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脱糞女とウ〇タレコ男

 --ゴールデンウィークが終わって、夏休みまで憂鬱な試験を残すのみとなった5月上旬……

 今年も追試なんやろか、なんてやる前から勝負を投げとるウチが…いや、ウチらが、体育の授業に備えて更衣室で着替えとる時、事件は起きた……


「楠畑ー、莉央大会優勝したんだって?インターハイが見えてきたね!」「すげーよ、私感動したよ!」

「おう、見に行ったで…長篠と田畑はなんで来んやったん?」

「いや…オセロットのワトソンが亡くなったから…葬式を……」「楠畑もオセロットを家猫感覚で飼うんじゃないよ?大変だからまじ」


 オセロットいうのは南アメリカに生息するネコ科の猛獣。小さい豹みたいなやつ……いやそないな事どうでもいい。こいつらなんでそんなんばっかり飼っとん?


「楠畑、今度家行っていい?」「あ!聞いたよ楠畑、あんたも奇蟲飼ってんでしょ?見せてよ!」

「……まぁ、そのうちな」


 奇蟲てかゴキブリ……


 そないなくだらん話しながら更衣室で着替えを進める女子。今日の体育は1組、2組の合同で、30人近い女子達がその柔肌を無防備に晒しとった。


 そう……無防備に--


「?なんだろコレ」

「どうした?凪」


 最初に気づいたんは2組の女子。更衣室の壁際に置かれたダンボールにその女子が目をつけた。


「なんかの荷物?なんで女子更衣室に?」

「そんな事より凪!バイト紹介して!至急お金が必要になったの!」

「日比谷さん、これなんだろ?」

「知らない。更衣室に置く荷物なんてないでしょ。盗撮用のカメラが隠してあったりして」


 相方の冗談を意に介さず、その子は躊躇いなくダンボールを持ち上げたんや。


「あれ?このダンボール空……」


 よく見ればそれは不自然な箱やった。

 その箱は逆さに置かれて、正面に小さな穴が空けてあったんや。

 生徒にしろ教師にしろ、こないな箱を更衣室に置いとくんは不自然や。ウチらはもっと早くに気づくべきやった。


 --そこにスマホが置かれとった事に……


 *******************


 ……すっかり遅くなってしまった。ぼったらぽんちゃいの生徒の対応をしていたらもう昼休みが終わりそうだ。後で保健室の掃除をしなければならないが、その前に昼ごはんだ。

 新発売のカップ麺、『豆乳バナナ味』。美味いのだろうか?これしか売って無かった。他のが食べたかったのに…

 どうも最近ついてない。焼肉屋で腐った牛乳かけられるし、頭の上に降ってきた鳥の糞の中の種が頭の上で発芽して根を張るし……

 連休中に摘出手術が終わって良かった。頭からチューリップなんて生やしてたらおバカそのもの--


「莉子せんせーっ!!」


 お湯を入れたカップ麺を慎重に運んでたら女子更衣室から胸元のはだけた女子が飛び出してきた。


「大変なんです!来てください!!」

「おっ!おっ!おっ!!やめたまえ、引っ張るな。こぼれる」


 一体何事だ。消火器ボックスの上にカップ麺を置いてから私は女子更衣室に入った。


「どうしたのかね、誰か怪我でもしたかね?」

「盗撮です!」「いやーーーっ!!」「もう…お嫁に行けない……」「あたしの生着替え映像がぁぁっ!!あーーーーーっ!!」


 動物園かな…?


 パニックになっていて全く要領を得ない女子達。その中で冷静さを保っていた生徒…阿部凪が私に事態を説明した。


「更衣室にあれが……カメラが起動したスマホがああやってスタンドで設置されてて…ダンボールを被せて隠してあったんです」


 阿部の指差す先、確かに彼女の言う通りスタンドで固定されたスマホが置いてあった。

 確認したら確かにビデオが起動したままで、壁際に設置されたスマホが生徒の着替えを録画していたのは恐らく明白…

 なるほど……

 私の仕事ではない。


「分かった。とりあえず全員服を着てここから出なさい」

「莉子せんせーっ!」「私の…っ!私の着替えをネットにばらまくつもりです!!どーしよーっ!!」「…………お嫁に……行けない……」

「吐き気をもよおす『邪悪』とはッ!何も知らぬ無知なる者を利用する--……」「彼氏にも見せたことないのにぃぃぃっ!!」「あんた、彼氏居ないじゃん」


 ……。

 泣きついてくる者、嫌悪感から体を掻きむしる者、心を『裏切られて』激昂する者、彼氏が欲しい者……

 パニック状態の現場をなんとか宥めつつ私はカメラをそのままに全員を更衣室から……


 --ズズズズっ


 女子達を連れて出てきたら廊下で麺を啜る音が……

 まさかっ!と思い見ると、そこで男子生徒が「これ僕のラーメンです」と言わんばかりの顔で私のカップ麺を啜ってた。


「……なにを、しているのかな?」

「え?」


 彼は……空閑睦月君。たしかこの前ふざけた同好会ポスターを貼り出したとかで職員会議で名前が出てた。


「……それは私のカップ麺だが…」

「……いや、置きっぱなしだったから…伸びたら悪いし……俺昼まだだったし……」


 ズズズズっ。


「……食べるのをやめたまえ」

「……いや--」

「いやじゃない」


 --吐き気をもよおす『邪悪』とはッ!

 人の楽しみにしていた昼食を勝手に食べる事だ……!!

 自分の空腹を満たす為だけのために横取りする事だ…

 生徒が自分のモノでもない『カップ麺』を!!

 てめーだけの都合でッ!

 ゆるさねえッ! 彼は今 再び私のお腹を『裏切った』ッ!


「むっちゃんっ!!」


 今ならスタンドが発現しそうな気がする程の怒りを抱えた私を後ろから突き飛ばしたのは日比谷真紀奈だった。

 バタバタと空閑君に駆け寄った日比谷さんはわざとらしく、しなしなしながら彼にもたれ掛かる。カップ麺を庇う彼が半歩距離を置く。


「むっちゃん…私……着替えを盗撮されたの…どーしよ……」

「こら、余計なことを言いなさんな。全員今すぐ教室に戻りなさい。次の教科担当には私から伝える。そして空閑君はジッパーを付けられる前に私の昼ごはんを返すんだ」


 私の警告も無視して「なに!?」と目を剥く空閑君。


「それは由々しき事態……現場を確認させて頂こう」

「待ちたまえ、なぜ君が確認する必要がある。待て、入るな」「むっちゃん!ここに生日比谷が居るけど!?」


 私にカップ麺を押し付けて堂々と更衣室に入ろうとする彼の背中は紛うことなき男子。そして猿……

 そんな彼の顔面が女生徒に蹴りあげられた。


「うべらっ!?」

「……何考えとん?おどれが確認してどないするつもりやねん。おどれの仕業やないやろうな?」

「誰かと思ったら脱糞女か……貴様…パンツの茶色いシミを見られるのが恥ずかしいからって--」

「ついとらんわ!!おどれホンマにいい加減にせえや!?」


「……空閑君と楠畑さんって仲良いよね?」「1年の頃からね……」「デキてんのかな?」

「……っ!むっちゃん……まさか…」


 …………。

 麺、全部食われた。


 *******************


 事態は深刻や。

 女性教師と生徒指導の先生が問題のスマホを回収して、更衣室は全室使用禁止になった。


 カップ麺食っとった馬鹿が1人職員室に容疑者として連れて行かれた後、野次馬でごった返す更衣室前にまた妙な連中が現れた。


「失礼、校内保守警備同好会です」


 腕章を付けた役人みたいな男子生徒が数人更衣室前にぞろぞろ現れた。この学校はこんな珍妙な同好会ばっかや。活動内容が不明瞭すぎて胡散臭さしかない。


「この更衣室で盗撮があったと聞きました。問題のスマホを確認したいのですが…」

「ダメ」


 生徒指導の先生が奴らの要求を切って落とす。そりゃそうやろ。


「スマホから犯人が分かるかもしれない。確認する必要がある」

「ダメ」

「我々は学校から校内の警備を行う許可を頂いています。我々にはその権限がある」

「ダメ」


「何よあんた達!!」「その中には私達の着替えシーンが入ってんのよ!見せるわけないじゃん!!」「キモイ!」「あんたらがやったんじゃないの!?」


 大ブーイングに晒されながらも引かない同好会。生徒の安全は俺達が守るという熱い志しを感じる。

 しかし教師も引かない。引くわけが無い。


「これは学校で預かる。君達の出る幕ではない」

「なにを?」

「情報科の荻野先生、中のデータを改めたい」「任せてください」


 おい。


「なんで中のデータを見る必要があるんですか?」


 女性教師が食ってかかる。が、男性教員も引かない。その目には下心があった。


「盗撮があったかどうか、スマホが置かれていただけでは判断できない」

「いや更衣室にカメラの起動したスマホがあったんだから確定でしょ?」

「だめだ。事実確認を行う必要がある」

「ちょっと!見たいだけでしょあなた達!警察呼びますよ!?」

「大事にする訳にはいかないんだ!校内の問題は我々だけで解決する!!」

「先生方、我が同好会を抜きにして話を進めてもらっては困る」

「「ダメ」」


「莉子せんせー!!この人達ただの変態です!!」


 *******************


「お前がやったんだろ?」

「俺はやってない」


 明かりの落ちた生徒指導室。逃げられないように机の脚と手錠で繋がれた俺の手首は、俺の身振り手振りに合わせてガチャガチャと手首を痛めつけた。

 スタンドの明かりが強く網膜を焼き、厳しい尋問と合わせて俺の精神を削っていく。

 尋問官の生徒指導の先生がごつい拳でテーブルを叩く。ヒビが入った。


「じゃあ更衣室の前で何をしていた!!」

「カップ麺食ってました」

「嘘をつくな!お前は更衣室にスマホを隠して盗撮し、着替えが終わるタイミングでそれを回収する--その為にあそこで待機していたんだ!!」

「だからっ!!あそこに居たのはカップ麺があったからだって!!」

「嘘をつくなっ!!」


 ……なんでこんな目に?

 こんなことならカップ麺など放っておけばよかった。


「これを見ろ!!」


 そう言って先生がテーブルに広げたのは数枚の写真。

 それはうちの生徒の盗撮写真だった。着替えの為に下着姿になったあられもない我が校の女生徒達…


「なんだこれ!!あんたがやったんじゃねーの!?」

「馬鹿を言うな!!最近近隣の学生達の間でうちの生徒の盗撮写真が売りさばかれているんだ!!お前金の為にやったんだろ!!」

「……やってないし、なんでそんなものあんたが持ってんの?」

「……っ、これは…教師として必要な…そういう噂があったから先生達の間で調べていたんだっ!!」


 嘘だ。てめー買ったな?

 なるほど…自分らがその盗撮犯から買ったからそいつを庇ってるのか?そいつが捕まったら買ってたのバレるから…

 それで俺に濡れ衣を被せようとしている!!そうだろ!!


「冤罪だ!!教師がこんなことしていいと思ってんのか!!訴えんぞ!!」

「貴様…っ、まだ言うか!!」

「分かった…じゃあこうしよう…俺がしたことにしていいから誰から買ったか教えて。俺も買う」


 転売しよ。


「なっ…けしからん!!やっぱりお前だ!!」

「司法取引だよ…じゃないとあんたが盗撮写真持ってたってバラしまくるぞ?」

「お前…教師を脅すのか…」

「あんたこそ生徒に手錠かけんのか?」


 これは虐待だ。教育委員会に後で訴えてやる。

 俺からの反撃に段々顔色が優れなくってきた先生は机の下からカツ丼出してきた。


「…なぁ、腹減ったろ?食うか?白状するなら食わせてやる」

「いや、減ってないからいいッス。さっきカップ麺食ったんで……」

「衣サクサク、肉はジューシー…卵トロトロだぞ?」

「いらないっスね」

「おい」


 カツ丼の匂いに釣られたか、俺と先生の問答の間にノック音が割り込んだ。

 薄暗い室内に線を引いたように外の光を運んできたのは莉子先生。


「…取り込み中失礼……空閑君がこちらに居ると聞い--」

「うわぁぁぁぁっ!!莉子せんせーっ!!助けてーっ!!」

「っ!?馬鹿やめろ!!」

「この人、自分で盗撮しといて俺にその罪を--」


 俺の口がごつい手で塞がれた。なんか臭い。手が臭い!!


「…なんて?」

「いやなんでも……痛っ!噛むな!!」

「机に証拠の写真がぁぁっ!俺を手錠で拘束して…俺に変態的な--」「やめろぉぉっ!!濡れ衣だけに留まらず俺の不名誉なイメージを植え付ける気かっ!!」

「…………」

「莉子せんせーっ!!!!」




 --解放された。莉子先生は生徒に優しい。手錠をかけられた俺を見て直ぐに助けてくれた。よかったよかった。

 ついでに写真を一枚くすねてきた。後で見よう。


「助かりました。あと、あの先生に暴行を受けました。これってどこに訴えればいいですか?」

「君には話があるんだ空閑君。その話は後で聞こう」

「俺の方は別にないので、これで」

「待ちたまえ」


 捕まった!まずい!!

 要件は分かっている…しかし俺にカップ麺を弁償する金銭的余裕はないのだ。まさか保健室の女神たる莉子先生が俺から金を巻き上げようなんてことはないだろう……


「責めはしない…ただ真意を聞きたいんだ。なぜ私のカップ麺を食べた?私が昼食を生きがいにしていることは知っているだろう?」

「いや初耳ですね」

「みんなそうさ。君も働きだしたら分かる。労働の合間の昼休憩は戦士の休息なのだよ……で、あのカップ麺どうだった?」

「麺が伸びてました」

「味の話をしているんだよ」

「……なんとも言えない味でしたね。莉子先生、変わった味覚をお持ちで」

「なんたって豆乳バナナ味だからね。思わず手に取ってしまうさ…いや、嘘だ。あれしか売ってなかった」

「不味かったです。なんで代わりに食べときました。ありがとうは?」

「人の食事を横取りしてその感想はないだろう……」


 呆れ顔の莉子先生とブラブラ歩く…もう放課後だ。午後の授業どうしてくれる。また出席が減る。


「ところで盗撮犯捕まりました?是非コンタクトを取りたいんだが……」

「なぜコンタクトを取る必要が…?今から職員会議だよ。事が事だからね…まぁ警察の仕事だ」


 ……え、ケーサツ?ヤバい…俺この写真持ってて大丈夫か?


「莉子せんせーは誰の仕業だと思います?」

「くだらん詮索はよしなさい…生徒を信じるが私のモットーだ」

「いや、校内の人間しか居ないでしょ…莉子先生、普通に考えて女子更衣室に出入りできるのは女子だと思うんですよね……」

「……女子の仕業だと?」

「盗撮写真が売買されてるってことは、目的は自分用というより、お金では?」

「……確かにそうかもしれない」

「さっき更衣室を使う前に誰が出入りしたか調べたら犯人は分かると思うけど…更衣室、普段鍵かけてるでしょ?」

「職員室の鍵の貸出記録を見れば容疑者は絞れる…と……って危ない。なにを乗せようとしている。付き合わないからな、私は。私は自分の仕事以外をしないのがモットーだ」


 ……ちっ、捕まる前に写真のストックがあればくすねようと思ったんだが…俺も金が欲しい。


 *******************


「という訳だよ!!」

「なるほど職員室にヒントはあると…レンあんた…珍しく頭を使ったね!!」


 ……連れの田畑と長篠が変なこと言い出しよった。


「そうと決まれば早速鍵の貸出記録を見に行こう!」「行くよ!莉央、楠畑!」

「いや私部活あるから…お先」


 自慢の俊足で早々に厄介事から離脱する速水。なんか最近「ライバルが増えた」とかで大会が終わった後もストイックに練習に打ち込んどる。速水の陸上にかける想いは本物や。


「ウチもバイトあるけ--」

「待て」「メイドになる前に犯人探しよ!」


 ああああウザイ!どーでもいい!!1人でもなんかムカつくのに2人居るとウザさが二乗や!!


「楠畑、いいの?私ら盗撮されたのよ?」「いつか現れる私達だけの王子様の為に守り抜いてきた裸体を、覗かれたんだよ?しかもなんか噂じゃ私達の盗撮写真、ばら撒かれてるらしいじゃん!!」

「まじ?」

「私達の手で粛清よ!」「アーノルドの出番だね」


 田畑が袖からニョロっと出したんはナイリクタイパンのアーノルド。こいつら犯人殺す気や…

 行き過ぎた正義の暴走に巻き込まれてウチは職員室まで引っ張られてしもた。バイトの時間やっちゅうのに……


「……どう?風香」「職員室、誰も居ないよ」

「ああ隣の会議室やろな。職員会議って言うとったし……」

「「今だっ!!」」


 チャンスと見るや躊躇なく職員室に飛び込む2人。ウチを引っ張り込むのも忘れない。


「レン!早く早く!」「やめーやくだらん……あと毒蛇仕舞ってくれへん?獲物を見る目でこっち見とんのやけど…」「えっと…鍵の貸出記録は……あった!」


 レンが記録ノートの今日の日付を開いた。問題の女子更衣室の鍵の貸出は今日は2回…

 1回はもちろんウチらが使った時…その前に--


「……えっとぉ…これだ!普通科3組の--」


 --ガチンッ!!


 レンの声を最後まで聞く前に、ウチの頭で鈍痛と鈍い音が駆け抜けた。

 視界でパチって火花が散って、一瞬ホワイトアウトした視界は次の瞬間傾いて--


 あ……これアカンやつ--


「え?楠畑!?」「あんたっ!きゃっ!!」


 続けざまに聞こえる2人の悲鳴が遠のいて、ウチの意識は遥か彼方へ--


 *******************


 --……んっ。

 頭が痛い……気分も…悪いし…ウチは……


「……っ!そうや!!職員室でっ!!」


 飛び起きたウチの目の前には真っ暗な中に薄ぼんやり浮かぶ体育用具が映った。

 どうやら体育倉庫みたいや…上の方の小窓から微かに夕日が差し込んどる……薄ら見える視界に映る自分の体は両手足縛られとった。

 差し込むオレンジ色の明かりが倉庫の中で横たわる2人の姿を浮かび上がらせとった。長篠と田畑や。


「……お、おい?2人とも…しっかり--」

「--起きたね」

「っ!」


 背中にかけられた声が背筋を這い上がる百足みたいにゾワワッて鳥肌立たせる。それはこの状況が非常にまずいのっぴきならない事態だってことを瞬時に理解したから。


 振り向いた向こうに立っとったのは、ピコピコハンマーを携えた女子……

 ……え?ピコピコハンマー?あれで殴られたん?ウチ、あれで殴られて気ぃ失ったん?

 いやそんなことどうでもええ。


「……3組の…村上?」

「いかにもたこにも酢だこにも…」

「マヨネーズが合うな……」

「え?マヨネーズ付けるの?いかとたこに?てか酢だこに?…まぁ、料理によるか。たこ唐とかなら…いやそんなことはいい。あんたら、私の事嗅ぎ回ったね?」

「やっぱりおどれが盗撮犯……」

「いかにもたこにも……」

「からしマヨもええな」


 ちゃう、そげな場合とちゃう。

 肩に乗せたピコピコをピコピコさせる盗撮犯--3組の村上が敵意剥き出しでウチににじり寄ってくる。手足を縛られて身動きとれへんウチはじりじりと這うように後退する。


 ……こいつアカン。目が……


「なんであんなことしたん?」

「なんで?うちの学校の女子はレベルが高いから…日比谷に浅野に速水……あいつら金になんの」

「なんやて……」

「あ、あんたの写真は中々売れないから安心して。見た目はいいけどくそ垂らし女っていうレッテルがネックであんま商品価値が--」

「やかましい!!」


 いやそないな事気にしとる場合ちゃうてホンマに……こいつウチらをこんなとこに監禁して……何するつもりや?いや想像はつくが……


 無意識のうちに長篠と田畑の前まで下がり後ろに庇う。単に距離取っとったらそうなっただけやけど……

 ああくそっ!なんでこないな目に!!好奇心は猫を殺すとはこの事やな!!長篠!田畑!


「こないな事してもどうせバレるで?下手なことしたら余計に罪が重うなるだけや」

「ふんっ、そんなことどうでもいい。どうせバレるなら……私の邪魔をするヤツらを叩き殺して憂さ晴らししてやるっ!!」


 …………そのピコピコハンマーで?


「まずはあんたよ楠畑……その可愛い顔、剥製にしてあげるっ!!」

「可愛くてもケツに味噌が付いてるぞ?」

「付いとらんわ!!」

「いいわ…首だけ切り取って…って、え?」

「ん?」


 後ろになんか居る。

 よー知ったムカつく顔の男が……ウチのチェキ勝手に同好会のポスターに使ったウ〇コ野郎が……


「ぎゃーーーーーっ!!!!」

「うわぁびっくりした」


 村上大仰天。それよりびっくりなんは後ろで普通に開いとる体育倉庫の扉……


「なんで鍵閉めとらんの…?てか睦月、おどれなんでここに……」

「いや…跳び箱の中に秘密基地作ろうかなって……」


 発想が小学生。


 なんて呑気なやり取りしとる中、ものすごい勢いで睦月の目の前をピコピコハンマーが通過する。睦月を振り払うように振られたピコピコハンマーがピコンっていいながら壁を粉砕した。

 簡単に砕け散る壁。もうピコピコハンマーやあらへんあれ。あんなんで殴られたん?そら気絶するわ……


「……危な」

「誰だか知らないけど…ノコノコやって来るとはね……あんたも死にたいの?」

「嫌です帰るんで勘弁してください」

「ダメよ……あんたはここで死ぬのっ!!」


 両手を使って再び振られたピコピコハンマーが睦月の体を捉えた。両腕でガードした睦月の体が吹っ飛んで転がる。


「ウ〇コ垂れ男!!」

「誰がだ!!それはお前だろ楠畑うん子!!…え?なんでお前縛られてんの?しかも頭怪我してるし……」

「今気づいたん!?遅っ!!」

「なにくっちゃべってんのよ!!死ねぇぇぇ!!」


 ああっ!危ないっ!!


「…………」


 ピコピコハンマー振りかぶった村上が上から睦月に襲いかかる。その時、睦月の目が見たことない光り方をしたように見えた。

 ふざけた印象しか無かった睦月の、真剣……というか、なんか……

 怒ったみたいな……


 --ピコンっ!!


 頭に振り下ろされたピコピコハンマーは睦月を捉えることなく地面を砕いてた。

 一瞬にして攻撃から逃れた睦月が地面に手をついた体勢でピコピコハンマーを振り下ろした村上に横から蹴り込む。

 ものすごい勢いのキックが村上の横っ面を叩きつけ、村上の華奢な上半身が大きく弾けた。

 回避からの蹴り込みの鮮やかな連携と舞踊を彷彿とさせる派手な動きにウチの目は奪われた。


「……っがはっ!?」

「なぁ--」

「……っくそぉっ!!」


 それでも意識を繋ぎ止め反撃に転じる村上。横に振り回されるピコピコハンマー。その先端が次の瞬間交差する脚にへし折られた。

 重たい音とピコンって音が重なりながら床にハンマーの頭が折れて落ちる。


「……え」

「そこの脱糞女は俺の玩具なんだよ。用があるなら俺を通せ」


 ……っ。


 次の瞬間。

 村上の目の前から消えた睦月の体が下から飛び上がりながら強烈な蹴りが村上の顎を打ち砕いて体をぶっ飛ばしとった。


「--かはっ!!あっ!?」


 *******************


「……いやー、災難だったね。平気か?頭血ぃ出てんぞ?」

「……あ、うん…ヘーキ」


 睦月が縄を解いてくれた。長篠も田畑もまだ気ぃ失っとるけど大丈夫そうや。多分そのうち目ェ覚ます。

 それより村上の方が重症。あれ絶対下顎の骨砕けた。


「先生呼んでくるわ…で、俺はそのままドロンする。お前らはここで昼寝でもしてろ」

「ドロンすな。え?なに?ウチらここに放置する気?」

「は?なにか弱い乙女みたいな事を……」


 正気?さっきまで拉致られとった女の子の扱いこれ?

 ……みたいな毒でも吐いたろ思たけど…助けられたし、それに……



 --そこの脱糞女は俺の玩具なんだよ。用があるなら俺を通せ。



 言い方ムカつくし脱糞女て呼び方ムカつくしお前の玩具ちゃうし……


 でも……あれ……あのセリフは……

 なんか変な気分てか、引っかかるてか、なんか違和感てか、妙な感じてか……

 よー分からんけど……

 要するに、この男の口からあんなセリフが飛び出すんは……


「……なぁ、ウ〇コタレ」

「なんだよ脱糞女」

「腕平気か?無茶してから……なんですぐ逃げへんかったん?」

「え?女相手に逃げないし、女置いて逃げない」


 ……っ。


 は?え?女?今女言うた?そりゃウチは女やしこの女はそういう女ちゃうやろけど、は?

 つまりや……面と向かって脱糞女とか吐かすこの男が、ウチのことを『女』と認識して……?


「事情は知らんけど、お前が怪我して店休んだら、暇つぶしが減るからね」

「……お前」

「まぁとにかくここに居ろ、そいつら起きるかもしれんし……俺は先生を--」


 踵を返す睦月が体育倉庫を出ようとしたその時、こいつから目ェ離せんごとなったウチの視界でなにかヒラヒラ床に落ちた。

 睦月のポケットから落ちたそれを拾い上げて--


「ちょっと、なんか落とし--」


 ウチの手の中にあるもん……

 それは……


「っ!?あ、やばっ!!待て!!」

「………………」


 ……それはウチの着替えの光景が映された写真やった。


「…………………………」

「…………………………」


 ……なんか、その…うん。

 ウチが間違えとった。

 どこまで行っても、ウ〇コタレはウ〇コタレっちゅうことや。


「--ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 --奴の顔面が変形するまでパンチを叩き込んだのは、言うまでもあらへん。

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