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美夜、ごめんね

 下は凄い騒ぎになってる。先輩達は無事だろうか…

 でも、そんなことに気を割く余裕もないくらいに私も必死だった。


 作戦通り体育館に突入した直後、混乱する場で誰よりも早く動いてたのはあの子だった。

 白い消火液の霧に包まれる館内でただ1人、素早く舞台袖に身を隠し消えていった。

 私はその後ろ姿をがむしゃらに追いかけ--


 --空は快晴。キャンバスに絵の具で描いたみたいな真っ青な5月の空。春と夏が混じりあったような微妙で爽やかな晴天の下……


「……美夜っ!」

「………………」


 私達は体育館の屋根で再会した。


 *******************


 「…美夜、大丈夫?」


 私が学校から逃げて、あの子が停学処分になった日……

 ひんやりと熱の引いた秋の夜だったと思う。

 あの子は部屋の中で泣いていた。扉を開ける勇気のなかったあの頃の私はただあの子にこれ以上辛い思いをさせまいと、扉を1枚隔てた向こうから語りかけるしかできなかった。


 「ごめんね美夜…私のせいだね」

 「……なんで姉さんが謝るのさ」


 扉の向こうから上擦った美夜の声がした。しゃくりあげる妹の声が苦しそうだった。


 「私のせいだもん、私が…もっと強かったら…」

 「…姉さんに謝ってほしくない」

 「……」

 「姉さんは何も悪くないのに、どうして姉さんが謝るの?」

 「だって……ごめん」


 私がいじめに負けなきゃ、私が余計なことしなきゃ…そんな言葉は美夜の前で飲み込まれて、薄っぺらな息を吐くようなごめんが続いた。


 「美夜…もう美夜にこんな思いさせないから……停学終わったら一緒に学校行こう。みんながなんて言おうと私が守るから…」

 「…姉さん」

 「だから泣かないで。私が…ずっと傍にいるよ」


 ーーこの子の為に強くならなきゃ…

 怖いなんて言ってられない。挫けてる暇もない。この子が安心して身を委ねてくれるような…そんな姉にならなければ。

 もう逃げないって誓った。あの日、扉越しの妹に…


 ねぇ、美夜……

 

 あなたは強いお姉ちゃんじゃなくて、傍にいてくれるお姉ちゃんでいて欲しかったんだよね?


 もう離れない……

 何にも負けない。誰にも…何より美夜、あなたに……


 私はお姉ちゃんだからーー


 *******************


 塗装の剥げた体育館の屋根で両足を踏ん張る。緩やかに円を描く屋根は気を抜いてると足を滑らせてしまいそうだから。

 その足に絶対退かないって決意を込めて、私は妹と対峙する。


 「……姉さん」

 「たたた助けて…僕は無関係です……この人の仲間じゃありません」


 屋根の上には私ーー詩音。そして美夜、美夜が引っ張って来た斧を担いだメガネの男子。

 人質…だろうか?絵面的に身の丈以上の大斧を持った男子と手ぶらの女子なら女子の方が人質だけど……

 情けなく半泣きになるメガネさんの腕を掴んだ美夜が私を睨む。


 「……姉さんって私との約束全部破るね」

 「…………」

 「私が停学なった時、一緒に居てくれるって言った。でも姉さんだけ先に復学して、私を置いて行った。高校も……私の大嫌いな生徒会に入って……結局一緒に居てくれなかった」

 「ごめん…」

 「そうやって、気持ちの篭ってない謝罪でいつも誤魔化そうとする」


 脚が勝手に後ろに下がる…力の抜ける両脚に無理矢理力を込めてその場に留まる。


 「今日も…来ないでって言ったのに」

 「それもごめん……でも、それは約束してないから」

 「……っ」

 「身勝手かもしれない…でも、一緒に帰ろう?家に戻るって言ったよね?」

 「……戻るわけない、約束守らない姉さんに私だけ約束守れって言うの?」

 「約束じゃなくて、お願い……」


 ゆっくり手を差し伸べる私に、美夜が牙を剥いた肉食獣のように吠えた。


 「帰らないよ‼︎姉さんは自分の居場所を見つけたんでしょ⁉︎私はもう要らないんでしょ⁉︎邪魔しないでよ‼︎これは私の復讐なんだっ‼︎」

 「……美夜が復讐するとしたら、それは不出来なお姉ちゃんただ1人だよ…関係ない人を巻き込んでいい理由はない」

 「だからっ‼︎こうして復讐してるんだっ‼︎」


 横のメガネさんから斧を奪い取ってその肉厚の刃を遠くの私の方へ向ける。重みで震える腕がか細くて、踏ん張る両脚も今にも折れそうで……


 「あんたの居場所を壊してやろうと思ったんだっ‼︎その為に今日まで準備して来たんだ‼︎姉さんは裏切り者だっ‼︎私を守るとか、傍にいるとか言って、一度だって傍にいてくれたことなんかないっ‼︎私が辛い時…泣いてる時‼︎あんたはただの1度だって扉を開けて寄り添ってくれたことなんかなかったじゃんっ‼︎」


 重みに耐えかねたのか、屋根の上に分厚い刃を下ろして、斧に寄りかかるみたいに美夜の体が折れた。


 「私には姉さんしか居なかったのに……」

 「……」

 「…姉さんは嘘つきの意地悪だ。いっつも謝るだけ…私が悪かったねって謝って私を余計に傷つける……私は……ただ謝る姉さんを見て、私が余計なことをしたから傷つけた、迷惑かけたっていっつも思ってた。たまには味方をしてほしかったし、それは間違ってるって言ってほしかった……」

 「……」

 「謝るくせに、私達を傷つけた生徒会に入るし、一緒に居るって言ったのに自分だけ前に進んでいく…私は姉さんが分からなかった‼︎」

 「……うん、ごめんね」


 私の口から出た変わらない言葉に美夜がキッと顔を持ち上げ私を睨む。

 でも、これはホントのごめんね……


 「だから、ちゃんと言いに来た。あなたのしたこと、間違えてるって、叱りに来たよ」

「もう遅いんだよっ!!」


 ゆっくり近寄ろうとする私を手に持った斧で振り払うように後退させる。激昂した美夜の拒絶がナイフのように胸を裂いた。


「私には姉さんしか居なかったのにっ!!この…馬鹿姉貴……」

「……」

「……どうしてもっと早くに…迎えに来てくれなかったの…」


 震える声で訴える妹から出来の悪い姉への魂の慟哭。

 遅すぎたけど…今更かもだけど、私は手を伸ばす。

 今度こそちゃんとしたお姉ちゃんになる為に…あなたへの愛は決して偽りじゃないんだよってことを伝える為に……


「近づかないでっ!!」


 斧を手にした美夜が隣のメガネさんを捕まえて脅迫する。怖がっちゃだめだ。恐れず前に--


「私はもう戻れない…このままアウトローの道を行くしかない。道を分けたのは姉さんだっ!!もう放っといてっ!!」

「ひぃぃ…お母さん…宇佐川さん助けて…」

「美夜っ!!」


 妹の名を叫び、一気に駆ける。滑りそうになりながらも、屋根を力強く蹴って…


「……っ!」


 怯まず突っ込む私に美夜が顔を歪ませて斧を振り上げた。メガネさんの悲鳴が聞こえる。

 させない--これ以上この子に傷を負わせない。間違えさせない…っ!!


「お母さーーー」

「おーい、橋本」


 熱く躍動する私の血潮をヒートダウンさせるのは、屋根の上に割り込む間の抜けた声。緊張感で鼻をかんで捨ててきたみたいな空気の読めない声が私達の間に入ってきた。


 全員がそっちを見る。

 美夜の後ろからよいしょと屋根に登ってくる男子……


「空閑君!!」

「お前何してんだよ…帰ろーぜ。下は片付いたみたいだ」


 割り込む男子の言葉に敗北を悟った美夜が表情を引きつらせ、私は安堵する。

 良かった…みんな助けられたんだ……


「たこ焼き奢ってくれ。たこ焼きが食いたい」

「空閑君!目ついてる!?この状況見て!?ヘルプミーっ!!助けてっ!!」

「…………お前…女相手に情けない…自分で何とかしろよ」


 凄く呑気な男子とヒステリックに助けを求めるメガネさん。置いてけぼりの美夜が自分を軽んじられたと感じたのか声を荒らげる。


「おいっ!!誰だか知らないけど近寄るなっ!!友達の首を落とすぞっ!!」

「はいはい」

「……っ、本気だぞ?」

「美夜!やめてっ!!やめなさいっ!!」

「……姉さん、やっぱりこいつらはクズだ…結局自分のことばかりなんだ…友達って言ってても平気で裏切るし…見捨てる…」

「別に友達じゃないけどな?そいつ」

「空閑君!?あれ!?」


 再び私が走り出す。美夜の目は本気だ。止めないとっ!!

 伸ばした腕が虚しく空をかく。間に合わない。美夜の振り下ろす斧が首に触れる。

 瞬きの間の直後に確実に訪れる惨劇。無力な私の瞳にその光景が映る。思わず目を閉じようとした--


「おらーっ!!」


 でも、美夜の斧はメガネさんの首を切り落とす前に横からミサイルみたいに飛んできた飛び蹴りに弾かれた。

 戦闘機さながらの割り込み男子の飛び蹴りが美夜の手から斧を弾き落とす。そのまま止まることなく私の真横を高速で通過して行った。


「てめぇ俺のダチに何して--」


 ストーーーンッ…


 彼は蹴りを放ちながら空を滑り、アイスホッケーのパックみたいにツーーーと屋根の上を滑り落ちていってしまった……

 なにか言いながら……


「………………」

「……な、なんだったんだあいつ…」


 ほんとになんだったんだろ…ていうか落ちたけど大丈夫なのかな?地面まで結構な高さが……


「って!違う!!おのれっ!!姉さんっ!!私は本気--」


 気を取り直して美夜が落とした斧を拾おうとしたその時。


「うわぁぁぁ助けてぇぇぇっ!!」


 ツルッコロコロッ


 一瞬解放されたメガネさんも走り出してそのまま昔話のおにぎりみたいに転がって落ちていった。


「…………」

「…………」


 き…気まずい……

 さっきまですごくシリアスだったのに…生き死にに関わるレベルでシリアスだったのに2人の退場でギャグみたいになっちゃった……


「……美夜。ここ、滑りやすいから気をつけて……」

「うっ、うるさいっ!!」


 気を取り直して。


 美夜が斧を拾おうとするより早く私が美夜に飛びついた。

 抵抗できないように両手掴んで重たい斧を下まで蹴り落とす。斧もツーーーッて落ちていった。

 氷でできてるの?この屋根……


「くっ!離せ…っ!!」

「離さないっ!!離れないっ!!今度こそ約束守るから…っ!!」

「今更なにを--」

「遅かったけど……今更なんてことないっ!!私は美夜の……お姉ちゃんだからっ!!」


 私を振りほどこうとする美夜に思いっきり頭突きした。ガチンって頭の中で鳴っておでこから頭にビリビリした痛みが広がる。


「……っ!この……っ!!馬鹿ァっ!!」


 両手が無理矢理解かれた。

 パチンッ!!て耳のそばで音がして顔が横に弾ける。頬っぺがヒリヒリ火傷したみたいに痛い。

 ちょっと強すぎじゃない?


「今更何がお姉ちゃんだっ!!」

「美夜が産まれて…美夜が死ぬまでっ!!ずっとお姉ちゃんだっ!!」


 パチンッ!!

 今度は私が叩いた。

 血を分けた妹の--最愛の妹の肌。打った私の方が痛く感じた。

 でも、謝らないよ?

 私はあなたに、お説教しに来たんだからっ!!


「……い、痛い……ひどい……」


 あ…泣きそう。強く叩きすぎた…


「ごめ--…っ!美夜!!人様に迷惑かけて…この大馬鹿っ!!お姉ちゃんに心配かけて…このっ…オタンコナスっ!!」

「なっ!?」

「お姉ちゃんが馬鹿なら美夜も馬鹿よっ!!どんな理由があったって、人様に迷惑かけていい訳ないでしょ!!お姉ちゃんの気も知らないでっ!!馬鹿っ!!」

「なんでいきなりキレてんのよっ!!」


 美夜が私を突き飛ばそうとする。させるかとその手を手で受ける。打ち合った2人の手が後ろに弾けた。

 手のひらがヒリヒリするけど…負けない!絶対退らない。

 もう離れない!!


「お姉ちゃんは…美夜の気持ちに寄り添えなかったかも…しれないけどっ!!」


 パァンッ!!

 今度は私から押す。持ちこたえたか…


「痛っ!!」

「お姉ちゃんがどれだけあなたのこと大切に思ってるか…知らないでっ!!」

「だったらなんで置いていったの!?どうして私が泣いてる時肩を抱いてくれなかったの!?」


 美夜が押し返す。危ないっ!!踵が浮きかけたけどなんとかその場に留まる。両腕をブンブン振って倒れないようにバランスを取りながら、前のめりに体重をかけて押す。

 美夜もふらつきながらも反撃してくる。おでこがぶつかりそうなくらい至近距離でフラフラしながら互いの体を押し合う。


「聞いてっ!!私はお姉ちゃん失格かもしれない…っ!!私は美夜が怖かった…私が傍にいる事で美夜が傷つくんじゃないかって…っ!!私が居たら美夜が辛い目に遭う…立ち直れない…そう思ってたっ!!」

「逃げてただけじゃんっ!!」


 パチンッ!!パァンッ!!バチンッ!!


「そうだよ!!でもそれが間違いだって気づいたの!!あなたに向き合うチャンスを頂戴!!」

「だから手遅れだって--危なっ!!今動いてないよね?」

「いや動いた」

「動いてないっ!!」


 パァン!!


「…っとと……遅くないっ!!これからはずっと一緒にいる!美夜が1人で寂しいなら傍に居る!!あなたの傷も過ちも全部一緒に背負うっ!!」

「今動いたでしょ。ちょっと足ズレてるよ」

「何言ってんの。動いてない。私の方が2キロ重いんだから押し合いで負けるわけない」

「嘘!同じ体重だったじゃん!!またそうやって私を置いて1人で大きくなって……さてはっ!!冷蔵庫のエクレア食べたねっ!!」

「あれは美夜が家に置いていったんでしょ!?てか、エクレアひとつで2キロも太らないっ!!」


 バチンッ!!パチンッ!!パンッ!!

 バババババババッ!!バチィィィンッ!!


「この……っ!いい加減離れろっ!!」

「美夜が言ったんでしょ!?離れないっ!!」


 押し返そうとしたらスっと手が引いた。体ごと空振る私が前のめりに動きかける。美夜が目の前で勝ち誇った笑みを浮かべた。


「勝ったっ!!」

「ふんっ!!ぬぬぬぬぬ……っ!」

「なっ……持ちこたえたっ!?でもこれで終わりよっ!!」


 背中を反らせて全力で後ろに体重を傾ける私に追い討ちが迫る!!


 負けない……っ!ここで退いたら…もう一生あなたの隣に居てあげられない…っ!

 全力で、頭から美夜に突っ込む。一気に前に倒した上半身。私の胸に美夜の強烈な突きがヒットした。


「な…っ!?おっぱいの弾力で私を押し返して……っ!」


 美夜のバランスが崩れた。つま先が浮いて後ろに重心が傾く。


 --ここだっ!!


 全身全霊、渾身のお姉ちゃん張り手--

 頑固で面倒くさくて寂しがり屋で誰よりも優しくて可愛い私の妹へ--


「いい加減に--」

「っ!?」


 いっぱいに開いた手のひらを美夜の横っ面へ全力で叩き込んだ。


「しなさーーーーいっ!!!!」


 --バチィィィィンッ!!!!


 *******************


 ……私達、なんで押し相撲してたんだっけ?


 張り手で飛んでいく妹。張り手の反動で同じく飛んでいく私……

 間抜けに放り出された私達は仲良く枝に引っかかって逆さ吊り。


「……ビンタはルール違反」

「ルールはお姉ちゃんが決めます」

「ふざけるな……最悪だ……」


 目を合わせようとしない美夜と頭に血が上って真っ赤になる私。

 下から私達を見上げて大騒ぎする先生や警察達の視線に晒されながら、私はただ一点、美夜を見つめてた……


「……美夜、ごめんね?」


 今までの中で本気で本気の、心の底からのごめんね……

 それを受けた美夜はこっちを見ないからどんな顔をしてるのか分からないけど……

 私の想いは伝わったかな……


「……姉さんがいくら改心したって、もう一緒にはいられない……私は捕まる」

「一緒だよ。今度は離れてって言っても離れないから……私は美夜が悪いことしたら叱ってあげて、いいことしたら褒めてあげなきゃいけないんだから……」


 当たり前の姉妹の在り方--

 ずっと、ずっと向き合ってるようで、扉を隔ててた私と美夜。

 もう、声だけ投げない。

 もう、口先の慰めは言わない。


 どれだけ胸が痛かろうが、手が痛かろうが、引っぱたくし、怒るし、慰めるし、頭を撫でてやるんだ。


「私は美夜のお姉ちゃんだからね……」


 そっぽ向いた美夜の頭を撫でてやる。艶々つるつるの髪の毛が指の間を抜けていく…日差しを受けて光沢を放つ髪の毛はとっても綺麗だった。


「……姉さん」

「ん?」

「…………ごめんなさい」


 やっぱり私はこの子の事は分からない。でも、そんな不思議で私よりずっと強い妹が私は大好きだ……


「うん……いいよ」



「空閑君!!脚が木に絡まって下りれないよ!!」

「落ち着け……俺達は今、吊られた男、ハングドマンだ」

「何を言ってるのか分からないよ!!」

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