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腐った学校教育に鉄槌を

 日々の生活を淡々とこなすだけで体が重たいのは、重りのように心にぶら下がった晴れない感情のせいだろうか…


 --私、浅野詩音はこの学校をめちゃくちゃにした。

 私と妹の問題に巻き込んでこの学校の生徒会を解散させた。生徒会長さんは許してくれたけど、本当は私はこの学校みんなに謝らなきゃいけない……

 そして、その妹は行方不明…


「浅野さん、ごめん日直の日誌代わりに書いててもらっていい?」「あんた…自分のことは自分でしなよ」

「……いいよ」

「ありがとー、まじ感謝」「ごめんね?」


 日直から仕事を引き受けて、お使いを頼まれて……

 私の学校生活は贖罪に費やされてる。



「すまん浅野、化学準備室からアロサウルスの化石持って来てくれ。次の授業で使うんだ」


 昼休みに化学の先生に頼まれてまたお使い。やることが多いな…

 …てか、化学準備室にアロサウルスの化石置いてあるの?やっぱりこの学校変…


 化学準備室は別館にある。本校舎から離れて並び立つ古い校舎。今の本校舎は数年前に建てた新築らしいけど、昔からある旧校舎の別館は古くて暗くてあんまり行きたくない。


 職員室から借りた化学準備室の鍵で教室を開けて埃っぽい教室に入る。薬品とか授業に使う備品が沢山並んでる。入ったのは初めてかも……


「……えっと、アロサウルス…あれかな?」


 教室の隅っこのガラスケースに並んだ恐竜の頭の化石…

 でも名前とか書いてないよ?あれ?これどれがアロサウルス……?


 アロサウルス……体調約10メートル…頭骨は大体80センチ……たしか。


「いや分かんない…これはスピノサウルス…これはギガノトサウルスっぽい…これはティラノ…?え?分かんない……」


 分かるか。

 私に分かんないってことは多分先生も分かんない。そもそも化学の授業でなんで恐竜の化石が必要なの?

 ……もう適当に持っていこう。


 ガラスケースから1番アロサウルスっぽい頭を抱えて取り出す。重たい!!こんなの女の子1人に頼まないで欲しい!

 ……いや、私がやらなくちゃ。みんなに迷惑かけたんだから……


 これ落としたらいくらするんだろ…なんて怖くなりながら準備室からアロサウルス(仮)の化石を抱えて出てきた時--


『--全校生徒へ、ただ今校内に不審者が侵入しました。生徒は教室から出ず、先生方の指示に従ってください』


 けたたましい警報と共にそんなアナウンスが無人の旧校舎を走り抜ける。通過して行った私の鼓膜に取り残された不穏な響きに思わず脚が止まった。


 ズルッ


「あっ……」


 急にそんな放送がくるものだから、アロサウルス(仮)を落としてしまった。ゴンッ!と重たい音と共に恐竜の頭が砕け散った。


 ………………大変、どうしよう……


 依然鳴り響く警報、目の前で砕け散ったアロサウルス(多分)。心のどこかでレプリカでありますようにと願うけど、砕け散った破片の質感とかが太古の歴史を感じさせた。分かんないけど……


 ……え?流石に偽物だよね?いやだとしても学校の備品だから大変なんだけど…え?これ本物?いやいや恐竜の化石が学校に……

 ……この学校ならあるのか?あるいは……


 ってそんなこと言ってる場合でもないよね!?いや大惨事なんだけど!

 今この学校の敷地内に不審者が侵入してるらしい。

 どうしよう……動かない方がいいかな?昼休みで誰も居なく静まり返った別館でどうしたらいいか分からなくて固まるしかない。


 …先生の指示にって言ってたけど…でも、ウロウロしてたらかえって危ないかも…でも、私が居なかったら先生達に心配かけるかも……


 やっぱり戻ろう。

 そう決心しつつ、細心の注意を払いながら--まさか生徒も誰もいない別館に入り込みはしないだろうと思いつつ忍び足で1階を目指す私の目に……


 ふと飛び込んだ窓の外の光景。

 開放された校門を通過して続々侵入してくる無数のバイク。それに乗った人達…

 放送の不審者とやらと思わしき人達の群れを見た。

 不審者ではなく、不審者“達”!?


 バイクに乗って校内に侵入する不審者グループ。止めに入ろうと屋外に出てきた先生達が、彼らから投げつけられた瓶のようなものを食らい慌てて撤退してる。遠くて見えないけど、白い液体が入ってるみたい。


 なんだろ…暴走族?


 不安にバクバク高鳴る心臓を必死で抑えながら外から見つからないように身を屈めつつ様子を伺っていたら、後列のバイクが遅れて侵入してきた。

 そのバイクの運転手達は何やら白い旗を持ってる。


 旗持ち!やっぱり暴走族--


 そう思った私の目に飛び込んできた旗の文字……ふうつ暴走族の旗ってチーム名とかが書いてあるん…だよね?


 --せいし會


 細々小さく書かれてるけど、ここから見えるのは白地に赤の文字でデカデカ書かれたそれだけ……


 ……せいし?せーし?

 ……精〇會?


 *******************


「だから違うよ。15に3を足したらなんになる?」

「……23?」

「どうして?ねぇ紬さん真面目にやってる?これ、小学生!小学1年生!いい?5に3を足したら!?」

「…8」

「でしょ?それに10足すの。分かるかい?いや、足し算てどうやって教えたらいいんだ…?」


 俺は広瀬虎太郎。小学校の先生に尊敬の念を抱く高校3年生だ。


 昼休み、図書室で紬さんに数学--否算数から勉強を教えている真っ最中。

 昼休みに図書室に来る生徒なんて勉強好きの真面目な生徒か、図書委員くらい。試験期間でもない限りは学校の図書室は静かなものだ。

 静かだからこそ勉強に身が入る。

 去年俺と同じ大学を希望することを宣言したこのお先真っ暗さんは今日も俺に勉強を教わっていた。


 ……しかし、義務教育からスタートした2人の勉強会の進展は芳しくない。このままでは希望校合格どころか卒業も危うい。よくこれで進級できたな。


 ……なんて毒を吐くことも、至って真面目に本気で取り組んでいる彼女にはできなかった。既に算数で頭から湯気が出てるけど、状況が絶望的なことは言えなかった。

 それだけ紬さんは真剣だった。

 どれくらい真剣かと言うと頭から出る蒸気でお湯を沸かされてるのにも気づかないくらい。


「……?おかしい…20に10を足したらどう考えても2010になるはず……」

「おかしいのは君の頭だよ」


 ……そこまでして俺の希望する大学に行きたいのか?一体何が彼女を突き動かすのかは、謎である。

 しかし勉強を教えて良かった。彼女の知能レベル--特に数学国語は社会生活が困難なレベルだから。

 今のうちに叩き込んでおこう…うん。


 この人小学、中学と何をしてきたんだろ?なんて疑問を抱きながら参考書を進めていたその時--


『--全校生徒へ、ただ今校内に不審者が侵入しました。生徒は教室から出ず、先生方の指示に従ってください』


 不安を煽るようなサイレンと共にそんなアナウンスが図書室に流れ込んできた。

 驚いた紬さんが14×6の答えを29846と書いてしまうくらいには俺らをドキリとさせた。


「……紬さん今の聞いた?」

「……聞いた。不審者?この校舎に?」


 放送から想起させられる不審者--刃物を持った男性。想像しただけで身震いがした。

 真っ先に俺の頭に紬さんを安全な所に避難させないと、と浮かんだ。

 放送では教室から出ずに先生の指示に従えとあった。図書室から俺らの教室までそう距離はない。


 まさか避難中に鉢合わせ--なんてことはあるまい。不安に駆られながらも俺は机に広げた参考書やノートを纏めて拾い上げた。


「とにかくみんなのところに戻ろう」

「……うん」


 図書室に居た数少ない生徒達も放送を聞いてすぐさま図書室を出ようと動き出していた。俺らもそれに続こうと紬さんの手を引いて廊下に出ようとした--


 まさにその時、俺らの行動を邪魔するように図書室に雪崩込んできた男がいた。


「……っ!!小河原!?」

「小河原君!どうしたの…その……え、臭い」


 図書室に倒れ込むように入ってきたのは小河原だった。

 俺と紬さんが彼のただならぬ状態と臭いに顔をしかめた。


 元生徒会会計長として生徒会を支えてきたナイスガイが、今は眼鏡を失い制服も破れ、何より頭から異臭を放つ白濁液を垂らしていた。

 え……すごい臭い。臭い…気持ち悪い。


「……ここに居たか…広瀬…潮田…逃げろ、教室はだめだ…もう制圧された……」


 ボロボロでくっさい小河原が床を這いながらもそんな警告をしてくる。その尋常じゃない状態に俺らは息を呑む。

 平和な昼休みは唐突に崩れ去った。一体何が起きたと言うんだ……


「……小河原君、落ち着いて、何があったの?あと臭い。耐えられない、何この腐敗臭……」

「潮田……死人に鞭打つのやめろ…放送を聞いたろ?奴ら校内を制圧して回ってる」

「奴らだって?どういうことだ!1人じゃないのか?先生達は!?」

「……逃げろ広瀬……花菱がやられた…狙いは……俺達だっ!」


 --俺達?

 もう何がなんだか分からない。


「奴らは…元生徒会メンバーを…っ!」


 そこまで伝えて、小河原は背後から迫ってくる足音に気づいた。それには俺と紬さんも即座に気づき、そして硬直した。

 複数人の足音が向かってくる。

 小河原は全力を振り絞って立ち上がり、眼鏡がないにも関わらず廊下の方に体を向けた。


「奴らだ…広瀬!会長を頼む!」

「……私、もう会長じゃない」

「行け!!俺が食い止めるから…後ろの入口から逃げろ!!行けぇっ!!」


 言うのと同時に小河原は飛び出した。

 すぐ先の廊下に顔を帽子とマスクで隠した、白いパーカー姿の数人の暴漢がやって来ていた。手には何かが入った容器や鉄パイプを持っている。


 ……小河原っ!


 止めようと走り出す俺を紬さんが止めた。その判断は正しかった。


「おぉぉぉぉぉぉっ!!!!」


 満身創痍で向かっていく小河原は、数人の男に取り囲まれ、そのまま鉄パイプで殴打されてしまった。

 一対多勢だ。勝ち目がない。しかも小河原は眼鏡なし。やつは眼鏡がないと何も出来ない男だ。


「腐った学校教育に鉄槌をっ!!」「鉄槌をっ!!」


 囲まれて袋叩きにされる小河原。しかし、向かおうとする俺を紬さんが必死に止めた。


「だめ!虎太郎もやられるっ!!あの人達普通じゃない!逃げなきゃ…っ!」

「でも…小河原がっ!!」

「虎太郎っ!!」


「居たぞっ!元会長と広報だっ!!」「逃がすなっ!!」


 俺らがグズグズしてる間に奴らは俺らを次のターゲットに定めた。

 武器を手に図書室に駆け込んでくる。絶体絶命。感じたことのない恐怖が襲う。

 そんな1人を後ろから羽交い締めにして止めたのは、ボロボロにされた小河原だ。


「逃げろぉぉぉぉっ!!」


 全力の咆哮が俺達の体を有無を言わさず突き動かした。


「野郎っ!!」「こいつも元生徒会だっ!!容赦すんなっ!!」「こらぁっ!!」


 目の前でさらなる暴行に晒される小河原を見捨てて、彼の捨て身の覚悟に押され俺は紬さんの手を引っ張って図書室から逃げ出した。


 後ろを振り返る余裕も勇気も、なかった。


 *******************


 やぁみんな、空閑睦月だ。俺は今、謎の連中によって体育館に連れてこられていた。


 突如校内に押し入った犯人グループによってあっという間に校内は制圧されてしまった。

 教室で寝ていた俺の安眠をぶち壊した連中は担任を白い液体でベトベトにして無力化し、生徒達を体育館に連れて行った。


 体育館には全校生徒や教職員が集められ、壇上には仲間と思われる犯人達が仁王立ちしていた。

 一体こいつらはなんだろう……


「くくく空閑君、怖いよ…僕ら殺されるのかな?」


 バイブレーションも裸足で逃げ出すレベルで震えまくる情けない橋本を無視して置かれた状況を把握。


 体育館の全ての入口は閉じられ鎖で施錠、生徒達は体育館の中心に並ばされ、教師達は壁際に立たされている。

 犯人グループは見える限り10人、全員が鉄パイプや金槌で武装している。


 そして……


「おい、誰か出てきたぞ…」「きゃあっ!!」


 生徒達の悲鳴と共に皆の視線が壇上に集まる。

 そこに連れてこられたのは数人の生徒達だが、みな両手を後ろで縛られて、ボロボロにされていた。まるで見せしめのように全員の前に引っ張り出される。


「全員居るな…?」

「いや、まだ2人逃げてる…元生徒会長と広報だ。今探してる」

「それにもう1人足りない…」


 犯人達がなにやらコソコソ話している。

 犯人達が喋っている時、ステージの袖からゆっくりと1人の人物が歩いて出てきた。

 その姿に数人の生徒や教職員が驚きの声をあげる。

 そのはずだ…その女は連中と同じ白のパーカーを着ていたが、ほかのメンバーのように顔を隠していない。

 新品の便器くらい白い肌に便所の黒ずみくらい黒い長髪、下血した時の便器の中くらい赤い瞳。口元のホクロは便器にこびりついたアレを彷彿とさせる。

 つまり便所女。


「あっ…あの人はぁ!!」

「どうした橋本、まるでワンピースのモブのリアクション並にわざとらしくて大袈裟だが…一応聞いてやろう」

「あの人は…うちの学年の成績一位の浅野さんじゃあないか!!」

「なにぃぃぃぃっ!?」

「うるせぇぞてめぇらっ!!」


 殴られた。お前のせいだ橋本。


 壇上で堂々と歩くその浅野とやらが縛られた生徒達の後ろに立つ。道を開けるように脇に避ける犯人達の見守る中彼女は口を開いた。


「--みなさん、本日はご多忙の中お集まり頂き感謝します」

「何が感謝しますだこらっ!!」「浅野!そこで何してる!!」「ふざけんなーっ!!」


 キザなセリフが大ブーイングで塗りつぶされる。壇上から飛んできたボウリングの球がそれらを黙らせた。下手しなくても死ぬ。

 犯人達の暴挙に一気に静まりかえる体育館で浅野とやらは淡々と話し続ける。

 その内容は俺らにはとても理解し難い内容だった。


「今日この場に集まってもらったのは、この腐った学校教育の被害者であるみんなを解放する為です…今日、私達はこの国の負の象徴を断ち切りにきました。その証人としてみんなには最後まで見届けて欲しい……」

「なんなんだ…」「怖いよぉ…おかあさーんっ!!」「意味分かんない!!早く解放してよっ!!」「浅野!何言ってんだお前!これ全部お前の仕業かっ!!」


「てめぇら黙れ!!ボスが話してんだろーがっ!!」


 またボウリング球が飛んできた。最前列の生徒の顔面を潰してバウンドする球。今球を投げたこの男…分かる、只者ではない。


「みんな静かに……」


 シーっと浅野が口に指を立てたのを合図にするように、彼女の背後で大きな旗が持ち上がった。

 真っ白な旗にデカデカと赤字で何か書いてある。恐らくだが…あれが奴らの組織名的なものなのだろう……


 旗にはこうあった。


 --間違えた教育に終止符を、すべての報われない子供達に未来を

 この腐った学校教育に鉄槌を--


 生徒会に虐げられた會


 それらの文字が取り囲む中央。1番大きく書かれた文字--


 せいし會--


「私達は!生徒会に虐げられた會!!略して『せいし會』!!」


 略すな。

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