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VSせいし會

 別館、化学準備室前廊下--


 学校の敷地内に侵入した暴走族(?)達に先生方が捕まってそのまま中に引きずり込まれてしまった…

 渡り廊下で繋がった本校舎の方から悲鳴やら大勢の足音やら、なにやら騒がしく物騒な騒音がここまで風に乗せられて届いてくる。


 ……なにか、大変なことが起きている。


 陸の孤島に1人取り残された浅野詩音、高校2年生。今日ほどこの学校に入ったことを後悔した日はありません。


 数刻前の不審者侵入の放送、それにこのただならぬ事態を想像させる悲鳴…

 本校舎に戻って先生方に合流しようとしてた私の足は完全に止まった。

 胸中埋め尽くす『怖い』の感情……1人取り残されたことが余計に不安感を煽る。私は、窓から外を伺うことも出来なくなっていた。


 勉強なんか出来てもなんの役に立たない…結局私はどこまで行っても約立たずの臆病者……

 そうだ、私は妹を傷つけて見つけ出すこともできない、先生のお遣いもろくにできない。アロサウルスの頭の見分けもつかない。しかも壊した。

 何が贖罪--とんだ役立たずだな私は……


 1人どこまでも底なし沼のような絶望感に沈んでいってる時、遠くから聞こえていた雑踏が大きくなった。

 なんだろうと恐る恐る覗く。決して立ち上がらず、そろりそろりと頭の上半分だけ出して外を伺う。


 雑踏の正体は体育館へ続く道を歩く生徒の行列。しかもそれを先導してるのは全身白ずくめで鉄パイプやハンマーを持った人達。

 明らかにさっきの不審者達が生徒達を体育館に誘導して、次々詰め込んでいた。


「……これは」


 まるでテレビ画面の向こう側のような光景…凶器を手にした不審者達の見守る中体育館に呑み込まれていく列は戦争映画の中で捕虜が連れていかれていくような光景とダブって見えた。

 それくらいには目の前の光景は物騒で私の脚をますますすくませるには十分だった。


 どうしてみんなが…?先生は?警察は…?捕まったの?捕まえてどうするの?本当に暴走族?この人達なに?テロリスト?


 物騒な考えとぐるぐる腹の底で渦巻く不安感が吐き気を込み上げさせる。もうこの場から動くのは無理だって、自分で確信した。


 ……どうしよう。ここは見つからないよね?

 そうだ…警察……っ!


 もう通報されてるかもしれないけど…

 助けを呼ばないとって焦る気持ちのままポケットに手を突っ込んでスマホを引っこ抜く。

 誰からも連絡なんて来ない携帯電話はずっと電源が切れっぱなしで、久々に起動させるスマホの真っ暗な画面に白く浮かぶ自分の顔が、酷く情けなく見えた。

 それは1人安全な所からただ見てる自分、今無事であることを心底ホッとしてる自分、そしてここが安全でありますようにと願ってる自分……

 自分のことばかり考えている自分の顔。


 私はこの学校をめちゃくちゃにして、なのに1人ここに居る……


「……電源ついた…110番--」


 実は大した騒ぎじゃなかったらどうしようとか、私のせいで大事になったらどうしようとかそんな考えを抱きながら震える指で操作しようとする私の目の前で、メッセージアプリに着信が来てることを知らせる赤いマークがひとつ浮かんでいた。


 誰からだろう…?


 こんなことしてる場合じゃないのに、私の指は自然とアプリを開いてた。

 なぜなら--予感があったから。

 このアプリの連絡先に登録してるのは、今まで1度もやり取りのなかったたった1人だから…


 私の予感は的中してた。

 それも、とんでもない形でだった。


 --浅野美夜


 明日あなたの学校に行きます

 学校には絶対来ないで。終わったら家に戻るから。


 --日付は昨日だった。


 *******************


 私は潮田紬……

 突然謎の犯罪集団が校内に侵入して、楽しい楽しい勉強会をぶち壊された受験を控えた高校3年生…

 そして変態幽霊に肛門を侵された可哀想な高校3年生……


「……」

「……」

『とりあえず、香菜とあなた達のお友達の安否を確認する』

「……」

「……」

『廊下にも教室にもホントに誰も居ないね…どこかに捕まってるってことだ…どこだと思う?』

「……」

「……」

『ねぇちょっと』


 慎重に慎重に無人の校舎を行く私と虎太郎の間には気まずい沈黙が流れてる…私のお尻からは壊れたラジオみたいに絶えずトイレの花子さんの声がする。

 お尻から……


「……紬さん、その、大丈夫かい…?どこか痛かったり、具合が悪かったりとか……」

『私はそんな下手くそじゃないよ。上手いんだから、取り憑くの…香菜って子の肛門もよく借りたわ…あなた、香菜ほどではないけどいい肛門してる』

「……」


 え…?褒められてる?それとも、喧嘩売られてる?


 どうして幽霊が肛門に取り憑いたのかと言うと--



 --『あなたの肛門、私に貸して』

「「……え?」」

『あなた達は友達を助けたい、私もあの子を助けたい…でも私はここから1人では動けない。ほら、利害は一致してる』

「いや……どういうことだい?」

『あなたには言ってないからね?女の子の方に言ってるの…男の肛門なんてごめんだもん』

「いや、どういうことだい?」

『あなた達2人で行っても捕まるのがオチでしょ?私も行く…私はここから離れる為には誰かの肛門を借りなきゃいけないの…』

「え…ホントに肛門に取り憑くの?しかも…私?」

『迷ってる時間ない…決めて、このまま無謀な特攻をして捕まるか、私を連れていくか…』



 ……ということ。

 全く不本意だけど、私と虎太郎では勝ち目がないのは明白だし、仕方なく花子さんを連れてきた。この人ホントに役に立つんだよね?信じるけど……


「……紬さん、その…取り憑かれてどんな感じ?やっぱりなんか違う?」

「虎太郎、女の子のお尻の具合を訊かないでよ…」

「あああごめんよっ!!変な意味じゃないよ!?」

「……なんか、氷を詰められたみたい」

「冷たいってこと?」

「うん」

『あのさ!?私の話を聞いてる!?』


 うるさいなぁ…

 みんなの捕まってる場所でしょ?そもそも、捕まってるのかもまだ分からないけど。それなら向かってる。


「大勢の生徒を拘束するなら体育館くらいだろう…今向かってる」


 と、虎太郎が返した。


「ただ…体育館に行くには1階に降りて体育館に繋がる渡り廊下を行く必要がある」

「敵がいっぱい居そうだね…」

「それか、グラウンドの方に回ってグラウンド側の扉から入るか…だけど」

『最短で行こう』

「なら渡り廊下を渡って正面の入口からだ。しかし、本当にそこに生徒達が拘束されてるならさっきの奴らも大勢居るだろうし…危険だ」

「それは心配ないよ、虎太郎。その為にわざわざ私の肛門貸してるんだから、ね、花子さん、何とかしてね?」

『……タイマンなら任せて』


 たいまん?…鯛…満?なに?たいまんって。


「ていうか幽霊だろ君は。呪いで倒すとかできないのか?」

『言ったよね?私にできるの肛門に取り憑くだけだから』


 え?それしかできないならなんのために連れてきたの?意味ある?


 なんて言ってたら2階まで降りてた。階段の踊り場で先頭を歩く虎太郎が急に足を止めたので私は背中にぶつかった。


「隠れろ!」

「?」


 虎太郎に押されて慌てて階段を少し引き返す。上から隠れながら覗くと2階の階段の前に人が居た。


 敵だっ!


「…こちら潮田、敵を発見した、メーデー」

『数は?』

「4人…チンピラ風2人。鉄パイプを持ってるわ…あとの2人は顔がそっくり。武器は持ってない。完全に動きがシンクロしてる…こ、虎太郎…あの2人…ホントに顔が同じだっ!!もしかしてドッペルゲンガー!?私、死んじゃう!?」

「双子だろただの…しかも他人のドッペルゲンガー見ても死なないよ」

「誰も動かないよ…困った、これじゃ1階に降りられない」


 困り果てる私をよそに虎太郎は落ち着いてた。じっと相手の背中を観察して、きっと突破口を探してるんだ。

 ……というか、花子さん倒してよ。何してるの?


「花子さん敵だよ」

『あとひとりになったら教えて』


 は?信じられない。こいつ連れてこなきゃ良かった。


「…虎太郎」

「プラン1、階段の上におびき寄せて突き落とす。プラン2、なにか武器になりそうな物を落とす。プラン3、逃げる」

「幽霊を落とすってのはどうかな?」

『やめて!?肛門から離れたら消滅する!!召される!!』


 花子さんが喋る度にお尻がスースーする。集中できない。


「…階段上がってすぐに用具入れのロッカーがある…あれを落とすか…」

「虎太郎…殺意の塊すぎ…しかもあんなのうんしょうんしょ運んでたらバレちゃうよ」

「おい花子さん、あんた幽霊ならそれくらい何とかしてくれ」

『私は貞子でもなければ伽椰子でもないんだって。そんな強力なパワーありません。早く何とかして』


 このクソの役にも立たない幽霊どうしてやろうかって考えてたら、突然外から心臓に悪い大きなサイレンが聞こえてきた。

 私達もびっくりしたけど、それは下に居る人達も同じだったみたい。4人は慌てて周囲を警戒し始める。


「この音……救急車だっ!!」「警察だよ!!金剛兄弟!!サツが来た!!」

「……落ち着けよ。俺らの仕事は元生徒会メンバーを捕まえることだ」「そーそー、さっさと捕まえて体育館に連れてきゃいいのさ。全員揃わなきゃ処刑が始まらねーからな」「サツは外の仲間が何とかするさ…」


 しょしょしょ、処刑!?

 この人達、やっぱり私達が狙いみたいだけど……処刑がどうのって言ってたよ!?

 処刑って…あれだよね?コロスってことだよね?

 ……この人達私達が想像してるより危ない人達だ。


 --そんな人達に今友達が捕まってる、自分達を探してるって思ったら体の芯から震えてきた。

 そんな浮かんでくる恐怖心と戦ってるその時。


『うひぃぃぃいいいっ!!ケーサツだっ!!紬!!逃げるよ!!早く逃げて!!捕まる!!』


 なんか意味不明な発狂が肛門から……


「なんであんたが捕まるんだ。幽霊だろ。落ち着けって」

『いやいやいやいや…あいつらは…私の崇高で健全な趣味を見ただけで私を非難するし、捕まえようとする…生前一体どれだけあいつらのせいで迷惑を被ったか…っ!』


 ………………

 虎太郎が完全に引いてる。言葉を失ってる。

 この人は美少女のウ〇コを顔面で受けるのが好きな変態さんらしい。きっと生前何度も警察のお世話になってるんだろうな……

 私も引いてます。

 ていうか、今のこの状況も普通に擁護できない変態案件……そもそも肛門にピンポイントで取り憑く意味も分からない。


 私達が引いてる間も花子さんの発狂は収まる兆しを見せずさらに悪化。余程のトラウマがあるみたい……あれだろうか?幽霊的存在の弱点みたいなもので、生前のトラウマには過剰反応するのかな?


『うわぁぁぁぁぁぁっ!!奴らが来るぅぅぅぅっ!!早く追い払わないとっ!!』

「落ち着こ?警察追っ払ったらダメでしょ?花子さんがポンコツな以上、もう警察だけが頼りだよ?というか、役に立たないなら私から出ていって?」

『ああああ!このサイレンが…サイレンがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!』


 うるさい。


「おい!そこで叫んでるのは誰だっ!!」


 心臓が飛び跳ねた。

 氷を喉に詰められたように呼吸がひっと止まってしまう。私も虎太郎も顔を引きつらせて同時に私のお尻を睨む。

 ……虎太郎、私のお尻にそんな熱い視線を送って……


『いやいやいや、私の声は霊感ないと聴こえな--』


「そこに誰か居るぞー!!」


 ……バタバタ足音が駆け上がってくる。

 どうしてくれるこの便所お化け。何の役にも立たないじゃん。どゆこと?

 相手は4人……しかも2人は鉄パイプを持ってる。

 勝てない……


「ここここ虎太郎っ!」

「……っ!」


 私と虎太郎が視線を合わせる。彼の目から覚悟の意思が伝わってくる。

 何かをする気だ。その決心の目だ。私は彼を信じて委ねた。


「紬さん!」

「うん!」

「ごめんっ!!」


 ……え?


 彼の取った行動は私の体をがっしりと抱え込んで踊り場に飛び出すこと。彼の背中の方向に私の頭が来るように、丸太でも抱えるみたいに私を脇に抱えて……

 彼の腕に拘束されたまま為す術なく敵前に晒された私--

 いや!正確には!!


「居たぞっ!!」「ひやっはーっ!!手柄は俺らのモン--」


 私のお尻だっ!!


「これを食らえぇぇぇぇぇっ!!」


 虎太郎が叫び声と共に私のスカートをめくり上げたのが分かった。その結果何が起こるのかも……

【悲報】潮田紬、未婚、好きな人にスカートの中をご開帳され晒される。


 その先で彼らが目にしたものがなんなのか…それは分からない。

 ただ、その場の全員が凍りついた。痛いくらいの沈黙がそれを物語った。まさに生き地獄だった。

 最悪である。百年の恋も冷めて凍りつくレベル。ハーゲンダッツ北極に持っていったら凍りついていつまで経っても少し溶けた食べ頃にならない感じ。


「……な、なんだ…これは……」「ケツに…顔が……」


 長い長ーーーい沈黙が溶けた。その時聞こえてきたのは敵のそんな言葉だった。

 思わず振り向いた先で、私のお尻を目撃した2人の敵が泡吹いて階段を転げ落ちていく。それをそっくりな双子が仰天して見送る。


「……兄貴」「なんだこりゃ」


 で、私のお尻を見てまた仰天。


「くそっ!2人しか倒せなかった!!直視したのに!!」

「……虎太郎、私のお尻をメデューサみたいに言わないで。てか、私のお尻今どうなってるの?」

『きゃーーーっ!恥ずかしい!!なにすんの虎太郎!!』


「……兄貴、この女」「ああ…ケツから女の顔が生えて喋ってやがる!!化け物か!?」


 ああ分かりました。それは泡も吹く。便器から出てきた生首が私のお尻に装着されてるんだね。

 あと虎太郎は許さない。責任とってもらう。


 しかし、虎太郎の作戦は半分成功っていうところ。ドッペルゲンガーの2人は残ってしまった。

 階段で対峙する私達。ようやく虎太郎から開放された私。

 応じるように2人が構えた。


「俺達はせいし會の金剛兄弟……このそっくりな顔と完全にシンクロする挙動で敵を幻惑する」「俺達のコンビネーションを前にすればプロレスラーも赤子同然……覚悟しなっ!!」


 格闘漫画とかによく居るタイプの敵だ。

 でも2人とも服の上からでも分かるくらいムキムキで強そう……


「や、やるか!?」


 男らしく私の前に立つ虎太郎もファイテングポーズ。でも弱そう。


「紬さん逃げろ!!」

「虎太郎!?」

「多分……勝てない!!」


 凄く潔く宣言しちゃった。トイレでのかっこよさはどこへ?


「はっ!笑わせんなっ!!」「てめぇら2人は決して逃がさねぇっ!!」


 奇声を上げながら2人がセットで襲ってきた。鳥の舞みたいに優美に階段をかけ登ってくる。

 全く同じポーズ、スピード、タイミング…分身みたいだった。


『ヒップドロップよ!紬!!』

「え?」


 突然お尻からそんな指示が飛んできた。わけも分からないままパニクる頭でとりあえず指示通りに奴らに突っ込む。お尻から。


「紬さん!?」

「なんだ?」「はっ!てめぇのケツじゃダメージねぇよ!野原みさえ連れてこいっ!!」


 私のお尻と、あえてそれを真正面から受けた金剛兄弟の兄か弟か分かんない方とが階段で衝突した。

 私は階段から飛び降りるくらいの勢いでぶつかったけど、彼らの言う通りダメージはなく、不安定な足場だと言うのにバランスひとつ崩さなかった。


「そんなっ!!」

「紬さーーんっ!!逃げろーーーっ!!」

「もう遅いっ!!」「終わりだっ!!腐った学校教育に鉄槌をっ!!」


 ふたつの拳が同時に襲いかかる。ヒップドロップの衝撃で階段の真ん中でバランスを崩してた私には避けられない。

 終わった--


「うごっ!?」「兄者!?」


 --と思ったその時!!

 突然兄者の手が止まって、弟の手もそれに合わせて静止した。

 突然呻き声をあげてお腹を押さえる兄者…一体何が起きたのかその時点では誰にも分からなかったけど、すぐに理解することになる。


 それは、トイレの花子さんの真の恐ろしさ--


「うごぉぉぉぉぉぉっ!?」


 --ブリブリブリブリブリッ!!ブブッ!!


 兄者が漏らした。しかも、火山噴火くらいの勢いで…


「あ……っ兄者ぁぁぁっ!?」

『わはははははっ!!私は取り憑いた人間の肛門から大腸に侵入してクソを強制的に排出させることができるのだ!!愚か者めっ!無防備にヒップドロップを受けた時、紬の肛門から貴様の肛門へ、この花子が移動したことに気づかなかったろう!!あはははははははっ!!』


 という、ご丁寧かつ恐ろしい説明と共に花子さんが糞尿と共に飛び出してきた。


「うぐぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」


 --ブブブブブブブブッ!!ブバッ!!!!ビチッ!!!!


 ついでに弟まで漏らした。なんで?


『ただいま。勝ったよ』

「え……汚い入って来ないで?」


 普通にやだ。出てって欲しい。てか、男の肛門には入らないんじゃなかったっけ?

 目の前の惨劇に鼻をつまんでいたら虎太郎も降りてきた。洗濯バサミを鼻につけて。


「花子さん強……しかし弟までなぜ…?」

「ぐっ……言ったはずだ…俺達は全ての挙動がシンクロする。眠るのも、風呂に入るのも、飯を食うのも……もちろん、糞をするのもだっ!うごっ!!」


 ビチビチビチッ!!


 凄く不便そう。

 兄者のダメージが弟にまで連動して、下痢ピーをピユッピュッしながら床に倒れる2人。下痢の脱水症状と体力消耗で動けないみたい。

 勝った。


『よっしゃ。こいつらから色々聞けるね?良かった。まずは香菜の安否を確認して』

「その前に目的だ……こいつら、『せいし會』とか名乗ってたな……紬さん、こいつらを尋問しよう」

「…………え?やだ」


 汚い。近寄りたくない。

 なんならもう2階に降りたくない。クソまみれ。


「いや、敵から情報を仕入れるのは必要だって」

『そうよ!悠長なこと言ってる場合じゃないわ!!』

「臭いし汚いしやだ。もう放っておこうよ」


 尋問するべき派の2人としたくない派の私。意見の対立によりちょっとした言い合いになった。

 でも、私は思い知った。

 勝負が決したとしても決して気を緩めちゃダメだって。


「紬さん!!」


 突然虎太郎が叫んだ。私は後ろを振り返った。鼻につく異臭が迫ってきたから。


 そこでは、今まさに私に拳を振り下ろそうとしている、クソまみれの金剛兄弟の兄か弟か分からない方が迫ってた。


 この人……まだ動けて……っ!!


「うきゃきゃきゃきゃきゃっ!!貴様も糞尿ぶちまけろーーーーっ!!」

「紬さーーんっ!!」『紬ーーーっ!!』


 今度こそやられるっ!!


 ……そう思った。

 でも、私がそうだったように、不意を突く敵はいつどこから現れるか分かんない。

 私は目の前--クソまみれ野郎の背後から近づく人影に思わず目を剥いていた。


 だってそこには、もう1人生徒が居たから--

 しかもその人は、長い漆黒の黒髪を揺らし、紅色の瞳に覚悟を燃やしながら消火器を振り回す--


 浅野詩音だった。


「えぇぇぇいっ!!死ねっ!!」

「ぷきゃっ!?」


 後半すごくドスの効いた声と共にフルスイングで後頭部にぶちかまされた消火器の一撃に金剛兄弟のどっちかは奇声と白目を剥いて倒れていく。死んでてもおかしくない殴り方だった……


「え?」「浅野さ--」


 私と虎太郎が同時に驚きの声をあげる。

 どうしてここに?みんな捕まってるはずなのに……


 そう問おうとした時、倒れていく金剛のどっちかが掠れた声で妙なことを呟いた。


「え?…ボス?どうして--……」

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