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お母さんに会いに行こう

「千夜ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」


 --佐伯達也、疾走中。

 部活の練習中、たまたまいじっていたスマホで見たニュースに衝撃的な報道が流れていた。

 千夜の高校に不審者達が侵入し、生徒達を拘束したというのだ。

 道行く車を追い越して、鞄と竹刀を担いで、脚をタイヤのように回しながら爆走する。

 もし……千夜の身に何かあったら……


 ああ…俺はなんて不甲斐ない男…愛する女の危機に傍に居てやれないなんて…


「今行くぞ…無事でいてくれ…千夜ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

「なに?」


 後ろから俺の叫びに返事が返ってきてビクッとする。振り返るそこには千夜が制服姿で立っていた。


「もう…街中でそんな大声で名前呼ばないでよ…恥ずかしいなぁ……」

「千夜ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

「人の話聞いてる?」


 そこには千夜が居た。傷1つない千夜が立っていたのだ。千夜!!千夜!!!!千夜ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!


「うわぁっ!?きゅ、急に近寄らないでよ気持ち悪いっ!!」

「お前…無事なのか…俺がどれだけ心配して……」

「……え?心配してここまで来たの?そう……」

「どうした!?顔が赤いぞ!熱でもあるのか!?」

「違うから…もう分かったって……ありがと」


 良かった。君が無事で……君の笑顔があれば生きていける……すまない。不安な思いをさせて…もう君を1人にはしない。


「私は今日はもう学校終わったけど…達也は?まさかそのまま抜け出してきたの?」

「今日は早退だ…」

「……もう、達也は大袈裟すぎるよ…馬鹿だなぁ」


 罵倒しつつもはにかんで俺をからかう千夜の姿を今すぐカメラに収めたい。しかし今そんなことをしたら変態だ。

 断腸の思いで撮影を断念して俺達は帰路に着く。


 俺と千夜の肩が触れそうで触れない距離感……どこか懐かしさすら感じさせるこの距離感に多幸感が溢れ出す。

 思えばあの大会で奴に敗れてからずっと練習漬けの日々だった…千夜と2人で過ごす時間は久しぶり。

 俺の隣で歩くのに合わせて鈴の音を鳴らす千夜が今日起こったことを語って聞かせてくれた。そんな話の内容なんて右から左を通過してブラジルまで飛んでいく。


 ……千夜、君が俺の隣に居てくれる、それだけで--


「それでね、その人達みーんな彼岸君が1人でやっつけたんだ」


 --ピキッ


 マシュマロのような甘い時にヒビが一筋。


「やっぱりすごいよねー、彼岸君。達也も大会で戦ったから分かるでしょ?…達也?」


 彼岸三途……こんな時にまで邪魔をするのか…おのれ……っ!

 何が1人でやっつけただ、俺だってその場に居たなら…くそっ!!


 ジェラシーがグツグツ湧いてくる俺の横で千夜がずっと喋っているが、沸騰したやかん状態の俺の耳にはやはり入らない。

 くそっ!!くそくそくそっ!!


 許すまじ……あの男。今は勝てないが来年は必ず--


「達也」

「叩き潰してやる……」

「達也!」

「おのれ……」

「こらっ!!」


 なんだ!?突然肩を叩かれたぞ?


「聞いてる?ほらあそこ……」

「え?」


 千夜が指さす先に一人の女の子がうずくまって泣いている。周りに大人の姿はない。迷子だろうか…?


「ねぇ迷子かな?どうしよう達也」

「どうしようって…」


 俺が答えに窮している間にも千夜は駆け足で女の子に駆け寄ってうずくまる少女に声をかけた。

 くっ…こういう時颯爽と俺が手を差し伸べていれば…情けない姿を見せたぜ。


「ねぇ君、どうしたの?迷子?」


 千夜がまるで聖母のような慈愛に満ちた笑顔を向ける。顔を上げた女の子は涙と鼻水で顔をぐちょぐちょにしていた。目が泣き腫れていてどれくらいここで泣いていたのか心配になる。

 色白でどこか日本人離れした風貌。言葉が通じなかったらどうしよう……


「……ここどこ?にっぽん?」


 通じた。一安心。

 どうやら迷子みたいだ。ここがどこか分からないらしい。親とはぐれて迷い込んだのかもしれん。しかしここどこ?のスケールが日本って……どれだけ彷徨って来たんだ。


「親とはぐれちゃったの?名前は?」


 相変わらず聖母マリア張りの美しさと優しさを炸裂させる千夜に少女はゆっくり口を開いて名前を告げる--


 その名は……


「あたし、ジャン・アンピエール・ルイホッコ・マッカンシー・モルケッチャロフ・ハルハルタン・ルイセルフ・L・アンジェリーナ・タナカ三世」


 *******************


 彼女の名はジャン・アンピエール・ルイホッコ・マッカンシー・モルケッチャロフ・ハルハルタン・ルイセルフ・L・アンジェリーナ・タナカ三世。


 離れて暮らすお母さんに会いに世界中を放浪するさすらいの小学生…らしい。何を言ってるか分からないがつまりそういうことだ。


「そっか……お母さんを探しに来たんだね…それで道に迷ったと…えっと…ジャン・アンポンタン……ん?なんだっけ?」

「ジャン・アンピエール・ルイホッコ・マッカンシー・モルケッチャロフ・ハルハルタン・ルイセルフ・L・アンジェリーナ・タナカ三世」

「ジャン・アンピエール・ルイゴッホ・マッカサー・ハルタン・ルイセルフ・L・アンジェリーナ・タナカ三世ちゃん」

「違う。ジャン・アンピエール・ルイホッコ・マッカンシー・モルケッチャロフ・ハルハルタン・ルイセルフ・L・アンジェリーナ・タナカ三世」


 覚えられない…千夜の顔が引きつっている。ピカソにも負けず劣らずの名前だ。


 さて、気を取り直して。


「長いから略してタナカ三世と呼ばせてくれ…タナカ三世ちゃんのお母さんは今どこにいるんだい?」

「……」

「あれ?タナカ三世ちゃん?」

「……違うもん。そんな名前じゃないもん」


 ……っ。


「……えっと、ジャン・アンバサダー・ホッゴ・マッカーサー・ケチャップ・アンジェリーナ・タナカ三世?」

「違うよ達也。ジャン・アンポエール・ルイホッホ・マッカンジー・モルケチャロフ・バルハン・ルイセーフ・L・アンジェリーナ・タナカ三世ちゃんだよ」

「違う、ジャン・アンピエール・ルイホッコ・マッカンシー・モルケッチャロフ・ハルハルタン・ルイセルフ・L・アンジェリーナ・タナカ三世」

「………………」「………………」



 --あれからどれくらい経っただろう…

 時計の針が何周もし、辺りもすっかり暗くなってきた頃だ。


「シャン・アンビエール・ルイホッコ・マッカンシー・モルケッチャロフ・ハルハルタン・ルイセルフ・L・アンジョリーナ・タナカ三世!」

「違う、ジャン・アンピエール・ルイホッコ・マッカンシー・モルケッチャロフ・ハルハルタン・ルイセルフ・L・アンジェリーナ・タナカ三世」

「ジャン・アンピエール・ルイホッコ・マッカンシー・モルケッチャロフ・ハルハルタン・ルイセルフ・L・アンジェリーナ・タナカ三世!!」

「うん」

「やったぁぁぁっ!!」「よっしゃぁぁぁっ!!」


 ようやく完璧に言えた…千夜と手を取り喜び合う。まるで東大に合格したかのようだ。

 終わった…長い戦いが……


「やった…俺はやったぞ……っ!」

「…で、お母さんはどこにいるの?ジャン・アンピエール・ルイホッコ・マッカンシー・モルケッチャロフ・ハルハルタン・ルイセルフ・L・アンジェリーナ・タナカ三世ちゃん」


 数時間経ってやっと話が進んだ。正直もう完全燃焼だ。もう終わっていいんじゃないだろうか…?

 なんて、高校受験でもこんなに脳を酷使しなかったというレベルの戦いに勝った直後--


「…お母さんは今、シンガポールに居るの」

「……」「シンガポール…」

「お姉ちゃん、お兄ちゃん、私をお母さんの所に連れて行って」


 新たな戦いの火蓋が切って落とされた。


 *******************


『ちょっと達也!?あんた一週間も家に戻らないで…今どこに居るの!?』

「……母さん、心配かけてごめん。まだ帰れないんだ……」

『今どこに居るの!?』

「……今、アルバニアに居るんだ」



 --ジャン・アンピエール・ルイホッコ・マッカンシー・モルケッチャロフ・ハルハルタン・ルイセルフ・L・アンジェリーナ・タナカ三世ちゃんの母親を求めて海を渡り…

 シンガポール、ミャンマー、ドイツ、イースター島、ペルー、そしてアルバニア……


 俺達は世界中を飛び回っていた。


 くそぉっ!!一体どこに居るんだ!ジャン・アンピエール・ルイホッコ・マッカンシー・モルケッチャロフ・ハルハルタン・ルイセルフ・L・アンジェリーナ・タナカ三世のお母さんっ!!

 彼女のお母さんはまるで俺達から逃げ回っているように世界中を渡り歩いている。


 --しかし、ようやくその母親の影に追いついてきた。


「達也ー!」


 かつて母親の住んでいたという情報を掴んだオンボロアパートの外で待っていた俺の元に千夜とジャン・アンピエール・ルイホッコ・マッカンシー・モルケッチャロフ・ハルハルタン・ルイセルフ・L・アンジェリーナ・タナカ三世ちゃんが戻ってきた。

 弾む声と足取りに期待が膨らむ。吉報のようだ。


「どうだった?」

「昨日まで居たって!でも急に出て行っちゃったって…」

「昨日!ようしあと少しで追いつけるぞ!で?行先は?」

「東南アジアのハヨデテッテクンネーカ共和国だって!!」



 善は急げ。俺達はそのハヨデテッテクンネーカ共和国へ向かうことにした。

 しかしひとつ大きな問題があった。


「飛行機がない?」


 空港ロビーで途方に暮れた千夜からそんな衝撃的な報告を受け俺達は固まった。


「直通便がないってことか?」

「違うの。今ハヨデテッテクンネーカ共和国には入れないの。なんか内戦中らしくて…」


 な、内戦!?


 ジャン・アンピエール・ルイホッコ・マッカンシー・モルケッチャロフ・ハルハルタン・ルイセルフ・L・アンジェリーナ・タナカ三世ちゃんの母親の向かった先は紛争地域だと言うのだ。

 こればかりは頭を抱えるしか無かった。行けたとしてもそんな危険地帯に足を踏み入れることはできない。

 せっかく背中が見えたというのに……


「……ここまでだ」

「達也…」

「仕方ないだろ…そんなところに行けるわけがない。残念だが、諦めるしかない」


 俺と千夜が頭を下げて無念に打ちひしがれる。それを見上げていたジャン・アンピエール・ルイホッコ・マッカンシー・モルケッチャロフ・ハルハルタン・ルイセルフ・L・アンジェリーナ・タナカ三世ちゃんの瞳が潤みだす。


「あたし…産まれてからお母さんにあったことないの……会いたい…お母さんのところに行きたい……」

「……」「……」


 元々俺達がこの子の為にここまでしてやる義理はない。

 しかし、この一週間片時も離れず旅路を共にしたこの無垢な少女の願いは、いつしか俺達の願いにもなっていた……


 ……ここで降りる訳にはいかない。


「…… ジャン・アンピエール・ルイホッコ・マッカンシー・モルケッチャロフ・ハルハルタン・ルイセルフ・L・アンジェリーナ・タナカ三世ちゃんの母親が向かったということは、行く為のルートはあるはずだ」

「……っ、達也!」

「行くぞ」


 *******************


『ちょっと達也!!あんた…1ヶ月も帰らないで……どこで何してるの!!』

「すまない母さん…もうすぐ帰るから…俺は今、ハヨデテッテクンネーカ共和国にいます」


 …… ジャン・アンピエール・ルイホッコ・マッカンシー・モルケッチャロフ・ハルハルタン・ルイセルフ・L・アンジェリーナ・タナカ三世ちゃんの母親を追って俺達は東南アジアのハヨデテッテクンネーカ共和国に入国していた。

 ジャン・アンピエール・ルイホッコ・マッカンシー・モルケッチャロフ・ハルハルタン・ルイセルフ・L・アンジェリーナ・タナカ三世ちゃんの母親が利用したと思われる武器商人の武器密売ルートを利用して俺達は内戦真っ只中の危険地帯に足を踏み入れる。



 ……ハヨデテッテクンネーカ共和国。

 今政権が真っ二つに分裂し、国の中で争いが起こっている。

 その理由は政権内がキノコ派かタケノコ派かで分裂してしまったからだとか……

 そんな火種のテンプレみたいな理由で戦争状態に陥ったこの国に、ただの高校生と小学生が密入国した--


 ……のが運の尽きか。


「ナニモノダ!!」「テヲアゲロ!!」


 無防備に入国した俺達はその場でゲリラ部隊にあっさりと見つかっていたのだった。


 俺達…そして千夜に向けられる銃口…俺は千夜とジャン・アンピエール・ルイホッコ・マッカンシー・モルケッチャロフ・ハルハルタン・ルイセルフ・L・アンジェリーナ・タナカ三世ちゃんを守るように前に出る。

 恐怖心より千夜を守らねばという決意が勝ったのだ。


「ひぃぃっ!」「お兄ちゃん……」


 青ざめた顔で恐怖に震える2人……だが、ゲリラ部隊から銃口を向けられる緊迫した状況の只中で俺の思考は驚くべき程に冷静だった。


 ……相手は3人。武器はサブマシンガン……近接戦に持ち込めば俺でも勝てる。


 この緊迫感……いや、それ以上のものを俺は味わっている。

 奴らの視線、筋肉の動き--微細な視覚情報から次の動きを予測する。

 冷たい鉄の銃口が向けられる中で俺は確信していた。こいつらより俺の方が強いと…

 それはあの大会であの化け物と戦ったことで培われた経験と自信--


「……銃を下ろせ。お前らじゃ俺には勝てない」

「……っ達也」


 俺の警告と同時に奴らは引き金に指をかけた。

 と言っても、奴らの殺意が行動に移るまでに俺は眠っちまうかと思ったが……




「たたたた、達也……いつ人間辞めたの!?ねぇ!!達也ってもしかして石仮面とか被ったことある!?」


 --ハヨデテッテクンネーカ共和国、国境付近。


 雨あられと降り注ぐ銃弾を掻い潜りながら滑るように駆ける俺の拳が、次々にゲリラ部隊の顔面を潰していく。


 …自分で言うのもなんだが、俺は確実に強くなっている。


 もはやゲリラ部隊では相手にならない。

 これなら連中を突破するのも時間の問題だろう。元々俺らの目的はこいつらではなく、ジャン・アンピエール・ルイホッコ・マッカンシー・モルケッチャロフ・ハルハルタン・ルイセルフ・L・アンジェリーナ・タナカ三世ちゃんの母親だ。

 いつまでも油を売っている場合では無いのだ。


「おらぁっ!道開けろボケっ!!」


 激しくも無意味な抵抗を続けるゲリラ部隊…俺を突き動かすのはジャン・アンピエール・ルイホッコ・マッカンシー・モルケッチャロフ・ハルハルタン・ルイセルフ・L・アンジェリーナ・タナカ三世ちゃんを母親に会わせる…そして千夜に銃口を向けるという狼藉に鉄槌を下す。その思いだけ--


「っ!?」


 ゲリラ部隊も半分以上殲滅したかという時……

 突如俺の視界をジグザグに横切るように疾走する一人の兵士がナイフを片手に俺に迫って来た!!

 尋常ではない殺意……雷のような動き。

 今までのゲリラ部隊とは違う……只者ではない気配に俺は咄嗟に身構えた。


 顔を覆面で隠した兵士は守りに入る俺の防御の隙間をつき、一息の間にガードの隙間にナイフの刃を滑らせた。


「たっ……達也ぁぁぁっ!!」

「……っ!?」


 建物の瓦礫の影で千夜が叫ぶ。

 致命傷は避けたがかなりもらった。俺の体の至る所から血飛沫が散った。

 あの男--彼岸三途程ではないが…速い。雑魚ではない。


 その時、俺と交戦中だったゲリラ部隊が歓声をあげる。


「ヨッシャアッ!! ジャン・アンピエール・ルイホッコ・マッカンシー・モルケッチャロフ・ハルハルタン・ルイセルフ・L・アンジェリーナ・タナカ二世ガ来テクレタ!!」「ワレワレノカチダ!!」


 ……え?なんだって?

 どこかで聞き覚えのある長ったらしい名前を連中は口にした。


「……っ!お母さん!!」


 千夜が止めるのも聞かず、瓦礫の影から飛び出したジャン・アンピエール・ルイホッコ・マッカンシー・モルケッチャロフ・ハルハルタン・ルイセルフ・L・アンジェリーナ・タナカ三世ちゃんが声を上げた。

 その声に、俺に迫っていた兵士の動きがピタリと止まる。覆面から覗く目は驚きに満ちていた。

 その視線の先には……


「……お母さん」

「…… ジャ…ジャン・アンピエール・ルイホッコ・マッカンシー・モルケッチャロフ・ハルハルタン・ルイセルフ・L・アンジェリーナ・タナカ三世?」


 覆面を脱ぎ去ってジャン・アンピエール・ルイホッコ・マッカンシー・モルケッチャロフ・ハルハルタン・ルイセルフ・L・アンジェリーナ・タナカ三世ちゃんを見つめるのは、金髪碧眼の女優のような容姿端麗の女性。


 ………… ジャン・アンピエール・ルイホッコ・マッカンシー・モルケッチャロフ・ハルハルタン・ルイセルフ・L・アンジェリーナ・タナカ三世ちゃんのお母さんだった。



 --ハヨデテッテクンネーカ共和国、タケコ派最前線本部。


 怪我人や武器がそこら辺に転がるキャンプに俺達は客人として迎えられた。


 母親に会いに来たのだと説明したら兵士達は俺達を快く出迎えてくれた。

 ……ただ1人、ジャン・アンピエール・ルイホッコ・マッカンシー・モルケッチャロフ・ハルハルタン・ルイセルフ・L・アンジェリーナ・タナカ三世ちゃんのお母さん、ジャン・アンピエール・ルイホッコ・マッカンシー・モルケッチャロフ・ハルハルタン・ルイセルフ・L・アンジェリーナ・タナカ二世を除いて。


 初めて会う女性が自分の母親だと言うのは、血の絆か直感で分かったらしい。

 そしてここでジャン・アンピエール・ルイホッコ・マッカンシー・モルケッチャロフ・ハルハルタン・ルイセルフ・L・アンジェリーナ・タナカ三世ちゃんは初めて母親の正体とその真意を知ることになる…


「……あなた達が私の娘を連れてきたの?」


 ジャン・アンピエール・ルイホッコ・マッカンシー・モルケッチャロフ・ハルハルタン・ルイセルフ・L・アンジェリーナ・タナカ三世ちゃんを囲んで腰を下ろす俺達にジャン・アンピエール・ルイホッコ・マッカンシー・モルケッチャロフ・ハルハルタン・ルイセルフ・L・アンジェリーナ・タナカ二世がコーヒーを渡してくれた。

 俺達に質問を投げかけるジャン・アンピエール・ルイホッコ・マッカンシー・モルケッチャロフ・ハルハルタン・ルイセルフ・L・アンジェリーナ・タナカ二世は自らの娘の傍らに座ることなく対面に腰を下ろした。


「……私達、日本から来ました…この子はあなたに会う為に世界中を飛び回ってたんです」


 ようやく再会を果たした母親にジャン・アンピエール・ルイホッコ・マッカンシー・モルケッチャロフ・ハルハルタン・ルイセルフ・L・アンジェリーナ・タナカ三世ちゃんはどこか不安そうな眼差しを向ける。

 それは実の娘と再会した母親とは思えない彼女の冷淡な反応からだろう。

 ここまで苦労して来たぶん、その態度に俺は内心穏やかではなかった。


「……えっと、あなたはここで何をしてるんですか?」


 千夜の質問にジャン・アンピエール・ルイホッコ・マッカンシー・モルケッチャロフ・ハルハルタン・ルイセルフ・L・アンジェリーナ・タナカ二世は猛禽類のような鋭い目を向けて返す。


「……私は傭兵。世界中の戦場を飛び回ってる……」

「……」「傭兵…」


 何となく分かった。俺は彼女の真意を突くために口を開く。


「傭兵を生業としているから、娘を巻き込まない為に今まで離れて暮らしていたんですか?」

「そうよ…だから怒ってる。あなた達、なんでこの子を連れてきたの?この国が今どういう状況か分かってる?」


 その時、ジャン・アンピエール・ルイホッコ・マッカンシー・モルケッチャロフ・ハルハルタン・ルイセルフ・L・アンジェリーナ・タナカ三世ちゃんが立ち上がった。


「あたしが…お母さんに会いたかったから。連れてきてもらったの」

「……私に?優しい里親に預けたし、お金もあなたが大人になるまでに必要な分は渡してたはず…なんの用があって?」


 彼女の冷淡で親として無責任な発言に俺は思わず立ち上がろうとした。それを静止したのは千夜だった。


「子供が親に会いたいと思うのに理由はいりません。いくら恵まれた環境を用意してあげたって、あなたが居ないならなんの意味もないんですよ?あなたは… ジャン・アンピエール・ルイホッコ・マッカンシー・モルケッチャロフ・ハルハルタン・ルイセルフ・L・アンジェリーナ・タナカ三世ちゃんが今までどんな寂しい思いをしてきたか…ちゃんと考えてください」

「だったらどうしろって言うの?私は根無し草の傭兵…私と世界中の戦場を渡り歩くのがこの子とっての幸せ?」

「……っ」

「あんたそれでも親か!!」


 俺はたまらず声を荒らげていた。

 分かっていた…彼女なりに娘を愛している。だからこそ遠ざけていた事を…しかし、愛は伝わらなければ意味が無いでは無いか。


「あんたも人の親なら娘の為に生き方を変える覚悟くらい持てよ!!この子はあんたの娘だろ!?自分の子供をちゃんと愛してやる覚悟もないなら、子供なんか作るな!!」

「たっ…達也…」

「……知ったような口を。あなたに何が分かるの?」

「あんたらの事情は分からないが…この子の顔を見ればあんたがどれだけ親として不甲斐ないかくらい分かる」


 俺は隣のジャン・アンピエール・ルイホッコ・マッカンシー・モルケッチャロフ・ハルハルタン・ルイセルフ・L・アンジェリーナ・タナカ三世ちゃんを見る。

 俺の隣では悲しそうに顔を俯かせたジャン・アンピエール・ルイホッコ・マッカンシー・モルケッチャロフ・ハルハルタン・ルイセルフ・L・アンジェリーナ・タナカ三世ちゃんが居た。

 実の娘のその表情にジャン・アンピエール・ルイホッコ・マッカンシー・モルケッチャロフ・ハルハルタン・ルイセルフ・L・アンジェリーナ・タナカ二世も悲しげに顔を歪ませていた。

「……お母さん、お願い聞いて」

「……うん」

「ぎゅってして」


 ジャン・アンピエール・ルイホッコ・マッカンシー・モルケッチャロフ・ハルハルタン・ルイセルフ・L・アンジェリーナ・タナカ三世ちゃんの言葉にジャン・アンピエール・ルイホッコ・マッカンシー・モルケッチャロフ・ハルハルタン・ルイセルフ・L・アンジェリーナ・タナカ二世が立ち上がって我が子を抱きしめた。

 2人の温もり溢れる抱擁を見届け俺の気持ちも収まる。あるべき親子の姿だ。


 そう…俺達はこれを見る為にここまで来たんだ。


「ジャン・アンピエール・ルイホッコ・マッカンシー・モルケッチャロフ・ハルハルタン・ルイセルフ・L・アンジェリーナ・タナカ三世、あなたはお母さんと一緒に居たい?」

「うん……」

「…ごめんね。寂しい思いをさせたのね…でも、お母さんにはまだ仕事が残ってるの」


 我が子を抱きしめたまま母親は耳元で愛の籠った言葉を囁く。寂しく、そして強い意志を感じさせる囁きだ。


「この仕事が終わったら…どこかに家を買って、2人で暮らそう」

「いつ終わるの?」

「……分からない」


 ……内戦か。


 俺と千夜の視線が自然と交わる。

 俺達の仕事も、まだ終わってない……


「……あなたはジャン・アンピエール・ルイホッコ・マッカンシー・モルケッチャロフ・ハルハルタン・ルイセルフ・L・アンジェリーナ・タナカ三世ちゃんと居てあげてください」

「……あなた達」


 固い決意を込めて俺達は言う。


「この戦争は俺達が終わらせます」


 俺達の戦いはこれからだ--

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