表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
74/385

お姉ちゃん負けないっ!!

 --探しています。


 そう書かれた自作のポスターを抱えて民家を出る。遅れて出てくる家の主のおじいさんが「ここに貼ればいい」と家の塀にポスターを貼ってくれた。


「……ありがとうございます」

「見つかるといいね…」

「……はい」

「……これ、姉妹?」

「……はい、妹です」


 --探しています。

 1か月前に家を出てから帰りません。写真の女の子を見かけた方は、下記の連絡先にご連絡お願い致します。お礼は致します。


 浅野美夜

 身長150センチくらい

 体重50キロ

 長い黒髪、口元にホクロあり、目元に深いくまあり

 服装、ねずみ色のパーカー、ショートパンツ

 持ち物、携帯電話、財布


 よろしくお願い致します。


 *******************


 ……私の妹、浅野美夜が春休みに居なくなってもう1か月前くらい経つ。

 警察に捜索届けを出したけど、今だに美夜は見つからない。連絡もないし……

 お父さんもお母さんも、心労から仕事も家の事も手がつかなくなってる。


 今日も放課後自作のポスターを抱えて、街中にそれを貼り出してる。

 こんなことをして見つかるのだろうか…?警察も見つけられないのに…?

 自分のやってることが徒労に終わっているのではという予感を感じながらも私は足を止められなかった。

 何かをしてないと気が狂いそうなほど心配だった。


 どれだけ学校で頭良いって言われてもなんにも役に立たないね……ダメなお姉ちゃんだね……


「すみませーん」


 次にやって来たのは古びた一軒家。インターホンもないくらい古い。家自体はそれなりに大きくて庭もある。

 庭の塀にでも貼らせてもらおうと声をかけた。


「……」


 数秒の間の後に玄関扉が開かれて中からお爺さんが出てきた。


「あの、すみません…ポスターを貼らせて欲しいんです」

「……」

「……あの」


 厳つい顔をしたお爺さんだ。落窪んだ目に影が落ちて、鋭い眼光が私を睨んでる。睨まれてる。気を悪くしたのかな…?


「……すみません、やっぱりいいです。お忙しいところすみませんでした」

「……お前さん、連中の仲間じゃないんだな」

「……え?」


 連中?

 私を頭からつま先までじっと睨めつけてなにかに納得したのかお爺さんは首をクイってしながら「入れ」と促した。


「……失礼します」


 一礼して玄関に上がる。家の中は電気もついてなくて薄暗い。佇まいから分かるようにかなり古いお家みたいで床が踏む度に軋む。

 私を家に上げたお爺さんが玄関を閉める。何気なく振り返った私はお爺さんがその手に金属バットを持っているのに気づいた。


「……っ!?」

「……ん?ああ、これか。気にするな…お前が連中の仲間じゃないなら、必要ないわ」


 大きく飛び退く私にお爺さんはそう言って下駄箱の横にバットを立てかけた。

 よく見ると下駄箱にはバットの他にも大きな鎌やら鉈やらが置いてある。


 家とお爺さんの雰囲気も相まって途端に怖くなってくる。

 ビクビク怯える私にお爺さんは変わらず厳しい表情を浮かべたまま先に家の中に上がっていく。


「自衛じゃよ…最近孫目当てに変な輩が家によく来るでな……」

「……はぁ…あ、仲間ってそう言う……」

「お前さんは違うとひと目で分かった。アイツら、家を壊そうとすることもあるからな…全く迷惑な話じゃ……」


「はよ入れ」と急かされて私も家に上がる。古い日本家屋。何気なく見た柱に数字と共に傷が何個も刻まれてる。ここで身長を測ってたんだろう……なんだか歴史を感じる家だ。


 広い居間に通された。私を待たせたお爺さんは直ぐにお茶を淹れて来てくれた。こんななりだけど、丁寧に私の応対をしてくれた。


「……あの、これ良かったら」


 手ぶらでは悪いので、毎回お願いする時はお菓子を持っていく。差し出した和菓子の箱にお爺さんは「かぁ」と呆れたような声を出した。


「若いもんがそんなに年寄りに気を遣うな」

「いえ…お願いにあがってるので…」

「……婆さん、菓子を貰ったぞ」


 お爺さんは直ぐにそれを後ろのお仏壇に備えていた。

 初めはなんか怖いなって思ったけど…そんなことなさそう。


「ごめんなさいお爺さん……」

「は?なんじゃ?」

「いえ、なんでも……」

「耳が遠いんでな…大きな声で頼むぞ」

「はい……あの、今日お伺いしたのはお宅の塀にポスターを貼らせて頂きたくて…その許可を……」

「……」


 私は机の上にそのポスターを広げて見せた。私の妹の顔写真が貼られたポスターだ。


「……なんじゃ?これ」

「1か月前から行方不明の私の妹です…警察もまだなんの手がかりも見つけられてなくて…大して意味無いのは分かってるんです。でも……なにかしたくて……」

「……」

「……ご協力お願いできないでしょうか」


 ポスターと私の顔を交互に見つめるお爺さんの顔は一層険しくなっていた。なにか難しいものを考えているみたいだ…

 なにか不快にさせてしまったんだろうか……

 不安にドキドキしてたらお爺さんは「かぁー…」と深いため息を吐いた。


「……なるほどな…分かった」

「……っ、ありがとうございます」

「しかし」


 喜びに飛び上がる私にお爺さんが水を差す。老体から放たれる眼力は力強く私を見据えてた。


「人に願いを聞いて貰うのに、まさかこの菓子だけでって訳にもいかんだろ」

「……っ」

「人にお願いする時は、それなりの対価を払わなな……」


 *******************


「……っ、ふっ…んっ」

「はぁ……いいぞ……上手いじゃないか。ワシの思った通りじゃ…」

「はぁ……気持ち…んっ!いいですか…?」

「悪くない…もっと」

「はぁ…んっ!んっ!んっ…ふぅ…はぁ…んっ!」

「あぁ…ええわ」

「はい……んっ、ありがとう……ございます」


 どうして……こんなことに?

 私はただ、ポスターを貼らせてほしかっただけ……私はただ美夜を見つけたいだけ……

 なのに……


「お前さん、按摩の才能あるぞ。あぁ、そこ……もっと強く……」

「はい……」


 なんで…マッサージを……?


 お爺さんの要求した対価はマッサージだった。鋼鉄のように凝り固まったお爺さんの体をほぐすのはものすごく大変だ、凄く力がいる。息が切れてきた。まだ数分しかしてないのに……

 この人普段何してる人なんだろ……


「……ふぅ。もういいぞ。悪くなかった。また頼む」

「勘弁してください」


 ……終わった。たった数分の労働だけど疲れた。これで……


「じゃあ次は庭の草むしりじゃ」

「えっ!?」

「あんなもので貼らせると思うか?甘い甘い。そろそろ庭を綺麗にしたいと思っとったんじゃ…」

「…………」



 ……どれくらい放置してたんだろ。

 膝くらいの高さまで育った雑草達。引き抜くだけでも一苦労。それを手でむしっていく。

 土で制服が汚れるし…腰痛いし…なんでこんな……


「そこの木も切ってくれるか?」

「え!?」


 木--その端に生えてる松の木ですか?

 ポカーンとしてるとお爺さんはチェンソーを持ち出してから意地悪に笑った。


「道にはみ出して邪魔だと言われとったんじゃわ……あの木がない方がポスターもよく見えるぞ?なぁ?」

「……」


 美夜……私負けない。絶対見つけて連れ戻してみせる。

 手に伝わる振動、飛び散る松の木の幹の欠片。目に刺さりながらも、腕が痺れながらも……私は諦めない。

 諦めないんだから!!


 メキメキメキッ


「やっと折れ--」

「きゃーーーっ!?木が倒れてきた!?ちょっとあんた!!道歩いてる人に当たったらどーすんのよ!!」

「すみませんっ!!」



「次は部屋の掃除だな……」

「……………………」


 ……ま、負けないっ!


 ものすごく埃っぽいけど…くしゃみが止まらないけど、手が真っ黒になるけど、トイレにサボったリングできてるけど……

 美夜……あなたの為なら……っ!


「飯も作ってくれ」

「………………………………………」


 これ…そろそろ言った方がいい?


 お味噌汁作りながらなんでポスター貼らせて貰うだけでこんなって…なんか泣きそうになってきた。

 一体どれだけ働けば足りるんでしょうか?家政婦雇ってください。

 前言撤回、やっぱり怖いお爺さんです……


「いやすまんの……今日は孫の帰りが遅いらしくてな…助かるわ」

「…………晩御飯、ぶり大根でいいですか?」

「にんじんしりしりも付けてくれ」

「あ…はい……え、でもにんじんないです……」

「買ってきて」


 ……………………………………


 ……弱みを握られた人って、こんなふうにずるずるとこき使われて、逃げられなくなるのかな……

 お爺さんの財布と買い物袋を持って玄関に向かう。もうこのまま逃げてしまおうか……

 なんて、そろそろ目が死んできたその時。


 突然、古びた玄関扉が私に向かって吹っ飛んできた。

 神様!!なんでですか!?こんなに人の為に働いたのになんで扉に押しつぶされなきゃいけないんですか!?


「何事じゃ!?」


 慌てて玄関に飛び出してきたお爺さんと対峙するのは、扉を蹴破ったと思われる青年達……

 赤やら青やら黄色やらのモヒカンを生やした怖い顔したお兄さん達。後ろにはさらに大勢……見るからにヤバそうな人達が私とお爺さんを凶暴な目付きで睨みつけてる。


 ……っ!もしかしてこの人達がお爺さんの言ってた連中…?


「……こいつか?お前をぶっ飛ばしたの」


 全く言われのないことを言われながら指さされる私。モヒカンに訊かれて私の顔をじっと見つめる包帯ぐるぐるのミイラ男が首を振る。


「こいつじゃない……だが、あいつの家はここで間違いない」

「じゃあ妹かなんかか?」「なんでもいいや。家はここで間違いないんだろ?」


 見た目から物騒な世紀末集団に対し、家主のお爺さんは気丈にもバットを持った。


「お前らっ!人の家をめちゃくちゃにしやがって…今すぐ玄関弁償して消えろ!!」

「あ?」「何だこのじーさん」「ははっ!いーね。活きがいいじゃん。死ねてぇの?」


 この人達は見た目通りの気性のようで、抗戦体勢のお爺さんを前に各々ナイフやらメリケンサックやら棍棒やらを取り出す。

 相手は屈強なモヒカン十数人……お爺さん1人で勝ち目はない。


 --絶体絶命。このままだと私まで危ない。

 まさにそんな時……モヒカン達の後ろにもう1人、誰かが立ったのが見えた。


「よっしゃ!野郎共ぶっ殺--」


 リーダー格の赤モヒカンが号令をかけるその時、モヒカンの間を縫って前に出たその人がモヒカンのモヒカンを鷲掴みにして片手で持ち上げた。

 浮かび上がるモヒカン。騒然とする周りのモヒカン。

 でも何より驚愕すべきは、屈強なモヒカンを片手で持ち上げたのが、セーラー服を着た女の子ってこと……


 三つ編みの黒髪の、ものすごい怖い顔した女の子……殺意の塊みたいな目力の、見ただけで体が硬直するような…とても女子とは思えない迫力の女の子。


「……家になんか用?」

「なっ…なんだテメェっ!!下ろせ!!」「っ!?あっ!こいつ!!こいつだ!!俺に因縁つけてきてボコボコにした奴!!」


 ……まさか、この人が噂のお孫さん?


「……結愛。お前今日遅くなるって言ってなかったか?」

「ん?用事が早く済んだの。ただいまおじいちゃん」


 そうみたい……


 なんて呑気に状況確認してる場合じゃない。どうやらモヒカンの目的はこの女の子みたいで、殺気立ったモヒカン達が武器を手に女の子に迫る。


「ぶっ殺せ!!」「覚悟せいやぁぁぁぁっ!!」 「死ねっ!!」


 危な--

 迫る十数人のモヒカン達…雪崩込む屈強なモヒカン達に、その女の子は凄絶な笑みを浮かべていた。

 その凶悪な笑みが瞬時に理解させた。

 この女の子の戦闘能力の高さを…この子がモヒカン絶対殺すガールだって言うことを…


 *******************


「…………お孫さん、強いですね」


 私の作った晩御飯を食べながら開口一番意味不明な感想を述べる。お孫さん--結愛さんは特に気にせず黙々と私の作った晩御飯を食べている。


「ところで…誰?」


 結愛さんが「なんで居んのお前」みたいな顔してる。私も分からない。

 お爺さんが食べていけと言うので…ていうか私が作ったから…


「今日家の事してもらったんじゃよ。いやーよく働くわ。はっはっ!あ、後で玄関も直しておいてくれ」

「……っ!?」

「なんだ、家政婦さんか…」


 違う。どこをどう見たら家政婦なの?

 なんだか体良く使われているんじゃないかって気づき始めた時、お爺さんが意地悪な笑みを引っ込めて私の顔を覗き込んだ。


「……どうじゃ?少しは気は晴れたか?」

「……え?」

「悩みがある時は無心に働くのが1番だからな…ここに来た時、景気の悪い顔してたからな…ちょっと前の結愛みたいだったわ」


 自分の名前が出てきて決まりの悪そうな顔をする結愛さん。

 お爺さんは厳つい顔を柔らかく解かして「わしも若い頃は思い悩んだ時は仕事に打ち込んだよ…」と思い出に耽っていた。


 ……お爺さん、私のことを気遣って気を紛らわそうとしてくれたの?美夜のことでいっぱいいっぱいで気持ちに余裕がないのを察して…?


 …………いややっぱり上手いこと雑用させられただけのようにも感じる。


 やっぱり釈然としない私にお爺さんは「ポスターの件じゃが」と私に言った。


「そのポスター、街の掲示板に貼ってやろう。回覧板にも、その写真載せてやるから」

「……え?」

「……おじいちゃん、町内会長なの」


 我関せずで黙々とご飯をかきこむ結愛さんがそう補足してくれた。

 その横でお爺さんは笑う。


「働いた者には相応の報酬があって当たり前じゃ、見つかるといいな…」


 ………………っ


 やっぱり……いい人なのかもしれない。久しぶりに人に良くされて、私の中で熱いものが込み上げてくる。

 人って、暖かい……


「……ありがとうございます」


 深々頭を下げる私にお爺さんは孫を可愛がるおじいちゃんみたいに笑った。


「あ、玄関の修理、忘れんでな」

「……」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ