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私は信じています

「……えー、このように、薬物、喫煙、飲酒は君達の成長に悪影響を及ぼすだけでなく、周囲にも多大な迷惑をかけて--」


 俺の名前は塚本裕成つかもとひろなり、北桜路署少年課の刑事だ。階級は巡査長。歳は51。

 俺は今市内の某高校にて青少年非行防止講演会を開いていた。


 俺の息子は不良だ。親が警官だから捕まらないと仲間内で威張って薬物に手を出し捕まった。あの時の失望感と情けなさは今でも俺の胸に戒めとして残っている。

 俺はあの日誓った…二度と俺の目の前で過ちを犯す若者を出してはいけないと……


 その思いを胸に俺は今日も熱く学生達に語りかけていた。真っ直ぐに生きることの大切さをだ。


 ……しかし、体育館で一生懸命に話す俺を目の前に彼らの態度はあまりにも軽薄だ。

 俺の話など聞いちゃいないと隣同士で喋ったり寝てたり……

 他人の言葉に力などないと改めて思い知る。何か少しでも若者の未来の為に役に立てばと行動すればするほど、その現実を突きつけられてきた。


「悪いことは悪いことと、キッパリ断る勇気を持つことを、忘れないで下さい」




「……はぁ」


 講演会を終えて控え室で深いため息を漏らす。

 1時間近く喋ったが、その言葉が彼らの胸にどれほど届いたろう…後日生徒のアンケートを送ってくると言うが、正直見たくない。


「……自分は大丈夫。その慢心が隙を産み、非行への一歩になるというのに…」


 彼らは皆、自分はそんなに馬鹿じゃないと、あるいはバレなきゃいいくらいに思っているのだろう。だからこそ、子供なのだが…


「……お疲れ様です。コーヒーでも」

「あぁ…これはどうも」


 どこか悲観しながら窓の外を眺めていると女性がコーヒーを差し出してくれた。白衣を着ている。


「……えっと」

「ああ…養護教諭の葛城です。生徒の健康を預かる立場として、本日は講演会に同席させて頂きました」


 向かいに座る葛城先生はそう言って自分のコーヒーに口をつけた。

 ……綺麗な人だ。

 どうでもいい事だが美人を見ると条件反射的に左手の薬指を見てしまう。その癖を妻に見抜かれた時は「未婚だったらなんだっていうの?あ?」と凄い圧をかけられたのはいい思い出だ。

 はっきりさせておくが俺は愛妻家だ。妻一筋だ。しかし、同世代よりはイケてると思う。


 いかん……妙なことを考えるな。自分の歳を考えろ。


「葛城先生はどうでしたか?今日は…」

「ん?あぁ…そうですね。パンプキンパイが食べたいですね」

「は?」

「違う……申し訳ない。空腹だと思考が回らなくてね…いや、大変参考になりました」


 そうは言ってくれるがパンプキンパイの後では説得力がない。実際どう参考になったのだろうか……


「葛城先生から見てこの学校の生徒はどうですか?」

「……どうとは?」

「真面目に生きてますか?私の今日の話をしっかり理解しているでしょうか?」

「…………どうでしょうね。まぁ、うちの生徒はみんなデフォルトでラリってるような子達ばかりなので…」

「……は?」

「ん?」


 いや「ん?」じゃないわ。

 ここの生徒はみな薬物常習犯だと?そういうカミングアウトか?今のは!!


「今のはどういう……大丈夫なのですかこの学校は」

「大丈夫でしょう。私は信じてます」


 いやパンプキンパイが飛び出した口から出てくる「信じてる」の軽いこと!!

 もう色々言いたい俺の顔を見つめた葛城先生はスっと目を細めてから逆に問いかけてくる。


「……あなたは心配ですか?」

「常時ラリってる生徒が心配でないと?」

「あれは比喩なので深刻に捉えないで下さい」


 薬物はダメだよって講演会の後で講師にでラリってるとか言うあんたのが深刻だ。自分の学校の生徒をどんな目で見てるんだ。


「いや失礼……講演中ずっと難しい顔をなさっていたように見えたので…今も」


 デリカシーないななんて思ってたその合間を鋭い指摘が矢のように縫ってくる。どこか焦燥すら抱えた俺の心境を見透かしたような発言にドキリとした。


「自分の話をちゃんと受け止めていたかと、先程不安そうに仰られたので…」

「……不安ですよ。私はね、純粋に彼らの将来を案じていますから…全国で薬物や飲酒、喫煙をしている未成年がどれくらいいるか知っていますか?」

「さぁ…」

「……さっき講演で喋ったんですけどね」

「意地悪ですねお巡りさん」


 意地悪はあんただ、聞いてねーじゃねぇか。


「……この学校からも出ないとは限らない。彼らを見ていると不安でしょうがないですよ。私は……」

「……」


 こんなことを喋ったら何をカッコつけてるんだと思われるかもしれないな。


「私の言葉に力はあるんでしょうか……」

「さぁ」


 今の流れですんごくザックリ切り捨てられた!?この女自分で突っ込んどいて血も涙もないな!!


「……あなたの子供の見方次第だと、私は思いますが…」

「……?」


 ……一体、どういうことだろうか。

 いや、パンプキンパイ食べたいとかいきなり言い出す人だから…深く考えまい。もしかしたらカッコつけて言っただけかも--


 その時。

 葛城先生の後ろ、ちょうど俺の視線の先の窓。ブラインドの開けられた窓から見える裏庭で1人の男子生徒が何やら身をかがめてモゾモゾと怪しい動きをしているのを見つけた。

 こちらに背を向けていて手元は見えなかったが、そこには--


 そこには確かにライターに炙られたスプーンのような物が--


 *******************


「……いや、別に構わないんですけどね、しかしこういうことに保健室を使われると…」

「構わないならいいじゃないですか」


 難色を示す葛城先生立ち会いの元、俺は捕まえた男子生徒と向き合って座る。

 坊主頭の精悍な顔立ちの少年だ。しかし、今は覇気のない顔を俯かせている。


「彼は?」

「……3年の大葉雄太郎君ですね。野球部の……」


 葛城先生がそう教えてくれた。しかし野球部員とは……

 情けなさと無念さからため息をこぼしそうになるのを堪えながら、俺は彼から取り上げたライターとスプーンを彼の前に突きつけた。


「これで何をしていたのかね?」

「……」


 目がイッてる。これは……間違いないだろうな。


「答えなさい」

「……オカマが…オカマが追ってくる…」

「……妄言まで……これは間違いないですな。君、そこの鞄の中身を見せなさい」


 現行犯で取り押さえた時、彼の傍にあった鞄…彼は捕まる直前手に持っていたものを鞄に隠した。


 応じようとしない彼の荷物を改めようとした時、俺の手を止めたのは葛城先生だった。

 無言で俺の手首を捕まえる彼女に講義の視線を送る。


「落ち着いてください」

「あなたも見たでしょう?彼が何かを吸引していたのを……」

「だからと言って決めつけてかかるのはどうかと思います。問題ですよ、これは…」

「いや間違いなくクロだろ」


 こうしている今も大葉少年は「オカマ…オカマが……」とうわ言を呟いている。


「これは捜査です」

「なんの権限があって?ここは学校ですよ」

「現行犯です」

「彼が何をしていたのかはっきり見たんですか?憶測で生徒を疑ってかかるのはやめて頂きたい」


 この女…なんて強情なんだっ!!


「…ほっといてくれ。俺はオカマに…アレがないと…現実を受け入れられない…あぁ…オカマが……俺のケツを……ああっ」

「どう見ても薬物中毒でしょ?」

「私はこの子を信じています」


 どこをどう見て信じられるというのだ。

 目は焦点が定まらず半開きの口からは涎が垂れている。手はふるふると震え、足も小刻みに震えている。


 この養護教諭は自分の生徒を信じたいのか、はたまた自分の学校で問題を起こしたくないのか…

 いずれにしろこのままでは彼の将来まで潰えてしまうのだ。


「邪魔をするな!この子の将来を考えろ!!このまま壊れてしまってもいいのか!?」

「この子は非行に走るような弱い子ではありません。元からこんな感じです」

「そんなわけあるか!!」


 信じてるのか馬鹿にしてるのかどっちだよ。


「あぁ…オカマが……オカマが迫ってくる…」

「君、鞄の中を見せなさい」

「俺はもう…現実を受け入れられない…オカマ……オカマ……」

「こんな状態の子を放置しておくのがあなたの教育ですか?」

「こんな状態でも信じてあげるのが私の教育です」


 俺の厳しい言葉にも葛城先生は全く動じなかった。

 彼女は俺と大葉少年の間に入って虚ろな彼と目を合わせて語りかける。


「君はそんなに弱い子では無いだろう?」

「やめてくれ…オカマが……オカマが近づいてくる」

「誰がオカマだ。さぁ落ち着きたまえ。さっき何をしていたのか、話せるね?」

「オカマと…ディープキス……」

「幻覚症状だ!」

「いや、オカマとディープキスしてたんでしょう」

「オカマとディープキスするか!!」

「したっていいじゃないですか」


 埒があかない!!俺は葛城先生を押しのけて鞄に手を伸ばす。

 その時、今まで心ここに在らずだった大葉少年が明らかに体を震わせ反応を示した。触れられたくない物に触れられた時のような反応に確信に近いものを得る。


「やめろォ!これは俺のだ!!」


 ……間違いない。この中に薬物がっ!!


 心に決めた使命に押され鞄を逆さにひっくり返す。教科書や筆箱がドサドサと床に落ちていく。その勉強道具の滝の中、明らかに通学鞄に不釣り合いなものが--


 --カランッ


「……」

「……」


 我々が見つめる先で転がるのは、空になった大量のエナジードリンクの缶だった。

 それを目にして呆気に取られている俺の横で葛城先生は、はぁ…と大きなため息を吐き出した。

 彼女は無念そうな顔をしながら俺に振り返って「…あなたは間違っていなかった」と口にした。


 いや…エナジードリンクだが?


「…大葉君。エナジードリンクを吸引したね?」

「あぅ……うぅ…」

「どうしてだい?あれほど言ったではないか…普通に飲めと…君は辛い現実から逃げる為に禁忌を犯すような弱い子ではないと、信じていたのに……」

「いや……エナジードリンクだが……」


 エナジードリンクを吸引ってなんだ?

 まさかエナジードリンクをスプーンに入れてライターで炙ってたのか?エナジードリンクの煙を吸引してハイになっていたのか?エナジードリンクって熱したら煙出るのか?


「エナジードリンクの中毒症状です」

「いや、エナジードリンクだが?」


 *******************


 結果的に勘違いだったわけだが、なんだかかえってこの学校が心配になった。葛城先生の言う通りみんなラリってるのかもしれん。エナジードリンクって吸引するやつ居るのか…


「浮かない顔ですね」


 控え室でぼんやりしていたら葛城先生が入ってきた。大葉少年の対応は終わったのか、向かいに座り「ふーっ」と深い息を吐いた。

 この人も疲れるだろう…エナジードリンクを吸引してラリる生徒を相手にしていたは。


「葛城先生、先程の無礼を謝らないといけませんね」

「ん?」


 結果俺の勘違いではあったんだ。葛城先生に向かって深く頭を下げようとしたのを止めたのは彼女の言葉だった。


「お気になさらず……うちの生徒の未来を本気で案じてくれたことには感謝しかありません」

「…しかし、あなたの言う通り彼は非行になど走ってはいなかった。私はあの少年を信じてやるべきだった。彼を傷つけてしまいました」


 俺の素直な謝罪と思いの丈に葛城先生は少し考えるように視線を泳がせたあと、続けた。


「…子供の頃、理不尽なことで怒られた覚えは?」

「え?」

「自分がした訳でもないイタズラに対して叱責されたりとか…」

「まぁ…」

「今のあなたはそれですよ。その時の子供から見た親や大人です」

「……っ」

「あなたの気持ちや行動は間違いではないが、心のどこかで「こいつらは簡単に道を踏み外す」と決めつけてかかっている…そういう風に私には見えました」


 葛城先生の言葉に俺の中で一本電気の奔流が駆け抜ける。目の覚めるような言葉だった。

 そこには彼らの不誠実な態度への失望を突く中身があったから。


「あなたなりにそう思う経験もあったのでしょうが…初めから決めつけてかかる大人の言葉を子供は受け止めてくれませんから…あなたも子供の頃、そういう怒られ方をした時不貞腐れたでしょう?」

「……お恥ずかしい。あなたの言う通りだ……」


 俺が改めて頭を下げたら、葛城先生は「いや、偉そうに言ってすみません、忘れてください」とぽつりと言った。

 しかしはっきりと--


「彼らを信じてやるのが、私の教育です」


 とも付け加えていた。


「葛城先生……」

「ところで塚本さん」

「はいっ」

「エナジードリンクも法律で取り締まった方がいいと思うのですが…どう思います?」

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