学校に入ったら安心してくれると思う……

 お姉ちゃんは楽しく学校で過ごせてますって。

 みんなが認めてくれるわけじゃないかもしれない…けど、2人で頑張ろう?


「--全員動くなぁっ!!」


 この学校のみんなに許してもらって、一緒にやっていけるように--え?


 入店のベルと共にファミレスに警官が飛び込んできた。あろうことか銃を向けている。

 騒然とする店内、ほわほわした場の空気は突然ぶち壊された。


 一体なにが……


「この店にアメリカから来たゲイで四つ腕で日本刀とショットガンを所持した生首を腰からぶら下げたムキムキのスパイの不審者が居ると通報を受けたっ!」

「どこだっ!?」


 …………………………????


「うわぁぁぁぁっ!?アメリカがゲイを担いでやって来るぅぅっ!!」

「おっ……大葉ぁっ!?お前一体なんて通報したんだよこのバカがっ!?もうエナジードリンク吸うのやめろっ!!あっ!メガネを取る…取らないで下さい……」

「日本ゲイバー計画だァっ!!」


「っ!?巡査長あれをっ!!」

「うわぁっ!!なんでこんなところに猛獣がっ!!」

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